第十六話 掃除屋は失恋をやさしいものととる
その後、駆けつけてくれた騎士たちをねぎらい、蔓でぐるぐる巻きになった令嬢がたを託したことで、事件は一旦ラルクの手を離れた。
彼らが到着する前のわずかな時間。
ローザリッテは、連れられた先はヘデラ侯爵邸の一室であったと話した。
縄の代わりに用いた蔦は窓辺に垂れていた観賞用のもの。それらを生育魔法で一気に伸ばし、機を見て操作魔法で縛り上げたとか。
「ちょっと手荒でしたわね」と、本人は反省していたが。
(いや……違うだろう!? 反省するところが!!)
ラルクは呆気にとられた。
状況を鑑みるに生育魔法のスピードが速すぎるし、操作の精度も高すぎる。意にそまぬ婚姻事情で国を出たと話していたが、彼女ほどの腕があれば、どの国だって魔法使いとして欲しがるだろう。本人は望まなかもしれないが。
(そういえば……『粛清の騎士』を騙ったのは、あのなかの二名と言っていたか。ヘデラ侯爵の死についても。いったい、どうやって調べたんだ??)
――ともあれ、重要参考人である令嬢がたを引き渡した以上、あとは治安担当の騎士や内政官たちの管轄。当事者を洗うなり、関係者をあたるなり、きっちりやり遂げてくれるだろう。
そうして諸々の采配を終えた頃。
ふと、同じく立ち働いていたハーネスから「殿下は?」と問われた。
「差し出がましいことかと思いますが。その……」
「? ああ、うん」
ちらりちらりと寄せられる彼の視線から察するに、これは、ぴったりと隣に貼りついて離れないローザリッテについて訊かれたのだろう。
ラルクは頷いた。
「馬車を一台、回してくれ。俺が彼女をポートメアリ公爵家まで送ろう」
◇◇◇
「すまないな、こんな格好で」
「いえ」
おっとりと微笑むローザリッテの口ぶりはどこまでも柔らかく、メインストリートを行儀よく北上する馬車の蹄の音と妙に合致した。長閑ですらある。
おまけに「どんなお姿でもわたくしにはわかりますから」などと告げられ、思わず赤面しそうになる。
困った。少女の大胆さが天井を知らない。
向かい合わせの席で必死に平静を装うラルクに、異国の令嬢はほんのりと追い討ちをかけた。
「ところでラルク様。精霊がいましたね」
「!!!!!! え、あー……ローザリッテ嬢?」
「はい?」
「えっと。そうそう。タペストリーから出た奴らだな。ふたりいた」
一瞬、はげしく動揺した己をラルクは呪った。
彼女の言う「精霊」とは、門番の精たちのことだろう。
少女は少し考えるそぶりをしたあと、にこっと視線を戻す。
「……ええ。そうですね」
「ん」
しれっと瞑目して腕を組んだが、ラルクの心臓は、いまや全力疾走ものだった。背もたれに寄りかかって街並みを見るふりをするも、内心は大暴れだ。
(〜〜危なっ!? しっかりしろ、俺!! シェイドとの契約が解けちまうだろっ、こんなことで!?!?)
罵倒の先は、おおむね自分だった。
真の精霊体のシェイドは、契約者である【掃除屋】と、その後継者にしか見えない。
あるいは同じ精霊か、より高位の精霊と契約した人間でなければ知覚できない。闇より高位のモノなど、そういないはずだ。
(――――だから。あいつは昔、かなりの力を割いて仮初めの姿を実体化させたんだ。代々の王たちに、王国の守護を実感させるためだけに)
契約が結ばれて数代。
【掃除屋】の存在を忌むべき悪習ととらえる風潮が生まれた。第一王子と第二王子は生母が同じで、ふたりとも賢く、やさしかった。王も内心では憂いていたという。
そんな彼らに現実を知らしめるため、シェイドは今の形態を選んだ。王宮全体に結界を施したのもその頃だ。
以来、ごく限られた範囲内ではあるが、闇の精霊は【掃除屋】の専属小姓として認知されている。
当代においてはセインも。
神殿に入った実母も。
王宮に残った、セインの母である王太后からも。
いずれはレオニアも、セインの妃となった暁には滞りなく知らされるのだろう。
――義兄が、本当は何者なのかを。
(そうなったら)
盗み見るように視界の端のローザリッテを意識する。
薄紫のワンピースに、ふわりと銀の髪をおろして両手は膝の上に。同じ車窓から街並みを眺めている。
きらきらと輝く澄んだ紅水晶の瞳は夢みるようで、見るものを無条件に甘く儚い気持ちにさせた。
“幸福”が、ひとの形をとったようで。
「ラルク様。どうかなさいましたか?」
「いや。……何も」
視線に気づいた彼女が不思議そうに問う。
ラルクは、まぶしそうに目を細めた。
(彼女は光のなかに佇むべき女性だ。いまは、とち狂ってるセインも、世話を焼いてくれているレオニア嬢も。そのうち理解してくれるだろう)
ラルクは、珍しくやさしい、柔らかな気持ちに満たされた。
「何でもないよ。ローザリッテ嬢。ありがとう、いろいろと」
◇◇◇
その夜。
旧城のラルクの私室を訪れたセインは、令嬢たちを取り調べて判明した事実を、なんとも言えない顔でこぼしに来た。