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9話 洞窟と光

カン。金属音が、洞窟の奥から押し寄せてきた。


暗闇の中で、赤い光がいくつも揺れている。


23号が黒い拳を振り上げた。


ハルは咄嗟の後ろに飛び退く。


――多すぎる。


5体や10体ではない。


ミナが座り込み、息を荒くしていた。動く気配はない。


「チッ…」


ハルは左に向かい走った。23号の視線がハルを追いかける。


石を素早く拾い、23号に投げつけた。


23号は腕で石を受けた。石が跳ね、地面に落ちる。眼の前の機械人間は、平然としていた。


「ガク!」


ガクは壁際で膝をついていた。服は汚れているが、意識はある。


ハルはガクに駆け寄った。


「カイは?」


ガクが静かに言った。


答えなかった。答える必要もなかった。


「……逃げよう」


ガクが小さく言った。


「ここにいたら、全員死ぬ」


「でも、ラベルが……」


「取りに来たんじゃない」


ガクが立ち上がった。


「生きて帰るために来たんだ」


その言葉に、ハルは少しだけ目を見開いた。


正しい。


今ここで欲を出せば、3人とも終わる。


だが――


ハルの視線が、23号に向いた。


正面で泣き崩れているミナには眼もくれない。機械人間が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。まるで意志を持つようだった。


ハルは短刀を構えた。


「一体だけなら」


「ハル?」


「一体だけ倒して、逃げる」


 ガクがハルを見る。


「無理だ」


「分かってる」


「分かってる顔じゃないぞ」


「だから、3人でやる」


ハルはガクを見やる。


「ガクが隙を作る」


「俺が?」


「ああ」


「で、お前が倒す?」


「ああ」


 ガクはしばらく黙った。


「……できるのか?」


「分からない」


「おい」


「でも、やるしかない」


ハルは短刀を握り直した。


「俺、昨日こいつを見た」


昨日の光景が蘇る。


近づいた瞬間、こちらを察知した23号。


あの異様な感覚。


「こいつは多分、正面から行ったら無理だ」


「じゃあ、どうする」


「ガクが正面から引きつける」


 ガクは眉をひそめた。


「俺が囮か」


「そうなる」


「死ぬかもしれないぞ」


「分かってる」


「お前、今日会ったばかりの俺を利用する気か?」


「……悪い」


「謝るなよ」


ガクは苦笑した。


「その代わり、成功させろ」


「分かった」


ハルは固く頷いた。


その瞬間、23号ともう一体の機械人間が突進してきていた。


二体が腕を伸ばし地面に叩きつける。


ハルとガクは両脇に飛んだ。


「ミナ!」


ハルが走りながら叫ぶ。


「出口を確保してくれ」


ハルは駆け寄り、ミナの肩を叩いた。


複数の機械人間が迫ってきている。


「機械人間が増えたら教えてくれ。逃げ道も見ておいてほしい」


ミナは震える目でハルを見上げた。


「…逃げて、いいの?」


「あぁ。ここは俺らで食い止める」


そして――


ミナは震える動きで立ち上がった。


「死なないでね」


ミナは振り返り、駆け出した。


「善処する」


ハルは軽く笑った。


次の瞬間。


23号がハルの背後に立っていた。


背中に汗が滲んだ。


いつの間にか背後に気配がある。


振り返る。


「あ…」


23号の拳が地面に叩きつけられた。


薄暗い洞窟の中、轟音と共に砂塵が舞う。


走りながら、ガクは音の方を見やった。


ガク自身も満身創痍だった。


剣を握り狭い洞窟を上手く走りながら、複数の機械人間の攻撃をかろうじて避けている。


「ハル!!」


土煙が収まった。


その時。


ギィィ、という不快な金属音がした。


23号の胴体から発せられている。


ハルが身を低くしながら短刀で胴体を横に斬りつけていた。


ハルはそのまま23号の脇を潜り抜ける。


「・・・・・・!」


(硬すぎる。短刀じゃ浅い)


ハルはそのまま走る。


(奴の攻撃をかわし、懐に入り込んだはずだったのに…チクショーが!)


23号が身体の向きを変え、ハルの方角を向いた。


ハルの眼の前にはガク。再び合流。


コツ。


足音が、変わった。


ハルは短刀を握ったまま動かなかった。


さっきまで一定だった足音が、今は止まっている。


洞窟の奥には、まだ赤い光がいくつも浮かんでいる。機械人間たちは動かない。壁に反射した赤い光だけが、暗闇の中でかすかに揺れていた。


ハルとガクの呼吸音だけが洞窟の中に響いた。


23号が一歩踏み出した。


ハルは横へ動いた。


23号の拳が通路を塞ぐように振り抜かれ、岩壁に当たり、鈍い音が洞窟の奥へ響く。


ハルはとっさに止まった。


拳を振ったあと、23号の右腕が戻るまで、ほんの一瞬だけ時間がかかる。


「ガク」


「何だ」


「右腕。戻るのが遅い」


「そりゃ当たり前だろ」


「でも、隙になる」


ガクが23号を見る。恐怖の中に、怪訝な表情が上書きされている。


「次、俺が引きつける」


「お前が?」


「その間に斬ってくれ」


「分かった」


短い返事だった。


ハルは一歩前へ出た。


23号の赤い光が、ハルを捉える。


「こっちだ」


走る。


足元の砂が滑る。


洞窟は狭い。左右の岩壁が近く、まともに横へ逃げられる場所は少ない。


23号が腕を振る。


ハルは身を低くした。


頭上を拳が通り抜け、風圧で髪が揺れる。


背後で岩が砕けた。


その音に振り返る余裕はない。


もう一度。


今度は左。


ハルは岩壁に手をつき、身体を滑らせる。


23号が追ってくる。


その足音が、さっきより速い。


「今!」


ガクが飛び込んだ。


ガクの剣が23号の肩を何度も叩く。


金属音。


23号がわずかにガクの方へ傾いた。


ハルは懐へ入り込む。


短刀を振る。


さっきハルが斬った亀裂を狙う。


カンッ。


刃が弾かれた。


「くそ……!」


手に痺れが走る。


だが、亀裂は広がっていた。


「まだかハル!」


「もうちょっと…」


23号が後退している。


やがて、その背中が岩壁に触れた。


「追い込んだ……!」


ハルの息が上がる。


ガクも肩で息をしていた。


洞窟の天井から水が一滴落ちる。


ぽた。


その音だけが妙に大きく聞こえた。


「一気に行くぞ」


ガクが構える。


ハルも短刀を握り直した。


23号が動く。


ガクが正面から踏み込む。


ハルは反対側へ回る。


左右で挟みこむ。挟撃の構え。


23号がガクへ腕を伸ばした瞬間、ハルが懐へ入った。


亀裂へ向けて、思いっきり短刀を突き込む。


ハルの体勢が思わず揺らいだ。


今度こそ、深く入った。


ギィィィィ……。


23号の身体から、これまでとは違う音がした。


赤い光が明滅する。


動きが止まった。


ハルは息を呑んだ。


「……やった?」


23号の頭が、ゆっくり下がった。


動きが、今度こそ完全に止まった。


ハルは一歩近づく。


「止まった……」


ガクも息を吐いた。


「勝ったのか」


その瞬間。


23号の腕が跳ね上がった。


ハルは反応できなかった。


黒い手が、ハルの胴体を直撃し、ハルを吹き飛ばした。


「――っ!」


背中が岩に激突する。


最初は衝撃が、次に痛みがギンギンと迫ってきた。


「ウ、グハ、ッ…」


(身体が、動かない…)


短刀を持つ手が震えた。思い通りに動かない。


岩に身を預ける体勢のまま、動けなかった。


23号の赤い光が、目の前にある。


そこで初めて。


ハルは理解した。


こいつは、傷ついている。


動きも鈍っている。


それでも――


俺より強い。


さっきまで勝てると思っていた。


違った。


追い詰めていたのではない。


追い詰めさせられていたのかもしれない。


「待て!」


ガクがハルの前に滑り込んだ。


「こいつを殺したければ、まず俺を殺してみろ!」


すさまじい顔つきだった。


「……俺、無理かもしれない」


ハルの喉が鳴る。


言った瞬間、自分で怖くなった。


こんな言葉が口から出るとは思わなかった。


23号のもう一方の腕がゆっくり上がる。


視界に黒い影が入る。


その先に何が起こるのか、考える必要もなかった。


ハルの頭の中から、紅燐祭が消えた。


消えた父親も。奪われた紅剣も。


作った母の墓も。


全部。


ただ一つ。


(死にたくない…)


その感情だけが残った。


「嫌だ……」


身体が動かない。


母を失った夜でさえ、ここまで怖くはなかった。


あの時は何が起きたのか分からなかった。


今は分かる。


自分は殺される。


ガクが視界から消えた。そして、岩に激突する鈍い音。


23号に吹き飛ばされたと分かるまで、それほどの時はかからなかった。


息を吸う。


吸えない。


もう一度。


「はぁ……っ」


肺に冷たい空気が入る。


(冷た…)


23号はまだ立っている。


目をつぶった。


再び開いた。


黒い腕が、動いた。


そして、目を閉じた。


すさまじい轟音が、洞窟全体を揺らした。


ハルは目を閉じた。


――死んだ。


そう思った。


だが。


何も起こらない。


恐る恐る目を開く。


「……え?」


目の前にいたはずの23号が、数歩先まで吹き飛ばされていた。


周囲では、赤い光が次々と消えていく。


壁際にいた機械人間たちも、何体もが倒れていた。


洞窟の奥からではない。


――出口の方からだ。


白い光が差し込んでいる。


砂塵の向こうから、誰かが歩いてくる。


うっすらと見えたのは、一人の少女だった。




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