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びゅうと吹いた風に髪が乱されて、視界が遮られる。
髪、結んでくればよかったかな。
片手で髪をよけながら曇天の空を見上げると、雲の流れが速かった。
「うわあ、間に合わねー」
藤井君が、腕時計に目を走らせて叫んだ。
「藤井君のせいでしょ! こんなことなら、わざわざ迎えにこなくてもよかったのに」
「わりい、わりい。つい考え事してて、駅降り損ねちゃって……」
「美咲たち、思いっきり待ちぼうけじゃない。それに、今日は真崎君も一緒なんでしょ?」
真崎君とは同じ図書委員会だけど、藤井君と友達だったなんて知らなかった。同じ曜日の当番で仲もいいけど、一緒に出掛けるなんて初めてで、ちょっと緊張する。
「あいつのことはいいよ。どうでも」
「そういうわけにもいかないでしょ。ほらほら、映画始まっちゃうよ」
私たちは足を速めて、これ以上クラスメイト達を待たせないように駅へと急ぐ。
文化祭が終わった日の夜にあった地震で、私たちの学校はその一部がかなり崩壊してしまった。特にひどかったのは図書館で、本は散乱するわ書架は崩れるわで、今、館内は足を踏み入れることも出来ない状態なのだ。今日は改修工事のための調査があって業者が入るということで、学校は臨時休校となった。
おかげでこうして、平日のすいている映画館へと足を運ぶことができるのだけれど。
なんだかまだぼけっとしている藤井君を、さらに急がせようとした時だった。
「落としましたよ」
ふいに後ろから声をかけられて、振り向く。と。
うわ……なんてきれいな男の子。
そこにいたのは、とんでもない美少年だった。
多分歳は同じくらい。すらりとした細身の体に、柔らかそうな栗色の髪が風に揺られている。
「これ、君のじゃないかな?」
そう言って彼が差し出したのは、ビーズのストラップ。あわてて自分の携帯を見ると、確かにそこについていたはずのストラップがなかった。
「あ、そうです。私の」
数歩を戻って、ひもの切れていたそれを受け取る。ほっとした私の顔を見て。
「大事なものなの?」
なぜだかその子も、目を細めてそれを見ていた。
「うん。大切な人にもらったものなのよ。と言っても、誰にもらったかは覚えてないんだけどね。なくすとこだったわ。ありがとう」
私の携帯についている赤い薔薇のストラップ。本当に、いつここにつけたものか全然覚えがない。なのに、どうしてかとても大切なものだということだけは覚えている。
大切……私がそう思うのなら、多分、美樹にもらったものなんだろうけど。
「そう」
彼は小さく言うと、長いまつげを伏せて……静かに微笑んだ。




