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19:授業参観あらため依頼参観

 


 今回は依頼主達を町まで護衛し、書類提出を見届け、その後は観光したいという彼等に付き合うという依頼である。

 いったい何から護衛するのかも分からず、仮にその何かが現れたとしても確実に自分達よりも依頼主達の方が強いのだが、受けた以上は文句は言うまい。


「えぇっと……、提出先はこの道を真っすぐ行けばあるみたい。あと少しでお昼の休憩も終わって午後の受付を始めるはずよ。遅くなると待たされるらしいから受付開始に行けるようにしましょう」

「やっぱり地図を見て案内するのはルリアなのね。なんて立派なの。それに施設の休憩時間まできちんと調べて、偉いわね」

「……い、今から行くと少し早いけど、余裕がある方が良いよな。道中なにも無かったし、辻馬車も時間通りに来た。これで書類提出もスムーズに済めば予定よりもだいぶ早く終えられる」

「なんだドニ坊、しゃきっとしねぇな。自分が一番の戦力って自覚持って歩けよ」

「とても! 気分が! 良いわ!!」

「明け透けなマーゴットも可愛いな。あの悪い顔、不敵に笑ってるのにもふもふ言ってるところも含めて堪らない可愛さ。それでもしっかりと依頼をこなしてるんだから才能に溢れた子だ」


 ただでさえ六人という集団、更に全員が喋っているので騒々しさも合わさってやらたと人目を引く。

 そのうえ当人達はさほど自覚はしていないが各々が優れた美貌を持っているのだ、通りがかりの者達がいったい何の集団だと視線をやり、そして老若男女問わず揃えてほぅと熱い吐息を漏らす。

 だがそんな熱い吐息や視線も騒々しい集団には届かない。片や弟子の活躍に夢中で、片や夢中で見てくる師の視線を意識外に追いやるのに必死なのだ。


「着いたわ……。受付番号も一番! さぁ先生、書類を提出してきてください! ここから先は該当者しか入れないんです!」

「師匠、俺達が護衛で同行出来るのはここまでです! どうぞ行ってきてください!!」

「お師匠様、いってらっしゃーい」


 ルリアとドニは解放を求めるあまり鬼気迫る勢いで、マーゴットだけは暢気に、施設の奥へと向かう師を見送る。

 彼等も施設の決まりを破ってまで同行を迫る気は無いようで大人しく案内係の後を着いていった。

 だが最後に各々振り返って「良い子で待っててねルリア」「ドニ坊、寝るんじゃねぇぞ」「何かあったらすぐに駆け付けるからな、マーゴット」と保護者アピールは忘れない。

 周囲に居る者達がクスクスと愛でるように笑うのが聞こえ、これにはさすがにマーゴットも恥ずかしさで頬を赤くさせてしまった。


「もう、お師匠様ってば」

「……マーゴット、ごめんね、恩師が着いてくるってこんなに恥ずかしくて落ち着かない事だったのね」

「どんと構えてれば良いなんて言ってごめんな……。これは気にするなって言う方が無理な話だ」


 心労が祟ったのか二人の声には疲労の色がある。

 師に見守られて依頼というのはそれほどまでに辛いのだ。マーゴットが「分かればよろしい」と得意げに返した。



 書類提出と近況報告はさほど長い時間を要するわけではないらしい。

 だが三人分ともなれば一時間以上掛かり、その間マーゴット達は施設の一角にある喫茶店でお茶をしていた。

 師の同行は今日に始まった事ではないマーゴットは余裕の心境で紅茶とパフェを楽しむ。ルリアも紅茶を飲んでいる間に落ち着いてきたのか「開き直って、先生に成長を見せるわ」と苦笑しながらパフェを注文しだした。

 唯一回復しそうにないのはドニである。紅茶どころではないのかテーブルに突っ伏している。

 彼から漂う陰鬱とした空気と言ったら無く「私の気持ちを分からせてやる!」と考えていたマーゴットもさすがに気を遣い、ドニの肩をポンポンと叩いた。


「ドニ、ここまできたら悩むのは無駄よ。一度始まってしまったのならもう諦めて受け入れて、次の同行阻止に切り替えていかないと」

「マーゴット、さすがに今のドニにそこまでの悟りは無理よ。それに相手はアーサー様だし」

「そうねぇ。アーサー様、相変わらずドニには意地悪ね」


 過保護で溺愛するエヴァルトは言わずもがなだが、ルリアの先生であるロゼリアも教え子を愛でて褒め倒すタイプだ。だがドニの師であるアーサーは違い、何かとドニに難癖をつける。更には自宅の家事も押し付ける始末。

 同じ『師』であっても真逆と言えるだろう。そしてその差は心労の差でもある。

 はぁ……、と吐かれたドニの溜息はだいぶ深い。普段は朗らかで明るい彼がこれほどに深い溜息を吐くのはよっぽどである。

 オルテン家から逃げて国を渡っていた時でさえ、どんな困難に当たっても彼は前向きで落ち込む姿を見せなかったのに……。


「あのドニが溜息を吐いてる……。それほどまでなのね、アーサー様。私とルリアには優しいんだけど」

「明日は家の掃除しに戻って来いってさ……。確かにそろそろ掃除しに帰ろうとは思ってたけど、だからってさぁ。あぁ、また酷い有様なんだろうな……」


 ドニが溜息を吐く。

 それにつられてマーゴットもアーサーの家を思い出した。彼が掃除をする際によく手伝いに行っているのだ。


「いつ行っても凄いのよね、あの散らかり具合。毎回なにかが爆発してるんじゃないかって思っちゃう。でも『普段の私の気持ちを分かれば良い、ざまぁみなさい!』って思っちゃったお詫びに明日手伝いに行ってあげる」

「よろしく……」


 溜息交じりに返しつつドニがゆっくりと顔を上げる。

 話をして幾分は落ち着いたのか「俺もパフェ食べよう……」とメニュー表へと手を伸ばした。




「パフェを食べるマーゴットも可愛いなぁ。多分このあと行った店でも甘いものを食べるんだろうな。食いしん坊なところも愛おしい」

「ルリアはおかわりの紅茶で悩んでるわね。あの子、茶葉にも詳しいのよ。いつどんな知識が必要になるか分からないからって勉強したの。本当に勤勉な子だわ」

「ドニ坊のやつ、ガッツリ飯食い始めてるじゃねぇか。昔からよく食うんだよなあいつは」


 用事を終えた三人が影から覗いていることも気付かず、マーゴット達はしばしお茶を楽しんでいた。



 ◆◆◆



 書類提出を終えても依頼は終わりではない。観光案内である。

 といってもマーゴットはこの町に来るのが初めてで、ルリアとドニも以前に依頼で一度来ただけだという。それも用事を終えたらすぐに移動してしまったため町については二人も詳しくない。施設に行くのだって地図を眺めながらだったのだ。

 対してエヴァルト達は毎年この町に来ており、その際には寄り道もしているという。どう考えても観光案内は彼等の方が適している。


 結果、マーゴット達は師の希望の場所へと地図を見ながら案内し、道を間違えかけると彼等にそれとなく訂正され、現地に着くと彼等に話を聞き、そしてまた地図を開いて道を調べて……、という「観光案内?」と首を傾げてしまうものだった。

 それでもエヴァルト達は満足したようだ。この満足が果たして「観光出来て満足」なのか「弟子と一緒に馴染みの町を歩けて満足」なのかは定かではないが。


 最後はロゼリアお勧めのレストランで夕食を取り、ギルドへと戻る。

 これにてようやく依頼終了。実際には師とお出かけしただけなので疲労は無い。もっとも、ドニに関しては精神的な疲労はありそうだが。


「マーゴット、これからロゼリア達と三人で話をするから、先に帰っていてくれるかな」

「ロゼリア様達と?」

「遅くなるかもしれないから先に寝ていて良いからな。戸締りは気を付けて」

「わかりました。……お師匠様」

「ん?」


 どうした? とエヴァルトが穏やかな声色で尋ねてくる。


「弟子可愛い自慢大会は程々にしてくださいね」

「自慢される前提で忠告してくるのか。これは俺が可愛がり続けた成果だな。疑いすらしない当然の顔、なんて可愛い」


 エヴァルトに頭を撫でられ、マーゴットは「違うんですか?」と尋ねた。

 まさかそんな、エヴァルト達が集まって話すことなんて弟子可愛い話しか思い浮かばないのに……。

 疑問を抱くもエヴァルトはすっかりとマーゴットの態度と話に絆され、「マーゴットの可愛さ以外に話すことなんてない」とあっさりと迎合してしまった。こうなった彼から聞き出すのは難しいだろう。


「先生、もし遅くなるようなら私の家に泊まってください」

「あら良いの? 優しいのね、ルリア。ぜひお邪魔させてもらうわ」


 教え子からの気遣いと誘いの言葉にロゼリアが嬉しそうに返す。

 その隣ではアーサーがドニになにやら詰め寄っている。おおかた、ロゼリアのように弟子のところに泊まろうと考えているのだろう。

 自ら言い出さず圧を掛けることでドニからの誘いを引き出そうとするあたりがアーサーらしく、それを察したドニが自棄になったように「どうぞお越しください、お待ちしています!」と声をあげた。


「それじゃあお師匠様、先に帰りますね」

「あぁ、帰り道も気を付けて。今日は依頼お疲れ様。疲れてるなら早く寝なさい。寝る前にはちゃんと歯磨きをして、その後は甘いものを食べたら駄目だからな。怖くて寝れないなら俺に連絡を」

「ロゼリア様、アーサー様、今日は依頼ありがとうございました。お二人のお話を聞けて楽しかったです。アーサー様、明日の掃除には私もお手伝いしますのでお邪魔しますね。さぁルリア、ドニ、私達は帰りましょう」

「悪かった、さすがに子供扱いが過ぎたよ。謝るから無視はしないでくれ」


 エヴァルトを無視して帰ろうとすれば、慌てて彼が謝罪と共に引き留めてきた。

「まったく」とじろりと睨みつけることで咎める。頭を撫でてくるのはマーゴットの怒りを宥めるためだろう。もっともこれも子供扱いと言えば子供扱いなのだが。

 それでもマーゴットは機嫌を直すことにした。「遅くなるなら気を付けて帰ってきてくださいね」と告げれば許しを得たとエヴァルトの表情が一瞬で明るくなる。最後に一度そっと優しく頭を撫でてゆっくりと手を放した。


 目を細めて見つめてくる、愛おしいと言いたげな表情。

 そんなエヴァルトを見上げ、マーゴットは首を傾げた。

 いつも通りのエヴァルトだ。だけど……、なんだか違う気がする。彼らしく優しい穏やかな表情と雰囲気だが、今はそれをあえて前面に出している気がする。

 ……まるでマーゴットを宥めるかのように。


「お師匠様、どうしました?」

「ん? どうって?」

「いえ、なんだか気になって……。でも何がって言われると答えられないんですけど」


 違和感を覚えたがうまく言葉に出来ないジレンマを感じていると、エヴァルトがより笑みを強めた。

 優しい表情だ。「大丈夫だよ」と告げてくる声はマーゴットの胸に染み込むように深く落ち着いている。


「何も心配いらない。だから俺達の家で待っていてくれ」

「分かりました」


 まだ疑問は胸の内に引っかかっているが、それでもエヴァルトが「大丈夫」とはっきり口にしたのなら信じよう。

 そう心に決め、マーゴットはルリア達に声をかけてギルドを出ていった。



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