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両想いのその後で

完結直後のお話です。

黛の唇がそっと七海に触れて来る。

柔らかい感触を新鮮に感じながら、七海は前回急に唇を奪われた時はそんな事を考える暇も無かったのだな、と改めて考えた。


黛の腕がそっと七海の体を抱き寄せ、優しく密着した体から温かい体温と一緒に彼の想いが流れ込んでくるような気がした。

以前感じたような怒りはまるで湧いてこず、むしろ安心感を抱いてしまう自分にも驚きを感じてしまう。


ゆっくりと唇が離れ至近距離で、整った七海好みの顔がマジマジと自分を眺めている。

七海は恥ずかしくなって頬を熱くする。すると黛がクスリと笑ってまたしても世迷い言を口にした。




「お前、ホント可愛いな……」

「な、なにを……」




動揺してオロオロする七海に艶やかに微笑むと―――再び黛は七海を抱きしめ、キスを落とした。それから何度も啄むようにそれが繰り返される。

段々と黛の腕に違う力が籠って来るのが伝わって来る。怪しい場所を探られている訳では無いのだが、肩や背中を撫でさするような動きをされると……二人の取り巻く空気に不穏なものが混じって来るような気がしてヒヤリとする―――ピクリとも動いていないのに、勝手に七海の胸がドキドキと早鐘を打ち始める。


心臓が悲鳴を上げ、彼女が抗議の声を上げようとした時。




「龍之介、そのお嬢さんは?」




穏やかな声が掛かって、七海の心臓はドクンと激しく跳ねた。

黛が七海をゆっくりと解放し、声の主に向かって振り返る。




「親父」

「え……」




黛の視線の先に目を向けると、静かな表情でこちらを見ている壮年の男性が立っていた。



(ぎゃぁあ~~み、見られて……!)



一瞬で甘い雰囲気が吹き飛んだ。

七海は我に返って居住まいを正す。そしてスッと向かいのソファに腰掛ける男性に向かって、声を出す事も出来ず慌ててペコリと頭を下げた。

一方の黛はと言うと、慌てる様子も無く父親に向き直りキッパリした口調で七海を彼に紹介した。




「江島七海さん。高校の同級生で、付き合っているんだ」




七海は黛の台詞を聞いて、頭が沸騰しそうになった。

そして心の中で補足する。ついさっき両想いになったばかりですけどね……!と。


「お前が俺に彼女を紹介するなんて、初めてだな」


黛の父が感心するような口調でそう言った。


(はじめて……)


今までの彼女を紹介した事は無かったのだと知って、ちょっぴりホッとする七海だった。しかしその七海の横で、更にキッパリとした口調で黛が発した言葉に七海は衝撃を受けて固まった。




「結婚する事になったんだ」




(―――はぁあっ?!)




七海は思わず声を上げそうになった口をパクパクと動かしながら、目をむいて黛の顔を振り返った。


「そうか―――そちらのご両親にはもう挨拶に伺ったのか?」


のんびりとした受け答えに、驚く。

振り向くと黛の父親は眉一つ動かさず、静かな表情のまま当り前のように黛の言葉を受け止めていた。

ちょっとは驚くとか動揺するとかないのだろうか、と七海は内心思ってしまう。

隣に座る黛は七海の動揺には全く気付いていないらしい。のんびりした父親に対して、当り前のように落ち着いた声音で返事を返した。


「いや、これから。もし相手の都合が良ければ明日にでも伺おうかと思ってる」


「ちょっ、黛君……!」


七海は黛の腕を引き、声を潜めて彼の耳に囁いた。


「『結婚』って何のこと?!」


黛は七海が慌てている様子を逆に不思議そうに眺めながら、言った。


「結婚するって―――『うん』って言ったじゃないか」

「それに対して『うん』って言ったんじゃやないよ!!『私も好きだ』って同意しただけでしょおぉ!」


七海は思わず声を張り上げて、黛に言い返した。

するとキョトンとした顔で黛が、少し眉を下げて傷ついた表情を作った。

彼のそんな表情かおを見たのは初めてで、七海はウッと怯みそれ以上言葉を継げずに黙り込んでしまう。




「七海は―――」




ジリジリ……土俵際に追い詰められるような気分がした。

七海は冷や汗を額に書きながら、迷子犬のような視線を送って来る黛を見守っていた。




「―――やっぱり、俺と結婚するのは嫌なのか?」

「ち、ちがーう!なんでそーなる!」

「じゃあ、良いのか?」

「嫌とは言ってないでしょ!でも……」

「良かったー。はー、吃驚した。お前は本当に分かりにくいな」




胸をホッとしたように抑え、黛は再び父親に向き直った。




「と、言う訳ですぐに挨拶に行くよ」

「そうか、玲子には連絡したか?」

「まだ」

「じゃあ、今伝えるか」

「ああ。七海、俺の母親に紹介するよ」




急展開に頭が付いて行かない。

それに黛の父親が異様にアッサリしているのが気に掛かった。

今初めて顔を合わせた若い女性を、そんなにスンナリ受け入れて良いのだろうか……と、逆に七海の方が心配になって来てしまう。


黛の性格や見た目が強烈過ぎてつい忘れてしまうが、本田家ほどでは無くとも黛家はおそらくかなり資産家であるように思う。黛が連れて来た初対面の女が、お金目当てや財産狙いではないかとか、家格が合うかとか嫁として相応しい人物であるかとか―――とにかくそう言った心配は浮かばないのだろうか。

おまけにすぐに母親に紹介するなどと言い出すなんて。確か彼女は仕事で海外に行っていると聞いていた筈だったが、どういう事だろう??

混乱する七海の頭の中には取り留めも無く、色んな考えが浮かんでは消えた。




黛の父親がスマホをパパパ……と操作した後、大きな壁掛けテレビの電源を入れた。

艶のある美しい画面でチャンネルを操作すると、暫くしてパッと柔らかそうな長い黒髪を揺らす華やかな女性の顔が映し出された。彼女は、七海が出合ったばかりのまだ少し女性的な容貌をしていた黛にソックリだった。




『久し振り、こっちスッゴく良い天気よ。そっちは?』

「ああ、こっちも今日は天気が良い。玲子、ところでさっき連絡したとおり―――」




黛の父親と黛に紹介されて、オロオロしながら七海は黛の母親に挨拶した。

すると彼女は「そうなの」と言ったきり、黙ってジロジロと存分に七海を眺める。

艶のある美しい瞳に興味深そうに検分され、七海は居心地悪く体を縮めた。

結婚云々はさておいて、七海が黛の彼女としてふさわしいかと言うと胸を張って言えるほどの自信は無い。と言うか釣り合いは全く取れていないと思った。


改めて考えると―――美形の医者で、お金持ちの家庭に育った一人息子で……変わった性格にも関わらず、アプローチを掛ける女性が引きも切らない黛と―――平々凡々の入社三年目のOL、公称『平凡地味子』の七海では、釣り合いが悪いと思う人の方が多いだろう。


そう、あの整った顔の美人女医、お嬢様育ちの加藤が言ったように……。悪意がある台詞に反発はしたが、彼女の言った事はある意味、純然たる事実には違いない。と七海は改めて客観的な目を意識した。


そんな風に考えれば考えるほど落ち込んでしまう七海は、画面の向こうから見つめられて―――つい涙目になりそうになった。

すると少し冷たく見えるくらいの美貌の女性は―――無表情をいきなり崩した。







「イイね!可愛いじゃな~い。よろしくね、七海!」







満面の笑顔で、親指を立てる華やかな容貌の美女。


(か、軽っ……!)


黛の母親のあまりの軽さにほうけて固まってしまった七海の脇腹を、黛が横からつついた。

ハッと我に返り、七海も引き攣った笑顔を返す。


「よろしくお願いします……」

「じゃ、細かい事決まったら教えて!顔合わせとかあるなら帰国するから~」

「頼むな」

「おっけー。あ、時間だ。龍之介、龍一さん、まったねー!七海もね!」


ニコニコと微笑んで、手を振る無邪気な女性を、七海はただ呆気に取られて見つめるしか術が無かった。


「おう、じゃあな」

「うん、また」

「……ハイ」


そうして、唐突に通信が切れた。




艶やかな黛ソックリな女性も、黛にはあまり似ていない穏やかな男性も、確かに紛れもなく黛の両親なのだと、七海は実感した。




(三人とも……ま……マイペース過ぎるっ……!)




落ち着いた声で言葉少なに話しつつ、自分のリズムで事を進める父、龍一。

明るく華やかで、親世代と言うよりは友人のように接してくる、海外で働く母、玲子。


黛が何故あれほどマイペースな人間に生まれ育ったのか、理由の一端を目にした気がした。







そしてあれよあれよと言う間に、畳みかけるようにレールに乗せられた七海が―――印鑑を押すよう促され、親友よりずっと早く役所に婚姻届を提出する事になるのは―――もう少し後の話となる。



『平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています』はこれにて完結となります。

長い間お読みいただき、有難うございました。


七海が急展開で唯より早く結婚すると言う設定は、連載当初からありました。

おしゃべりな割に黛は話したくない事は話さないので、恋人になってから七海が知らなかった事が色々明らかになる予定です。


後日談は別作のおまけ小話集『黛家の新婚さん』として掲載しますので、お時間ありましたら覗いていただけると嬉しいです。

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