予熱2
先ほどまでの反動か、しばらく2人でぼーっと過ごしていた。
缶の水滴が、テーブルの上に円となって滴っている。
びちゃびちゃのまま雑に持って飲む蓮。
一方樹は無言だった。ぼーっとしばらく目の前の缶を見つめていた。
そしてぽつりと呟く。
「宵は、亮悟先輩に憧れてここに入ったんだな」
その言葉に、蓮の瞼が少しだけ下に伏せられた。樹の顔をちらりと覗く。
視線に気付いた樹は、なんの気なしに話を続けた。
「俺さ、入学式のとき全校生徒の前でスピーチしたって言ったろ」
今日聞いた話だ。
もちろん蓮の脳に新しく残っていて、すぐに相槌を返す。
「その時、亮悟先輩がわざわざ1年の俺のところまで来てくれて『自分も去年やったから気持ちわかるよ、緊張するよね。頑張って』って声掛けてくれたんだよ」
遥か昔のことだったかのように。
樹は数ヶ月前の記憶を懐かしむように眉を下げた。
「宵が言ってたこと、確かにそうなんだよなって思った」
宵だけでなく、樹も亮悟を慕っている。飛鳥もそうだった。
宵が憧れていた人物が正解であったかの答えが少し見えた気がした。
それでも、蓮は心が締め付けられる感覚が拭えない。
中身が半分ほどになった缶をテーブルに置く。
缶から溢れ落ちる雫を拭うことなく、蓮は指をそのまま自身の頬に当てた。
目のすぐ下が、わずかに濡れる。
「亮悟先輩って、そんなにいい人なんだ?」
蓮の普段の口調とは違う、少し疑いを含んだ皮肉のような口ぶり。
思わぬその反応に、樹は面食らった。
「あぁ、すごくいい人だよ」
樹はおうむ返しのように肯定する。
樹の話だけではない。飛鳥の突発な誘いに快く乗り、昨夜の飛鳥の暴走から蓮を守り、宵の心境を汲み取り言葉を掛けた。それだけでも充分なはずだ。
樹の目線が無自覚に鋭くなった。
目を逸らした蓮の、オリーブ色の瞳がわずかに揺れる。
その時、蓮の瞳からぼろぼろと涙が溢れ出した。
「は……?」
樹の顔が、一瞬で困惑に染まった。
「おいおい、どうした……?」
樹の呼びかけに被せるように、蓮はうわあああん!と泣き出した。
小学生でもなかなかいない、大号泣。
「さびしいよおおお!宵いいい!僕のことなんてもういらなくなっちゃったのおおお!?」
まるで天に向かっているように叫んでいる。
呆気に取られた樹は、蓮を見る。次にテーブルの上の缶の表記を見た。
とある成分が、9パーセント。
「……あ」
樹の間の抜けた声。横にいる咽び泣きで掻き消される。
こっそり横目で見ると、その生き物の顔は赤く染まっていた。
涙が流れ、鼻水でぐしゃぐしゃになっている。汚い。
「まあまあ落ち着け、な?」
樹はまるで危険物を扱うように、出来るだけ優しい声色を作ってなだめ始めた。




