もどす
古惚けた木造アパートに住む友里を社長が訪ねた。セキュリティも何もないアパートだ。ドアを開けた瞬間、彼は顔をしかめた。
「……臭えな」
友里は冷凍チャーハンを凍ったまま、貪るように食べている。足元の黒い鞄が、小さく震えている。
「それ、旨いか?」と社長は尋ねる。
「シャーベットみたいでおいしいです」と友里が答える。
日当たりが悪いのだろう。昼なのに部屋が薄暗い。窓にカーテンはそもそも付けられていない。電気が止められているのか、スイッチを切り替えても照明がつかない。
社長は部屋をぐるりと見回した。積み上がったゴミ。油の染みた紙袋。乾いた嘔吐みたいな臭い。そして、肥え太った友里。浮腫みのせいで頬は膨れ、顎の線は崩れている。手脚は細いままなのに、腹だけが不自然に張っていた。
「戸井さんは?」と友里は訊ねる。
「今日は来れないってさ」
「……そうですか。残念。コマーシャルのビデオテープが擦り切れて、見辛くなってしまって。データを持っているのが、戸井さんだけだから、困り果てていたんです。戸井さんの電話番号を教えてくれませんか?番号変えてから、教えてもらってなくて」
「ああ、そうだな……あ、悪い。メモ帳を置いてきちまったから、今あいつの番号わかんないや。次に会ったときに教えるよ」
「……そうですか。あと、私が出たドラマの映像も戸井さんに頼みたいんです」
「ドラマなんて出てたか?」
「はい、台詞はなかったんですけど、出てました。その映像を見返したいんです」
「そうか。戸井に伝えておくよ」
「よろしくお願いします」
ぐちゅ……どろ……ぶりゅ……ぶりゅりゅりゅ
黒い鞄は外付けの臓器のように音を立てる。
「そういえば、事務所が立て替えた料金だが、支払いが滞ってるみたいだな。ダメだよ。ちゃんと返さないと。演技のレッスン代、宣材写真、上京費、寮費、衣装代、装置の手術代……まだ残ってる。利子もあるしな」
「はい、すみません。気をつけます」
社長は黒い鞄を見ながら問う。
「装置をつけたこと、後悔しているか?」
友里は笑顔を浮かべる。
「いいえ。後悔してないですよ。だって、これのおかげで私は売れたんですから。短かったですけど。私は幸せでした。夢の舞台に立てたんです。だから、社長には感謝してもしきれないんですよ」
社長は丸いサングラスを外し、友里の目を見つめる。
「なあ、友里。俺の知り合いにお前の話をしたら、興味を持ってくれてな。仕事を紹介してくれるみたいなんだ。映像作家でね。ポルノなんかも撮ってる。普通のポルノじゃない。彼は芸術家なんだ。まあ、天才と変態は表裏一体だ。俺みたいな凡人には、全く理解できない。……また憧れの女優になれるぞ。最初はキツイかもしれないが、やってみるか?」
社長はみっしり密集した黄色い歯を剥き出しにして笑顔を見せた。




