35.また来る
♥ ☽ ♥
「あなたがライナー・ネーヴェニクス?」
「その通りですが、随分と不躾な人がいたモノです。誰ですか、あなたは」
ライナー・ネーヴェニクス。
アリータのお兄さん。
友達のためにすべてをなげうったという人。
でもウィルが聞いた話では、友達を売った人。
真実が何なのか、わたしたちの目的に彼が合致しているのか。
わたしは彼の存在を確かめようと思ってここに来た。
ようやく会えたライナーは部屋の中にいたわたしを見て、そしてわたしの下にいる少女を見た。
彼は一瞬目を見開くも、すぐにいつも通りの疲れた目に戻る。
そして、深いため息を吐いた。
「聞くまでもないですね。僕がやるべきことは一つです」
ライナーは腰に手をやって――
「我が結社の掟です」
目にもとまらぬ早打ちで銃を抜き、発砲した。
その瞬間、自動的にわたしの前に《かぼちゃ人形》が躍り出て、
飛び出した弾丸に貫かれて爆散した。
狭い室内に爆風が吹き荒れ、視界が煙に包まれる。
――わたしは剣を手にして煙を突っ切り、ライナーの眼前に飛び出した。
「なに?」
晴れた視界の先には、目を丸くしたライナーの顔があった。
わたしは刃を振るう。
「フッ!!」
「っ!」
至近距離で刃を振ると、ライナーの銃剣がわたしの剣を切り払い、防がれた。
だけど、狭い室内でリーチの長い銃剣は不利。
わたしは剣の峰を使ってライナーの手首を叩き、銃を遠くへ飛ばした。
「……チッ!」
ライナーはすぐに距離を取りつつ、近くにあった全く同じ銃を手に取ろうとしたけど、その前にわたしは《甘いかぼちゃ人形》でライナーを囲った。
《かぼちゃ人形》を危険だと判断したのか、ライナーは動きを止めた。
「……話がしたいだけ。手荒なことはしたくない」
ライナーは苦々しい顔を浮かべる。
「よく言いますね。自分を殺せる武器を持った相手の言うことを信じろと? あなたはただの侵入者です」
「勝手に入ったことはごめんなさい……あいさつしたけど、彼女に襲われたから」
剣を降ろして謝罪をしたけど、ライナーは未だにわたしを憎々し気に見ていた。
「謝罪を受け取る意味はありません。こんなところにやってきて企業秘密まで目にしたのです。ただで返すとお思いですか?」
「ただで返すしかない……だって、あなたにはリスクがありすぎるから」
ライナーは片眉をあげた。
「リスク? 僕があなたを殺すことにリスクがあると?」
「ええ……だってわたしは、この国の王族に気に入られているから」
ライナーの手がピクリと動いた。
今言ったことは事実だけど、わたしの望むことじゃない。
でも、だからこそ、使える状況ならわたしは使う。
「この結社は王族と契約を結んでる……その王族に嫌われるようなことはできないでしょう?」
「……確かに、それが事実なら厄介ですね」
ライナーは再び冷静な表情に戻った。
そして、腰の後ろに隠していたもう一つの銃を素早く抜いて、再びわたしに向けた。
「ですが、この結社が王族に媚びを売るだけの結社だと思っているなら大間違いです。僕はあなたを殺しても問題ありません。結果は何も変わりません」
ハッタリではない、明らかな覚悟を持った言葉。
続けてライナーはわたしの足元に数発発砲した。
わたしは背中に冷や汗が流れるのを感じながらも気丈に、胸を張って堂々と彼の目を見て言った。
「あなたの友達を助けられるとしても?」
今度こそ明確に、ライナーの瞳が揺れた。
先ほど以上に警戒して、わたしに銃を突きつける。
「あなたは何を知っている?」
「たいしたことは知らないよ? ……だから知りたい。あなたのお友達のことを」
耳をつんざく破裂音と空気を切り裂く凶悪な音が、わたしの頬のすぐ横を通り抜けた。
頬にわずかな一筋の血が流れた。
ライナーが銃を撃ち、正確無比にわたしの顔すれすれを打ちぬいたのだ。
「残念ですが、僕から話すことは何もありません。さっきも言いましたが、結末は変わりません。余計なことをしないでいただきたいですね」
「あなたの妹もあなたのことを心配してる……話ができるかもしれ――」
「くどい」
また銃が撃たれ、さっきとは反対側の頬に弾丸がかすった。
銃に撃たれた髪がいくつも焦げ跡を残して落ちていく。
「余計なことをしないでください。あなたたちが何をしようとしているのかは知りませんが、僕に友達も妹もいません。誰と勘違いしているのか知りませんが、ネーヴェニクス姓など何人もいます。その妹と名乗る人物も大方ただの詐欺師でしょう」
ライナーが銃口を今度こそわたしの頭を打ちぬく軌道に乗せた。
彼の言葉に、わたしは眉根を寄せる。
「彼女からあなたのことを聞いた。あなたは友達のためにすべてを捨てたと……爵位も地位も名誉も家族も全部……捨てられた側の彼女はそれでもあなたを信じているし、そこほどまでして助けたかった人が友達じゃないとも思えない」
「そんな根も葉もない話に踊らされるとは、さぞ滑稽ですね」
根も葉もない? 滑稽?
ライナーの顔は疲れているし暗いからわかりづらいけど、アリータと重なる部分がある。
つまり、彼の実の妹はアリータで間違いないし、彼女が嘘をつくとは思えない。
でも確かに、アリータはアリータで思い込みが激しい。
……もしかしたら、本当にアリータの勘違いで、ライナーが家を捨てたのは友達のためでもなんでもないのかもしれない。
ライナー・ネーヴェニクス。
二つ名は【最低の錬金術師】。
ウィルが聞いた話では、アリータの兄ライナーは親友だったもう二人の錬金術師を売り、二人が投獄されるきっかけを作った。
彼は自身が《美しき希望》に入るためだけに、友達も家族もすべて捨てたのだと。
彼は最悪の事件の当事者であるにも関わらず、友を利用して一人だけ投獄されずにこの国最大の結社である《美しき希望》の中枢に入り込んだ。
そして今もなお、わたしを襲ってきたこの少女のように、人の体すら錬金術の材料として利用している。
全ての人を利用し裏切る。
だからこそ、ライナー・ネーヴェニクスは【最低の錬金術師】と呼ばれたのだ。
「あなた方の目的に興味はありません。とにかく、僕たちに関わらないでいただきたいですね。その命が惜しければ」
本気の殺意を向けてくるライナーと純真なアリータは似ても似つかない。
アリータはライナーに裏切られてもなお、未だに彼に騙され続けているのかもしれない。
本気で銃を向けてくる彼との会話は危険すぎる。
「わかった……とりあえず、今日は帰るよ」
「今日はじゃありません。今後一切来ないでください」
ライナーが銃を発砲するよりも早く、わたしはしゃがんで扉の方へ駆け出した。
彼は立て続けに発砲してくる。
ただ彼は射撃の腕がいい。
どこを狙っているのか、いつ撃つのかは、彼の視線と銃口で自然とわかる。
弾丸をよけ、部屋の中の物を盾にしながら、時にはかぼちゃ人形に助けてもらいながらわたしは扉を開け、部屋から飛び出した。
飛び出した瞬間に銃声が響く部屋のとびらを蹴って勢いよく閉める。
扉が閉まり切る直前で――
「その妹とやらに伝えなさい。あなたの兄はもう死んだとね」
楽し気なライナーの声を最後に、完全に扉が閉まった。
追撃の様子はない。
ただし、立て続けに起きた発砲音で施設内が慌ただしくなってきた。
「今の銃声はなんだ!?」
「例の実験室からだ!」
「すぐに迎え! 実験体を取り押さえるんだ!」
次々とわたしの――正確にはわたしがいた部屋に大勢の人の足音がやってきた。
潮時だね。
「会えたけどそれ以上の成果なし、か……とりあえず帰ろうか」
傍らにいた《甘いかぼちゃ人形》に話しかけると、かぼちゃは楽し気に踊りだした。
かぼちゃ人形によって姿を隠したわたしの横を、大勢の結社の人間が通り過ぎていった。
マリナ「アリータは妹として認めないって」
ウィル「まあ、アリータなら仕方ない」
ベル 「もしかしたら兄どうこうはアリータの妄想の可能性も」
マリナ「……なるほど、次会ったら聞いてみるね」




