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15 脅迫者

 その日も常日頃と変わらず、ツボミと夕食を食べ、彼女を玄関まで見送る。心なしか疲労で体が重い。雅雄は活躍できなくて若干落ち込んでいたけれど、ツボミは笑顔で声を掛け続けてくれていた。


「第十三階層まで進んだね! ボクらが全然わかんないパズルを雅雄が解いてくれたおかげだよ! きっと、もうちょっとで一番下まで行けるよ!」


 ツボミにそう言ってもらえると少しは元気が出てくる。望んだポジションではないが、それでも雅雄にも役割があるのだ。腐らずがんばろう。さて、片付けをして風呂に入って、さっさと寝よう。明日は早い。




 ……そんなことを考えていたのは覚えている。ところが目の前の光景はどういうことだ。


(うふふ……! お兄様、これが現実よ)


 この間の公園で、またしてもツボミと赤松は楽しそうに雑談していた。スカートで着飾り、長髪のカツラをかぶった雅雄は呆然と立ち尽くす。自分の頬に触れて、雅雄は化粧までしていることに気付いた。


「どういうことなんだよ……?」


 電柱の影に身を隠したまま出ることもできず、雅雄は一人頭を抱えるしかなかった。汗でカツラが肌に張り付いて気持ち悪い。スカートから吹き込む風がやけに冷たくて、身が震える。


 お構いなしに頭の中でミヤビは喋り続ける。


(お兄様のためを思って、連れてきてあげたのよ? 嬉しいでしょう?)




 次の日、雅雄は郵便受けに宛名の書いていない封筒が入っているのを発見した。どうにも不気味だったので部屋に引き上げてから開けてみて、雅雄は身を震わせた。


「な、なんなんだよこれ……! ミヤビ! どういうことだよ!」


 誰もいない部屋で、虚空に向かって雅雄は叫ぶ。完全に危ない人だが、なりふり構っていられない。


 封筒の中には数枚の写真が入っていた。解像度からスマホで撮影したと思しきものをA4の白紙に印刷した、ケチ臭い写真。映っていたのは女装した雅雄の姿だった。場所はツボミと赤松が会っていた夜の公園だ。ブランコを漕いでいたり、ジャングルジムに腰掛けていたり。ご丁寧にポーズまでとっているものもあった。


 頭の中で声が響く。


(ウフフフフ……。私はお兄様のためを思って、助けてあげているのよ)


 記憶が蘇っていく。雅雄は毎晩、女装してツボミを尾行していた。雅雄がフラフラしていると、必ず公園で赤松がツボミに追いついてきて、十数分間お喋りしてから帰る。二人がいなくなってから雅雄、いや、ミヤビは公園でひとしきり遊んでから帰っていた。そこを何者かに撮影されたのである。


「助けってなんだよ……! やめてよ! こんなこと! 君は僕なんだろう!? どうしてこんなことするんだよ!?」


 雅雄が社会的な立場を失ったらミヤビだって困るだろうに。しかしミヤビは雅雄の悲痛な叫びを聞き入れてはくれない。


(いいえ、やめないわ。だって、お兄様のためだもの!)


 ミヤビは嬉しそうに断言する。雅雄は半狂乱で喚く。


「僕のためって、意味がわからないよ! 何考えてるんだよ! 許してよ! 僕が悪かったのなら謝るから!」


 雅雄の呼びかけに、突然ミヤビは沈黙する。雅雄が何を言っても、ミヤビは何も返さない。


「ミヤビ! 返事をしてよ! ねぇ!」


 雅雄は頭を激しくかきむしる。雅雄の瞳からは涙さえ溢れていた。一体どうすればいいのだ。雅雄は涙と鼻水を垂らしながらその場にうずくまる。雅雄が絶望の嵐に見舞われていると、救世主は現れた。


「雅雄、お待たせ! ……!? どうしたの、雅雄!」


 時間通りにやってきたツボミは、一人で泣き喚いている雅雄を見て仰天し、駆け寄ってくる。雅雄は自分が女装した写真を見せながら、たどたどしい口ぶりでツボミに訴えた。


「これ……! ポストに入ってて……! 全然記憶にないのに、僕、いつの間にか外に出ちゃってて……! 本当にもう、どうしたら……!」


「大丈夫……! 大丈夫だから! 雅雄はボクが守るから!」


 涙や鼻水で服が汚れるのも構わずに、ツボミは雅雄を抱きしめてくれる。ツボミの温もりに触れて、雅雄は幾分か落ち着きを取り戻す。


「ごめん、ありがとう……」


「こんな写真、気にする必要はないよ! 君が女装してたからなんだっていうんだ! そんなこと、君の価値には関係ないよ!」


 ツボミは写真をバラバラに破り捨てる。ツボミの力強い言葉で、雅雄は元気を取り戻した。


「うん、君がそう言ってくれるなら、僕もそう思う……!」


 雅雄は涙を拭いて立ち上がる。大丈夫だ。ミヤビなんて関係ない。雅雄は雅雄なのだ。ツボミがいると、心底そう思えてくる。


 しかしここで、ミヤビが頭の中で言う。


(ほら、お兄様には私が必要でしょう? こうすればツボミはお兄様のことを相手にしてくれるんだもの)


 雅雄はその場で固まった。違う。こんなやり方で気を引かなくても、ツボミは雅雄と一緒に歩いてくれるはずだ。


(本当にそうかしら? フフフフフ……)


(……)


 ふいに雅雄は赤松と楽しそうに話すツボミの姿を思い出す。そうだ。昨日もツボミは赤松と会って、他愛のない話をしていた。別にツボミは普通だった。雅雄と話すときと同じように。


 客観的に見て、雅雄が赤松に勝っているところがあるだろうか。女々しい雅雄と違って赤松は男らしく高身長でがっしりしているし、名門私立中学でやっていく学力もある。そして赤松は腐ってもリーダーで、パーティーの中では一番強い。なんだかんだ言って、パツボミも含めてーティーメンバーも赤松を信頼していた。ツボミの介護でどうにか戦っていける雅雄とは比べられようがない。


(ゼロよりマイナスの方がツボミの気を引けるわ。お兄様、ツボミに見捨てられてもいいの?)


 雅雄の胸からは、何の言葉も出てこなかった。

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