09:マーゴットにしか出来ないお仕事
一度目、二度目とエヴァルトが付いてきたものの、その後は順調に三人で依頼を……、なんて事は無く、それ以降もエヴァルトはあの手この手で付いてきていた。
おかげで、冒険者登録を済ませて一ヵ月が経とうとしているがいまだに三人だけでの仕事はこなせていない。
「今回こそお師匠様抜きで依頼を成功させるのよ!」
もう何度目か分からない意気込みをマーゴットが口にすれば、隣を歩いていたルリアが「そうねぇ」と間延びした返事をしてきた。
「エヴァルト様がいると依頼を楽に早く終わらせられるし、それでいて報酬は私達三人で分けて良いって言ってくれるしで美味しい事このうえないんだけど、マーゴットがそう言うなら今日こそ三人で依頼をこなしましょう」
「……打算」
「俺としてはマーゴットが拒否するとエヴァルト様の機嫌が悪くなって俺に絡んでくるから、出来れば同行してほしいんだけど、マーゴットがそう言うなら今日こそ三人で依頼をこなそう」
「……保身。いえ、これはただ師が迷惑をかけてるだけだわ。ごめんね、ドニ」
エヴァルトはマーゴット関係で不満があるとドニに八つ当たりをする。といっても暴力を振るったり酷い暴言を吐くわけではない、ただドニに絡んで愚痴るだけだ。
師が迷惑をかけていると詫びればドニが気にするなと軽く笑った。
「絡まれるのは別に良いさ。それよりも依頼だ。三人でやるって決めたんなら見事にこなして、エヴァルト様に見直してもらうぐらいの気合いでいこうぜ!」
「そうね! 私達だけで出来るってお師匠様に分かってもらわないと!」
マーゴットとドニが気合いを入れ直せば、その傍らで落ち着いているルリアが「頑張りましょうねぇ」と穏やかに同意を示した。
そうしてギルドに入り、さっそく依頼を選ぼうとし……、だが建物の奥から出て来たギルド長に「マーゴット」と名前を呼ばれた。
「マーゴットに依頼がきてるんだ」
「買収ギルド長の依頼は受け付けません!!」
もふっ! とマーゴットが怒る。――ルリアとドニが「まだもふが残ってるわ」「後遺症かな」と話している――
「そう怒るなって。今回はエヴァルトさんに買収されたわけじゃないし、依頼内容の改竄もしていない。正式な依頼だ」
「正式な依頼……」
「それもマーゴットにしか出来ない依頼だ」
ギルド長に断言され、マーゴットは「私にしか出来ない?」とオウム返ししながら首を傾げた。
自分はまだ冒険者になりたての新入り。エヴァルトの元で修業をしてきたため魔導師としての世間的な実績だって無いに等しい。
そもそも冒険者として登録してまだ一ヵ月も経っておらず、マーゴットが冒険者デビューした事はこのギルドで居合わせた者達しか知らないはずだ。その数少ない者達はみんな同じく冒険者であり、わざわざ新入りに依頼をしてくるとは思えない。
誰が?
どこから?
どうして依頼を??
首を傾げてマーゴットはルリアとドニを顔を見合わせた。彼等も不思議そうにしている。
「よく分からないけど、マーゴットにしか出来ないなら受けた方が良いんじゃないかしら。とりあえず話だけでも聞いてみたら?」
「でも、今日こそ三人で依頼を成功させようって話してたばっかりなのに」
「俺達のことなら気にするなよ。たまには単独の依頼が入ることだってあるさ。俺とルリアだって、マーゴットが来る前は二人でやってたけど別々に依頼を受ける時もあったからな」
「そう? それなら話だけでも聞いてくるわね」
二人に促され、マーゴットはひとまず依頼者と会う事にした。ここで話をしていても始まらない、とりあえず依頼内容を聞いてから判断しても良いだろう。
ギルド長にどこの部屋かと尋ねれば、受付嬢の一人が案内を買って出てくれた。「こっちよ」という受付嬢の言葉にマーゴットは頷いて返し、そしてルリアとドニには「行ってくるね」と一言掛けて、ルドの奥へと向かっていった。
「十中八九、エヴァルト様絡みでしょね」
「それ以外は考えられないよな。もふもふ怒りながら戻ってくるかも」
というルリアとドニの会話は生憎とマーゴットには届いていなかった。
……もっとも、届いてはいなかったが、マーゴットも内心では「きっとお師匠様絡みよね」と予想していたのだが。
案内された客室には身形の良い男性が二人待っていた。
年は三十代半ばだろうか。仕立ての良いスーツを纏っており、服装自由で動きやすさ重視の冒険者達が集うギルドの雰囲気にはあまり合っていない。
聞けば二人は国が管理する魔法研究所から来ており、そのうえ研究所長と副所長を名乗るではないか。魔導師の中でも上位に君臨する国家魔導師、その中でもさらに上層部に居る者達だ。
これにはマーゴットも慌てるのを通りこして唖然としてしまう。
入室した時に「こんにちは」と軽い挨拶をしてしまった事が悔やまれる。
ここは「ごきげんよう」の方が良かったかもしれない。……この挨拶は過去を思い出すのであまり使いたくないが。
「あの……、そんな国家魔導師様がどうして私に……。いえ、なんとなくというか薄っすらというか、だいたい分かってはいるんですが」
マーゴットの脳裏にエヴァルトの顔が思い出される。
今頃彼は何をしているだろうか。……多分ギルドの近くで張っているだろうが、まぁそれはさておき。
出掛けにエヴァルトは「気を付けて行っておいで」と優しく送り出してくれた。普段は凛とした勇ましさのある顔付きだが、目を細めて微笑むと穏やかで甘い優しさがある。それでいてマーゴットが「付いてこないでくださいね」と釘を刺すと白々しくそっぽを向くのだ。その時は整った顔付きに子供っぽさを宿す。
そんなエヴァルトのことを想い出し、マーゴットはいっそ自ら切り出そうと口を開いた。
「お師匠様……、いえ、エヴァルト様の事ですね」
「もうお気付きでしたか。実は明日予定されている議会にエヴァルト様に出席して頂きたいのです」
「議会に?」
所長曰く、研究所で行われる会議には魔導師はもちろん、国の上層部や、国に仕えていなくても各分野のトップに居る者達が出席する。エヴァルトには魔導師の頂点に立つ者としてぜひ出席し意見を……、という事らしい。
今までもエヴァルトは召集に応じてはいたが、とりわけ今回は彼の得意とする分野の話し合いのため、必ず、それも出来れば積極的に意見を出して欲しいのだという。
その話を聞き、マーゴットはなるほどと頷いた。
「エヴァルト様には以前から会議に出席して頂いていますが、殆ど話を聞くだけで、一つか二つご意見を頂ける程度でした。もちろんそれだけでも有難い話ではあります。以前は会議の話をしても聞く耳もたずでしたから」
研究所の所長が言うには、かつてのエヴァルトは彼等がどれほど頼み込んでも会議には出席しなかったという。
それどころか頼み込む機会すら与えず、家を訪問しても居留守か門前払い。
『国家魔導師として国の管理下に置かれてやってるだけ有難いと思え』というのが当時のエヴァルトの言い分だった。これを出されると誰も引き下がることしか出来ず、『どうか次回は』と望みが薄い希望を口にして帰っていたという。
そんなエヴァルトだったが、数年前から会議に出席するようになり、それどころか意見も出すようになった。
「エヴァルト様のご意見にはいつも感謝しております。ただ今回はエヴァルト様の得意分野なので、もしご協力頂けるならと思いまして」
「それで私に依頼をしてきたんですか?」
「はい。縁があってこちらのギルドに話をしたところ、直接エヴァルト様に話をするより、貴女に頼んだ方が勝算が高いと仰ってました」
この話にもマーゴットは納得だと頷いてしまった。
確かに、エヴァルトを動かすには本人に直接頼むよりも自分を通した方が成功率が高い。……自分で言うのもなんだが。
「分かりました、そのお話お受けします」
「本当ですか?」
マーゴットの了承の言葉に、所長と副所長の表情に安堵の色が浮かぶ。良かったと声に出さずとも伝わってくる。
「必要なものがあればこちらで用意します。なんでも仰ってください」
「必要なもの……。それなら、小麦粉と卵をお願いします。それとお砂糖も」
「……小麦粉と卵?」
「はい。リンゴは家にあったから大丈夫なはず……。あ、でも既にお師匠様が食べちゃってるかも。やっぱりリンゴも用意してもらえますか?」
ちょうど手元にあった紙に必要なものを書き記していく。――この紙が国の重要人物にのみ配られる会議の詳細だとつゆ知らず――
小麦粉、卵、砂糖。それとリンゴ。
他には……、と、必要なものと家にあるものを頭の中で思い浮かべていると、用紙を見ていた副所長が「これは」と不思議そうに尋ねてきた。
「なんだかまるで料理の材料みたいですね」
「料理の材料です。詳しく言うなら、アップルパイの材料です」
「……アップルパイ?」
「はい。お師匠様は私が焼くアップルパイが大好きなんです。なのでアップルパイを焼いて、食べたければ会議に積極的に参加するように言います!」
人質ならぬアップルパイ質である。これは効果抜群のはずだ。
そうマーゴットが自信たっぷりに断言すれば、所長も副所長も目を丸くさせた。
彼等からしたら、世界に名を馳せる魔導師のエヴァルトが、何年も国の上層部が会議の出席を頼んでも応じなかったあのエヴァルトが、パイ食べたさに積極的になるとは思えないのだろう。
信じられないとその表情が物語っている。だが依頼する側で否定的な事を言うのは気が引けるのか、上擦った声で「そ、そうですか……」とだけ返してきた。
「それは心強い……、ですね」
「はい。多めに焼くので、もしいらっしゃったらご馳走します。私、アップルパイが一番得意なんです!」
やる気に満ちてマーゴットが告げれば、所長と副所長が揃えて苦笑いを浮かべた。