7話 開凡組結成!
地面から、無数の土が勢いよく噴き出た。
土と砂塵は、3人の男の周囲を瞬く間に覆ってしまう。
一瞬で見えなくなった。
「…この!」
サネツグに向け、男が飛び出す。手には短剣。男は剣を振り下ろす。
サネツグは少し低く構え、左手を出す。短剣の降ろす先は左手。
(斬られる)
ハルはそう思った。だが次の瞬間、剣は左手に乗っかった形で止まった。
いや。
止まったのではない。
軌道そのものが、歪んでいた。
次の瞬間。
パキン、と乾いた音がした。
刀身に亀裂が走る。
そして、砕けた。
文字の羅列。円状の陣が再びサネツグの頭上に展開された。
男は後退り、見るからに震えていた。
後方の砂塵が散った。残りの2人の姿が露わになる。
「退け。大人しく」
サネツグが短く言った。
「こりゃ本物だ」
「あぁ、理式師相手じゃ分が悪い」
3人がヒソヒソと目配りをしながら話し合った。
「俺らが欲しいのはラベルだけなんだ」
一人が言った。
「あのガキのだ、アンタに用はねぇ」
彼ははハルを指差した。だがサネツグは微動だにしない。
「掃除の邪魔だ。失せろ」
「テメェ…」
危ない。思わず本音が出そうになった。男はコホンと咳をし、今度は温和な笑みを作る。
「荒らしたりしないからさ。ちょっと押さえつけるだけ。それでいいだろ?」
ハルはトライシクルの裏に潜んでいた。存在自体はバレているが、鞄から短刀を持ち出すのにはうってつけだ。
サネツグは、嗤った。
「ハハハ。まだ気づかないのか?」
「あぁ?」
男の目線があからさまに挑戦的になる。
「ここにいることすら、迷惑なんだよ」
一瞬の出来事だった。
男が砕けた刀を振る。しかし、刀の軌道が僅かに逸れた。
「……?」
もう一度。やはり届かない。
がむしゃらに振られた刀はサネツグの横を通り、空を切る。
「何だ……?」
サネツグは静かに言った。
「流れを変えただけだ」
「流れ?」
「力の向き、足の運び、武器の軌道。全部、少しずつな」
男が後退する。その横から、別の男が走り込んだ。
サネツグはそちらを見る。
「二人目」
男が拳を握り殴りかかる。
足元に文字の円が浮かんだ。
男の身体が、ふっと横へ流れる。
「うわっ!」
男はその場で体勢を崩し、尻餅をついた。
「な、何をした!」
「倒しただけだ」
サネツグは答える。
「怪我はしてないだろ」
男は自分の身体を確認する。確かに、何も起きていない。
「……こいつ」
三人目が距離を取った。
サネツグは工具箱を持ったまま平然としている。
男は周囲を見回す。
「三人だぞ」
「知ってる」
「なら――!」
三人が同時に動いた。
1人は折れた刀を振り、1人は拳を握り締め、1人は石を拾い投げつける。
三方向から迫る。
ハルが思わず息を呑む。
だが。
サネツグは一歩も動かなかった。
「整流」
紅い光が広がる。
三人の動きが、同時にずれた。
刀は空へ。拳は横へ。石は地面へ。
互いの動線が完全に噛み合わなくなる。
「な……」
「どうなってる……」
3人は動けない。重力に抑えつけられたかのように、完全に動きが止まっている。
サネツグは三人の間を歩く。
「お前らは、自分の力で動いている。俺は、その結果だけを少し変えている」
男が再び石を拾おうとする。
しかし、拾おうとすると腕が自然に上へ向いてしまう。
「くそっ!」
反対へ。今度は下へ流れる。
「無駄だ。俺が解除するまで、狙った方向には動かせない」
拳を握った男も試す。
踏み出そうとすると、足が止まる。
「動けねぇ!」
「動けないんじゃない」
サネツグは首を横に振る。
「動こうとした方向を変えられてるだけだ」
そして、紅い光が消える。
三人の動きが戻る。
だが、誰も構え直さなかった。掃除屋1人に敵わないことを認めながら。
サネツグは三人を見る。
「もう終わりだ」
「……殺さないのか?」
男が尋ねる。
サネツグは不思議そうな顔をした。
「なんで殺すんだ?俺たちはお前らを襲った」
「そうだな。だが、俺は勝った」
サネツグは即答した。
「それで十分だろ」
男は黙った。
「殺し合いがしたいわけでもない」
男達は、何も言えなかった。
彼らはハルを少しだけ見やると、視線を戻した。
3人は帰って行った。
ハルはサネツグを見つめる。
「……すごい」
「何が?」
「誰も傷つけてない」
「当たり前だ。死体の片付けは面倒だからな」
「理式って、ああいうものなのか?」
サネツグは少し考えた。
「……こういうのもある」
「でも、もっと凄い技もあるんだろ?」
「ある」
「じゃあ、教えてくれ」
サネツグはハルを見る。
「無理」
「なんで?」
「面倒だ」
即答だった。
サネツグはしゃがみ込み、刀の破片を一つずつ拾い始める。
「仕事を増やしやがって……。なんでよりによって俺のところで……」
ぶつぶつと文句を言いながら、破片を工具箱へ放り込んでいく。
やがて、顔を上げた。
「何してる。早く帰れ」
「え?」
「また襲われたらどうする。さっさと消えろ」
サネツグは手を振って追い払う。
ハルは渋々、鞄を持ち上げた。
その時だった。
「おい」
サネツグがトライシクルを指差す。
落ち葉はすっかり剥がれ、車体が丸見えになっていた。
「それ、どうする気だ?」
ハルは振り返る。
「ここに置いておく」
サネツグが瞬きをする。
「乗れ」
「え?」
「速く」
「いや、でも――」
「いいから乗れ」
サネツグは立ち上がり、ハルの背中を押した。
「ちょっ……!」
「京都まで歩く気か? そんな目立つもん置いていったら、盗られるぞ」
ハルは仕方なくトライシクルにまたがった。
サネツグは少し離れ、工具箱を片手に持ったまま手を振る。
「じゃあな、少年」
ハルが振り返る。
サネツグは、気だるそうな顔だった。
「……死ぬなよ」
「え?」
「俺が助けたんだ。無駄にするな」
ぶっきらぼうな言葉だった。
ハルは少し黙った。
そして、アクセルへ手を掛ける。
エンジンが唸った。トライシクルがゆっくり動き出す。
「……助けてくれて、ありがとう」
サネツグは答えなかった。
ただ、片手を上げる。
ハルはそのまま森を抜けていく。
向かい風が頬を冷たく撫でた。
少しずつ、サネツグの姿が遠ざかっていく。
ハルは一度だけ振り返った。
(あの理式……格好良かったな)
そして前を向く。
トライシクルは、京都へ向かって走り去っていった。
サネツグは、見えなくなるまでその背中を眺めていた。
やがて、手を下ろす。
「……ラベル、か」
小さく呟く。
「ってことは、紅燐祭だな」
少しだけ苦笑する。
「ハハ……面倒なことになってんな」
サネツグは工具箱を持ち直し、散らかった地面へ視線を落とした。
「さて……これ、全部片付けんのかよ」
深いため息。
再び、刀の破片を拾い始めた。
ーーー
『一、紅燐祭期間 文月五日~一二日 ノ 一週間とする』
今日は文月七日。ハルが参加してから2日目だった。
あまり時間はない。
紅剣はない。
今の自分にあるのは、この短刀だけ。
「……まあ、やるしかないか」
トライシクルの速度を落とす。
今度はもっと京都に近い所に隠した。
「これでいいな」
森林の中、草木に囲まれて滅多に見つからないだろう。
ハルは再び道に出た。
城門が近づいてくる。昨日も通った、南門だ。
昨日とは違い、今朝は人の列が少ない。
ハルはそのまま南門を抜け、京都へ入った。
相変わらず、人が多い。
武器を持った人間。理式師らしい者。傭兵。貴族らしき服装の人間。
昨日よりも、少しだけ街の見方が変わっていた。
ここにいる人間の多くが、紅燐祭の参加者なのだ。
「さて…どうするかな」
ハルはあたりを見渡す。
その時だった。
「おい」
背後から声がした。
ハルが振り返る。
そこに、一人の青年が立っていた。
黒髪。
くすんだ緑色の外套。
腰には短剣。
穏やかな顔をしている。
「昨日、参加登録しただろ」
「……誰だ?」
青年は少し笑った。
「アサギ・ガクだ」
「何の用だ?」
ガクはハルを上から下まで見る。
そして、あっさりと言った。
「お前、素人だろ」
ハルの眉が動く。
「……そう見えるか?」
「見える」
即答だった。
「歩き方。武器の持ち方。周囲を見る回数。全部。それに」
ガクはハルの腰を見る。
「ラベルを持ってない」
ハルは身構える。
(来た)
今朝もそうだった。
紅燐祭の参加者は、ラベルを狙ってくる。
「俺は持ってない」
「知ってる」
「……じゃあ何だ?」
ガクは少しだけ首を傾けた。
「仲間にならないか?」
「……は?」
予想していなかった。
「ラベルをよこせ、とかじゃないのか?」
「持ってないんだろ?」
「そうだけど」
「じゃあ奪う意味がない」
ガクは当然のように言った。
「俺たちは今、四人で組んでる。もう一人くらい増えても困らない」
ハルは疑うような目でガクを見る。
「紅燐祭で一番危ないのは、強い奴じゃない」
「……?」
「自分が強いと思ってる奴だ」
その言葉に、ハルは少し黙った。
「話だけでも聞いてみないか?」
ガクはそう言って、歩き始めた。
「来るなら来い」
ハルは少し迷った。
「……分かった」
意を決して、ハルも歩き出した。
広場から少し離れた場所。
古い建物の陰に、三人の人間がいた。
一人はゴビー。
ハルを見るなり、目を丸くした。
「マジかよ」
「知り合いか?」
ガクが聞く。
ゴビーは笑った。
「よう、坊主」
ゴビーは手を上げる。
「まさかお前、俺らと組むってのか?」
「話を聞くだけだ」
「ハハハ!」
ゴビーは腹を抱えて笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや、別に」
ゴビーは涙を拭う。
「お前、見る目がねぇなぁ」
「どういう意味だ」
「こいつら、理式師一人もいねぇぞ」
ハルはガクを見る。
ガクは肩をすくめた。
「いない」
「……本当に?」
「本当に。でもだからこそ、俺の話を聞く価値があるだろう。特に、素人には」
ゴビーの笑いが収まる。ガクが鋭い目つきでハルを見据えた。
「俺たちは、理式師様に全部任せるなんて芸当はできねぇ」
ゴビーが言う。
「じゃあ、どうやって戦うんだ?」
「役割分担だ」
ガクが静かに答えた。
横にいた青年が口を開く。
「俺はカイ」
短い言葉だった。
黒髪。細身。腰には長剣。
ハルを見る目は、あまり友好的ではない。
「よろしく」
「……よろしく」
隣には少女がいた。
茶色の短髪。
腰には工具。
「私はミナ」
ミナはハルを見て、首を傾げた。
「子供?」
「そうだけど」
「若……」
「悪いか?」
「別に」
ミナは肩をすくめる。
「死ななきゃいいんじゃない?」
「縁起でもないな」
「紅燐祭だからな」
隣でゴビーが笑いなばら言った。
ハルは四人を見回した。
「で、どんな話をしてくれるんだ?」
ハルは佇まいを整え、ガクを見やる。
「俺たちは、ラベルを奪い合わない」
ガクが勝ち誇った表情で言う。
「でも、ラベルを集めないと優勝できないだろ」
「そうだな」
ガクは頷いた。
「だが、我々は余計な敵を増やさない」
ハルは黙って聞いている。
「互いに揉める必要もねぇ。必要なら協力する」
ゴビーは指を一本立てた。
「互いに利用するだけだ」
「利用?」
「ああ」
ゴビーは笑った。
「俺たち聖人じゃねぇ。仲良しこよしでもねぇ」
そして、ガクを見る。
「ただ、ガクのやり方は至極単純だ」
ガクが続ける。
「一緒にいる方が生き残れるなら、一緒にいる。それだけだ」
ハルは少し考えた。
「……それ、悪くないな」
ガクが笑った。
「だろ?」
ゴビーが突然、手を叩いた。
「決まりだな」
「何が?」
「参加だよ、新入り」
「昼に郊外に出かける。ハル君もついてきて損はない」
ガクはハルとゴビーを交互に見やった。
「確かに。それならやる価値はある。どうせ何も考えていなかったんだ」
ハルは言った。
「俺らの名前」
ゴビーは少し困った顔をした。
「……小僧に言ってみりゃいい」
「そうだな。仲間なのだし」
ガクは一度だけ息を吸った。
「開凡組」
ハルは目を瞬く。
「かい……ぼん?」
「凡人を開放する」
ガクは静かに言った。
「理式師じゃなくてもいい。貴族じゃなくてもいい。特別な血筋じゃなくてもいい」
ゴビーが笑う。
「俺らみたいな普通の人間でも、生き残れるってことだ」
ハルはその名前を頭の中で繰り返した。
開凡組。
「おかしな意味だな」
「だろ?」
ハルとゴビーは互いを見遣って笑った。
ガクが少し不満げな表情をしている。
何気ない日常と言われるものだったのかもしれない。
でも。そう意識しない限り、消えるのはあっという間なのだ。




