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44 騒ぎの結末

 ツボミの木刀がスローモーションで迫ってくる。雅雄は目を閉じながら木刀を避けた。


(……あれ?)


 窓が叩き割られて、ガラスの破片が四散する。また教室の生徒たちが悲鳴を上げた。しかし雅雄は死んでいない。またツボミの木刀ははずれ、窓を破壊したのだった。


「ああもう、逃げるなよ!」


 興奮が収まらないツボミはまたも木刀を振り降ろす。しかし雅雄はあっさりと避けることができた。


(え……? もしかして……?)


 ワールド・オーバーライド・オンラインでモンスターたちと戦い続けていた成果かもしれない。雅雄はツボミが振り回す木刀を、すらすら避けることができた。


 冷静になってみれば、そこまで不思議なことではない。多少背が高くて運動神経がいいとはいえ、ツボミは女の子なのだ。腕や足は見るからに華奢だし、何より木刀の扱い方がなっていない。興奮しているせいだろうが、ツボミは非力なのに木刀を手の力だけででたらめに振り回しているのみだ。これくらいなら雅雄でも避けられる。きっと運動神経のいい男子なら、簡単に取り押さえられるだろう。


 とはいえ、怖いものは怖い。いくらツボミがヘタクソでも、当たればただでは済まないのは明白だ。だから雅雄は恐怖のあまり動き出す体を押さえられなかった。


「ああああああっ!」


 気合いを通り越した獣のような奇声を上げながら、雅雄はツボミに飛びかかる。どうしてだろう、ゲームでモンスターと戦うのより百倍怖い。体が反応するのに任せて雅雄はツボミの手を掴んで木刀を止め、腹を蹴り上げる。


 それだけで、勝負は決まった。ツボミはお腹を押さえて雅雄にもたれかかる。雅雄はツボミを突き飛ばして距離をとる。ツボミは木刀を放り出してその場にうずくまってしまった。


「ウウウッ、ウウッ……!」


 一瞬、周囲が静まりかえった。ツボミはうずくまったまま嗚咽を漏らして泣き始める。雅雄は肩で息をしながらツボミを見下ろす。


 ようやく何人かの女子が野次馬の人混みの中から出てきて、ツボミを介抱し始める。


「香我美さん、大丈夫?」


「いったいどうしたの?」


「グスッ……平間が全部悪いんだ……! 平間がボクをはめたんだ……!」


「どういうこと?」


「騙されたんだ……! 行っちゃいけないところだったのに、平間がボクを先に行かせて、ボクは、ボクは……!」


 ツボミの話は要領を得ないものだったが周囲の雅雄を見る目が冷たくなる。ちょっと泣いただけで、どうしてそうなるのだ。雅雄が泣いたら、面白がって皆もっと酷いことをするくせに。


 慌てて雅雄は言い訳した。


「ち、違うよ! 香我美さんが僕を脅して先に行ったんだ! 僕は何も悪くない!」


「彼は嘘つきだ! ウウウッ……!」


 雅雄の発言を聞いて、ツボミはいっそう激しく泣き始める。


「ぼ、僕のせいじゃないよ!」


 雅雄は必死に主張するが、雅雄への風当たりは強くなっていく。ゲームのことを開示するわけにはいかないため、雅雄の話に具体性がないせいかもしれない。どんどん世論はツボミの方に傾いていった。


「やっぱ、平間が何かしたんだ……」


「女の子泣かせるなんてサイテー」


「あいつは昔からそういうやつだったんだよ」


 どうしてそうなるのだ。酷すぎる。ついには雅雄を取り押さえようというのだろう、集団の中から数人の男子が出てくる。


「僕は……僕は何もしてないのに……!」


 雅雄はそう言ってうなだれる。だめだ。誰も聞いちゃいない。


 しかしここで、救世主が現れた。言うまでもなく、メガミである。


「ちょっと! みんな何やってるの!」


 メガミはためらうことなく雅雄とツボミの間に割って入り、皆に尋ねた。


「いったいどういうこと!? 何があったの!?」


 ツボミを介抱していた女子が困惑顔で答える。


「平間君が香我美さんを殴って泣かせちゃって……」


 ちょっと待った。その前段階が丸っと抜けている。先に仕掛けてきたのはツボミの方だ。しかも木刀を持ち出して。雅雄は反論したいと思ったが雰囲気的に何も言えなかった。周囲の全員が雅雄を睨んでいるのだ。雅雄を悪者にして終わりにしようという空気をひしひしと感じる。


「ほら、香我美さん、座り込んでないで立って!」


 メガミはそんな空気もなんのその、ツボミを促して立たせる。そして次の瞬間、メガミはツボミの頬を平手で打った。


「えっ……?」


 パシン! と鋭い音が静寂の中で響いた。ぶたれたツボミは何が起こったかわからない、というような呆けた顔をする。メガミは怒気を滲ませた声で、ツボミに言った。


「香我美さん、嘘泣きしてたでしょ?」


 キョトンとしているツボミに、メガミは畳みかける。


「私は事情をだいたい知ってるから言わせてもらうけど、あの件は完全に香我美さんの自滅だよね? どうして雅雄君に八つ当たりしてるのかな? 意味がわからないんだけど」


 どんどんメガミの目つきが冷たくなっていく。珍しく、メガミは本気で怒っていた。


「だいたいゲームで負けたからって、なんで現実で雅雄君に殴りかかってるの? しかも返り討ちにされたら嘘泣きするって……。本当に、馬鹿じゃないの? 恥ずかしくないの?」


 羞恥で、ツボミの頬がさぁっと赤く染まった。メガミの辛辣な言葉で初めて自覚したのだろう。冷静になればかっこ悪いにも程がある。


「ボクは……ボクは……!」


 ツボミは拳を震わせる。


「そんなに悔しいなら雅雄君じゃなくて私にかかってきなよ、この弱虫」


 メガミのその言葉で、ツボミの中の何かが切れたようだった。ツボミは床に転がっていた木刀を拾い、雄叫びとともにメガミに振り降ろそうとする。


「うわあああっ!」


 しかしメガミは全く動じることなく対応した。


「……遅い」


 きっとわざとだろう、メガミは間一髪の隙で木刀を避け、素早くツボミの背後に回り込む。後頭部を殴打しても漫画のように一瞬で昏倒したりはしない。だからメガミは後ろからツボミの襟をとって締め上げた。ツボミはとどめを刺される直前の獣のように奇声を上げながら滅茶苦茶に暴れるが、メガミはうまく後ろから羽交い締めにして押さえる。やがてツボミは頸動脈を締められて落とされ、動かなくなった。

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