5 まさかの出場
予想通り、雅雄がこっそり戻ってもクラスメイトたちは全く気にしなかった。所詮、モブである雅雄の扱いなんてこんなものである。グラウンドで行われる競技を見て、級友に声援を送るだけだ。
メガミがいたなら話し掛けてきたかもしれないが、見当たらなかった。どうやら次の借り物競走に備えて待機場所へ行ったようだ。変にはしゃがれて傷口に塩を塗り込まれることがないので助かる。メガミは自分の出来がよすぎるので、褒められて傷つくことのある人種には鈍感なのである。
雅雄は隅っこの方から借り物競走の様子を見守ることにした。二つあるチェックポイントでお題の品物を調達して生徒会役員に見せつつ、グラウンドを一周するという内容だ。お題はくじ引きである。
ツボミとメガミはやる気満々な様子で、スタート位置について軽く柔軟体操をしている。……競争要素はほとんどないだろうに。また、二つ目のチェックポイントには火綱と冷司がいた。
「それでは、中等部の借り物競走を始めます……」
アナウンスがなされ、出場者はスタートする。張り合っているのか、ツボミとメガミだけが全力で走って、他の出場者たちを置いてけぼりにする。二人ともいろいろな競技に出まくってるのに、凄まじい体力だ。まだ最後のリレーが控えているのに、こんなところで消耗していいのだろうか。
雅雄の余計な心配を他所に、二人はデッドヒートする。やはりお互い全力ならばメガミの方が幾分か速いようだ。本気のメガミには誰も勝てないだろう。まずメガミがチェックポイントでクジを引き、雅雄たちのクラスの方へ走ってくる。
「ごめん、水筒貸して!」
即座に最前列の女子がメガミに水筒を渡す。お題は水筒だったらしい。ツボミも自分のクラスに戻り、靴を借りてチェックポイントに戻っていく。
生徒会役員のチェックを受けて、二人は次のチェックポイントへと走り出す。相変わらず二人だけ突出して走っている。後の競技に影響しないのだろうか。すぐにメガミとツボミは第二チェックポイントに到達する。火綱はクジの入った箱をメガミにスッと差し出した。
「メガミが先ね。はい」
第二チェックポイントは雅雄たちのクラスが陣取るブルーシートの真ん前だった。火綱とメガミのやりとりまではっきりと聞こえる。メガミはサッとクジを引いてお題を確認し、どういうわけか顔を真っ赤にした。
「えっ……!? 何これ!?」
「大丈夫ですよ。お題を知れるのは生徒会役員だけです。安心して連れてきてください」
まごまごするメガミに、冷司は朗らかに言う。しかしメガミは動こうとしないので、後ろからツボミが割り込んだ。
「ボクにも早く引かせてよ! せっかく走ったのに!」
「はいはい。慌てないで」
火綱は苦笑しながらツボミにもクジを引かせる。勢いよくクジを引いたツボミは、やはり固まった。
「おやおや。お二人とも同じお題じゃないですか」
クジの中身を見た冷司は目を丸くする。よほど難しいお題らしい。しかし、メガミと違ってツボミはすぐに動き出す。雅雄たちのクラスの方に歩いてきて、
「雅雄、力を貸して!」
「えっ、僕!?」
突然の指名に雅雄は混乱する。なぜ、借り物競走でツボミに呼ばれるのだ。一応、クラスの違う敵同士なのに。意味がわからない。クラスの皆も何が起きたのだとざわめき、その反応を見て雅雄は完全に固まった。
しかしツボミは周りの目なんて、いつだって簡単に乗り越えてしまう。構わずまっすぐ雅雄だけを見据え、強い言葉を重ねた。
「何も言わずに、ボクについてきて!」
「……わかった」
そこまで言うからには絶対雅雄が必要なのだろう。ツボミは雅雄を火綱と冷司の前に連れて行く。
「これでオッケーでしょ? 通してよ」
淡い微笑みさえ見せながら、ツボミは生徒会役員の二人に言う。火綱は苦笑しながらチェックシートに何やら書き込む。どうやらモノではなくヒトを借りてこいというお題だったらしい。
「はい。二人でゴールまで走ってね」
「ちゃんと手をつないで走るんですよ。借りてる感がほしいですから」
なぜかニヤニヤしながら冷司は告げる。ツボミはこともなげにうなずいた。
「うん、わかった!」
「え……? ちょ、ツボミ!?」
ツボミは雅雄の手を引いて走り始める。こんな衆人環視の中で……と雅雄は慌てるがもう遅い。どんどんツボミは加速して、仕方なく雅雄も合わせる。
「あわわ、雅雄君……!」
なぜかメガミが顔を真っ赤にして半泣きになっているのが横目で見えた。すぐに雅雄とツボミは前に誰もいないトラックへと出る。雅雄のクラスだけでなく、観戦していた全ての人々がざわめいた。凄まじく恥ずかしい。
(まぁ、どうせすぐ忘れ去られるさ……)
借り物競走なんて、どうせこの後行われるクラス対抗リレーの前座である。雅雄は開き直り、ツボミに合わせて速度を上げた。そういえば結局お題は何だったのだろう。走りながら雅雄は小声でツボミに尋ねた。
「どんな人を連れてこいって言われたの?」
「ん……秘密……」
ツボミはちょっと唇を尖らせながら顔を背け、さらに速く走り始めた。雅雄はついていくのに精一杯で、それ以上追求する余裕をなくしてしまう。まぁ、大した話ではないのだろう。そこまで気にする必要もあるまい。
そのまま雅雄とツボミはトップでゴールし、どういうわけかメガミは棄権していた。まさか微妙な競技だとはいえメガミに勝てるとは。雅雄たちのクラスは総合成績でトップを独走していたが、ツボミのクラスに大きく差を縮められてしまった。




