エピローグ
ワールド・オーバーライド・オンラインは終わった。だからといって日常生活において、何かが変わるというわけでもない。うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。それぞれ、相変わらずもがいているだけだ。
綺羅々先輩は第一志望に落ちてしまったけれど、別の芸術大学に合格した。最近は演劇部に顔を出して、練習に参加することもある。芸術大学では演劇を研究するし、自分でもやる。いつか、ツボミと共演するのだと笑顔で語っていた。
火綱も将棋の世界で、日々戦っている。最近、研修会でようやく勝てるようになってきたのだと言っていた。見上げれば途方もなく険しい長い道が続いているが、少しずつでも前には進んでいる。
研究の一環として雅雄もたまに対局するが、雅雄はミヤビの力を借りても火綱に勝てなくなってきている。年齢制限までにひとまずのゴールへとたどり着けるかはわからないが、彼女は精一杯やるだろう。
長船君は、記憶が消えなかったことを雅雄とツボミに感謝していた。おかげで今も山口さんと付き合い続けている。今度、元プレイヤーでオフ会を企画しているなどと言っていた。実現したらヤスさんが泡を吹いて倒れそうだが、雅雄は応援したいと思う。
ツボミも、ずっとがんばっている。すでに演劇部の次の公演で、主演が決まっていた。今度は役をツボミに寄せるという裏技は使わない。次の演目は少女漫画原作だそうで、恋に恋する貴族令嬢を、ありのまま演じる。
「う~ん、もっと仕草を優雅にしなきゃいけないのかな? こんな感じ?」
「さすがに大袈裟すぎるんじゃないかな? コントみたいになってるよ」
「じゃあ、これくらい?」
「うん、ぴったりだと思う」
放課後や休日、雅雄の部屋に来たときも、熱心に練習をしていた。雅雄は思った通りの感想を伝え、ツボミは演技を修正していく。日に日に上達していくツボミを見るのは、雅雄も楽しかった。
ちなみにツボミが雅雄の部屋を訪れる頻度は、以前と同じくらいのペースに戻っている。ツボミ兄の再就職が決まり、自宅で夕食をとることが少なくなったからだ。いつか綺羅々と一緒に舞台に立つ。その目標に向けて、ツボミは日々猪突猛進していた。
そして雅雄にも、一つの転機が訪れた。
ある日の放課後、雅雄はいつものように生徒会室で仕事をする。生徒会選挙が近いので、ここのところ準備で忙しくなりつつあった。この改選の後に、雅雄も正式メンバーとして認められることになりそうだ。
新しい生徒会長には、冷司が選ばれることになるだろう。対立候補もいるらしいが、文化祭をどうにかやり切ったという実績があるので、まず間違いない。
「こんなもの、かな……?」
パソコンで作った各クラスごとの投票タイムスケジュールを画面上で見直し、雅雄は息をつく。中等部の三学年分だけでもかなり時間が掛かる。立候補者の演説が前に入るので、人数次第でさらにずれていきそうだ。
本来なら昨年のものをコピペするだけで済むのだが、例年大幅に遅延するので見直せというお達しが先生から来ている。なら投票箱を増やしてほしいと要望したが、それは却下された。投票箱は役所から本物を借りてきているので、数は変えられないということだ。
無駄にリアリティーにこだわらなくてもいいだろうにと雅雄は思うが、大人の事情で変わらない。学校はお手軽に選挙の教育をしっかりやっているというアピールができ、役所もお手軽に選挙教育に協力しましたという実績を作れる。ウィンウィンの関係なのだ。
いつも一年生がもたもたして、時間をオーバーするということである。全体的に余裕を持たせたスケジュールに調整し直し、クラスの入れ替えの時間も計算に入れた。これなら先生方も納得するだろう。
「雅雄、終わった?」
「うん、帰ろうかツボミ」
気付けば下校時刻になっていた。生徒会室に残っているのも、もう雅雄だけだ。やってきたツボミを見て、雅雄は帰り支度を始める。しかしそこに、騒がしい闖入者が現れた。
「雅雄、まだいる?」
「うん。どうしたの?」
姿を見せたのは火綱と冷司である。火綱はもう生徒会を辞めてしまったというのに、何の用だろう。火綱は冷司の耳を引っ張りながら、連れてきている。
「いたたたた、引っ張らないでください、姉さん……」
「うっさい。あんたはそれだけのことをしでかしてくれてるのよ」
すこぶる火綱は不機嫌だ。いったい何があったというのか。火綱は簡潔に用件を伝えてくる。
「雅雄、あんた生徒会長選挙に出なさい」
「えぇっ!? 冷司が出るんじゃないの!?」
雅雄は耳を疑う。現執行部からは冷司が出て、予定調和のように当選して終わりではないのか。なぜ雅雄が出馬要請されているのだ。
「このバカが出たら落ちるわよ! こいつ、四股なんてやらかしてたのよ!? 昨日、全員がうちに押しかけてきて修羅場だったわ! 完全に女の敵よ!」
雅雄は初めて知ったが、学校中が今日はその噂で持ちきりだったということである。これでは女性票は全く見込めない。冷司が出馬したら間違いなく落選だ。冷司はポリポリと頭を掻く。
「いやぁ、みんな納得してくれてると思ってたんですけどね」
「してるわけないでしょ! あんた、ほんとにホームラン級のバカね……」
当然ながら現実世界でハーレムルートは許されない。もはや火綱は呆れて怒る気力もないようだった。雅雄は顔を引きつらせる。
「他に出られる人、いないの?」
「みんな断られたわ! 運動部系の脳筋が会長になったりしたら滅茶苦茶だし、文化部は当たってみたけど全然乗り気じゃないし、もうあんたしかいないの! あんたなら、ツボミの彼氏としてそこそこ知名度あるしね。お願い!」
部活の予算配分でもめて、運動部は現執行部にいい印象を持っていない。そのためこれを機に政権を乗っ取ろうと、候補擁立に動いているとのことだった。しかし財政運営に無理解な運動部系生徒会長が誕生すると、学内が混乱すること間違いなしである。現執行部はなんとしても勝つしかない。
「どうする、雅雄?」
ツボミはいたずらっぽく笑う。雅雄の答えは決まっていた。雅雄の他にいないなら、雅雄がやる。当然だ。
「うん。やるよ。僕が出る」
落ちて恥を掻くかもしれない。身の程知らずだと馬鹿にされるかもしれない。でも、別に構わないだろう。それも含めて、雅雄の選択の結果だ。
火綱は雅雄の手を取って喜ぶ。
「そう言ってくれると思ってたわ! さっそく準備するわよ! まず届け出は……」
説明を始める火綱を尻目に、雅雄はツボミに視線を送る。ツボミはニッコリと笑った。
「雅雄、ボクも手伝うからね」
こうして、雅雄の新たなる戦いは始まった。ワールド・オーバーライド・オンラインでそうしたように、雅雄は諦めず、粘り強く、そして勇敢に戦うだろう。結果がどうなろうと、それが雅雄である。
雅雄たちの戦いはこれからだ!
これにて本編は完結となります。ここまで拙作を読んでくださった皆様、ありがとうございました。いろいろと反省点はありますが、とりあえず終わらせることができてほっとしています。ご感想等いただければ嬉しいです。
当初の予定では、Ⅳ章で終わりでした。それをここまで続けられたのは、皆様のおかげです。重ね重ね、ありがとうございます。
なお、次作は全くの未定です。何らかの形で、本作の後日談的な話も書ければいいなと思っております。




