11:『帰れない』ではなく『帰らない』
オルテン家を出たあの晩、直ぐに馬車に乗った。
真夜中であろうと関係なし、道程を探られないようあえて馬車を細かに乗り換えたり道を変えて、港へと向かうと船に乗って国を出る。
とにかくまずはオルテン家から距離を取ろうと考えたのだ。幸い、伝手を使って国を渡る事はできた。
そうして三人で旅を続け、ようやく安住の地と思える場所に辿り着いたのが四年前。
ヴィデル国の小さな町マレール。ここならば誰もマーゴットの事は知らない。それどころか『女児の双子は呪われている』なんて迷信すらないのだ。
定住する場所を決めたら次は生活の基盤だ。
ギルドの冒険者になることは旅の最中に決めていた。
冒険者になれば仮にオルテン家に嗅ぎ付けられても直ぐに逃げられるし、逃げている最中や逃げた先にギルドがあればまた仕事を見つけられる。それに冒険者は個人やパーティーでの仕事が多く、一度登録さえ出来れば身元を探られることは少ない。
だが冒険者としてやっていくには些か実力に不安があり、数年は誰かのもとに弟子入りしようと考えたのだ。
マーゴットが弟子入りを決めたのがエヴァルト。世界に名を馳せる魔導師だ。
彼から師事を受ければきっと強くなれるだろう。
もう逃げなくても良いくらいに……。
そう期待を抱き、町の外れ、少し離れた場所にあるエヴァルトの家を訪ねた。
その家は鬱蒼としており、晴れた日中だというのにどことなく薄暗さがある。天気が良いのにどの窓もカーテンが閉められ、雑草がそこかしこに茂っている。
家屋自体は立派なのだが薄寂れた印象すら抱かせる。さすがに廃墟とまでは言わないがあまり人の気配を感じられない家だ。
独特すぎるその雰囲気にマーゴットは一瞬臆し掛けるも、己を奮い立たせて扉を叩いた。
「……誰だ」
扉を開けて現れたのは一人の青年。
初対面でまだ用事どころか挨拶もしていないというのに、鋭い眼光はマーゴットに対して「帰れ」と言っているように思えてならない。低い声は唸るかのようで言葉と眼光の棘を隠そうともしない。
「あ、あの、はじめまして、マーゴットと申します。エヴァルト様、どうか私を弟子に」
「弟子だと? どうせ研究所の奴等に何か言われて来たんだろう」
「いえ、私は」
「俺は弟子を取るつもりもなければ協力する気もない。誰かのために魔法を使うなんて御免だ。奴等に言っておけ」
エヴァルトの声色は冷たく、マーゴットの話を聞く気もなく一方的に告げてくる。
そのうえ自分の主張を言い終えるやマーゴットの目の前で容赦なく扉を閉めてしまった。
「きゃっ……!」
勢いの良さに思わず小さく悲鳴をあげてしまう。仮に扉に触れていたら怪我をしかねない強さだった。
明確な拒絶の意思。飾り一つ無い扉は誰も来るなという彼の訴えに思え、再び扉を叩こうとしたマーゴットの手が躊躇いで止まる。
だけど……、と考え直し、中にいるエヴァルトの様子を窺うようにそっとノックした。
「……あの、エヴァルト様。どうか話だけでも聞いてください」
扉に近付いて声を掛けるも返事は無い。
「私、事情があって……、それで、どうしても強くなりたいんです。もちろん魔力はあります。たぶん、普通の人より少し多いぐらいには……。それに弟子にして頂けるなら何でもします」
だから、とマーゴットが縋るように告げれば、ガチャと扉が開かれた。
先程強く閉められたことを想い出して咄嗟に身を引く。もしもあの時と同じ勢いで開けられたら、扉に身を寄せていたマーゴットは吹っ飛びかねないからだ。
だがそれは杞憂に終わり、扉はゆっくりと開かれた。顔を覗かせたのは当然だがエヴァルトだ。
彼は面倒臭そうな表情でじっとりとマーゴットを見つめてきた。頭の先から足先まで、まるで値踏みするかのように……。
その視線に晒され、マーゴットは先程の自分の発言を思い出してはっと息を飲んだ。
エヴァルトに話を聞いて貰おうと必死になるあまり『何でもします』と言ってしまった。
その何でもとは、もしかして……。
「わっ、私、何でもって言いましたけど! でもそれはお家の事とかで!!」
「確かに魔力量は高いな。それに質も良さそうだ」
「……え?」
「この魔力量なら基礎からじっくりと学べば数年で並の魔導師を超えられるだろう。なるほど、研究所の奴等が寄越すわけだ」
「いえ、私べつに研究所から来たんじゃありません。どこにも所属してなくて……、それで、エヴァルト様に魔法を教えてもらいたくて」
「どこにも所属していない? それなら個人的に教わったりは?」
「……それもありません」
信じられないと言いたげなエヴァルトの言葉と表情に、マーゴットはなんだか居た堪れなくなってしまった。
だがどこにも所属していないのは事実だ。
世には国が管理する魔法研究所を始め大小様々な組織がある。素質がある者はそういった組織に所属し教えを乞うか、親族や専門の師から学ぶのが常である。
もっともこれはあくまで『普通ならば』の話だ。
そしてマーゴットは『普通』ではなく『呪われた双子の、災いを招く方』だった。
世間体を気にする家族はマーゴットを蔑ろにする事はせず、外では平穏な家族として接していた。あんな迷信を信じる親だったが、さすがに迷信を信じて娘を殺すのは体裁が悪いとは分かっていたのだろう。
だからこそ彼等は直前までは平穏な家族を装っていたのだ。
マーゴットの死を不慮の事故にするために……。
マーゴットはあの家の中で、娘であり、それでいて『いずれ死ぬ災厄を招く方』だったのだ。
そんな状況なのだから、当然だが必要最低限の環境しか与えられなかった。周囲に迷惑を掛けず疑惑を持たれない程度の勉強とマナー。魔力量が高いのは分かっていたが、それを活用する機会も術も与えられなかった。
「……私はどこにも所属してません」
家族にすらも。
だが一部始終を説明するのは惨めに思えてマーゴットが言葉を濁せば、エヴァルトが「そうか」とだけ反してきた。
あっさりとした返事なのはマーゴットの事情にはさして興味が無いからだろう。だが魔力と素質には興味があるようで、じっと眺めたまま「勿体ないな」と続ける。
「このままじゃ宝の持ち腐れだ。家に帰ってどこかに所属するなりして魔法を学べ」
アドバイスとすら言えない言葉を告げてエヴァルトが扉を閉めようとする。
だが閉まる直前、マーゴットは手を伸ばして扉を掴んだ。挟みかけたエヴァルトがぎょっとして扉を押さえる。
「なに考えてるんだ、危ないだろ!」
「家になんて帰れません!! ……帰れないんです」
あの家に帰れば待っているのは死だ。それも親から与えられる死。
それを思えばマーゴットの視界が僅かに潤んだ。
親に死を願われて、しかもそれが『女児の双子は呪われている』等という迷信が元なのだから悲しくないわけがない。
惨めだ。哀れだ。分かっている。
だけど……、
「今は帰れないんです。でもいつか『帰れない』から『帰らない』になりたい。そのために強くなりたいんです」
帰れないのではない。自分の意志で帰らない。
そう胸を張って言えるようになると決めた。そのためには強くならないといけない。
決意を胸にマーゴットがエヴァルトをじっと見つめて告げれば、彼の瞳が僅かに丸くなった。まさかここまでの想いをぶつけられるとは思っていなかったのか。
次いで彼は深く息を吐くと一瞬考えを巡らせ「分かった」と呟くように告げてきた。
「分かった、って……。弟子にしてくれるんですか?」
「魔力量も質も相当なものだ。それを無駄にするのは流石に惜しい。ただし面倒だと思ったらすぐに追い出すからな」
「は、はい……!」
了承の言葉を聞き、マーゴットの胸に安堵と期待が湧き上がる。
「入れ」という彼の言葉は相変わらず素っ気ないがそれでも受け入れる気はあるのだろう。先程は扉を強く閉めたが、今はマーゴットが中に入るのを促すように扉を押さえてくれている。
「ありがとうございますお師匠様。私、頑張ります!」
「……お師匠様?」
「はい。弟子入りしたのでエヴァルト様の事はお師匠様と呼ばせてもらおうと思って。……駄目ですか?」
この呼び方は不快だったろうか?
小首を傾げながらマーゴットがエヴァルトを見上げて問えば、彼は意外そうな表情を浮かべて「お師匠様……」と呟いた。
「まぁ、駄目では……、ないな」
「ありがとうございます! これからよろしくお願いしますね、お師匠様!」
ぱっと表情を明るくさせてマーゴットが笑う。
それを見たエヴァルトはまるで眩いものを見たかのように数度瞬きをし……、そしてふいとそっぽを向いた。
「あまり懐かれても困る。俺はあくまでお前の魔力量と質に興味があるだけだからな」
それだけだ、と言い切り、エヴァルトが屋内へと入っていく。
マーゴットはそれでもいいとこれからの生活に期待と決意を抱いて彼の後を追った。
不安が無いとは言い切れない。
オルテン家から逃げた自分を惨めだと思う。
だからといって悲しんでいては何も始まらない。オルテン家から逃げたこの足で前に進むのだ。
そう自分に言い聞かせれば、家の中を案内してくれるつもりなのかエヴァルトが一室の前で待っていた。
相変わらずそっぽを向いたままだ。一度チラと横目でマーゴットを見てきたかと思えば、すぐさま視線を他所に向けてしまう。だが何か言いたい事があるのか、分かりやすくコホンと咳払いをしてきた。
「……扉を締めた時、怪我はしてないか?」
そっぽを向いたままエヴァルトが尋ねてくる。
『扉を締めた時』とは、勢いよく扉を締めた時の事か、もしくはその後再び開いた扉をマーゴットが閉めさせまいと掴んだ時の事か。
どちらも確かにぶつかったり手を挟みかねないものだった。もっともマーゴットは怪我一つ無く無事である。
「大丈夫ですよ、お師匠様」
そっぽを向きながらも案じてくれる彼の気遣いが嬉しく、そして素っ気ない師の態度の中に優しさを見出し、マーゴットは微笑んで返した。




