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第七話 美姫には話が通らない


 白と金を基調にした王居は立ち入るだけで眩い。離れと呼ばれる自分の住まいが斑模様の大理石を用いた旧城であることを差し引いてもじゅうぶんに明るく、光輝に満ちあふれている。


 案内された客間で、ラルクはまたもや呼吸を忘れた。――今度は、抱きつかれなかったにせよ。



「ラルク様。お召しとうかがい、参じました。うれしゅうございます」


「こんにちは、ローザリッテ嬢。急に呼び立ててすまない。俺が公爵家に行こうと思っていたんだが」


「いいえ。今日は、こちらの王太后陛下からお招きに預かっておりました。登城の予定はありましたから。それに」


「……それに?」



 白大理石の壁、金の装飾、薔薇色のビロード張りのソファーに掛けた妖精のような令嬢が、ほんのりと伏せた銀のまつ毛にまで愛くるしさを宿す。白くすべらかな両手を胸の前で、そっと組む。紅水晶(ローズクォーツ)の瞳は、影がかかると淡い菫色にも見えるのだな……と、ラルクは素直に感嘆した。


 ラルクの視線に気づき、ローザリッテは喜びを隠しきれない様子で顔を上げる。



「ラルク様は、わたくしの未来の旦那様です。いつ何時(なんどき)でもお側にお呼びくださいませ」


「あー……ローザリッテ嬢。その話なんだが」


「? はい」



 にこにこ、にこにこと笑顔を崩さない柔和な令嬢に、さすがのラルクも胸を痛める。客間付きのメイドたちが紅茶と焼き菓子のセットを終えて再び壁際に戻るのを、じっと待った。

 それから、真摯に見つめる。


 ――できれば、傷付けることなくわかって欲しかった。

 紛れもない(いわ)く付き。『ティリエル第一王子』の自分と婚姻など、何かの間違いなのだと。

 場合によっては泣かせることも覚悟して、ラルクは口をひらいた。



()()()()()()()()()教えてもらいたい。貴女は、なぜティリエルに?」


「あなたの妻になるためですわ」


「それは、俺が貴女の名前を当ててしまったからだろうか? いつ?」


「教えられませんわ」


「…………質問を変えよう。貴女が国を追われた理由とは?」


「ええと。家のために大嫌いな相手に嫁げと言われました。拒むためには、わたくしが運命と定めた御方と(めあわ)さるしかなかったのです」


「国は、東のどちらだったかな」


「お答えできません」


「手詰まりかよ……!!」



 さっそく地がこぼれてしまい、ラルクはあわてて手で口を塞ぐ。居住まいを正した。会話じたいは「失礼」「構いませんわ」と続き、なかなか強心臓な令嬢ぶりが窺える。


 ――――本当は、状況を整理して、ローザリッテ自身から求婚を(ひるがえ)して欲しかった。

 なのに、これでは(らち)が明かない。

 ラルクは令嬢のティーカップがほぼ空なのに気づき、ちらりと中庭に続くテラスへ視線を流した。



「よければ、庭を歩きませんか。少しだけ」


「! はい。もちろん」



 喜んで、とローザリッテははにかんだ。



   ◇◇◇



 王太后の茶会の時間に間に合うよう配慮し、ラルクはテラスの先にある薔薇園のみを案内した。

 昨夜のホールは庭を挟んだ対角線上にある。よって、同じ場所ではあるものの、夜と昼では様相が違う。客人を連れて柔らかな芝の上をそぞろ歩く。


 ラルク自身は夜歩きに慣れているため、ここまで明るい時間帯の散歩は新鮮だ。


 とはいえ、目的は壁の耳であるメイドたちから離れること。庭のそこかしこに衛兵は立っているが、彼らは目視で王族と来賓の無事を確認できていれば良い。


 ほどほどに会話が聞き取れないだろう位置までたどり着き、ラルクは傍らの少女を振り返った。



「落ち着いて聞いて欲しい。俺は……、この見合いを受ける気はない」


「どうしてですか?」


「どうしてって」



 ぐぬ、と反応に困り、ラルクは眉を寄せる。それから細く長く息を吐いた。


(落ち着け、落ち着くんだ。ラルク・ウィル・ティラーゼ。彼女はそう、外国人。ティリエル語は不足なさそうだが、ところどころ理解できない単語があるのかもしれない。やさしい言葉に直さないと)


 瑞々しい薔薇のアーチの下、輝く緑や薔薇よりもうつくしい、ひと目を惹く美少女を悲しませることに今から辟易とする。

 もう、絶対、金輪際無茶な見合い話は持ってこさせないぞ、と内心で弟王(セイン)を罵りながら。



「相手が誰であれ、俺は、妻を持てない。そういう身の上だから」


「……王統に配慮していらっしゃる? それとも、ご病気なのですか?」


「えっ、それはない。健康体ではあるが」


「では、良いではありませんか」


「ええ!? いやいや?」



 予想外の返しに、ラルクは思わず怯んだ。

 ローザリッテは、暗に次代の王位継承争いを避けるためかと問うてきた。直球で身体的欠如か、とも。

 不慣れな言語への理解力の欠如かと思いきや、とんだ語彙力と大胆さだ。いよいよもって困り果てる。


 額に手の甲を当て、薔薇のアーチの遥か上空に目を凝らす王兄殿下に、ローザリッテも困り顔となった。


「あの、わたくし、決して口外いたしません。ラルク様の憂いをお話しくださいませ。きっと、お力になりますわ」


「お力……」



 ――ならない。

 目下、こんなに無垢で華奢なご令嬢に、【ティリエルの掃除屋】である自分の何を助けてもらえるのだろう?


 言葉選びも難しい。

 何しろ、ラルクは公では官職に就いていない。ただの、王家の穀潰しだ。日々の暗躍の甲斐もあり、差し迫ってティリエルが婚姻外交をする必要もない。

 ……詰んだ。表向きには何の問題もない。


 ラルクは、精一杯に契約に反しないよう説明につとめた。

 ようは、ティリエルの守護精霊を。シェイドの存在を隠さねばならない。ならば、こう告げるしか。



「これは……秘密なんだが。俺には、王族としてではない別の仕事がある。それは危険が付きもので。夜も不在がちだ。到底妻帯など」


「まあ!」



 苦渋の表情のラルクと正反対に、ローザリッテは麗しのかんばせを輝かせた。

 おかしい。気のせいでなければ「わくわく」とでも頬に書いてありそうな――熱烈な好奇心を感じる。

 まずい、と直感したラルクは後ずさったが、左手を両手で包まれた。力は強くないのに、有無を云わせぬ気迫と手指の繊細さのギャップがあまりにもひどくて、動けなくなる。



「……俺の話は聞いてくれたか? ローザリッテ嬢」


「ええ、もちろん」



 きゅっと指に力を込め、令嬢が元気いっぱいに微笑む。ほころぶようなその笑顔には、嘘も翳りも見当たらなかった。



「ご安心ください。わたくし、妻として、ラルク様のお仕事を全身全霊でお手伝いいたしますわ……!!」





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