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倭都タケル=吾のまほろば=  作者: 川端 茂
第三章
37/108

伊勢から纏向へ帰り、国主討伐へ出立前の昼餉で 二

 発声したヒサラが天皇に酒を注ぐ。皆は隣同士で酌をし、昼餉の膳を食し始める。天皇からコウスに酒壷が向けられた。来た、別れの酒盃だ。


「旅は長いぞ、水や食べ物に気を付け、病いにならぬよう心せよ。西国で見事目的を果たせ、勇敢な我が息子。」


 注がれた酒を押し戴き、一気に呑んで天皇に返盃する。続いてヒサラからも酒壷が向けられた。コウスはそれを呑み干して返盃すると、膝を滑らせて後ろへ下がった。

 ゆっくり両手を突いて、天皇に深く頭を下げる。夕べ遅くまで考えていた、覚悟の口上を述べた。


「父上、今日まで有難うございました。手前はこれから西国に出征致します。係る以上は纏向へ帰りたいなど、泣き言は申しません。叔母様から頂戴した伊勢神の神威を信じ、恵枇タケル国主を討つことだけを念じて戦い、潔くこの命を倭都に捧げます。出立前には母上とチヒコ、イ・リサネ軍師にも、今生の別れの時をお許しください。」


 それを聞いて驚愕したのはヒサラだった。参席の兵たちも手を止め、目を丸くして聞き入った。ヒサラは目に涙を溜め、コウスの両肩に手を置いて叫び声を上げる。


「おやめくだされ、コウス皇子。其方は西国へ命を捨てに行くのではあり申さんぞ。恵枇タケルを討って、堂々と凱旋されることを願い、我々はあらゆる手段を尽くしました、信じてくだされ。この口上を取り消しなされ、今生の別れではない。」


 席の兵たちは唾を飲み込んで固まったり、泣き顔になって鼻と口を覆ったりする者もいる。ただ覚悟を決めているニコルは、口を結んで表情を変えず、天皇とコウスを見ていた。


 天皇も固い表情でコウスを睨んでいる。ヒサラが優しい言葉を求める目で天皇を窺うが、口を噤んだまま何も言わない。

 コウスは思った。吾に男らしく死ねと言いたくても、それは公の場で発する天皇の言葉ではないからだ。


 昼餉の席はどんより曇った空に似て、重苦しい空気が漂っている。天皇はコウスの方へ向いて座り、体を低くしてコウスの左肩に手を置き、平伏している顔を覗き込んで話し始めた。


「よく言った、コウス。それ程の覚悟で臨めば、おのずと道は開けよう。其方が一人で行くのではなく、心強い女人剣士の相棒がいるではないか。後方からは百発百中の弓術兵が守ってくれる。」


 さらに天皇はコウスとニコルを安心させようと、言葉を加える。


「砦は落成の祝宴で、酒が入る。とりわけ恵枇タケルの周りには、招待した要人や側近が集まるので、危ない弓矢は使えまい。剣や槍が相手なら、二人は楽勝だ。今生の別れは帰ってから取り消せばいい。」


 泣き顔だったヒサラが、にわかに明るい声になって席を煽る。その通りだと席の兵たちに賑わいが戻った。


「そうだ。潜り込みさえすれば恵枇の国主くらい、手もない相手だ。国主が死ねば、兵は目が眩んだ蜂も同然だ。蹴散らして悠々と帰ればいい。」


 安心したのは沈み込んでいた席の兵たちだが、当事者のコウスとニコルの心は晴れない。それから半時ほどで昼餉が終わり、揃って宮廷の中庭に出た。


十八

 馬舎から二十頭の馬が並んで引き出され、旅の荷物が粛々と積み込まれる。日は天頂を過ぎたばかりなので、明るいうちに難波津に着くだろう。コウスの従臣二騎も、難波津まで警護するため加わった。いざ出立だ。


 一行は難波への街道を進み、井來山を超えて大田集落のある川内平野に出た。しばらく早駆けしていないので、少し懐かしく感じる。アマミに出会った一年前は冬の寒い日だった。今はもう田園一面が緑に色付き、爽やかで美しい。

 昼下がりで農民の姿はないが、数え切れない鳥たちが空を行き交っている。コウスは僅かな期待を抱いて、アマミが見えないか目を凝らす。


---アマミに会いたい。あの笑顔を見たい。声を聞きたい。


 西国への行進なので、今は考えてはいけないと自らを叱るコウス。どこまでも平らで南に広がる緑の草原、日を映して光る幾筋もの川、群を成して繁る大小の木々と鳥の群れ。そして大好きなアマミに心の中で、苦しい別れを告げた。


---恵枇タケルを征伐して帰るから、それまで待っていてくれ。


 難波津はもうすぐで、行く手に見えている。川内湖が迫り出た湖南こなん村まで進むと、街道沿いに老若男女が百人ほど集まって、我々の方に手作りの白い旗を振っている。何事かと思って近付くと、ラエム村長が先頭に立って深々とお辞儀していた。


「コウス様と皆様。西国へ遠征されると拝聴し、村の者とお見送りに集まりました。必ずや勝利されて、再びこの街道を凱旋されますよう願い、日々欠かさず村を挙げてお祈り致します。どうぞお気を付けて。」


 もう目の前は難波津。津から丘に沿って、未完成の大きな建物が見える。天皇が倭都の玄関口として建造中の交易舎だ。倭台の技術が生かされ壁面を赤い煉瓦で囲んだ二層で、その幅半丁、奥行き二丁はある。周辺に大勢の職人が行き交い、精力的に働いている。


 とうとう難波津に着いてしまった。コウスは交易舎を左に眺めながら、アマミの面影を脳裏から消そうと努力する。


---津で船に乗れば、アマミに会えるのは絶望だ。もう諦めろコウス。

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