幕間 愛と情と、その行く末
今回と次回はメインストーリーとはちょっと違う話になります。
随分と削ったと言うか削りすぎた気がするんですが、それでも多くなりました。
ある人物の過去話になります。
彼女はいつも一人だった。
一人、と言うのは厳密には違うかもしれない、彼女の周りにはいつも人間ではない『何か』がいた。
幼い頃は皆見えていると思っていた。
けれど成長するにしたがって、そうではないのだと気付いた。
彼ら『異邦人』は普通の人には見えないのだ。
だから、普通でありたいのなら、見えていてはいけなかった。
だが、その時には既に遅かった。
友人も、学校の教師も、彼女を忌避した。
最後にたどり着いた肉親すら、彼女を理解しようとはしなかった。
父親は蒸発し、母親はそのショックで心を壊した。
彼女を引き取った温厚そうな祖父母ですら、影で彼女の事を、生まれて来なければ良かったのに、と言っていた事を彼女は知っていた。
ただ他の人に見えないものが見える、青白い瞳をした彼女を理解しようとする者は、誰もいなかった。
だから、真冬のその日、河に飛び込んだ彼女を探していたものは、きっと誰もいなかったのだろう。
不思議と冷たくは無かった、むしろ暖かいとすら感じたその水の流れに任せて、彼女の意識は混濁していった。
●
目覚めた時、彼女は洞窟の中にいた。
自身の上に掛けられた薄手の布。それを見て自分の身体が濡れていないことに気付く。
河に飛び込んだはずなのに、一体ここはどこなのか。
少し離れた位置で焚き火が燃えている。
ふと、いつも見えていた、『異邦人』達が見えない事に気付く。
気付くと同時に、目の奥から鋭い痛みが頭に走る。
「――!」
あまりの痛みに声にならない悲鳴をあげる。
「ん――? 起きたのか」
膝を抱え、頭をおさえる彼女の耳に、聞いたことの無い声が聞こえてくる。
「だ――れ……?」
痛みと熱で流れ出す涙とでボンヤリとした視界の中に、一人の人影を捉え、彼女は絞り出す様な声を出す。
浅黒い肌の色をした、銀髪の男。
その男が、こちらを覗き込んでくる。
「驚いたな、君は魔眼持ちか」
……マガン?
日常では聞かない、何かそんな言葉を反芻しながら、頭の痛みに彼女の意識は途切れた。
●
数日は半日起きているのも苦痛な日々だった。
彼女を拾ってくれた男は、自身を『魔王ヒースクリフ』と名乗っていた。
魔王、御伽噺、ゲームやそう言ったものの中に存在すると思っていたもの。
彼女は最初、頭のちょっと残念な人にでも拾われたのかと思っていたが、その考えはすぐに変わっていった。
何しろ彼――ヒースクリフ――が目の前で魔法を何度も使うのだ、信じるしかない。
そして彼女自身、自分の目がおかしい事に気付いていた。
目を開けると猛烈な頭痛に見舞われる。
そして視界に映るもの、その端々が凍りつきだすのだ。
ヒースクリフに聞いてみたところ、それは魔眼の力が制御出来てないせいであって、制御できるようになれば頭痛も収まるということらしい。
しばらくは目隠しをした状態で、洞窟の中でヒースクリフにひたすら『魔力操作』と言うものを教わる日々だった。
男の前でずっと目隠しをした状態なんて、などと思った事もあったが、身投げした身の上で何を、と苦笑し、何かあれば拾われた時点で起こっているだろうと自己完結した。
何より彼は、何となくだが、信じていいのではないかと思えた。
彼は彼女の事を深く尋ねはしなかったからだ。
一度だけ、
「私は多分、この世界じゃない世界からここに来たんだと思う」
と言ったところ
「そうか」
と彼は頷いただけだった。
どれくらいの日が経っただろうか、彼女も普通に動くことが出来るようになり、目は閉じた状態なら頭痛もしなくなっていた。目を開けた時の制御はまだまだ全然だったが。
ずっと練習し続けていた魔力操作のお陰で、目を閉じていても周囲をある程度感知する事も出来るようになった。
そうなって、やっと彼女は他の事に気を回すことが出来るようになった。
何より気になったのは、彼はいつまで私の面倒を見る気なのだろう、という事だった。
いつも彼女の近くにおり、食事の為の獲物を取りに行く時以外は、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼。
大凡イメージしていた魔王と言うものとは程遠い、しかしただ、確かに彼の存在に彼女は安堵していた。
だからこそ彼がいつまでここにいて、どうして世話を焼いてくれるのか、それが気になって不安で仕方なかった。
「ねぇ……?」
「ん、どうした?」
珍しく彼女から話しかけてきた事に、若干驚いたような声色でヒースクリフが返事をする。
「あなたは……いつまでここに?」
彼女の質問に、ヒースクリフは一度考えたあと、
「考えてなかったな、とりあえずはお前が大丈夫になるまでか」
「どうして、なんでこんな、知りもしない私のために?」
皆気味悪がって、怖がって離れていった、肉親でさえ。
そんな私のためになんて、何故?
ヒースクリフは腕を組み、解き、頭をかいた後、
「惚れたからな」
「――は?」
全く予想していなかった返答に、彼女は間の抜けた声を上げてしまう。
「惚れたんだ、お前に。
拾った瞬間一目惚れだな、仕方ないだろう」
ヒースクリフはやけっぱちの様な言い方で言う。
逆にそれが彼女にとっては、その言葉が嘘ではないのだろうと感じさせた。
「だからお前が嫌でないのなら、世話をしてやりたいと思っているんだが」
魔王に世話をしてもらうなんて、変な話である。
それにしても、他人に素直な好意を向けられると言うのは、何年ぶりだろうか。
記憶の中にボンヤリと浮かぶ、本当に幼かった頃、両親に笑顔で見守られる自分の姿。
不意に涙が出ていた。
「お、おい大丈夫か? どこか痛いのか?!」
「あ、う、うぅん、ごめんなさいそうじゃなくて――」
彼女は自分でも意識していなかった事に、慌てて目尻を拭う。
「じ、じゃあ、泣くほど嫌だったか……?」
「そうじゃなくて……うん、そんな事ない」
だから彼女は、
「だから、私からも、お願いしたい」
ヒースクリフの頬が緩むのが感じて取れた。
「そ、そうか、お願いされたのなら仕方ないな」
そう言って、互いに笑い合う。
こうして屈託のない笑顔を浮かべたのも、久しぶりだった。
「そうだ、よければ、名前を教えてくれないか?」
言われて気づく、まだ彼女は彼に名前すら名乗っていなかった事を。
捨てられた親に名付けられた名、正直に言えば好きではない、だが、しかし、これからは違うハズだ。
だから彼女は名乗った。
「私の名前、マナっていうの」
「マナ、か、万物の根源に繋がる、真理と同じ言葉」
ヒースクリフはそう言って、彼女が望んだ通りの笑顔で言った。
「素敵な名前だな」
●
幾年月が流れた。
ヒースクリフは見た目も力も、出会った頃より更にたくましくなり、名実共に魔王に相応しい人物になっていた。
そしてその一番近くで、彼女――マナ――も実力を付けていった。
二人を主幹とし、幾人かの幹部で纏めた魔王軍という名の組織は、幾度もの争いの末、魔大陸を平定していた。
マナ自身驚いていた事だが、この世界に来て基本的な身体能力が上がっていた。
それに加え魔法適性と魔眼、いつしか彼女自体も魔王の傍らに仕える者、氷の姫君と呼ばれるようになっていた。
ヒースクリフ曰く、転移者には往々にして特殊な力に目覚めるものが大半らしく、過去にも幾つか例があったらしい。
二人にとって問題だったのは、マナの身体は歳を重ねない身体になっている事だった。
「このままじゃその内、俺だけ寿命で死んじまうなぁ……」
「縁起でも無いことを言わないでください魔王様……」
白黒の侍女服に、いくばくかの装甲を付けた独特な服装のマナは項垂れる魔王に言う。
「硬い硬いぞマナー、二人の時くらいもっと砕けようぜー」
そう言いながら抱きついてくるヒースクリフ。
「ちょ、も、もぅ……人がいないからいいけど……夜、仕事が終わるまで我慢して」
言いつつも、まんざらではなさそうな表情でマナはヒースクリフを押し返す。
「おっしゃー、んじゃ世界平和のために頑張りますかね」
●
「それでは、後は人類側の承諾を得れば、和平は成立と言う事になるが」
ヒースクリフはいつにない真面目な表情で、大きなテーブルを挟み、反対側に座る男二人を見やる。
「私も異論はない、平和になれば魔王や勇者といったモノも不要になるだろう、それは喜ばれるべき事だ」
一人、豊かなあごひげを蓄え、身なりの良い男が言う。
「同意だ聖王」
聖王と呼ばれた男の隣の男が口を開く。
「俺もアンタと殺し合うのは二度とやりたくねぇし、やるなら酒を酌み交わす方が楽しいだろう」
まだ若さを残した、鎧に身を包み、背中に神剣を携えたその男は、笑いながら言う。
「それは、楽しみだな」
ヒースクリフもそれを聞いて笑みをこぼした。
隣に立つマナは何も言わないが、ただどことなく微笑んでいるように見えた。
テーブルを囲む多種多様な種族の代表達の合意をもって、その時、世界の和平協定が結ばれた。
●
「あの子の目を見たか?」
「えぇ」
傍ら、魔王城の玉座に座る頬をつくヒースクリフ、その顔には幾重にも、年月を感じさせる深い皺が刻まれていた。
しかし隣に立つ次女服のマナは殆ど歳を取る事なく、昔の若い頃そのままの姿だ。
「あの子をまだあの夢幻牢から出す訳にはいかん」
ヒースクリフは眉間に更に皺を寄せ、額をおさえる。
マナはそれを聞いて思案を巡らす。
紫の髪色をした、小さな女の子の事を。
「あの子は、自分の力の事を理解しているのでしょう」
「そうだな、理解した上で、制御出来ぬ事を知り、諦め、自らあの場に残っているのだろう」
マナは思い出す、ずっと昔、鏡に見ていた自分の目。
あの少女の目は、それと同じ色をしていたのだと。
だからこそ。
「お前には、今後あの子の世話をしてもらいたい」
「ご命令とあらずとも、えぇ」
マナは優しく微笑む。
「かつて貴方が私にそうしてくれたように、私もあの子に」
そう言って目を開いたマナは、愛おしそうにヒースクリフの髪を撫でる。
「……すまんな、結局お前の呪いを解くことは出来なかった」
ヒースクリフはマナの腕の中に頭を寄せる。
既にこの城には彼とマナの二人しかいない。
「魔王故に子供を残す事も叶わぬ、お前に残していけるのが唯一あの子と、面倒事だけとは、情けないものだ」
「面倒なものですか、情けないものですか」
マナはその頭を抱きしめる。
「あなたは私に思い出を、愛を、家族さえも、言葉では表せないモノを沢山くださいました。
絶望に沈んで、凍えて、何もかも捨てて無くした私を拾い上げて、また温もりを与えてくれたのです」
自然と目に涙が浮かんだ。
「……最初は下心だったんだがな……」
腕の中のヒースクリフが力なく笑う。
「最初はそうでも、それからあなたはずっと、ずっと私に与え、私を愛してくれた」
腕の中の彼から力が抜けていくのを感じる。
わかっている、わかっているのだ。
それでも涙は止まらない。
「愛してる、ずっと、貴方がいなくなってもずっと、愛してる、ヒースクリフ」
「……あぁ、私も愛しているとも、この身が朽ち、魂だけになったとしても」
ヒースクリフは、自らの頭を抱きしめるマナの腕を解き、その手に自らの手を合わせ、指を絡める。
「楽しかったぞ、我が生涯の伴侶よ」
そう言って朗らかに笑った顔で。
彼の身体は光の粒になって、消えて無くなった。
組む相手を無くした手を、胸に抱き、マナは膝から崩れ落ちた。
「あぁ、ああぁ、ヒースクリフ……ヒースクリフ……ヒースクリフゥ……うっう、あぁ……」
独りなった城の中、マナの嗚咽だけがいつまでも響いていた。
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