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怪異収集録~本当に怖いのは怪異か、人間か。一話完結の現代怪談~  作者: もろ


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10/10

【ぬらりひょん】

「パパー! トイレまだー!?」


「体操服どこ行ったの!?」


「アキー! 起きたー!」


朝。


慌ただしい声が家中を飛び交う。


キッチンでは母のミフユが弁当を詰めていた。


卵焼き。


ウインナー。


冷凍食品。


手を止める暇もない。


トイレに籠る父のナツオ。


高校生の娘、ハルは洗面所を占領している。


小学五年生の息子、アキは二階で寝たままだ。


いつもの朝。


いつもの騒がしさ。




ガチャ。


玄関でもない。


廊下でもない。


食卓へ続く扉が開いた。




「おはよ」


知らない老人が入ってきた。


禿げ上がった頭。


細い身体。


和服姿。


まるで、昔から住んでいるかのような顔で部屋に入る。




だが、ミフユは振り向きもしない。


「おはようございます」 


弁当を詰めながら答える。




老人は当然のように、食卓の椅子に腰を下ろした。


「いただきます」


手を合わせる。


食卓に並んでいた朝食へ箸を伸ばした。




ハムエッグ。


サラダ。


トースト。


何の疑問もなく食べ始める。




ガチャ。


トイレの扉が開いた。


新聞を片手にナツオが出てくる。


眠そうな顔のまま椅子に座った。




老人が顔を向ける。


「おはよ」


 


ナツオは新聞を広げながらパンをかじった。


「おはようございます」


自然だった。


何もおかしくない。


 


「アキ起きた!?」


ミフユが二階へ向かって叫ぶ。


返事はない。


「ったくもう……」


 


老人は黙々と朝食を食べ続ける。


やがて、箸を置いた。


「ごちそうさん」


椅子から降りると、居間のソファーへ移動する。


テレビを点けた。


ニュース番組が流れ始める。




その頃になって、ようやくハルが部屋に入る。


「皆おはよ~」


スマホを取り出すハル。


「おはよ」


コーヒーと茶を淹れるミフユ。


「おはよ」


新聞を読むナツオ。


「おはよ」


テレビを見る老人。


そこに居る全員が挨拶を交わす。




ハルは席に座ると、スマホを見ながら朝食を食べ始めた。


ミフユは、茶を居間のテーブルへ置いた。


「ありがとう」


老人が礼を言う。


「はいはい」


ミフユは気にも留めない。


そのまま、天井を見上げた。


「アキは?」


「まだ寝てる~」


ハルがスマホを触りながら答える。


「もうっ!」


ミフユは階段を駆け上がった。




ソファーでは、老人がのんびりテレビを見ている。


湯気の立つ湯呑みを手に取り、一口すすった。


「午後から雨が降るぞ」


その言葉を聞いたナツオがテレビを見る。


「そうですか。午後から雨だってさ、ハル」


コーヒーを飲みながら言う。


「傘を忘れるでないぞ」


老人が忠告する。


「はーい」


ハルが適当に返事をした。




ドタドタと階段を下りる音。


ミフユがアキの腕を引っ張りながら降りてくる。


「いつまで寝てるの! 遅刻するわよ!」


寝癖だらけのアキが目を擦る。


ふらふらと食卓へ向かった。


そして椅子に座る。


しばらく沈黙。




アキが首を傾げた。


「僕のパンは?」


目の前には空の皿。


綺麗に食べ終えられた食器だけが置かれている。




「え?」


ミフユが固まった。


「さっき……食べてなかった……か?」


ナツオも顔を向ける。


訝しげな顔。


「何?」


ハルもスマホから視線を外した。


「僕の朝ご飯」


アキが不満そうに言う。


「そこに……置いてあったでしょ?」


ミフユの確認する問い。


誰も答えない。


 


食卓には、ミフユが用意した家族三人分の食器しかなかった。


いつものように用意した。


夫。


娘。


息子の分。


なのに。


誰かが食べた。


確かに食べた。


空の皿だけが置かれている。




ハムエッグも。


サラダも。


トーストも。




誰が?


アキ以外の視線が、ゆっくりと居間へ向く。


釣られてアキも見る。




ソファーには誰もいなかった。


テレビだけが流れている。


湯気の立つ湯呑み。


ついさっきまで誰かが座っていたように、ソファーがわずかに沈んでいた。




テレビのニュースキャスターが微笑む。


『本日は、午後から広い範囲で雨になる見込みです』


『次のニュースです』


誰も喋らない。




静まり返った居間。


カタン。


テーブルの上の湯呑みが、ひとりでに小さく揺れた。


まるで――誰かが最後の一口を飲んだように。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


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これからも『怪異収集録』をよろしくお願いいたします!

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