シナリオは崩壊しました
「……好き?」
「そう。お前が気付いてないだけで」
「……好き」
「うん。あとお前、俺のこと好きじゃなかったと思う」
「え……っと」
「そんでお前、ビックリするほど鈍いと思う」
「……うん」
悔しいけれど、ぐうの音も出ない。
「助けに行ってやれよ、アイツのこと」
「助けにって言ったって」
私はシナリオ通りを目指した悪役令嬢である。
本来なら求婚マンとは関わりのない位置にいるはずの、悪役令嬢で……あった。
でも今は、もう多分関係ない。だってシナリオ通りにはいかなかったんだもん。
そもそも攻略対象キャラの一人は悪役に求婚してくるわ、ヒロインは攻略対象キャラの弟を切望しているわ、私以外の奴らが皆好き勝手動いてる。
今更私一人がシナリオを気にしていたって、もうどうすることも出来ない。
「お前の顔見るだけで助かると思う」
「そんなことある?」
「ある。お前は鈍いからなんとも言えないけど、アイツは確実にお前のこと好きだし」
「なんで確実に、なんて分かるのよ」
「お前みたいに鈍くねぇからだよ」
何回鈍いって言うのよ。と、不服を申し立てようとしたけれど、満面の笑みで「行ってこい」と言われた瞬間、私は立ち上がった。そして「ただの邪魔者扱いされたら一生恨むからね!」なんて言いながら、走り出した。
……話の流れに乗っかって勢い任せでここまで来たはいいが、どんな顔して二人に近付けばいいんだ?
と、二人の近くにあった木の陰に隠れながら考える。
自分がさっきまでいた窓のほうを見ると、あの男が口の動きだけで「行け」と言っている。
意を決して木の陰からそっと出ると、求婚マンと目が合った。
その瞬間、求婚マンの表情が少しだけ嬉しそうだった気がしたけれど、気のせいかもしれない。あの男に言わせてみれば私が鈍感だから気のせいだと思ったんだって言うのかもしれないけど。
「私なら、あなたの弟くんの病気を治せるかもしれないの! だからね、一度でいいから会わせてもらえないかな?」
でも、そんなヒロインの言葉を聞いてすぐに表情を曇らせる。
あぁ、あの男が言ってた言葉は本当だったんだ。
私はてっきりヒロインと攻略対象キャラがいちゃいちゃしてるんだと思っていたのに、全然そんなことなかった。今初めてそれに気が付いた。
そうして悲しそうに歪む求婚マンの顔を見て、だんだん腹が立ってきた。
「こんなところで何をしているの?」
貼り付けたような笑顔で、二人に声をかける。
すると今まで私に背を向けていたヒロインが驚いたようにこちらを見た。
「なん、で」
なぜこの男と無関係なはずの悪役令嬢が、ここに? そんな顔をしている。知らんけど。
「この子が、弟……の、病気を治したいんだって」
弟の病気を治したところで、この男になんの得があるというのだろう?
この男は弟を含めた家族のせいで辛い目に遭わされているのに。
「へぇ。じゃあ別にあなた自身には関係ない話じゃないの。あなたの弟に用があるなら直接家にでも行けばいいでしょう」
なんでこの男に付きまとう必要が?
「そんなことアンタに関係ないじゃない!」
なぜかヒロインに怒鳴られた。
「まぁそうね。関係ないわ。行きましょう」
すたすたとヒロインの横を通り過ぎて、私は求婚マンの腕をとる。ここから連れ去るために。
「え、行くって、どこに?」
目を丸くする求婚マンがそう言って慌てていると、背後からヒロインの絶叫が飛んでくる。
「待ちなさいよ! まだ話は終わってないのに!」
と。どうやらものすごく怒っているようだ。
「そうなの?」
「え、いや」
「私は先日保留にした件でお話があるのだけど」
「え! あ、じゃあ俺行くね。弟の件は、彼女が言ったように、直接あの家に行って父親たちに話してみてよ」
求婚マンは「じゃあね!」と大きく手を振った。
だがしかしそうは問屋が卸さねぇと言わんばかりにヒロインが縋りついてくる。
「私一人で行けるわけないじゃないの!」
「別に行けるでしょ。医者か何かに見える服でも着ていきなさいな。失敗したら詐欺師だけど」
そんな私の言葉にヒロインが顔を顰める。どうやら私の存在に不満があるようだ。
「だから! 彼との間にアンタが入ってくるのはおかしいじゃない!」
「あなたがこの人の弟に興味を示してるのもおかしいでしょ」
私がそう言うと、ヒロインは「う」と小さく零して言葉を詰まらせた。
その後、本当に小さな声で「だって推しなんだもん」と零す。
「何度も何度も会いに行ったのに……」
どうやらこのヒロイン、何度も求婚マンの弟に接触を図っていたらしい。
しかもぶつぶつと呟いている内容を聞くに、結構前から何度も何度も。迷惑な話である。ストーカーではないか。
「だから、だから彼に弟さんとの間を取り持ってもらおうと」
「迷惑でしょうよ」
「……でもっ」
「家庭内の関係性なんてその家族にしか分からない。踏み入ってほしくないことくらいあなただって知ってるでしょ」
推しなんだもん、ってことはこの世界がゲームの世界であることも知っているのだろう。
それならば、この男の家庭環境が最悪なのは周知の事実。百歩譲って知らずにやってるならともかくとして、知っててやってるとしたら、マジでクソだぞ。
「間を、取り持ってもらえれば、その後で私がどうにだって」
「迷惑だっつってんでしょうが!」
私の声のボリュームが上がったことに驚いたらしいヒロインが目を丸くする。
「……アンタだって! アンタだってシナリオそっちのけでそいつに近付いたんでしょう!? 悪役令嬢のくせに!」
「まさか。言い寄ってきたのはこっちのほうよ」
いやまぁ悪役令嬢ではあるけれど、と思いつつ、私は呆れた表情を隠すことなく求婚マンを指さした。
「な、んで」
「あなたがこの人の弟にストーカーまがいのことしてたからシナリオが変わっちゃったんじゃない?」
私が知ったこっちゃないけどね。
でも私はちゃんとシナリオ通りになるように頑張っていたもの。悪いのは私じゃない。
ふん、と鼻で笑いながら、今度こそ求婚マンの腕を引っ張って歩き出した。
「さて、保留させてもらってた件だけど」
「あ、うん」
「お受けするわ、あなたからの求婚」
「ほん……とうに?」
「ええ。あなた、あの家を出て私のお婿さんになるといいわ」
「え?」
「私があなたのことを世界で一番幸せにしてあげる!」
メンタルケアでしょ! 任せておきなさい!
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