最終話 深宇宙の円環(2)
その不可解な「集会」は、1宇宙日を経て突如として消失。その後、各宙域には元の超巨大質量存在が復帰した。天文観測局へ密かに提出されたデータは既存の天文学説を逸脱しており、分析は難航。一部から「ネコ科の行動特性に酷似している」との先鋭的な指摘もなされたが、保守的な分科会の主流派に黙殺される結果となった。
広域航宙観測局 天体物理・構造解析分科会 審議経過概要
1. 観測事実のタイムライン
◯ Day 0: 各航行禁止区域に点在していた超巨大質量存在(以下、対象群)が同時に消失。
◯ Day 3: 未踏破領域(第9外縁セクター)において、10個体以上の対象群が二百万キロメートル規模の円状に停滞している状態(いわゆる「集合事象」)を調査船『アルゴス-IV』が観測。
◯ Day 4(1宇宙日経過後): 第9外縁セクターの集合反応が瞬時に霧散・消失。
◯ Day 6~: かつて対象群が潜伏していた各航行禁止区域において、元通りの位置へと段階的に質量反応が復帰したことを確認。
[分科会における分析と主要学説の対立]
『アルゴス-IV』が持ち帰ったデータおよび波形解析を巡り、特別分科会では従来の天体物理学の枠組みを揺るがす激しい議論が交わされた。
A. 主流派(保守派)の見解
「局所空間の相転移および位相干渉説」
◯ 主張: 対象群を「単一の生物」や「独立した個体」と解釈すること自体を非科学的と一蹴。
◯ 解釈: 今回の事象は、高次元空間の歪みが一次的に特定座標(第9外縁セクター)へ収束した結果生じた「干渉波の干渉縞」である。1宇宙日での消失と元座標への復帰は、次元の周期運動による位相の復元に過ぎない。
◯ 結論: 危険宙域の指定および監視体制は従来通り維持し、天体物理学の枠組みで重力波の周期性をモデル化すべきである。
B. 少数派(先鋭派)の異端提起
「広域型超次元生態系および行動類似性仮説」
◯ 主張: 主流派の数理モデルでは、集会時の個別運動(尾状構造の微小な同期運動や、打撃を行わない穏やかな滞空)を説明できない。
◯ 解釈: データが示す挙動パターンは、古くから地球型惑星の小型哺乳類(特にネコ科生物)に見られる「社会的集会」の行動力学と98%の相関関係を示している。
├縄張り意識の強い個体同士が、特定の時間と場所に理由なく集う。
├互いに一定の距離を保ち、直接の争いは行わない。
└一定時間が経過すると、何事もなかったかのように各々の縄張りへと戻っていく。
◯ 結論: 対象群は高等な意志または本能を持つ超次元生命体であり、今回の移動は「単なる集会」である。
[審議の結末と決議]
先鋭派の提示した「ネコ科行動類似説」は、あまりにも荒唐無稽かつ擬人化(擬生物化)が過ぎるとして、厳格な数学的証明を重んじる分科会の主流派からは激しい反発を受けた。
「数十万キロ規模の質量体が『お互いの顔を見に集まった』などという論文を公表すれば、我が観測局は学術界から笑いものになる」
この重鎮たちの鶴の一声により、先鋭派の意見書は公式議事録の注釈(補足資料)へと追いやられ、本報告書は「未解明の位相空間ゆらぎ現象」として結論付けられた。
[静かなる宙域の日常]
かくして、真相は再び学術と行政の深い闇へと葬り去られた。
かつて対象群が「留守」にしていた航行禁止区域では、戻ってきた超巨大な存在たちが、何事もなかったかのように再び静かな「寝息」を立て始めている。
彼らがなぜ集まり、あの二百万キロの円環の中で何を確かめ合っていたのか。
それを知る術は、人類には永遠に与えられない。
航行禁止区域という暗黒の帳の奥で、規格外の超巨大存在たちは今日も静寂の中で微睡みながら尾を揺らしている。
完




