1:7:お師匠様の憂さ晴らし
「な、なんだ! おい何があった! お前、見てこい!」
部下が命じられて部屋を出て行く。
次いで売人の男はマーゴット達に視線を向けてきた。疑いの色が濃く、それどころか隠し持っていたナイフを取り出す。
マーゴット達が手引きをしたと考えているのだろう。
「お前達、何しやがった」
「何って……、私達だって分かりません。これはいったいどういう事ですか。この建物の警備はどうなっているんですか」
問われ、だが逆にルリアが男を問い詰めだした。
そんなルリアの横でマーゴットは不安そうな顔を取り繕った。ドニとエヴァルトが警戒の色を強めている。
これはもちろん演技だ。一斉検挙に関与していることがバレると内部に入り込んでいる分マーゴット達の方が危険性が高いと考え、ハドック達と合流するまでは白を切ろうと決めていた。そのために騒動に対して驚き、不安を抱き、警戒する様子を見せているのだ。
現に売人の男はマーゴット達の演技に騙されたようで、無関係と判断して「迷惑をかけて悪かったな」と詫びてきた。その間も部屋の外からは喧騒が聞こえてくる。
「何かが入ってきたみたいだ。悪いが外が落ち着くまではあんた達を出すわけにはいかねぇ。ここで待っていてくれ」
売人の男が部屋を出て行こうとするが、これもまた予想していた事だ。
マーゴット達は男を見送ろうとし……、だが一人だけ、まるで男を追うようにすっと歩き出した。
エヴァルトである。
マーゴットが咄嗟に「えっ」と小さく声をあげた。
「おししょ……、いえ、エヴァさん……。どこに?」
「おれ……、じゃなくて、私も少し。どうぞ気になさらないでくださいませ、おほほほほ」
白々しい態度と若干おかしい言葉遣いでエヴァルトが誤魔化し、次いで売人の男に向き直った。
にこりと優雅に微笑む。その笑みの美しさと言ったら無い。女装した師と分かっているマーゴットでさえ美人だと感じてしまう微笑みだ。
女装を知らず、そのうえ自分好みだという売人の男はすっかりと絆され、緊急時だというのに表情をにやけさせた。「どうした?」という声には期待の色が混ざっている。
「おほほほほ、ぜひご一緒致しましょう」
「ご一緒? なんだ、怖いから俺のそばを離れたくないって言うのか?」
男が下卑た笑みを浮かべた。
エヴァルトはその笑みと欲深い視線を真正面から受けたまま、それでも微笑みを顔に貼り付け、そっと男の頬へと手を伸ばした。
これから危険な場に出る粗暴な男と、それに触れる美しい女。まるで物語のワンシーンのようではないか。
仮に物語であったならこの後二人はキスをする……、
のだが、もちろん今ここでキスなんてするわけがない。
その代わりに、男の頬に触れていたエヴァルトの手が一瞬にして強さを増して男の顔を鷲掴みにし、勢いよく扉へと叩きつけた。
ドゴォ!! と激しい音が室内に響く。
外の喧騒に負けぬ音だ。
不意を突かれた男が目を白黒させているが、エヴァルトはそんな男の顔面を鷲掴みにしたまま「ほら行くぞ」と告げた。普段よりも声が低いのはそろそろ彼の限界が近いからだろう。
そうして男の顔を鷲掴みにしたままエヴァルトが部屋を出て行く。だが扉が閉まりきる前にひょこと顔を覗かせた。
「ここは俺が魔法で鍵を掛けておくから、安心して待ってなさい。暇だったらこれで遊んでて良いからな」
被っていたウィッグを取り、部屋の中にぽいと放り投げてくる。
燃える炎のような赤い髪が宙にふわりと舞い、ドニが咄嗟にそれをキャッチした。
「それじゃぁ行ってくるから、また後で」
まるで近所に散歩にでも行くかのような軽さでエヴァルトが部屋を出て行く。もちろん男の顔面を鷲掴みにして引きずりながら。
扉が閉まるやカチャンと聞こえてくる高い音は施錠の魔法だ。その後に続くように響き渡った豪快な破壊音と悲鳴は……、これもまたエヴァルトの魔法である。
先程までの喧騒が軽やかな鳥のさえずりにさえ感じかねないほどの轟音。悲鳴があがるや苦痛の声に変わっていく。
つい数分前まで部屋の外は荒事で支配されていたが、今はきっと荒事を超えた地獄絵図が広がっている事だろう。
一方的な暴力。その合間合間に聞こえてくる「え、エヴァ……、じゃなくて男!?」「そんな嘘だろう!俺の女神が!」という声もある意味で地獄絵図に拍車をかけている。
「お師匠様、そうとう暴れてるわね。ここを壊滅させるだけじゃ満足せずに他所の取引現場に乗り込んじゃうかも」
「それならそれで徹底的に潰せて良いんじゃない? 私達は潜入捜査と証拠確保って役目を終えたわけだし、この部屋に残ってましょう」
「このままだったら俺に八つ当たりしてただろうし、俺としては他所で発散してくれるならそっちの方が有難いな」
三人揃えてこの場での待機を決める。迷いはない。
そうして三人で穏やかに話しつつ時にはウィッグを被って遊び、小鳥や子犬を愛でていると、本部から作戦終了の魔法連絡が入った。
……それと、他所の現場に乗り込んで暴れるエヴァルトを止めてくれという連絡も。若干だがその連絡が不安定なのは、もしや本部にもエヴァルト改めエヴァに骨抜きにされた男が居たのだろうか。
考えたくない、とマーゴットは眉間に皺を寄せ「そろそろ帰ってお夕飯にしましょう」とどこかで暴れているエヴァルトに連絡を入れた。
◆◆◆
「気付いたら二つぐらい現場を潰してたみたいだ。ストレスって言うのは人をああも変えてしまうんだな、恐ろしい……」
「そのストレスの原因は自分でやった女装によるものですよ」
「何か言ったか? ドニ」
「……いえ何も。そのズボン似合ってますね。あのワンピースはどうしたんですか?」
「これは倒した奴から剥ぎ取った。ワンピースはまだ持ってるけど、今日の記憶と共に燃やして消そうと思う」
そんな会話をするのはエヴァルトとドニ。
作戦も終了し、暴れていたエヴァルトも落ち着きを取り戻し、マーゴット達と共に作戦本部に戻ってきて今に至る。
ちなみに、なぜエヴァルトが居るのか、なぜ暴れていたのか、そもそもどうして女装なんて……という説明はルリアが行っている。本部の警備達に説明する彼女は呆れ交じりで、話を聞く者達の顔には若干の労いの色が込められている。
「これも全ては可愛いマーゴットのためだ。そうだ。それ以外に無い。すべてはマーゴットが可愛くて、それほど可愛いのに俺と一緒に依頼を受けてくれないのが悪いんだ……」
「暴論にも程がありますよ。まぁ、マーゴットがそれで納得してるなら俺達も別に構いませんけど」
話の最中ちらとドニが他所へと視線をやれば、エヴァルトもそちらへと向いた。
二人の視線の先。そこではマーゴットが立ち……、
「期待外れなんて言ってごめんね。あれは嘘よ。貴方みたいな素敵なもふもふが期待外れなわけない。なんて可愛いもふ……もふ……」
期待外れだと言った子犬を抱きしめて頬擦りをしていた。
売人の男に対しては唸り声をあげていた子犬も、マーゴットに絆されたのかふすふすと鼻を鳴らして自ら擦り寄っている。
白銀の小鳥もマーゴットの肩に停まりぴったりと寄り添っている。チチッと鳴く声は嬉しそうだ。
「あの子犬が実は稀少じゃないって、エヴァルト様が伝えたんですか?」
「もしもマーゴットが気付かなかったら直接止めようと思ったが、咳払いだけですぐに俺の言わんとしている事を察してくれた。さすが俺の可愛いマーゴット。本当は抱きしめて褒めたいんだけど……」
「今それやったら、この先二年間ぐらいは今日の女装の事を話題に出されますよ」
「……やめておこう。今日はもう大人しくしてるから、みんな直ぐに忘れてくれ」
エヴァルトが軽く両手を上げる。これは降参の仕草だ。
ドニが肩を竦める。それとほぼ同時に説明を終えたルリアが戻ってきて、子犬と小鳥を警備隊に返したマーゴットももふもふと戻ってきた。
「さぁ帰りもふぅ」とマーゴットが笑いかける。今更それを指摘する者はおらず、お疲れ様と関係者に挨拶をしてその場を去っていった。
「バランスも取れてるし互いを信頼し合えてる、良いパーティーだな。……さよなら、俺の女神」
ハドックが切なげに見送っていた事も、それに続くように男達の溜息があちこちから吐露された事も気付かずに。
……唯一、エヴァルトだけがふるりと体を震わせ、「早く帰ろう」とマーゴット達を急かして足早に歩き出した。




