35.人の噂も七十五日
人の噂の効力はとてつもなく短い。
あれだけ騒いでいたあの噂も、半月も経てば、所々で耳にするかな? 程度になっていた。なんて呆気ないものだろうかと、黎は机に向かい、勉強しながら思っていた。
あの誘拐後、ミサキと共に屋敷へ戻ると、式神と屋蜘蛛が出迎えてくれた。それから数時間後、出雲に行っていたウカも帰宅した。
「無事で何より」そう言いながら撫でてくれた、あの手の感触が忘れられない。優しく、それでいて温かな手だった。
今日も神社へ向かう。この頃は、暇さえあれば毎日出向いているような気がする。
今日も参拝客が多かった。この神社に人がいない時を見たことがない。そのくらい、毎日大勢の人がウカのもとへ訪れていた。
東屋の椅子に座り、のんびり空を見上げる。冬の気配を纏った風が頬を撫でる。
11月上旬。天気が良い日でも、少し肌寒くなってきていた。
目を閉じ、のんびりしていると、砂利を踏む音が聞こえ飛び起きる。前のように、怖い思いをするかと思い、振り返ると、そこには、真っ黒な制服のような服を着た男性が立っており、黎を見ていた。
「……先客がいたか」
冷たい声。だが、不思議と怖さは感じなかった。
それに、どこかで見たことのある顔で、首を傾げてしまう。
その男性は踵を返し、黎に背を向けて歩き出す。
「ま、待ってください!」
なぜ引き止めたのか、黎自身にもわかっていなかった。だが、今ここでこの人と話さなければならない。そう感じた。
男性は振り返り、無表情に黎を見る。
「何か用か?」
無表情なわりに、声が優しかった。そのギャップに首を傾げそうになるが、必死に頷く。
「あの、えっと、お話しませんか?」
もっと他になかったのか、と自分でも思うほどの誘い文句だった。黎は内心、やっちゃったと思ったが、男性は特に気にした様子もなく、黎の下までやってきて、隣に座った。
「…………」
「…………」
何も話さない空間が出来上がった。
黎は困ったように目線をウロウロさせるが、何から話せばいいかわからない。
「あ、あの……」
そう言って口を閉じてしまう。
黎の何度かのトライ後、見かねた男性が口を開く。
「無理に話す必要はない。……人を待っているんだ。それまでここにいさせてくれ」
「あ、わかりました」
黎は素直に頷く。
男性はありがとうと言うように小さく頷いた。
穏やかな時間が流れていく。
平和で、静かな時間だった……。




