幕間 白い記憶 エゴ
次回と同じく本編とは違う時間軸、幕間になります。
少女は真っ白な世界にいた。
夢幻牢と呼ばれる、外の世界からも時間からも隔絶された、そんな純白の世界に、大凡十歳程度の外見をした少女は隔離されていた。
時間の感覚の無いこの空間では、睡眠はおろか生理現象すら起きる事はなく、月日の感覚すら無くなる。
そんな世界でどれくらい前だろうか、出会った白黒の服を来た女の人、自分を姫様と呼んでいたその人が言っていた。
あなたは特別な存在なのだと、そしてそれ故にこんな空間に囚われているのだと。
ぼんやりとは覚えている。
血と死体と瓦礫に囲まれている自分、そして自分から生えている数多の黒い触手がそれらを貪っている様を。
そしてそれはどうしようもない程現実であった事を。
だから少女は理解していた、こんな所に囚われても仕方ないのだと。
そしてそのドス黒い感覚を今でも体内に感じる。
だから少女は諦め、目を閉じる。
少なくとも、ここにいれば、自分の中のモノが暴れだす事もない。
そう思い、少女は膝を抱え、目を閉じる。
●
どれくらいそうしていたのだろうか。
一時間? 一日? 或いは百年千年だろうか。
何もない空間に扉が現れ、そこから白黒の服を来た女の人が現れる。
以前会った時と全く変わらぬ姿、それを見て少女はそれほど時間が経っていないのだろうかと考える。
その女性が歩く靴の音だけが空間に反響する。
少女はぼんやりとした視線でそれを見つめる。
「お久しぶりです、姫様」
「……」
「いえ、これからは『魔王様』と呼ぶべきでしょうか」
「まおう?」
「はい、姫様の事です」
女性は頷く。
「……なにするの?」
「ここから出ましょう」
女性の言葉に少女は震える。
「……いや」
「……自由になりたくはないのですか?」
「いらない、一人がいい」
女性が屈み、少女の虚ろな目線に高さを合わせる。
青白い瞳が綺麗だと少女は思った。
女性の手が少女の頬に触れる。
どれくらいぶりなのだろうか、他人の温度に触れたのは。
……暖かい。
「わたしは」
「この世界は永遠には存在できません」
「……でも誰も傷つけたくない」
「……いずれここから出れば、その力と向き合わなければなりません」
「じゃあそれまでここでいい」
少女――魔王――は抱えた膝に顔を埋める。
「姫様」
「……」
溜息を吐く音が聞こえる。
意固地な可愛くない子供だと思われただろうか? けれどそれでいいと思い魔王は顔を上げない。
「また後で来ますね、何か軽くて美味しい物を用意してお持ちしますので」
その言葉に魔王はゆっくり顔をあげる。
そこには穏やかに微笑む顔があった。
●
「魔王様の言うとおり、いきなりここから出るよりここでしばらく訓練してから出たほうが良いかもしれませんね」
「くんれん?」
「その力と、魔力を扱う事のです」
言われ魔王の身体が小さく震える。
「無理だよ」
「最初から諦めてはいけません、幸いここには何もありません、ある程度力に振り回されても大丈夫でしょう」
「メイドさんがいるよ」
自らの事をメイドと呼べ、とそう言った彼女の事を魔王は言う。
「さん付けは必要ありません、それに侮られては困ります、私が今の魔王様程度に遅れを取るとでも?」
「……そんな事言われても……メイドさ――メイドの事、わたし知らない」
「……それもそうですね」
静謐とした空間に、氷のような威圧感が張り詰めるのを魔王は肌で感じる。
その威圧感が正面に立つメイド服の女性から発せられている事も。
思わず全身がすくみ上がる。
「今はメイドをしておりますが、元は前魔王陛下の独立近衛をしておりましたこの身、一師団にも劣らないと自負しております」
●
「黒い魔力は使われないのですか?」
真っ白な空間、そこに浮かぶ一対の椅子とテーブル、そこに腰掛けたメイドが魔王に問いかける。
二人の間、テーブルには紅茶が置かれている。
「使いたくても使えない、使い方が分からないから」
魔王は椅子に腰掛け、足をブラブラと遊ばせながら不貞腐れた表情で言う。
「でも感覚はあるのでしょう?」
そう言って首をかしげるメイド。
魔王はメイドには一度説明していた。
自身の中に流れるドス黒いほかとは違う魔力と、それが外に出ればどうしようも無いことも。
「使い方分かっても使いたくない、あんなの」
魔王は机に伏せる。
「……それでもいつかは、向き合わなければいけなくなるのですよ?」
「……わかってる」
視線だけを上げ、メイドを見上げる。
「その時はメイドもいてくれるでしょ?」
「さて、どうでしょうか」
メイドの言葉に、魔王は椅子を蹴倒しながら降りると、机を避けて椅子に座るメイドの腹に飛びつく。
そのまま無言できつくメイドを抱きしめる。
「意地悪でしたね、申し訳ありません」
そう言って離すまいと抱きつく魔王、その僅かに震える頭を撫でる。
「いなくなったら、やだ」
涙と鼻水で汚れた顔をあげる。
「ずっとお側におりますよ」
それをチーフで拭いながらメイドは笑顔で応える。
「後、たまに普通に話してくれないとヤダ」
「……はいはい、これでいい?」
「……うん」
「頑張りましょうね」
「うん」
メイドに抱きついたままだがそれでもしっかりと、魔王は頷いた。
●
「魔王様、お客様がお見えになられましたので、謁見の間でお待ち下さい」
魔王城の一室、頭上高くまで伸びた本棚にびっしりと並べられた本の山。
さながら図書館とでも言えるようなその一室、そこで寝転がりながら本を呼んでいた紫髪の女性――成長した魔王――にメイドが声をかける。
「客人? こんな所にか?」
「男性のお客様ですよ、お一人でしたが」
ふーん、と本を手放し、仰向けに転がりながら魔王は相槌を打つ。
「通したという事はお前の目には適ったという事か」
「そうですね……そんな事より、髪も服もボサボサじゃないですか、ちゃんと着替えて髪も整えて来て下さいよ」
「……めんどくさい」
「魔王様」
ピシャリとしたメイドの声色に魔王は渋々といった表情で起き上がると、服についたホコリを払い、長い髪に手櫛を通す。
「ダメ?」
「ダメです」
肩を落とすと出口へ向かう。
「十五分」
「……十分です、お早めにお願いします」
はいはい、と手を振ると魔王は部屋から出て行く。
「――頃合という事でしょうか」
その後ろ姿を見送りながら、メイドは一人誰にも聞こえない声で呟いた。
矛盾点、おかしな所ありましたらツッコミお願いします。
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