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記憶の向こうに香る闇  作者: 和泉 利依
エピローグ
66/67

- 1 -

 びゅうと吹いた風に髪が乱されて、視界が遮られる。


 髪、結んでくればよかったかな。

 片手で髪をよけながら曇天の空を見上げると、雲の流れが速かった。


「うわあ、間に合わねー」

 藤井君が、腕時計に目を走らせて叫んだ。

「藤井君のせいでしょ! こんなことなら、わざわざ迎えにこなくてもよかったのに」

「わりい、わりい。つい考え事してて、駅降り損ねちゃって……」

「美咲たち、思いっきり待ちぼうけじゃない。それに、今日は真崎君も一緒なんでしょ?」


 真崎君とは同じ図書委員会だけど、藤井君と友達だったなんて知らなかった。同じ曜日の当番で仲もいいけど、一緒に出掛けるなんて初めてで、ちょっと緊張する。

「あいつのことはいいよ。どうでも」

「そういうわけにもいかないでしょ。ほらほら、映画始まっちゃうよ」

 私たちは足を速めて、これ以上クラスメイト達を待たせないように駅へと急ぐ。


 文化祭が終わった日の夜にあった地震で、私たちの学校はその一部がかなり崩壊してしまった。特にひどかったのは図書館で、本は散乱するわ書架は崩れるわで、今、館内は足を踏み入れることも出来ない状態なのだ。今日は改修工事のための調査があって業者が入るということで、学校は臨時休校となった。

 おかげでこうして、平日のすいている映画館へと足を運ぶことができるのだけれど。

 なんだかまだぼけっとしている藤井君を、さらに急がせようとした時だった。


「落としましたよ」

 ふいに後ろから声をかけられて、振り向く。と。


 うわ……なんてきれいな男の子。

 そこにいたのは、とんでもない美少年だった。

 多分歳は同じくらい。すらりとした細身の体に、柔らかそうな栗色の髪が風に揺られている。


「これ、君のじゃないかな?」

 そう言って彼が差し出したのは、ビーズのストラップ。あわてて自分の携帯を見ると、確かにそこについていたはずのストラップがなかった。

「あ、そうです。私の」

 数歩を戻って、ひもの切れていたそれを受け取る。ほっとした私の顔を見て。

「大事なものなの?」

 なぜだかその子も、目を細めてそれを見ていた。

「うん。大切な人にもらったものなのよ。と言っても、誰にもらったかは覚えてないんだけどね。なくすとこだったわ。ありがとう」


 私の携帯についている赤い薔薇のストラップ。本当に、いつここにつけたものか全然覚えがない。なのに、どうしてかとても大切なものだということだけは覚えている。

 大切……私がそう思うのなら、多分、美樹にもらったものなんだろうけど。

「そう」

 彼は小さく言うと、長いまつげを伏せて……静かに微笑んだ。


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