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 暗闇の中は、期待に満ちたひそやかなざわめきであふれていた。と、その中に小さく靴音が聞こえ始める。コツ、コツ……とゆっくり近づいてきたその足音は、やがてその場にいたすべての人間の耳に届いた。それを見計らったように、コツ、と足音が止まる。


 ふいに、稲妻のようなスポットライトが、高みにいた一人の人間を照らしだす。まばゆい光に、暗闇に慣れた目を思わず細めた。

「諸君……」

 燕尾服を着たその男の頭には、なぜかウサギの耳。片手に持った背高帽で、顔を隠している。

「これから、諸君らを、めくるめく夢の世界へお連れしよう」

 そう言うと、たっぷりと間をとってからカウントダウンを始めた。

「3……2……1…………イッツ、ショーターイム!」

 手をかけていた帽子を勢いよく上に向かって放り投げた。

 その瞬間、たくさんのクラッカーがはじけて、ファンファーレが鳴り響く。

「待たせたな! さあ、お祭りのはじまりだー!!」

 体育館の中が、わあっと歓声に包まれた。


「ねえ、藤井君。会長さんのアレ、何?」

 流れる吹奏楽部の曲に負けないように叫びながら、前にいた藤井君に聞いた。

「『不思議の国のアリス』に出てくるうさぎだってさ。誘う役、ってことらしいよ」

 座り込んで同じように上を仰ぎ見ながら、藤井君が答える。生徒会長の阿部君と藤井君は、確か同じサッカー部だった。

「わかりにくいなあ……」

「マニアなのかしらね。いっそ、アリスの格好で出てきたほうがウけたんじゃない?」

 隣の美咲が、うちわ代わりに手にしたプログラムで自分を扇ぎながら言った。

 暗幕の張り巡らされた体育館は、雨の湿気と開祭式に出席している生徒達の熱気で蒸し暑く、制服の下には汗が浮かぶ。

 流れる曲の盛り上がりに合わせて、天井に浮かんでいた大きな風船が派手に割れる。中に入っていたキャンディーが体育館中に振りそそぐと、また大きな歓声があがった。


 いよいよ、三日間にわたる文化祭の始まりだ。


   ☆


 昨日の雨は結局今日も引き続き降っていて、室外競技はすべて中止となった。本日の体育祭は球技大会となり、あらかじめ振り分けてあったバスケ、バレー、卓球の、全校トーナメント戦となった。

「瞳子、バスケの試合、見にいくよ!」

 美樹が弾んだ声をかけてきたのは、遅めのお昼をすませて、教室でのんびりしているときだった。

 試合の進み具合を見に行ったのは、美樹と裕子ちゃんだったのに、帰ってきたのは美樹だけだ。

「もう始まるの? っていうか、裕子ちゃんは?」

 美咲と二人で雨を見ていた私は、美樹の声に振り返る。

「それがもう始まってるのよ、準々決勝。相手は一組だって」

「一組?」

 真崎君のクラスだ。出ているんだろうな、多分。

 体育祭でクラブ所属の競技に出ることは禁止されていたけれど、夏に引退した三年生は今日に限り出場が認められている。もちろん、運動で推薦取った人は無理だけど。

「うん。裕子ちゃんは、向こうに原ちゃんがいたから、残って一緒に応援してる」

「じゃ、私たちも行こうか」

「あ、私、部室寄ってく。制服置いたるから、着替えてからいくね」

 美咲が立ち上がった。彼女の出ていた女子のバスケは、午前中のうちに敗退している。

「ここは絶対、応援するところでしょ」

 新体育館に向かいながら、美樹が興奮気味に囁いた。


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