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1.スタレー・ムニェスト広場

 石畳の広場を取り囲むのは、あざやかな青に染まる空に負けないほどのカラフルな建物たち。三階もしくは四階までは建物の形も窓の形も四角い。けれどそこから上の階は、まるで凝ったデザインの蓋のように個性豊かな形状をしている。建物の色合いもそれぞれが個性的。屋根の色はほぼ赤で統一されているが通りに面した壁の色が様々だ。クリーム色の壁の建物は窓枠に白が使われ、白い壁には灰白がアクセントを添え、青い壁には白いラインが入ってすっきりとした装いを演出している。

 そんな色鮮やかな建物に囲まれたチェコのプラハにあるここスタレー・ムニェスト広場では常日頃から屋台がマーケットを形成して市民の生活を支えている。同時にそうした買い物客や旅行客をターゲットにしたシャボン玉ショーや、数人単位で持ち寄った様々な楽器を使った演奏会といった大道芸も披露されていた。

 特に今はベリコノッツェ――復活祭のさなかだ。

 ベリコノチュニー・マーケットとも呼ばれるこの時期特有のマーケットでは、百以上の屋台や露店が並ぶ。特設された観光客向けの屋台や露店ではデコレーションされた卵――ヴァイーチュカはもちろんのこと、地域特産の刺繍クロスや人形、木のおもちゃにグラス製品といった土産物から、オーガニック食品、ソーセージ、チーズといった食料品まで取り扱う品物は多彩だ。

 屋台の中には食事ができるところもあり、店を取り囲むようにテーブルとイスが置かれている。ベリコノッツェといえばここチェコではマザネッツとベリコノチュニー・ナディフカだろう。マザネッツとはアーモンドとレーズン、そしてオレンジの皮の砂糖漬けが入った丸い大きなパン。ベリコノチュニー・ナディフカとはイラクサが入った肉詰めの燻製だ。もっともこちらに関してはイラクサを食べるということが重要なため、家庭によっては他のイラクサ入りの料理が食卓にのぼることもある。たいていの観光客はせっかくだからとこの二つの料理を注文することが多く、用意された椅子に座る客はひっきりなしに入れ替わっていくものの、テーブルには絶えずマザネッツとベリコノチュニー・ナディフカがのっているような状態だった。

 そうしたテーブルの一つで、十代後半の若い男女が、食べやすいように切り分けたマザネッツとベリコノチュニー・ナディフカを、周囲の様子を眺めながらのんびりと食していた。ふたりともよく似た顔立ちをしている。瞳の色は共にグリーン。アッシュブロンドの髪を女は胸元まで伸ばして、男は襟足をやや越えたあたりでカットしている。体形などは男女の違いがはっきり出ているものの、誰もが血縁関係にあると誤解しそうなほど似ていた。さらにはふたりとも黒一色のおそろいのダウンコートやパンツにブーツを身につけている。春の訪れを知らせる祭りのさなかとはいえ未だ気温は低いので防寒着は必要だが、そうした装いまで揃えていることが余計に錯覚を生み出していた。もっともそうしたささやきはときおり風にのって二人の耳に届くことはあるものの、ただのざわめきとして聞き流していたが。

 屋台と露店と人とでひしめく広場を楽しげに見渡していた女の視線が一か所で止まる。気づいた男がその視線を追った。

「リリス? なにかおもしろいものでも見つかったか?」

 そこには柳の枝を編んで作った鞭の先にカラフルなリボンがつけられたポムラースカが売られていた。ポムラースカはこの国チェコにしかないものだ。しかも鞭。チェコの名産品はほかにも売られているとはいえ、めずらしさもあって多くの観光客の視線を集めている。リリスもその一人だった。納得がいったと男――ゴドフリーは小さくうなずく。

「ああ、そういえば明日が復活の月曜日だったな。買っていくか?」

 ゴドフリーがニヤリと笑えば、リリスは視線を戻してふっと息を吐きだすようにして笑った。

「レイが使いたいだけでしょう」

「だとしても、あれは女性の健康と若さを願うためのものなんだから悪いことじゃないだろう?」

「だったら買っていく? 私は構わないけど?」

 くすくすとリリスが笑う。ゴドフリーは肩をすくめた。

「買うにしても明日の朝でいいだろう。今日はまだ復活の主日だ。あれを持ったまま観光するのはさすがに勘弁してくれ」

 それもそうだと同意して、リリスは再び広場へと視線を向けた。

 黒髪、栗毛、金髪、赤毛に白髪。雑多な髪色があふれているなかで次にリリスの視線をとらえたのは、プラチナとゴールデンのペアだった。ポムラースカを売っている屋台の一つの前で、ゴールデンブロンドの少年がプラチナブロンドの少年の肩を抱いてなにかを言っている。耳元でなにかを囁き、そしてポムラースカを指差す。ゴドフリーもその一組に気づいたようだ。

「あの歳にしちゃ初めてっぽいよな」

 不思議そうな言葉のとおり、十代後半くらいに見える彼らの歳であればすでに何度も経験していそうなものである。だがここからうかがえる範囲ではプラチナブロンドの少年はポムラースカ自体を知っているようにはみえなかった。

「ほかの国から両親の仕事の関係でチェコに来てせいぜい数か月ってところかしら?」

「まあそんな感じだろうな」

 雑多な髪色があるとはいえプラチナブロンドはめずらしい。リリスやゴドフリーのようなアッシュブロンドでさえほとんど見かけないほど。どちらかというと濃いめの髪色のほうが多かった。あのプラチナブロンドが天然だとしたらスウェーデンかフィンランドあたりの出身かもしれない。観光客とは考えなかったのはチェコ特有の復活祭行事には疎いが、土地自体にはそれなりに馴染んだ印象を受けたからだ。だからこそ数か月はここで生活しているのだろうと予測したのだ。

 リリスたちの視線の先で、少年たちは自分用のポムラースカをそれぞれ購入し終えて広場をあとにしようとしていた。

「さて俺たちも移動するか」

 あまり長居をしてしまっては店に迷惑だろう。長尻はだいたいにおいて嫌がられるものだ。二人は手早くテーブルの上を片付けると席を立った。


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