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「あのね」

 言いかけた高森君が、何かに気付いたように視線を私の後ろに向ける。

 振り向くと、公園の向こうに真崎君の姿が見えた。


 私が腰を浮かしかけた瞬間、耳元で小さく高森君の声が聞こえた。

「君が見られてたのは、衣装のせいじゃないんだよ? 君が素敵だったから、みんな君を見ていたんだ」

 その吐息が耳にかかる。

「う、嘘……」

 とっさに耳を押さえて、勢いよく振り返る。高森君はそんな私の、風に流れた髪を一房手にとると、まるで口づけるようにそれを口元まで持ち上げ、上目遣いの視線を私に向けた。

「じゃないよ。緋袴姿にこの長い黒髪がよく似合っていて、……とても、美しかった」


 きっと今の私、夕日のせいにできないくらい赤くなっている!


 と、はらりと髪を離して、高森君は立ち上がった。私はといえば、どうしていいかわからなくて固まったまんまだ。


「今日は、つきあってくれてありがとう。デートできて楽しかった」

 告げられた言葉は、まっすぐ受け止めるには恥ずかしかったけれど、茶化すには静か過ぎた。


 だから、私も素直に思えた。

 うん。私も、楽しかった。


「お待たせ。なーに、仲良ししてんだよ」

 真崎君が息をきらせて走ってくる。

「うらやましいか」

「ああ、うらやましいね」

 けけけ、と得意げに笑った高森君は、片手をあげると私たちに背を向けた。

「じゃ、ね」

「あれ? 高森も一緒に帰るんじゃないの?」

「そこまで野暮じゃないよ。ちゃんと早川さんのこと、家まで送るんだろ?」

「まあ、そのつもりだけど」

「なら、いいよ。……絶対一人にするなよ。また明日ね、早川さん」

 歩きながらひらひらと振っていた手を、なぜか真崎君が捕まえた。

「真崎?」

「どうせ駅まで行くんだろ? 一緒にいこうぜ」

 怪訝そうな顔をしていた高森君が、その言葉に目を見開く。

「はい? だって僕、お邪魔だろ?」

「別に?」

 けろっとした顔で真崎君が言った。

 捕まえられた手を離そうと高森君がぶんぶんと手を振るけど、真崎君はがっちりとそれを捕まえて離さない。

「俺、お前のこと知りたいんだ」

 ……口説き文句? 

 高森君も同じことを思ったらしく、なんだかげんなりした顔になった。

「そういうことは、早川さんに言ってやんなよ」

「いいじゃん。ライバルのことは知っておかないと。だから、少し話していかないか?」

「……変なやつ」

 小さく言って、高森君はぷいとそっぽを向く。

「わかったよ。とりあえず、この手を離せよ」

「逃げない?」

「逃げない逃げない」

 投げやりに言葉を返してつかまれた手を振り払うと、高森君は先だって歩き始めた。つられて私たちも歩き出す。

 真崎君のペースに巻き込まれている高森君は、いつもクラスで見るような愛想のよいものでも、私の前で見せる意地悪なものでもなくて、少しかわいい。

 なんだか騒ぎながら歩く二人についていきながら、のんきにそんなことを思っていた。


 まさか、その夜に、あんなことになるとは思いもせずに。


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