【付喪神】
暗く狭い部屋。
扉の隙間から光が僅かに漏れ入る。
黴と薬品の臭い。
それと、僅かな腐臭が混じる湿った空気が、換気されずに、永い年月蓄積する。
使われなくなった教材が、埃を被って眠る理科準備室。
そこで――僕は目を覚ました。
身体が硬直して動かない僕。
目覚めたばかりで、意識が朦朧とする。
ガチャ。
鍵が解除された。
息を飲む。
ギギ。
古びた扉が、軋みながら開かれる。
逆光の二つの人影が現れた。
ジジ。
ノイズと共に、白濁した照明が部屋に色を付ける。
僕は、眩しくて瞼を閉じようとしたが……出来なかった。
少女が部屋に入って来た。
今にも泣き出しそうな、不安そうな顔。
少女と目が合う。
何か言いたげな、助けを求めるような目で僕を見る。
潤んだ少女の瞳に、僕は目を逸らせない。
少女の背後に白衣の男性が立つ。
ガチャ。
後ろ手で扉を閉めると、内側から鍵を掛けた。
粘り付くような視線で、少女を頭から足まで舐め回すように見る。
少女は、小動物のように震え、振り向くことも出来ない。
ただ……僕を見詰める。
「先生……もう止めてください…… 今までの事は……誰にも言いませんから……」
背中を丸め、両腕で胸元を隠し、懇願する少女。
しかし、先生の耳には、少女の声が届いていないようだ。
コツ。コツ。
白衣を揺らし、不気味に歩み寄る先生。
ガバッ。
突然――背後から少女を抱き締めた。
先生の鼻息が少女の髪を揺らす。
涎が少女の首筋に垂れる。
『助けて!』
少女の声が僕の脳に直接届いた。
ドクン!
心臓が激しく鼓動した。
その瞬間――僕は思い出した。
毎週行われる、この光景を。
何度も慰み物にされる少女を。
その度に、僕に救いを求める少女を。
グギギ――
僕は、軋む身体を無理やり動かした。
バゴン!!
先生の獣のような顔に、木製の拳を打ち込んだ。
鼻が折れる鈍い音。
前歯が唾液と一緒に吹き飛ぶ。
ドガン――!
扉に後頭部をぶつけた先生が崩れ落ちる。
白目を剥き、痙攣する身体。
顔面から血が流れ続ける。
僕は、少女の手を引き理科準備室を出た。
ぎこちなく足を動かして、初めて歩く。
時折、躓きそうになる。
その度に少女が支えてくれた。
「ありがとう…… ずっと待ってたよ」
少女が、光に包まれた笑顔で、嬉し涙を流した。
繋いだ手から少女の温もりが伝わる。
僕の心臓にも温もりが宿る。
誰も居ない夕暮れの廊下を、手を繋ぎ二人で歩く。
コロン。
薄暗い廊下に、僕の模型の臓器が転がった。
廃校となった理科準備室の床には――
今も、少女の白骨死体が眠ったままなのに……




