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49 本音

 さて、一連の流れをボォッと見ていた雅雄は、逃げ出すチャンスをすっかり失ってその場に立ち尽くしていた。兄が去ってしまうのを見送ったツボミはゆっくりと雅雄の方を向く。


「……で、君は何の用なの?」


 雅雄は引きつった笑顔を浮かべながらピンク色の財布を差し出す。


「こ、これ……。拾ったから届けに来たんだ……」


 ツボミは引ったくるように雅雄の手から財布をむしり取り、雅雄を睨みつける。


「何かボクに言いたいことがあるみたいだね……! いいよ、相手してあげるよ……! 場所を変えよう」


 とても帰らせてくださいと言える雰囲気ではない。雅雄はツボミに従う他なかった。




 ツボミに連れて行かれた先は団地の近くにある山だった。雅雄は麓の少し開けた平地に案内される。ちょっとした公園くらいの広さがあるが、周囲は樹木に覆われていて外からは見えない。ツボミが雅雄に何をしても目撃される恐れは皆無だ。


 平地のど真ん中で雅雄とツボミは正面から向き合う。この時点で雅雄は半泣きだった。


「……どうして今日、余計なことばかりしてくれたの?」


 どうやら言いたいことがあるのはツボミの方であるようだった。あまりの剣幕に雅雄は泣きそうになりながら、理由を話す。


「えっと、あまりに香我美さんがかわいそうだったから……。なんだか、僕のせいでいじめられてたみたいになってたし……」


 プラス、静香に嫌がらせするため、ツボミに嫌がらせするため、メガミの気を引くためであったが、そんなことを正直に喋れば殺される。


「ボクが……かわいそう……?」


 ツボミは愕然とした表情を浮かべる。そんなにおかしなことを言っただろうか。為す術もなく学校中から嫌がらせの集中砲火を受けるツボミは、どこからどう見てもかわいそうな女の子だった。


 しばらくショックのあまりその場で震えていたツボミだったが、にわかに激昂する。


「ボクはかわいそうなんかじゃない!」


 ツボミはそう叫びながら雅雄の顔面に拳をぶち込んだ。雅雄は首を捻りながら派手に後ろに吹き飛んでみせる。我ながら完璧な演技だ。ツボミが熱くなるほど、雅雄は冷静になっていた。


 雅雄は手足を投げ出して草むらに倒れる。所詮は非力な女の子なので、さほどダメージはない。ただ、雅雄の演技で満足してくれると嬉しい。


「ボクを哀れむな……! ボクを哀れむなよ!」


 そんな雅雄の目論見なんか全く意味がなくて、ツボミは怒りの勢いのまま仰向けに倒れた雅雄の上へとのし掛かってマウントポジションをとり、雅雄の胸に向かってポカポカと拳を叩きつけ続ける。やはりそこまで痛くはないけれど、こんなときどんな顔をすればいいのだろう。本当にかわいそうな女の子だ。


 いつしかツボミは雅雄を殴るのをやめ、雅雄に馬乗りになったまま涙をこぼし始めていた。


「わかってるよ……わかってるさ……君に言われなくても……! 今のボクほど惨めな存在はないよ……! 何もかも、ボクは失った……!」


 ツボミは本気の悔し涙を流す。雅雄を殴る拳の力は、ほとんど失われていた。落ちてきた涙が、雅雄の頬を流れる。やけに熱く感じた。


「終わったんだ、ボクは……! もうボクは、何者にもなれない……! ボクには何もできない……! ボクのほしかったものは、永遠に手に入らない……! Lv.1じゃ、絶対神になんかなれないんだ……!」


 ズキリと雅雄の心臓がうずく。何者にもなれない。何もできない。それは雅雄のことだ。雅雄は最初からLv.1だった。にもかかわらず雅雄はあがいて、やっぱりダメだった。


 ツボミの悲痛な嘆きは続く。


「もうボクには何もない……。ボクは現実に屈して、つまらない大人になるしかないんだ……。それだけは、絶対に嫌だったのに……!」


 雅雄だってモブのまま人生を終えるのは嫌だ。主人公になりたい。いつか、それだけの力を手に入れて、堂々とメガミの隣に立ちたい。自分の力で、自分の道を行きたい。絶対に叶わないとわかっていても、そう思わずにはいられない。


「やるしかないんだよ……。たとえダメでも……」


 普段なら絶対口にしないような言葉が、雅雄の口から漏れる。紛れもなく、雅雄の本音だった。


 ここ数日ログインしていないことで、トッププレイヤーと雅雄の差はさらに開いているだろう。Lv.40以上はレベルの伸びがかなり鈍化するらしいが、何の気休めにもならない。ただでさえ神候補に登り詰めるのは絶望的だったのに、もはや何十周遅れかわからない。


 でも、自分で言ったようにやるしかないのである。雅雄は最初から万に一つの可能性に賭けてゲームに参加していた。可能性が百万分の一になっても、誤差の範囲内だ。ツボミに嫌がらせをして喜んでいる場合ではない。


「今から、何をどうするっていうんだよ……!」


「まだゲームオーバーにはなってない。僕らはまだ、終わってない……」


 ツボミの問い掛けに、雅雄はうわごとのようにつぶやく。そして雅雄とツボミはその場でワールド・オーバーライド・オンラインにログインした。

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