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第十七話 精霊は、あるじを守りたい



「兄上。ちょっといいですか」



 扉を叩くノックの音。

 夜ふけ前のひととき、いつも通りの気楽さで兄の部屋を訪れたセインは、ちょうど長椅子に寝そべっていたラルクの向かいの側の席に腰をおろした。

 小ぶりな蒸留酒の瓶を持参しており、シェイドにグラスと酒の(さかな)を要求している。

 つん、と横を向いたシェイドはすげなく「乾き物しかありません」とあしらっており、それでもいいと食い下がっていた。


 シェイドはグラスをふたつ用意し、しぶしぶと退室する。厨房にでも行ったのだろう。

 すると、扉が閉まったとたんに襟元をくつろげたセインは前のめりで座り直しし、片方のグラスを兄に差し出した。



「はい! とりあえず座って。乾杯しましょう。今日は昼前からお疲れ様でした」


「お疲れ様は陛下のほうだろう……? 俺は、たまたま立ち会っただけで」


「いや、僕は、兄上だからこそこんなに早く収まったんじゃないかと思います。さっき、取り調べの報告書が上がったんですが」


「え、もう?」


「ええ。会食中でしたが」



 ――それで、夕食後の一杯を旧城(ここ)で過ごすと決めたらしい。すっかり「弟」の顔になった国王陛下がやれやれと眉尻を下げる。


 セインは手酌で注いだグラスを傾け、丸暗記したらしい報告書を滔々(とうとう)(そら)んじた。


 (いわ)く。

 最初に供述したのは、まだ年若いロディタ男爵令嬢ミラだった。


 彼女は父親の男爵とそりが合わず、折につけて対立していた。二人姉妹の長女であるミラは、ゆくゆくは爵位を継ぎ、寄り親のヘデラ侯爵家の新規事業に乗っかる形で家を盛り立てたかったらしい。


 が、ロディタ男爵は領地経営がうまくいっておらず、当面の資金繰りのため、早々にミラを嫁がせたかった。

 当然、持参金が不要な方向性で、だ。


 ミラは今年十六。そうなれば結婚が法的に認められてしまう。このままでは、金銭的な援助と引き換えに高位貴族の狒々爺(ひひじじい)や有力商家の後妻に――


『だから、思い出したんです。こういうとき、悪い貴族を葬り去ってくれる騎士様が居るじゃないって』


 ぽつぽつと聞き取りに応じていたミラは、そのときようやくすべてを打ち明けた。


 伝承でも噂話でも、『粛清の騎士』といえば全身黒尽くめ。黒髪に銀の仮面と決まっている。容姿は「大男」「手弱女のよう」「小柄な」「中肉中背」と、いまいち定まらないが、近年は「スラリとした」が主流だった。偽装はどうにでもできると思ったらしい。


 ミラは身分を隠し、街で黒髪の困窮者を探し出して、装束とともに金貨を与え、こう命令した。


『この日、この時刻に辻を通るロディタ男爵家の馬車を襲いなさい。狙いは当主。大丈夫。その辺で立ち往生するよう、車輪に細工をしておくから』





 ――――――


「そうして、下町の芝居小屋で働いていた借金漬けの男は『粛清の騎士』を名乗り、ロディタ男爵の馬車を襲いました。しかし、恐怖で震える男爵から毟り取った金品ですっかり満足したのか、翌日には住居を引き払っていたそうです。ミラ嬢は『そいつこそを捕まえて!』と担当官に訴えたみたいで。元気ですよね」


「な、なるほど」



 ラルクもまた、げんなりとした。

 わかってしまえば、相当な内輪揉めに名を使われたことになる。

 この場合はミラ嬢に殺人委託の罪が問われるのだろうが……


 では、ヘデラ侯爵は? と問うラルクに、セインは微妙な様子で肩を落とした。「それが」



「続きは僕が話しましょう」


「! シェイド」


 銀盆を片手にするりと帰ってきたシェイドは、どうぞ、とセインの前に酒肴の皿を置いた。たしかに乾物メイン。ナッツ、燻製肉、ドライフルーツ……。一国の王に供するには、かなり扱いがぞんざいだ。


 次いで、ラルクの前にはほかほかと湯気をあげるリゾット。カトラリーとともに、しゃんしゃんとセットしてゆく。

 寝転がった姿勢を改め、むすっと座りなおしたラルクに、シェイドは保護者のような笑みを浮かべた。



「だめですよ殿下。ちゃんと召し上がらないと。せっかく、こうして国王陛下がご相伴を申し出てくれたんですからね」


「うるさい。面倒だったんだ」


「まさか。兄上、まだ食べてなかったんですか」


「いま食べる。――で? 続きは」


「いけない……早く腕のいいコックを派遣しないと。兄上が。兄上が」


「おーーい、戻れ〜セイン」



 返答そっちのけでぶつくさとこぼし始めたセインに、シェイドはふう、と嘆息した。僭越ながら、と語り始める。



「僕は、精霊体での調査結果からご報告を。ヘデラ侯爵の寝室にあった絨毯は魔除けではなく、手の込んだ呪詛でした」


「え!?」


「あの姿に戻ると、今以上に魔力の流れがわかるんです。代わりに物質の何にも触れられなくなるので、善し悪しなんですが。殿下……マスターの膨大な魔力を得るまで『あれ』は、どうやら北の辺境部族が作り出した失敗作だったようです。侯爵父娘(おやこ)は、北部辺境で相当あくどい商売をしていたようですね」


「失敗」


「絨毯は二枚あったんです。正確には一対の。ヘデラ侯爵のタウンハウスには、ふたつの失敗作が飾られていました」


「……ひょっとして。アイビー嬢の部屋にも?」


「はい。片方の絨毯はマスターの魔力を啜って完成し、『呪具を贈られた者』――つまり、呪われたヘデラ家の当主と令嬢に悪夢を送りました。当主は夢のなかで殺されたんです」


「!? 夢で死んでも、ふつうは死なないんじゃないか?」


「ふつうは。…………だから、()()()()()()()()()()()


「シェイド。あとは私が」



 それまで、おとなしく小姓姿の精霊の(げん)に耳を傾けていたセインが手を挙げた。

 シェイドは、わかりましたと頷く。



「ここからは、アイビー嬢の証言を。あの夜、悪夢にうなされた彼女は、夢のなかで啓示を得ました。『家に巣食う化け物を退治しなければ』と。彼女は懐剣を手に、部屋を出た夢をみたそうです」


「!! それって」


「結果、夢ではありませんでした。犯人は彼女です。しかし――――操られていました。犠牲者でもある、と、担当官は判断しています」



 しずかに。

 私も同意です、と、セインは両手でグラスを握った。


(そんなこと……。じゃあ、俺のせいで)


 食べかけのリゾットの横にカトラリーを置く。とてもじゃないが、食事を摂る気になれなかった。



「マスター。それは違う」


「……違わない。読むなよ、ひとの心を」


「いーや、言わせてもらう」



 目を閉じ、再びひらいたシェイドの瞳は金。

 縦長の同色の瞳孔は、いま、しっかりとラルクを見据えている。



「癪だが、あのお嬢さんも言ってたろ。『不幸な偶然が重なった』と。それがすべてだ。――――王。明日、あのお嬢さんを呼べ。あいつにしか視えてないことがある。ぜんぶ喋らせろ」


「ローザ嬢か? しかし彼女は」



 口ごもり、気まずそうに視線を逸らすセインを、シェイドは叱咤した。



「僕を誰だと思ってる。開闢以来の、この国の守護精霊サマだぞ。いいか? 欠片(ピース)を揃えろ。それでハッキリする」




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