37.最凶の錬金術師
♠ ♁ ♠
そこはジメジメとした、鉄っぽい匂いがしみ込んだ薄暗い場所。
アルクマール中央第一大監獄。
錬金術で重罪を犯した犯罪者が集まる第一級監獄であるそこに俺は忍び込んでいた。
当然、いつもの恰好ではなく、紺の制服と警察帽を目深にかぶった看守役。
コツコツと革靴が高い足音を立てて、薄暗く冷たい廊下を歩く。
壁と床は冷たい石で、ところどころにシミやひび割れがあり、ひどく不気味だった。
人払いするまでもなく、周囲にまったく人気無し。
看守どころか、囚人の姿もない。
ここは本来なら、死刑囚がいれられる厳重管理部屋であったり、懲罰房があったりする場所。
極悪すぎて、ほとんど人が入らない。
たった一人を除いて。
「ここか」
アルクマール大監獄の中心地のさらに地下。
頑丈で重い分厚い扉を強引に開くと、さらに奥に鉄格子があった。
二重になった厳重な牢獄。
日の光も入らない場所にそいつはいた。
――拘束衣に入れられ縛られた一人の男。
白髪で目つきの悪い灼眼に、病的なまでに白い肌。
拘束衣でわかりづらいが線は細い。でも臆病でも弱い印象も全く受けない。
それは、その男が何年も縛られているとは思えないほどに怒りに満ちた苛烈な目をしていたからだ。
――さあ、楽しい楽しい犯罪者との面会のお時間だ。
「まずは初めましてだな。【最凶の錬金術師殿】?」
帽子を取り、挑発的に笑って言った。
男の目がぎょろりと向いた。
♠ ♁ ♠
伸びきったぼさぼさの白髪に、憎悪に満ちた灼眼。
二重の厳重な牢獄に入れられ、手足を縛られてもなお全身から放たれる怒気は、近づく人に恐れを抱かせるには十分すぎるものだった。
重罪人の中でもさらに極めつけの極悪人。
ヴェルナー・シュトゥルム。
別名【最凶の錬金術師】。
【最悪の事件】で研究所や国の重要建築物を含めた34軒の家屋を破壊し、百名以上の重傷者を出した第一級危険指定人物。
レヴィからの情報では、事件当時はベネラクス錬金大学校の軍術部で校内でも有名な不良だったらしい。
俺がなぜこの事件に入れ込むのか。
それは聞いた情報から不審な点がいくつもあったからだ。
まずヴェルナーは国の要人や公爵家の憲兵たちを殺しているあの事件の主犯だ。
既に死罪になっていてもおかしくない。だけど今見た感じでは拷問を受けた様子もない。
用済みと判断されたなら、未だ無事に拘束されているのはなぜだ?
気になったから、俺はこうしてここに来た。
「んだぁ? 久々に人が来たらと思ったらよォ。仮面付けたふざけた野郎かよ。ピエロを呼んだ覚えはねぇぞ?」
見た目にたがわず存分に苛立ちを含んだ声音。
普通だったら、ここで話しかけるのを止めてしまいたくなるほどだ。
それでも俺は話しかけた。
「ピエロじゃねぇよ。俺に人を楽しませる趣味はない。ましてや、滑稽なことをする気もない。そんな風に手足縛られてじっとしてられるほど変態でもない」
「喧嘩売ってんのかテメェ」
がしゃんと拘束具から甲高い音が鳴った。
ヴェルナーがとびかからんとしたせいで、金具同士が派手にぶつかったのだ。
動けないとわかっていても、ヴェルナーは俺に噛みつこうとしてくる。
「こんな場所まで来ておちょくりに来たんかよ? ビビってんだろ? 牢屋で拘束された奴じゃねぇと怖くて話しかけられねんだろ? んな仮面付けねぇとまともに人の目も見れねぇんだろ? 自分を隠して偽らなきゃオレと話すこともできねんだろ? クソピエロじゃねぇか」
大声で笑い声をあげるヴェルナー。
冷たい部屋に下品な笑い声が響き渡った。
ヴェルナーとは対照的に、俺は静かに笑う。
「クソピエロはお前だろ? 友達に売られたヴェルナーくん?」
「……あ?」
言ったとたんに、ヴェルナーの笑いが鳴りやんだ。
再び憤怒に満ちた目で俺を睨む。
「オレを売った、だと? オレを売ったあの野郎が友達だと?」
一瞬、静かな沈黙。
だがすぐに――
「ふざけんじゃねぇ!! あの野郎は必ず殺す! ぶち殺す! クソ殺す!!」
烈火のごとき怒りが撒き散らされた。
さっきの笑い声以上の大声が響き渡り、鼓膜を直接叩いたような衝撃が起きた。
ヴェルナーは口から荒い息を吐き、血走った目で俺を睨む。
「テメェ! あの野郎は今どこにいる!! 吐きやがれ!」
「知ってどうする? こんなところで繋がれてるお前には何もできないだろ?」
「知るか!! 繋がれてようが関係ねぇ! ぶっ殺す! オレたちを売ったあのクソを百回殺す!!」
暴れるヴェルナー。
がしゃがしゃと拘束具が鳴り響く。
俺が来る前には心臓の鼓動しか聞こえないくらい静かだったのに、今はどこよりもうるさい。
「答えろ! クソピエロ! そんでオレをこっから出せ!」
「注文の多い野郎だな」
息を荒げ、叫び続けるヴェルナー。
彼が落ち着くまで、俺は何も言わずに待ち続けた。
一頻り彼が吐き出し、荒い息を吐きつつも落ち着いたところで俺は再び口を開く。
「ここに来たのは、話が聞きたかったからだ。教えてくれれば、もしかしたらお前の言うことを叶えてやってもいい」
「ザケンなよ、テメェに話すことなんか何もねぇ。いいからこっから出しやがれ」
話す気はないようだが、話してもらわなければ俺が困る。
ライナーの名前を出すと、さっきみたいに暴れそうだな。
となると、出すのはもう1人だ。
「シャルロッテ・ヴァン・グリゼルダ」
名前を出した途端に、ヴェルナーが静かに殺気を向けてきた。
「……なんか言ったか? テメェ」
本気の脅し声。
それでも俺は飄々と笑った。
「言ったよ。お前のもう一人の大事な友達だ。話を聞かせてもらいたいな」
「テメェに聞かせる義理はねぇ。話したところで、テメェに何の意味がある」
鉄格子を掴む。
仮面の口元を開け、今度は俺が挑発的に笑ってみせた。
「ここから出してやる」
明確に、ヴェルナーの瞳が揺れた。
「それでテメェに何の得があんだよ。オレを出して何のメリットがある?」
「当然、俺のためだ。お前は俺のためにここから出て、俺のために動け」
「アァ?」
ヴェルナーが怪訝な声を出した。
まあ、当然だろう。
こんなことを言われて、この狂犬が素直にうなずくはずがない。
だが、だからこそ言った。
こいつは必ず――
「……いいぜ、ここから出すってのが事実なら話してやるぜ。どのみち話したところで痛手はねぇしな」
ヴェルナーは笑った。
「あの忌々しいクソ野郎のツラぶん殴れるならなんだってしてやらぁ」
そして、彼は話し出す。
【最厄の事件】が起きた、あのときのことを。
ベル 「あれ、どっちが囚人かわからない……」
ウィル「よくみろ、人の良さそうな顔をしてる方だ」
マリナ「じゃああっちがウィルだね!」
ウィル「そっちはヴェルナーだ! 囚人服を見ればわかるだろ!」
ベル 「いや顔で判断しなさいよ」




