第0話 木漏れ日照らす戦火
樹齢数百年は超えるといわれる古代樹が立ち並ぶこの森で、四人組の人間と二匹の魔物が激しい戦闘を繰り広げていた。
「おい!!!あれはE級モンスターのスライムとD級のレッドパンサーだろ!?こんな戦い方見たことねぇよ!!」
そう叫ぶ剣と盾を装備したリーダー風な男は、二匹の魔物のうちの一匹であるスライムの攻撃を避けようと、後ろに跳躍した。
その直後、敵対するスライムの体が歪み始める。
身体の一部を薙刀に変形させたスライムが横に一閃した。
ーー惜しい。
リーダー風の男は辛うじて空中へと逃れていた。男の背後で何かが倒れる音が響く。その一閃は背後の直径二メートルはありそうな大木をいとも簡単に薙ぎ払っていた。
「ガルルルルアッッ!!」
ギリギリでスライムの攻撃を避けた男に対して、間髪入れずに大気を震わす咆哮が向けられた。
赤い虎が、空中という逃げ場のない男に襲いかかる。
それは完璧なタイミングだった。しかし
「シルド《初級防御呪文》!!」
すんでのところで、男の前方にガラスの様な透明の壁が発現し、まるで殺意を具現化したかのような悍ましい牙は、壁に遮られ男には届かなかった。
「助かったぜ…ナーフィ!!」
「危なかったわね…ギル。防御呪文が間に合ってよかったわ」
ナーフィと呼ばれる女が、杖の構えを解きながら汗を拭う。
「どうやら、本気でやらないとやばそうだぜ。お前ら!気合い入れろ!!」
「「「おう!!!」」」
リーダー風の男ギルの鼓舞に、三人の人間は返事を重ねた。
「サラワク!まずはあの厄介な虎を抑えておけ!!そして、ナーフィとシーナは呪文でサラワクの援護!!あのスライムは俺一人で何とかする!」
「「「了解!!」」」
ギルは仲間に対して、的確に指示を飛ばした。すると、鈍い色で輝く重たそうな鎧に包まれたサラワクと呼ばれる男が、身の丈ほどある大盾を構えながら赤い虎「レッドパンサー」へと向かっていった。
「うおおおおおぉぉっ!!」
大盾に行く手を阻まれ、レッドパンサーはジリジリと後ろに後退する。
「今だ!!シーナ!!」
「フレム《初級火球呪文》!」
人間の拳サイズな火球が、後退するレッドパンサーの足元に着弾するや否や、地面を巻き上げ大きく爆ぜた。
爆発によって発生した砂煙は高々と舞い上がり、辺りを濁らしていく。
「ガルラ!?」
三人がかりで攻められるレッドパンサーに気を取られたスライムに隙が生じた。その隙を見逃さなかったギルは、すでにスライムとの間合いを完璧に潰していた。
「これで楽にしてやる!!下級魔物の癖に良くやった方だぜ!!」
振り上げた剣の持ち手から剣先へと、みるみる炎が纏われていく。
ギルは燃え盛る剣を振り上げると、そのまま真っ直ぐに振り下ろし、空気を灼くような一撃が放たれた。
「シルド《初級防御呪文》」
「!?」
甲高い金属音のような音が鳴り響く。
緋い焔の刃は、目を瞑ったスライムには届かなかった。なぜなら、さっきレッドパンサーの牙からギルを守ったあの防御呪文が、今度はスライムの前にも展開されていたからだ。
「はァ!?魔物が防御呪文!?あり得ねぇ!!魔物は呪文を扱えないハズだろ!?」
焦った表情を浮かべたギルは、再び距離を取り始めた。
スラピーもガルラもよく頑張ってはいるが、中々に相手が手強い。まだ二匹だけだと荷が重そうだな。
高さ七メートルくらいの大木の上から、ある男が眼下に広がる戦場を見下ろしつつ垂直に飛び降りた。着地音と共に砂塵が舞い上がる。
目の前に広がる砂埃がゆっくりと晴れていくと、その先には目を見開いて驚いた様子を見せるギルがいた。
「特徴的な黒髪の天然パーマに紅のローブ!そして、その魔物と心を通わせ従える唯一無二の固定スキル…!お前、まさか!!『叛逆のナラク』なのかッ!!」
ギルは目を見開いてそう叫んだ。
「おいおい、まじか…。アルスーン王国からこんなに離れた場所でも俺の情報が広まってんのかよ」
ギルの顔に張り付いた驚愕は形を変え、ドス黒い殺意に変わっていく。
「ここでお前を殺せば俺たちの名は世界に響くぜッ!!絶対に逃さねぇぞ!!ナラクッ!」
「大したラブコールだな。来いよ」
見るからに興奮した様子で息を巻くギルが、懐からパチンコ玉のような物を取り出し、投げ付けてきた。数十玉あるそれは、全てが例外なく燃え盛っていて彗星の尾のような軌跡を描いている。
なるほど…、奴の固定スキルは火属性付与みたいなもんか。余裕だな。
「スラピー!!自分の的を広げてあれを跳ね返せるか!!」
「できるけど…あっついのは嫌だよぉ〜」
「ちゃんと消火はするから安心してくれ!」
ナラクはそうスライムに指示を飛ばすと、オール・アクラ《全体水呪文》を唱えた。
伸ばした手の先から大質量の水が発現する。その水に突っ込んだ燃える弾丸は、炎のベールを剥がされるも勢いは衰えず、スラピーの方へ向かっていく。
「よし、消火はできたな」
スラピーはその弾丸に対し、体を薄く広げ待ち構えていた。吸い込まれるようにして、それはスライムに包み込まれていく。ついぞ弾丸はその体を貫通させることは叶わず、その勢いのまま後ろに伸びていった。
スライムの体を纏い、限界まで伸びきった弾丸はゴムの要領で一気に跳ね返される。
「馬鹿なッ!!そんなふざけた戦い方ができ…ぐッ!!!」
ダイナミック返品された弾丸は容赦なくギルの体を貫いた。見るからに深刻そうなダメージだ。身体の所々に風穴が空いてしまったギルは、苦しそうな声を発して蹲る。
「ディア・ヒー…《中級回復呪》」
「そんな隙見逃すほど、俺達はお人好しじゃないよな」
すでにアシスピ《速度向上呪文》という、足の速さを補助する呪文をかけられたスラピーが、目にも止まらぬ速さで弾き飛んでいた。
「スラ・バレットーーー!!」
ドヤ顔で技名を叫ぶスラピーは、蒼い弾丸となって、自身に回復呪文をかけようとしていたギルの喉元を貫いた。
喉元から胸にかけてスライム一匹分の穴が空いた奴は、血走った目で数秒こちらを睨むと、まるで電池が切れた玩具のように、自身の血が彩る赤い土のベッドに倒れ伏した。
「スラピー!!よくやった!!そのままアシスピの効果がある内に、囮になってるガルラの元へ向かってくれ!」
「わかったー!!」
そう言い残すとスラピーは、ガルラの元へ飛んで行った。
先に飛んで行ったスラピーからやや遅れ、ナラクは隣の戦場に駆けつけると、サラワクと呼ばれていた男が倒れているのが目に入った。鎧の鳩尾部分にはヒビが広がっていて、口からは血が溢れている。
「ディア・ヒール《中級回復呪文》!!!」
女が呪文を唱えると、杖の先から緑色の光が現れた。それは地面に横たわるサラワクを優しく包み込みこんでいく。
しかし、何も起こらない。
「回復呪文が効かない!!もう死んでる!」
「あの屈強なサラワクを一発で…!?あのスライムがやったっていうの!?」
シーナとナーフィの視線の先には、返り血を浴びて真っ赤に染まったスラピーがいた。
その横に立つガルラにも目をやると、肉食獣特有の隆々と発達した大腿から背にかけて、痛々しい生傷が目立っている。
よく三人もの敵を引きつけてくれた。あの痛そうな傷…、早く治してあげなければ。
ナラクはボソッと呪文を口にした。
「ヒール《初級回復呪文》」
さっきと同じ緑色の光が今度はガルラの体を覆い始めた。その光が傷口にぴたりと寄り添うと、あたかも傷などなかったかのようにみるみる癒えていく。
「三人相手によく頑張ったな!ガルア」
「申し訳ないガル、ご主人様。耐えるのが精一杯で期待に応えられなかったガル……」
ガルラは長い尻尾をだらりと下げ、しゅんとした顔を浮かべて謝った。
「あいつら中級呪文も扱えるし、連携もしっかり取れるから仕方ねぇよ。悔しかったら一緒にもっと強くなろうぜ」
ガルラはレッドパンサーの性質によるものなのか、自分に対して厳しい性格をしている。
「そうだよー!ガルラ!僕なんて斬られそうだったんだから!」
たしかに、スラピーは俺の防御呪文が間に合わなかったら真っ二つだったな…。スラピーも少しはガルラの厳しさを見習ってほしい。
「ありがとうガル…」
「よくも…、よくもサラワクを!!許さないッ!!ディア・フレム《中級火球呪文》ッ!!」
突如、シーナの怒号と呪文詠唱が俺たちに向けられた。
ディア級だと!?まずい!!あいつら中級の攻撃呪文まで扱えるのか!!何かみんなを守れる呪文を唱えないと…!!
「オール・シルド《全体防御呪文》!」
ナラクは自身とスラピー、そしてガルラを囲うドーム状の透明なバリアを展開した。そのコンマ数秒後、紅蓮の炎を纏った大火球がバリアと衝突した。
大火球は轟音を撒き散らしながら、瞬く間にバリアを飲み込んでいった。そして盛大な爆炎が巻き上がる。
「耐えれるかな!?ナラク!!」
「さっきまで、あの盾を持った男が近くにいたからこの呪文を打てなかったガルか…!!」
三人を囲うバリアの外では、真っ黒な煙と真っ赤な炎が入り乱れている。
「さすが中級の攻撃呪文…!!なかなかしんどいぜ」
「オール・シルド」が消えてしまわないようありったけの魔力を注ぎ込んで耐え忍んでいると、突如大爆炎が嘘のように消え去った。
あっちの魔力が先に尽きたのだろう。なんとか耐え切ることができた。さっきの大火球が引火したのか、辺りにあった大木が松明の様に燃え盛っている。
「くっ……!ディア級でも仕留められないなんて…!」
「待って、あなた達がここに来たってことは…、ギルはどうしたんですの!?」
シーナと比べて、まだ冷静さが垣間見えるナーフィがナラクにそう問いかけた。
「ギル?あぁ…、彼はもう倒したよ」
シーナとナーフィは絶句した。
「嘘っ!?…ッ!!あのギルが負けるなんて!!」
逃げの一手を放とうとしたのか攻めの呪文を唱えようとしたのか…。今となっては分からないが、ナーフィは杖をこちらに向けた。
「コルド《初級氷結呪文》!!」
ナーフィが呪文を唱えようと息を吸ったその瞬間、ナラクは一足先に呪文を唱えていた。
シーナとナーフィの足が一瞬にして氷結する。
ーーこれで動きを封じた。
「足が動けないんじゃあ、後ろに回った《《あいつら》》に振り向いて呪文なんか当てられないよな」
固まった足を解こうともがく彼女らの後ろから、体の一部を槍のように変化させたスラピーが鋭い一閃突きを放った。
細い首を貫かれたシーナは、口から血をぶくぶくさせると、最期にタイヤから空気が抜けるような音を発し、その場でだらんと倒れた。
残り一人であるナーフィはガルラの爪で切り裂かれ、すでに上半身のみが地面に転がっている。
完全勝利だ。
「お疲れ様!スラピー!ガルラ!」
「やったねー!ナラク!!強い人間四人も倒したよー!」
「あぁ!強かったな!結局ギル以外の固定スキルが何だか分からなかったがな」
「えへへー!!」
「お褒めの言葉嬉しいガル!」
本当に良くやったと思う。しかしまだまだ力が足りない。実際、今戦ったパーティはぜんぜん無名である。
もし、これが上級呪文を使える奴らだったら、地面に転がっていたのは自分達だった。
木々の間から吹く生温い風が、ナラクの頬を撫でた。
《《あの日》》もたしか、こんな風が吹いていた。感覚は記憶を呼び起こし、ナラクの中にある記憶を思い起こしていた。
ーー叛逆のナラクと呼ばれるようになってしまったあの日のことを…
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《Profile》
ナラク=ルークス (男 20歳)
固定スキル 魔物使役
得意呪文 ほとんど
好きな物 甘い物全般
嫌いな物 内側に開くドア
・うなりのかかった黒髪に、くすんだ黄色のダボダボしたズボンと真紅のローブを纏っている。性格は割とお調子者である。敵味方問わず天然パーマをバカにされることがあり、本人は割と気にしている。固定スキルにより魔物と唯一言葉を交わすことが可能な人間。様々な呪文を駆使して仲良くなったら魔物と一緒に戦う戦闘スタイル。
本作品をお手に取ってお読みいただきありがとうございます!!
このお話はプロローグのため、続きはありません!
次話よりナラクが何故人類と敵対しているのか?一体何があったのかが明かされつつ、魔物と人類が争い続けるこの世界で彼らの壮大な物語が幕を開けます!!
もし面白いと思って貰えたら、この先に広がるナラクの冒険に同行していただければ嬉しいです^_^




