点と点
絵本のなかでしか見たことがない。
無造作な前髪から覗く、澄んだ空色の瞳が私を捉え続けている間、機械を通した人の声が微かに聞こえ……
煩わしそうに小さな息を吐いたその人は、小首を傾げるような格好で、イヤーカフに手を当てた。
「うるせぇよハゲ。聞こえてる。……回収した。は? 知るか」
『おいラム、──────』
何かを言いかけた野太い声が途切れた。
陶器のように肌が白く、小柄で、造り物のように整った青年が、ケープの下に隠れていたショルダーホルスターへ銃を吊り下げる。
それから縫い物を握り締めていた右手を入れ、ごそごそと内側を探ると、変わりに煙草の箱を取りだした。
ついでにジッポーまで出てきて、キーンとした金属製の楽器に似た開閉音が鳴ったかと思えば、咥えた煙草に火をつけ、また同じ場所に手を突っ込んだ。
いったいあの修道服はどうなってるの?
いやそれよりも、この人は本当に聖職者なの?
空色の瞳が思いだしたように、またゆったりと向けられる。
味わうように深く吸い、静かに吐きだされた紫煙がたゆたう。
「こんばんは。ええと、ケガしていませんか? 立てますか?」
ついさっき、面倒くさそうに言葉を放っていた人とは思えない。
あからさまに感情はなく、口調もどこかぎこちない。
たどたどしくさえある。
──────吐き気がする。
白々しい。
なによその取ってつけたような言い方。
心配なんて少しもしていないくせに。
するわけないんだ。
胸元に光るロザリアを見て、不意にあることを思いだした。
空にいちばん近い場所にある、セレステイナ教会。
遠いむかしに死んでしまったカミサマに仕える彼らは、ときどきスラムに施しを与えにやってきては、「いずれ神は復活する」と、馬鹿の一つ覚えみたいに騒いで帰っていく。
だけど教会は私たちの為に祈ってはくれないし、必死に伸ばした手を握り返してもくれない。
いくらカミサマでもタダでは助けてくれないらしい。
そんな教会には黒い噂もある。
スラムから子どもや若者が忽然と姿を消したり、狂った人間が徘徊しているのは、人体実験のために教会が裏で糸を引いてるんだとか、施しはその下見だ、とか。
色んな噂が尾びれをつけて泳ぎ回る街だから、いちいち気にもとめていなかったけれど。
地面に倒れている男が何者なのかは知らない。
だけど彼が慈悲もなく人を殺したという事実だけは変わらない。
ふぅーっ、と。
何度めかの紫煙が吐かれ、さっきは気づかなかった。
辺りに甘い香りが漂い、食べ物が腐った酸っぱい臭いのする空気を徐々に上書きしていく。
いつも店で嗅ぎ慣れたものとはまったく違う。
それは神経を擽るような、不思議な香りだ。
自然と体の震えも止まり、硬直していた体から力が抜けていく感覚に戸惑っていると。
不意に青年が笑った。鼻で。
「もう立てますよね? いい加減消えてくれよ」
「なっ!」
「あ、間違えた。消えてくれませんか」
そうしてニコリと微笑むその表情は。表情だけは、清廉なものを見ているような感覚にさせられ、いっそ薄ら寒い。
だけど何よりも、その人を馬鹿にしたような態度が気に食わない。
もっと気に食わないのは、あの髪の色と瞳だ。
とても癪に障るし我慢ならない。
だから口をついてしまった。
「人殺し」
二メートルほど離れた場所に立つ、憎々しい相手を見定め睨みつける。
青年は笑みを崩さなかった。
それどころか肯定も否定もせず、ただ黙って笑っている。
あの不思議な香りがどんどん強くなるなか。
青年は思い立ったかのように土を踏み、近づいてきた。
まだ火がついた煙草を唇に咥えなおし、私の目の前にしゃがみ込む。
それから何を思ったのか、手を伸ばしてこようとした。
だからそれを払いのけ、真っ直ぐと見据えた先。
近くで見れば見るほど、人形のように綺麗な顔から笑みが消えた。
「触らないで」
「………………」
ふん、と、鼻を鳴らした青年は、けれどお構いなしに私の手首を掴んでくる。
それを私は、まるで駄々をこねる子どものようにして暴れるけど、今度は離れない。
「離して、触らないでよ人殺し! チビ!」
「……はぁ?」
目の前の顔が歪み、すっと両目が細められた。
じとっとしたその目がほんの少しの間だけ私を捉えた後、彼は顔を背け、煙草を咥えた唇で、息を深く吸い込んだ。
その一瞬できた綻びに、体が反応していればよかったのに。
戻ってきた空色の瞳とまたかち合ったとき、ニコっと笑ったと思った、次の瞬間。
「──────っん!」
唇を奪われていた。
小柄な体は見た目に反して、いくら押し返そうとしてもびくともしない。
口内に広がる砂糖菓子みたいな煙の味。
舌が絡めとられる。
必死に逃げてもすぐに捕まってしまう。
頭が、くらくらする。
「った、」
それでもこれ以上、好き勝手に暴れさせる気はない。
噛み切ってやるつもりで歯を思いきりたてた。
瞬間、唇は離れ、それまでずっと掴まれていた手首からも指が離れた。
青年は顔を背けるようにして少し俯いてみせた。
金色の髪がサラサラと落ち、目元を隠す。
「何するのよ」頬をぶん殴ってやろうと手に力を入れようとした。そのときだった。
突然、糸が切れるように、目の前が真っ暗になった。




