第78話「トリガーに指はかかっている」
AM9:25(※2日前にサマータイム導入)、自由の国、ニューアーク市。ロームフェラビル。
「まもなく、ニューアーク市場がオープンだな……」
重役達の革靴の音が大理石の床で乾いた音を立てる。
「わかってはいるが、ブラックマンディかロイドショックと同等以上の下げ幅だろうな……」
コーヒーは誰も口を付けずに冷えている。
「ああ、『損をする』のは当然として『どれだけのロス』で抑えるかの勝負だろう」
「まるで処刑を待つ罪人だな……」
窓の外の摩天楼は鉛色の朝に沈んでいる。
「すでにオープンしてるドンロン市場は全体的に『上がって』るな。為替相場もポンド・ユーロ共に微増か……」
「まだいい、ドル円なんて3時間で162円から121円だぞ……」
空気が重い。
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同時刻(現地時間23:25)。東京都千代田区霞ヶ関、文部科学大臣室。
「感謝します、周書記長!」
『「自由の国」に正面から経済戦争をやらねばいかんのか?』
「我が国には『売られたケンカは買え』と言われます。貴国の『面子を保つ』のと根は一緒だと、理解しています。それよりも、まもなくニューアーク市場が開きます。『自由の国』のバーゲンセール、ぜひご注目ください!」
『うむ、こちらは「汚れ役」を引き受けよう』
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同時刻(現地時間13:25)、連合王国・シリー諸島沖。
霧のかかる北大西洋に、信じ難い光景が広がっていた。
白い客船が8隻。
1マイル間隔で整列し、まるで巨大な実験装置のパーツのように洋上へ伸びている。
どれも救助競技用に用意された船で、各国1名につき1隻──それ自体が過剰で異様だ。
だがもっと異様なのは北端だった。
本来「自由の国」Aグループの救助スペースである区域に、
黒鉄の巨体──原子力空母が横付けする形で停泊している。
客船の白と軍艦の黒が並ぶと、違和感はもはや嫌悪に近い。
審判員の魔女たちがざわめく。
「空母だぞ……競技エリアに戦力を持ち込んだのか?」
「これ、完全に威嚇じゃない?」
「誰も止めなかったのか?」
「いや、ルール上問題ないんだ。すでに敗退したが『砂の国』の魔法少女はAK47を持ち込んでいた」
空母『ウイリアム・クリントン』
第2艦隊旗艦。魔法少女競技に最もそぐわない存在。
そして、甲板には紅い外套の少女──
ケリー=ロームフェラが立っていた。
海風を受け、瞳だけが獲物を待つ猛禽のように光っている。
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隣のAグループ。
対戦相手のケリー=ロームフェラは空母を用意してきた。さらに言えばドローン搭載タイプのアンチマジックフィールドジェネレーター、通称AMFGまでこちらへの妨害として運用している。
そこにテンペストが小さく震え、発光する。通信が入ったようだ。
『さくらちゃん、聞こえる?佐藤ゆりあです』
「はい!大丈夫です。電波状況は良好です」
『OK。さくらちゃんに日本の魔法少女として、日本政府を代表して命令します。
「勝利しなさい。相手の妨害はことごとく噛み砕く事」
以上です』
魔法少女である以上、命令は絶対。
即座にどうすればいいか思考を流す。
空母、ドローン、ケリー=ロームフェラ、AMFG、近くにいる『自由の国』第2艦隊。
これらを全て『噛み砕く』。
私の返事は短かった。
「『チーム・スプリング、藤原さくら』了解。以上」
その直後、競技開始を告げるブザーが鳴った。




