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友士灯―ともしび― 探求編  作者: 葉霜雁景
第五章 陽光と影
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再会と案内人

 主従然とした直武と紀定を尻目に、志乃と芳親は仲良く並んで歩き出した。背丈が全く同じなため、兄弟が連れ立って歩いているようにも見える。


「あ、そうだ。芳親さん。俺からも一つ提案があるのですが、聞いていただけますか」

「? ……なに?」

「俺はこの通り、一目では性別を判じがたい格好をしておりますが。声を出してしまえば、すぐ女と分かります。女と判断されますと、何か面倒事があるかもしれませんので、男のふりに徹しようかと思いまして」

「……あー、なるほど、ね。……変な、絡まれ、方、したら……楽しくない、もんね」


 自分から騒ぎを起こすことはなさそうな志乃だが、絡まれることは少なからずあったのだろう。直武から暗にくぎを刺された上で、志乃と組んでいることを考えれば、芳親も頷かずにはいられない。


「素早いご理解にご判断、ありがとうございます。では……あー、あー、こほん。この声でお話ししますので、記憶していただければ」


 暢気のんきに話していた、いかにも少女然とした声が、しっかりと低い男の声に変わった。

 声を変える芸当は、芳親にも少しはできるし、紀定や他の人物がやる所も見聞きしたことがある。だが、志乃が出す声の変わりようには、目を見開かざるを得なかった。それほどの激変ぶりだった。


「……? 声……、どこから、出てる……?」

「あははぁ、先ほど変えるところをお見せしたじゃありませんかぁ」

「それ、は……そう、だけど……」


 前髪に遮られていても真ん丸と分かる目をしながら、芳親は志乃を眺め回す。機敏な動きに加え、ぐるぐる周囲を動き回られて、志乃はつい笑い出していた。


「えへへ、うぇへへ。訓練の賜物ですよぉ……あ、この声の時は名前も変えているんでした。今は孝信たかのぶとお呼びください、芳親さん」

「……名前……ずい、ぶん……、……男、らし、い?」

「振りのためとはいえ、親方と兄貴たちにも考えてもらって、贈っていただいた名前ですからねぇ。山内の兄貴からは、もう少し可愛げをと言われましたが」


 にこりと笑う志乃改め孝信からは、兄貴分のはかない望みを全く意に介していないらしいことが窺える。その笑みに同意してか、芳親もこくこくと頷いた。


「……僕たち、じゅうぶん……可愛い、もんね」

「はて。俺にはあまり、可愛さに関することは分かりませんが」

「……志……じゃ、なくて、孝信。誰か、から……言われたこと、ない? 可愛い、って」

「ありますね。大抵は山内の兄貴から、ですが」

「じゃあ可愛い。間違いない。僕も義兄上あにうえから、可愛いって言われてるし」


 許嫁について語っていた時のような早口で、真っすぐ見据えてきながら断言する芳親に、志乃も思わず首肯していた。兄貴分から言われたことなら、確かに信じられる。無垢で無自覚な刷り込みが、弱い根拠から強大な自信を生み出していた。

 肯定を受け、すっかり上機嫌になった芳親は、志乃の手を握って歩みを再開する。志乃はされるがまま、にこにこと隣を歩いていたが、不意に疑問がよぎった。どうして彼は、こんなにも友好的なのだろうかと。初対面の相手でも、長年の友人とばかりに気安く接する芳親だが、志乃に示される友好は強いように思われる。


「あの、芳親さん。貴方は何故、俺に対してそんなにも友好的なのですか」

「…………」


 ぴたり。芳親が無言で止まったのに合わせて、志乃も止まる。何を考えているのか分からない牡丹色の目が、疑問を浮かべる黒い目を見たが、ひとまず芳親は道の端へと避けた。二人はもう町の通り、人の往来が増えてきた最中へ入っている。


「……やっと、志……じゃ、ない。孝信、も。……気に、かかって、くれた?」


 気付いて、ではなく、気にかかって。言い回しから察するに、志乃が疑問に思わなければ、芳親も話すつもりがなかったらしい。そんなことを訊いて良かったのかどうかは、志乃には分からない。


「……君は、僕の、片割れ。……僕たち、は、夜蝶街、の……物の怪、討伐、で……遊んだ、仲。それは、分かる?」

「ええ、はい。片割れというのは、まだよく分かっておりませんが。物の怪討伐に関しては、何だか記憶があやふやですが、大まかなことは憶えております」


 何気ない色合いをした志乃の言葉に、牡丹色の目が一瞬、細められる。けれど、志乃が気付くことはなかった。


「……君、は。僕に、とって……最高、の、楽しさ、を……くれる。唯一、無二の、同類で……これ以上、分かり、合える、存在は、いない」

「そうなのですか?」


 問いながら、不思議と確信があった。芳親の言葉に嘘はないと。頷けど逸れはしない眼差しにも、虚偽はないと。


「……〈解放の儀〉を、完了、すれば……志乃……孝信、も、分かって、くれる、と、思ってた。……でも……君は、何も、分からない、みたい、だし……色々、忘れても、いる」


 ぎゅっと握られた手から、温度と一緒に、もどかしいような感覚も伝わってくる。けれど、志乃は握り返せなかった。どうしてか、手を動かすことができなかった。どうしてか、牡丹色の眼差しから、視線を逸らしていた。

 芳親の言っていることが正しくて、自分の中に答えもある、気がする。だが、答えは内側に広がる空虚に紛れて見つからず、触れられない。そもそも、触れたら何か――。


「……、……。まあ、今、は、いいや。……人探し、の、方が……先、だからね」


 離しまではしなかったものの、芳親の手が緩む。志乃が何か答えるより先に、双方の足が動いていた。

 徐々に活気を増しながらも、昼よりはまだ落ち着きのある町を、妖雛二人が歩いていく。手を繋ぎっぱなしなことも相まって、二人の姿はひときわ幼かった。一見すると旅装束に身を包んだ若者たちなのだが、言動を注視してみると、子供を抜けきっていない雰囲気に気付ける。


「……見つかんない、ね」

「ですねぇ。説明が不要なほど分かりやすい特徴なら、すぐにでも見つかるかと思いましたが。もしかすると、俺たちが探しに来た方向には、いらっしゃらないのかもしれませんねぇ」


 普段通りの緩い口調を、普段通りではない低音で紡ぎながら、のんびりと志乃は視線をさ迷わせた。前方は手を引き先行する芳親に任せているため、志乃は左右を見ている。


 と――行き交う緩い人の流れ、その隙間に。あちこち飛び回っていた視線が吸い込まれた。


 逆の方向へ向かう、連れ立った二つの人影。妖雛たちより背が高い二人組はどちらも男性で、片方は若く、もう片方は三十代ほどといったところ。人ごみに溶け込みきらない、剛健ごうけん凛然りんぜんにじませる雰囲気からは、武に連なる者らしいことが窺える。

 しかし、志乃の目が真っ先に捉えたのは雰囲気でなく、先を歩いている若人わこうどの髪。次いで、視線に気づいてか、こちらへ返された一瞥いちべつの源たる目。そのどちらも、常人とは異なる色合いをしている。言わずとも分かる特徴として、これ以上ない該当者だ。


「芳親さ――あうっ」


 見失う前にと、相棒を呼んだ矢先。何かにぶつかって、志乃は大きくよろけた。気付いた芳親がすぐさま振り返って支えたため、転ぶまでには至らなかったが。


「おいガキ、どこ見て歩いてやがる」


 厄介事につまづいてしまったらしい。

 見るからに柄が悪く、人相も悪い大男が志乃を見下ろしている。おどしかけるような声色も相まって、威圧を掛けてくる相手に、志乃はへらりと笑い返した。


「これは大変失礼いたしました、お兄さん。前を見ていなかったもので」

「あ? なに笑ってやがる。こっちは怪我が悪化して、堪ったもんじゃねぇんだがぁ?」


 志乃に当たったらしい側の腕を指さして、男はわざとらしい抑揚よくようと共にたたみかける。どうやら男は、帯刀すれども未熟さが抜けきらない外見からあなどり、故意に当たってきたようだ。単に謝っても、簡単に解決とはいかないだろう。


「おい。笑ってねぇで何とか言えや。あぁ? どうしてくれんだよ」


 にこにこと愛想笑いを浮かべながら、さてどうしたものかと、志乃は思考を巡らせる。芳親は不満げな顔をしつつも、面倒な手合いであることは察しているのだろう。騒ぎを起こさないという制約や、流暢りゅうちょうに話せないという制限もあって、動き出せずにいた。


「へらへら笑ってんじゃねぇよガキが! そっちのてめぇもだんまり決め込みやがって。黙ってりゃ見過ごすなんてこたぁ」

「そう声を荒げなさるな。年下相手にみっともない」


 だみ声を遮って、するりと声が割って入る。大柄な男が振り返ったのにつられ、妖雛二人も声の方向を見てみると、男の二人組が歩み寄って来ていた。人ごみの中から志乃が見つけた、武に連なるらしい二人組だった。


「なんだ、てめぇらは。関係ねぇ奴はすっこんでろ!」

「関係はあるぞ。貴殿が詰め寄っているそちらの少年は、この色を珍しがって注意散漫になってしまったようだったからな。こちらにも原因はある」


 堂々と言ってのける若人もまた、男を恐れず微笑みを浮かべている。彼の後ろには武士然とした壮年が立っており、加えて二人とも帯刀していたため、大柄な男は威勢を削がれたようだった。


「それに、貴殿は腕を負傷していると聞こえた。医者を知っているから、すぐに紹介しよう。どれほどの怪我が、ひとまずこちらに」

「さっ、触んじゃねぇ!」


 平然と踏み込み、腕を取ろうとした若人を追い払うように、男は触れられかけた腕を振る。問題なく、勢いよく振りぬかれたそれを、男はしまったとばかりに見やっていた。


「医者に掛かるまでもなさそうだな、何よりだ。それなら、もう彼らを責める必要はないかと思うのだが」


 いけしゃあしゃあと、笑顔のまま言い放つ若者に、大柄な男は舌打ちをして立ち去った。完全に傍観者となっていた妖雛たちは、鮮やかな手腕に瞠目どうもくするばかり。


「やれやれ。朝から災難にござったな、旅のお方。思わずしゃしゃり出てしまったが、暴力を振るわれるなどしてござらんか。医者に当てがあるのは誠ゆえ、もし怪我をしていたら教えてくだされ」

「いえ。助かりましたぁ、ありがとうございます」


 先ほどよりもかしこまった口調で話しかけてきた若者に、志乃も笑みを浮かべ直して、ぺこりとお辞儀をした。続けて、芳親も頭を下げつつ礼を言ったが、控えたままの壮年男性を見て首を傾げる。


「……? ……、あ」


 思い当たることがあったのか、芳親は壮年の男に歩み寄った。手を握られたままだったため、志乃も自ずと、数歩前に出る形となる。


「……ねえ」

「む、何か?」


 初対面なのにもかかわらず、馴れ馴れしい声色で呼びかける少年に、男は嫌そうな顔をすることなく訊き返す。親族の子どもを見るような笑みが、男の顔にも浮かんでいた。


「……また、会ったね。……久しぶり」


 対して、牡丹色の目を細めた芳親は、友人に会ったかのような言葉を投げかけた。

 奇妙な台詞に、志乃と若者が揃って目を丸くする。それは壮年の男もそうだったが、彼の口から出たのは「これは驚いた」という、またも奇妙な台詞だった。


「貴殿には素顔も、素の声もさらしていないはずだが。なにゆえお分かりに?」

「気配」


 自慢げに胸を張る芳親に苦笑した後、壮年の男は志乃にも目を向ける。


「男の声でしたので、勘違いかと思いましたが。貴殿は花居志乃殿で相違ありませんね。拙者は一度、貴殿の顔を見ております」

「ああ、なるほど。物の怪討伐の際、夜蝶街にいらしていた方ですかぁ。気配がしたのは、何となく憶えております」


 名前を言い当てられ、即座に志乃は元の声へと切り替えた。やはり劇的な変化だったため、初対面の二人組も驚きをあらわにしている。


「男にしては妙に可憐と思ったが、よもや本当に女人だったとは。よく見れば確かに分かるが、着付けと声でそう思い込んでしまい申した。しかし、なるほど。貴殿らは何かを探しているようだったが、我々を探しておいでだったのだな。こちらも貴殿らを迎えに行くべく、麹口こうじぐちへ馳せ参じた故」


 合点がいったとばかりに頷く若者は、確かに妖雛たちが探していた迎えらしかった。一目で分かる特徴として文句なしの色も、彼の髪と瞳にそれぞれ宿っている。

 妖雛二人より背が高く、爽やかな風貌をした好青年。後ろで少し結わえられた髪と、澄んだ瞳を彩っているのは、常ではあり得ない藍色。


「お初にお目にかかる。拙者は名を星永ほしなが晴成はるなりと申す者。麗部うらべ直武ご一行をお迎えするべく、ここに参上(つかまつ)った」


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