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「次は……」
「あれ、悠希?」
パンフレット片手に中庭に出たところで、ふいに声をかけられた。
「ぷきゅっ」
高森君が急に止まったので、ステージ上のスイカの早食い競争に気を取られていた私は振り向きざま、その背中に思いっきりぶつかってしまった。
いったー、鼻ぶつけたー……
「祐輔?」
「よっ。……と、早川?」
聞きなれた声に顔を出せば、藤井君が風船つりのビニールプールの前に座り込んでいる。その後ろには、サッカー部の面々がたむろっていた。
「悠希は、それお化け屋敷の衣装だよな? 早川はなんで、巫女さん?」
もうさっきから、知り合いに合う度に何度となく聞かれたよ、それ。
「えーと、委員会の衣装」
「図書委員が? なんで?」
何でと聞かれても、私の方が聞きたい。
私が返事に困っていると、高森君はビニールプールの前に座り込んだ。
「祐輔はなにしてんの? これ、風船?」
「店番。トランプの罰ゲームで、やらされてんの。俺、3年だぜ? なんで今更」
ぶつぶつ言いながら、じとっとした視線をこっちに向ける。
「なんで二人でいるの?」
「デートだから♪」
ぼっと頬が熱くなる。
「違うの! そうでなくて……」
「早川さん、賭けの賞品だから」
「賭け?」
なんだかややこしくなりそうだったので、あわててお財布を取り出す。
「藤井君! 一回やってみたいな。これ、いくら?」
お金をだそうとすると、藤井君がこっそりと言った。
「いいよ。一回だけおまけしてやる」
「え? でも……」
「いいから。ほら、やってみなよ」
藤井君は、鍵になっている針のついたこよりを渡してくれる。
それを受け取って、私もその場に座り込む。袖が濡れないように気を付けながら水に浮かぶわっかに針をかけようとするけれど、思ったよりもなかなかに難しかった。
「これ難しい……。あっ、ああー! こより、だめになっちゃったー」
こよりの部分が水に濡れると、あっという間に溶けて千切れてしまった。
「下手だなあ、早川」
藤井君のあきれたような口調に、少しむっとする。
「もうノート、見せてやんない」
「わー! ごめんごめん。ほら、これやるから」
わざとらしくあせったふりをして、笑いながら、ぽんと、赤い風船を一個渡してくれた。
「祐輔、僕もやってみたい」
その様子を面白そうに見ていた高森君が、うきうきと言った。
「いいよ。一回100円」
「げっ。金とるの?」
「男には厳しいの」
「いーじゃん、友達だろ?」
「もちろんさ! でも、それはそれ、これはこれ」
「ちぇー」
文句を言いながらも、なぜか嬉しそうにコインを1枚渡す。
どーせとれないよ、と思いつつ見ていると、高森君はこともなげにひょいっと、青い風船をとってみせた。あれよあれよと言う間に、色とりどりの風船がいくつも釣られていく。
「悠希……それ、特技?」
「ほほほ、僕にできないことはありませーん」
「お前、そう言いながら、本当にやっちゃうからなー……」
「見直したか」
「まいりました」
藤井君が愁傷に頭を下げて、それから3人ではじかれたように笑った。
「ははは……。あ、そう言えば悠希……」
「あーっ、高森!」
いきなり上から委員長の声が降ってきて、3人で顔をあげる。
見上げると、2階の窓から委員長が身を乗り出すようにして叫んでいた。
「お前、お化け屋敷ほっぽってどこ行ってたんだよ! む、早川も一緒か?」
「いけね。すっかり忘れてた」
高森君は、持っていた風船を全部プールに戻すと、私の手をつかんで走り出した。
「ごめん、委員長。祐輔も、店番、がんばってね」
「あ、こら逃げるな。お前がいるといないじゃ、入場者数が違うんだよ! ……」
やかましく流れる放送部のBGMと見物客達のざわめきに、委員長の声がかき消される。
高森君は、私の手をつかんだまま中庭を駆け抜けた。黒いマントをなびかせる高森君と緋袴の巫女さんの全力疾走に、なんの余興かとみんなが振り返っていく。
走りながら、私達はどちらともなく笑い出していた。
ま、いいか。




