37 そして主人公となった僕らが選ぶ道
「僕らは、やることがあるので神にはなりません。それでもいいですか?」
ワールド・オーバーライド・オンラインというゲームの前提を覆してしまう雅雄の言葉。果たして、ヤスさんはどんな反応を示すのか。ヤスさんは全く表情を変えず、すぐに答えを返してくる。
「わかった。いいだろう」
いくらなんでも断られると思っていた雅雄は、拍子抜けだ。思わず、間抜けな声で訊き返す。
「え、いいんですか?」
「うむ。今までと同じように、この世界をおびやかす脅威と戦ってくれるなら、私としては言うことはない。それをやめる気まではないんだろう?」
ヤスさんは腕組みをして笑顔を見せ、いかにも太っ腹なことを言っている、という雰囲気を醸し出す。
「ええ。世界を守るための戦いなら、僕らはいくらでも戦いますよ」
その気持ちも本当だ。今、雅雄とツボミにはその力がある。だったら、正しく使っていきたい。
「君たちは最強だ……。どんな敵が現れても、きっと世界を守り切るだろう……」
ヤスさんはどこか満足げだ。ノブという問題児を処分できて、かつ仕事をやり遂げた感慨に耽っているということだろうか。雅雄はヤスさんに気付かれないよう、小さく嘆息する。水を差すようだが、言っておかなければなるまい。
「神代さんはこの世界を攻撃したりしないと思いますけどね」
雅雄の言葉を聞いて、ヤスさんの笑顔が凍り付く。
「……記憶が戻っていたのかね?」
「ボクも雅雄も、とっくの昔にね」
ツボミにまで言われ、ヤスさんはますます顔を引きつらせる。記憶の封印を破られていたのは、かなりショックだったようだ。
気付けば春の一件は、当たり前のように雅雄たちの脳内になじんでいた。思い出したのがいつだったのか、雅雄とツボミは覚えていない。
強欲の魔王マモンとなって地獄から舞い戻ってきた静香。追いかけて現れたのが地獄の大魔王、神代シンとその一行である。シンは雅雄たちとともに静香を倒し、世界の危機を救った。
「……あの人たちに備えるのが、このゲームの目的だったんでしょう?」
ズバリ雅雄は訊く。この期に及んでしらばっくれる意味はない。ヤスさんは硬い表情のままうなずいた。
「あ、ああ……。目的の一つだったことは間違いない。その意味でこのゲームは大成功だ。君たちを育てることができたのだから……」
「今のボクらでも、勝てる自信はとてもないけどね」
ツボミの一言に、雅雄も同感だった。神代シンとその美姫たちが融合して顕現する地獄の大魔王、サタンエル・サルターン。その戦闘力はでたらめだ。
雅雄たちが確認している限りでも、戦艦大和と原子力空母を轟沈させ、核攻撃にさえ耐え、圧倒的な魔力でマモンを撃破している。時間さえも操れる今の薔薇の剣士だって、勝てるとはとても言えない。剣が届いたとしても、とんでもない返し技が待っている気がする。
「それでも、対抗はできるだろう? その事実が大事なのだよ。彼らを現世の王に戴くわけにはいかないからね……」
対抗手段のない相手が存在しているというのは神々にとって、大きなストレスだったのだろう。しかし、雅雄たちという駒を手に入れることができた。仮にシンたちが悪意を持って現世に侵攻してくるなら、雅雄とツボミは立ち向かう。そもそもシンたちはそんなことをしないと思うので、ありえない仮定ではあるが。
むしろ、ヤスさんが心配すべきなのは別の問題だ。雅雄たちがヤスさんが施した記憶の封印を破っているということは、ヤスさんには雅雄たちを制御する手段がないということである。
「今一度確認するが、その力で何かする気はないのだろうね? 人助けなんかもだめだぞ? 軽率に力を振るわれると、大変なことになる……!」
にわかに冷や汗をだらだらと垂らしながら、ヤスさんは尋ねる。地獄の大魔王より、目の前の何をするかわからない一組の方が、よっぽど危険だ。しかし、雅雄とツボミの答えは決まっている。
「何もするわけないじゃないですか」
「ボクらは人間として生きていく。それだけです」
多分、二人で手に入れた奇跡の力と永遠の力を行使すれば、何でもできる。叶わない願いなどない。世界を滅ぼすことも、救うことも、思うがままだろう。神にでも魔王にでもなれる。好きなように世界を書き換えることさえ可能だ。
でも別に、雅雄もツボミもそんなことは望んでいない。自分で選んで、自分で傷ついて、自分の力で歩いて行く。たとえ結末で報われなくても、自分の残した足跡が残る。何より、そこは自分でたどり着いたゴールだ。
それはきっと「特別」ではなく「普通」なのだろう。けれども、それでいい。主人公であることに必要なのは、特別であることではない。その意思を持って、ありのままの自分で、歩み続けることだ。今の雅雄とツボミには、できる。
ヤスさんは苦笑いを浮かべた。
「フフフッ、本当に君たちは成長したな……。きっと、君たちは神になるだろう。人間としての寿命が尽きた、そのときにね。それだけの精神力と魔力を、君たちはすでに持っている」
そういうことなら、神になってもかまわない。そのときまで、人間として精一杯生きよう。二人で。




