22 生産職
静香から逃げてしばらく歩いていると、雅雄は街中で声を掛けられた。
「お~い、平間! おまえも参加者だったのか!」
声の主は半裸でハンマーを片手にさげ、雅雄に向けて手を振っていた。見覚えがある。確か同じクラスの長船君だ。
「お、長船君も参加してたんだね……」
見れば長船君はLv.23である。町を歩いているプレイヤーはLv.30以上が多いので、低いといえば低い。
職業はブラックスミス。ひょっとして戦闘職ではなく生産職なのか。
「そうだぜ。もう、自分の店も持ってる」
長船君は親指で自分の背後を指す。こぢんまりとした武器屋がそこにはあった。
「平間は何になったんだ?」
そう言いながら長船君は雅雄のレベルを見て目を丸くした。
「おまえ、そんなレベルでよく生き残ってたな……」
「ハハハ……。まぁね……」
長船君の話によると、Lv.20未満のプレイヤーは開始三日でほとんど全滅したということだ。職業に就けるかどうかが境界線になったのである。
「職業に就いてないとレベルアップしても新しいスキルを覚えられないからな……。通用するのはせいぜい最初のダンジョンまでで、その後は全然だ」
最初のダンジョン、はじまりの洞窟では宝箱やモンスターからのドロップでスキルカードを比較的簡単に手に入れることができるが、多分それが救済措置だった。他のダンジョンでは宝箱やモンスターからスキルカードを入手できる確率は非常に低く設定されている。
それに気付かず手早く最初のダンジョンを攻略したプレイヤーたちは、大挙して次のダンジョンに雪崩れ込み、そこで選別された。スタート時にLv.16だった長船君もそこで死にかけたということである。
「メガミのパーティーが来てくれなきゃ、本当にあそこで死んでたよ。あんな目に遭うのはもうゴメンだ……」
長船君は遠い目をする。痛覚の軽減がないこのゲームで、彼はいったいどれほど怖い目に遭ったのだろう。雅雄も明日は我が身だ。身が震える。
「それで生産職になったの……?」
「ああ。死にかけたのもそうだけど、メガミたちが戦ってるの見たら、絶対勝てないってわかっちまったからな。全く、あいつらは化け物だよ」
開始三日目にしてメガミたちは上級職に就き、長船君たちでは全く歯が立たなかったモンスターを鎧袖一触したらしい。これが持って生まれたものの差なのだろう。逆立ちしてもトッププレイヤーになれないことを悟った長船君は、戦闘職を諦めてNPCの店で修行させてもらい、生産職になったのだった。生産作業を行っても経験値は入り、レベルも上がる。
「そうなんだ……。仕事は順調なの?」
わかっていながら雅雄は尋ねた。長船君の武器屋には閑古鳥が鳴いている。長船君は苦笑する。
「今んところ、あんまりだな。でも、すぐにブレイクできると思うぜ。俺には恵実がいるから……」
ちょうど武器屋からちょっと綺麗な女の人が出てくる。彼女は笑みを浮かべて雅雄に挨拶してくれた。
「はじめまして。山口恵実っていいます」
「俺の彼女なんだ」
照れくさそうに長船君は頭を掻いた。何でもダンジョンで死にかけていたところを長船君が助け、一緒に脱出して仲良くなったという話だった。
『山口恵実 Lv.20 テイラー』。つい先日、彼女はようやくLv.20になって職業に就いたばかりなのだった。山口さんが布を織って、長船君が金属を加工するという組み合わせで、より高度な武器防具を作れるようになる。
「何か素材持ってないか? よかったら最初だからサービスしてやるぜ!」
長船君の申し出を受け、雅雄は思い出した。嫌というほど暗闇バットと戦って〈コウモリの皮〉は掃いて捨てるほど持っている。何ができるか知らないが、〈農民の鉈〉〈農民の蓑〉よりは確実にマシだろう。
レベルの低さを装備でカバーするというのは低レベルプレイの常套手段だ。長船君とは仲良くした方がいいだろう。
「じゃあこれで何かできるかな……?」
雅雄はステータスウインドゥから「道具」欄を操作する。ストレージから出された〈コウモリの皮〉が山となって顕現する。長船君はギョッとする。
「〈コウモリの皮〉……? しかも100以上!? おまえ、よくこんなもの集めたな! あんな俺でも余裕で倒せる雑魚とずっと戦ってたのか!」
長船君はわりと本気で驚いていた。暗闇バットくらいしか雅雄が確実に勝てる相手はいなかったので仕方ない。
「でも、これだけ素材があれば防具を作れると思うわ」
長船君の横から顔を出し、山口さんは言った。それなら非常に助かる。
「よし、俺たちに任せてくれ! 明日にはできていると思う! 明日のこの時間に取りに来てくれ!」
長船君は胸をドンと叩いて、請け負ってくれた。多分山口さんが隣にいるから張り切ってるんだろうなあ。
長船君と別れた後、雅雄はログアウトすべくセーブポイントまで一人歩いてゆく。平日に余らせた時間は休日一気に消費することが可能なので、時間を余らせることについてはあまり気にする必要がない。歩きながら雅雄が考えているのはこれからの自分のことだ。
レベルが低くて戦うのが難しいので、生産職になる。順当な道といえるだろう。早めに生産職を志せば競争相手は少ないと思われるので、そちらの方面でトッププレイヤーになれるかもしれない。そうすればやはり神様の採用枠に潜り込める可能性が生まれる。
現実的なルートである気がしたが、雅雄は首を振って打ち消す。
(僕は……絶対長船君みたいにならない)
どこまで行っても、最終的には生産職なんて脇役だ。主人公にはなりえない。メガミには絶対届かない。脇役で妥協するくらいなら、戦って苦しんで死んだ方がマシである。
長船君は彼女を作って満足そうだったが、あれも逃げだ。本当の栄光を諦めて、たった一人に大事にされて何の意味がある。二人だけの世界で永遠に乳繰り合っていればいい。雅雄はその間に神になる。
自分がLv.1で全く見込みがないモブ以下の存在であることも、死ぬ覚悟なんて全くないことも棚に上げて、雅雄は心の中で思う存分二人を罵った。




