13 まさかの密会
時刻は夜の九時過ぎ、自宅に帰るべくのんびりと星空の下を歩いていたツボミはふと立ち止まる。見知った顔が正面から歩いてきたのだ。向こうもツボミの存在に気付き、立ち止まる。
「あれ? 赤松?」
「ん? 香我美か? どうしてこんなところに……?」
赤松に訊かれ、ツボミはない胸を張って答える。
「雅雄のところでご飯を食べてきて、帰る途中なのさ」
「そうなのか……。俺は塾から帰るところだよ。いつもこの時間になるんだ。せっかくだから少し話していくか?」
少し疲れた顔の赤松は、そう言って大きく息をついた。別に断る理由もなかったのでツボミは赤松に少し付き合ってやることにする。
「別にいいけど」
ツボミと赤松は公園の敷地に入り、立ち話をする。
「君ら、全員が明央大付属中だって言ってたっけ。結構遠いよね。この近くに住んでるなんて知らなかったな」
ワールド・オーバーライド・オンラインには全国どこからでも参加している者がいるが、やはりなんとなくこの近辺の人間が多い気がする。主催している神様がメガミのお父さんなので、そうなってしまうのだろう。雅雄は査定がしやすかったのではないか、なんて言っていた。
「青木たちはみんな県北の方だけど、俺だけは反対側のこっちなんだ。……言われてみれば今までもすれ違ったことはあったかもな」
ツボミは赤松の服装をまじまじと見る。名門私立中学の制服である紺のブレザーが、一言でいうと「おっさん」な赤松には恐ろしく似合っていなかった。シャツが少しよれよれになっている気さえする。
「そうかもね。ボクも大抵帰るのはこの時間だし。でも、塾なんて大変だね。付属中なら頭いいんだから、そんなにやらなくてもいいのにと思うけど」
ツボミがそう言ってみると、赤松は重苦しい顔のまま首を振った。肩に提げた鞄はパンパンで、見ているだけで重たそうである。
「そんなことはない。俺はギリギリで入ったから、手ェ抜いてると、あっという間についていけなくなっちまう。テストで点とれなきゃ、最悪の場合退学だからな。もうずっと必死だよ」
「そうなんだ。大変だね」
ツボミは成績なんて気にしたことがなかった。親も諦めているのか何も言ってこないし、ツボミ自身もそんなことが自分の価値を決めるなんて思っていない。
一応ツボミも中学受験は経験しているけれど、公立なのでそこまで難しくはなかった。今も雅雄に教えてもらいつつ、どうにか授業にはついていけている。わざわざ厳しい私立中に入学した赤松は本当に苦しんでいるのだろう。ご苦労なことだ。
「平間とは親戚か何かなのか? 夕食を食べたとか言ってたけど」
赤松に訊かれたので、ツボミは答えた。
「違うよ。ボクと彼は、魂でつながっている同志なのさ!」
「つ、つまり、つ、付き合ってるってことか?」
少し言葉を詰まらせながら赤松はさらに訊いてくる。彼は何を疑っているのだろう? ツボミはない胸を張って答えた。
「そう思ってもらっても差し支えないよ!」
「そ、そうなのか……?」
赤松はなぜか若干落ち込んだような様子を見せていた。そしてツボミも言ってしまってからはたと気付く。
(そういえば、雅雄に好きって言われたこと、あったっけ……?)
雅雄はツボミがいくら家に上がり込んでも追い返したりしないし、何にだって付き合ってくれる。でも、好きだとか愛してるとか、そんな言葉は聞いたことがない。
単に雅雄がシャイだから、言ってくれないだけだろう。ツボミはストレートにそう考えたが、ふとこの間、メガミに会ったときのことが脳裏をよぎる。【マキナシティ】に連れて行ってもらうまでの道中、ずっと雅雄は楽しそうにメガミに話し掛けていた。
思い返してみれば、ずっと雅雄はメガミと仲がいい。というかツボミは、学校で雅雄が自分以外ならメガミと喋っているところしか見たことがない。
(いや、まさかね……)
急速に不安になっていく自分に気付いた。でもしかし、明日雅雄と一緒に思いっきり暴れれば払拭されるだろう。多分、きっと。
内心でテンパっていたツボミは気付かない。赤松が思わず小さく漏らした一言に。
「あんなやつより、俺の方が……」
○
「いったいどういうことなの……?」
つぶやきながら、雅雄は電柱の影に身を隠す。頭の中で声が響いた。
(どういうこと? お兄様も本当はわかってるんじゃないの? フフフフフ……!)
ミヤビの声を聞いて、雅雄は逆に冷静になる。よく見れば妖しげな雰囲気は一切ない。ツボミと赤松は、何でもない調子で雑談しているだけだ。赤松は教科書やら参考書が入っているのだろう、パンパンに膨らんだ鞄を肩に引っかけて疲れた顔をさらしていた。塾帰りといったところか。二人はたまたまばったり会ったのだ。
(お兄様、そう思いたいのね……)
ワールド・オーバーライド・オンラインの中で緊張感ある生活を送ってきたせいか、観察眼と推理力が冴え渡っている気がする。何とでも言うがいい。雅雄は自分の判断を信じることにした。雅雄はさも今追いついたかのように電柱の影から出る。
「お~い、ツボミ! 忘れ物だよ~!」
「あ、雅雄、どうしたの?」
ツボミはいつもと変わらず屈託ない笑顔を雅雄に向ける。やましいことをしている様子なんて全くない。やっぱり予想通り、たまたま赤松とばったり会って話し込んでいただけだ。
(よかった……。ツボミは僕を裏切ったりしないんだ)
内心、雅雄は胸をなで下ろす。しかし、直後に頭の中でミヤビが心底おかしいといった口調でささやく。
(あらあら、お兄様ったら、気が早いのね。告白もしてないのに彼氏気取り? そんな舞い上がりっぷりじゃ女子に嫌われるわよ)
……言われてみれば、その通りだった。別に、雅雄とツボミは正式に付き合ってはいないではないか!




