いつもとは違う帰り道
笑うたび、心の中にあった重りが軽くなっていく。
今は無理でも、きっといつか、あんなこともあったね。と、二人で振り返れる日がくればいい。
それはたぶん、まだまだ先のことだろう。
でもそんな日がくるよう、願わずにはいられなかった。
「マリア」
なんだか眩しいものを見るように、目を細めて私を眺めていたルカが、不意に名を呼んだ。
「今日はもう遅いし、あんたも疲れただろう? 父様のところに行くのは明日にしようか」
心の底から私を気遣ってくれているのが分かる。
だってそれくらい、声が柔らかいのだ。
本当は、今すぐにでも父親の元へ行き、事件の顛末を問いただしたいだろうに。
本当は、『私のことなんていいから、行きましょう』と、言ってあげたかったけれど。
ルカが言う通り、ずっと緊張していた体は思いのほか疲れてしまっていた。
だから正直にいえば、その優しさがありがたかった。
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
擽ったそうに微笑むルカを見て、「そうだ」たった今思いついたことを口にしてみる。
「私の家に来ない?」
「え? マリアの家?」
「そう。ここから近いの。長らく帰ってなかったから気になるし……」
「いいね、行こう」
食い気味にルカがそう言って、急くように私の右手を掴んでくる。
「どうしたの? なんだかやけに楽しそうだけど」
「そりゃあそうさ。好きな人の家なんて、興味しかない」
「言っておくけど、そんないいものじゃないから」
ツギハギでできた簡素な家だ。
彼が今まで見てきた世界とはまるで違う。
それなのにルカときたら、まるで今から特別な場所へ遊びにでもいくみたいに楽しげな顔をして。
そんな顔を見せられたら、思わずにはいられないのに。
やっぱり彼は可愛い、と。
口にだしたい気持ちをぐっと堪え、私はルカの手を引き、歩きだした。
いつも一人で世界を呪い、顔も知らないパパやママを恨みながら歩いていた帰り道。
その道を、ルカの手を引いて歩いている。
相変わらず土が剥きだしだし、視界も悪い。
建物と建前の隙間から洩れてくる赤やピンクのネオンを踏み、狭い路地を歩いていて。
ふと、足を止めた。
それから上を見上げて、ガラスから溢れる明かりを見て、目を細める。
「あそこら落ちてきたのよね」
一人言みたいに呟けば、「ああ、そういえば」隣で思いだしたと、ルカも上を見上げる。
そんな彼を見て、不思議な気持ちに囚われる。
あのとき落ちてきた男と、まさか手を繋いでいるなんて、不思議だ。
あれはまさに──────
「運命だよね」
言葉にするのは気恥しかったから。
心の内でこっそり呟こうとしていた台詞を、ルカはなんの躊躇いもなく音にした。
「ん? どうかした?」
じっと見つめすぎる私を少しだけ見上げてくる瞳。
「ルカって、素直な人だね」
思えば、彼はずっとそうだったかもしれない。
ぽつりと溢した私の言葉に、だけど彼は不服そうに顔を歪めた。
「はぁ? 今さらなに言ってんの? 当たり前じゃん。僕はいつだって素直だよ。だから──────」
そこで言葉を切り、ルカがぐいっと繋いだ手を口元へ引き寄せる。
「これから一生、好きだって伝え続けるから覚悟しといて。僕は結構、重いよ?」
ニヤリ、と。
口角を上げて笑んだと思ったら、指先に軽く触れた唇の感触。
いきなりのことに動揺してしまい、慌てて手を離そうとしたけれど、逆にぎゅうっと力を入れられて。
「逃がすと思う?」
挑発的な視線が私を捉え、それからふっと和らいだあと、破顔した。




