第六十話 漆黒の大剣
グローリエルの案内でダンジョンを進むカオル達調査団一行。
30層までは危なげなく進んでこれたが、目指す40層までもう一歩の距離となった。
いったいどんな魔族が待ち構えているのだろうか。
カオル一行は31層をひたすら進む。
31層へ上ると、またも周囲の環境が変化していた。
これまでは石壁だったのだが、31層は壁から天井まで苔で覆われていた。
グローリエルの独自魔法『ライト』を使うと、薄暗いながらも周囲は見渡せる。
どこか埃っぽかったダンジョンも、湿度が高く感じる。
出現する魔物も変化しているのだろうか?
前を歩くグローリエルに聞いてみる。
「ねぇ、グローリエル。31層の魔物ってどんなヤツなの?」
ボクがそう聞くと、振り返って「ここは水棲生物が主体の階層さ。ヘビ・カニ・カエル・ワニなんてのがいるね」と、教えてくれた。
ふむふむ・・・・
なんだか美味しそうなところですね。
ヘビは小骨が多いので、ちょっと食べにくいけども。
のんびりと歩いていると、さっそく魔物と出くわす。
大きな青い甲殻を持ったカニだ。
というか、大きい・・・
150cmのボクと変わらない大きさのカニは、細長い足を忙しなく動かしこちらへ向かって走ってきた。
横歩きなんだが、驚くべきはその速度だ。
あっという間に間合いに入ってきて、その巨大な鋏を振り上げる。
師匠とエリーは左右に別れ、迎撃を始める。
エルミアの放つ風の矢がカニに突き刺さらず跳ね返される。
さすがカニだ。
とても硬い甲殻を持っている。
後続のカニへ向けて、グローリエルが火球を放ち硬い甲殻ごと焼いていく。
師匠は対峙しているカニへ刀を一閃し、その巨大な鋏ごとカニを屠る。
エリーを見やると、なにやら動きがおかしい。
以前のように飛び跳ねて大剣を振るう事無く、カニの鋏を避けるようにしつて大振りに攻撃することは無かった。
どうしたんだろう?
なんだか大剣をかばっているようだ。
師匠が対峙していたカニを倒して、エリーの援護に入る。
2人に囲まれたカニは、呆気なく倒れた。
気になったのでエリーに近づく。
「どうしたの?エリー・・・なんだか動きがおかしかったけど・・・・」
ボクがそう言うと「べ、別になんでもないわ!ちょっと疲れただけ・・・」とあいまいに答えた。
おかしい・・・
普段のエリーなら「ちょっと疲れた」なんて言わないはずだ。
エリーに近づき全身を見やる。
身に纏っている防具には異変はないようだ。
ということは大剣か?
エリーが身体の後ろに隠した大剣を見詰める。
そこには刀身が欠けた大剣の姿が。
やっぱり・・・・所詮は鉄だ。
これまでの連戦で欠けてしまったのだろう。
エリーはこれを隠していたのか・・・・
いつ欠けたんだろう?
そうかあの時か・・・30層のガーディアン、アルゴスに回転切りをした時か・・・・
どうする・・・炉が無ければ大剣を鍛錬することが出来ない。
このまま使い続ければ、いずれ欠けた部分から亀裂が走り折れてしまうだろう。
エリーはボクに気付かせないように、大剣を労わって戦っていたのか。
なんていじらしい子なんだろう。
ボクは嬉しくなり、エリーを優しく抱き締めた。
突然抱き付かれたエリーは「え!?ちょ、ちょっとカオル?どうしたのよ!?」と慌てていた。
本当に可愛いな・・・エリー・・・・
エリーの首筋に顔を埋めながら、そんな事を考えていた。
でも、どうしよう・・・エリーの大剣が・・・・・
代わりになる武器なんて持っていない。
代わりになる・・・・
そうだ!
黒曜石の鉄板がある。
これを使う事が出来れば・・・・
精霊さん・・・
こんなダンジョンの奥深くに来てくれる事ができれば・・・・
いや、精霊さんの力があれば・・・
その時、ある事を思い出す。
できるかもしれない・・・・
師匠から貰ったショートソード。
それを鍛えてバゼラードを作る時に、風の精霊が刀身に触れていたことを・・・
エリーから離れ、腰から下げているバゼラードを鞘から抜く。
白い刀身に光が当たると、淡い緑色に煌く。
出来るだろうか?
いや・・・やらなきゃ!
エリーを悲しませたくない!
「エリー、大剣を貸して!」
ボクはそう言い、エリーから傷ついた鉄の大剣を受け取る。
アイテム箱から黒曜石の鉄板を1枚取り出し、鉄の大剣と地面に並べる。
「離れて」と、そう告げバゼラードを掲げる。
お願い。
精霊さん・・・・
力を貸して・・・・
ボクの大切な家族のために・・・・
「力を・・・貸して!」
大声でそう叫ぶと、バゼラードが緑色に輝き光を放つ。
カオルの周りに風が吹き荒れ、ヴァルカン達を風が襲う。
目をあける事が出来ないほどの突風に、ヴァルカン達は両手で顔を塞ぐ。
「かお・・る!」
ヴァルカンがそう叫ぶが、風に包まれたカオルには声は届かなかった。
周囲に吹き荒れる風は、ゆっくりとその勢いを失いあとには光り輝くカオルの姿が・・・
その姿はあまりにも神々しく、背中には翼が生えているようにさえ思えた。
やがて光も消え、カオルの前には銀の波紋を浮かべた黒い刀身の大きな剣が現れる。
「できた・・・・」
ボクはそう言い、全身から力が抜けるのを感じる。
掲げていたバゼラードは砂の様に崩れ落ち、風に舞って消えていった。
「ありがとう・・・」
そう呟き、眠りに落ちた。
どれほど眠っていたのだろうか?
目を覚ますと。心配した様子でみんながボクを覗きこんでいた。
重い身体を起こし、辺りに目を向ける。
周囲にはボク達の以外に動く者はいない。
周りを見ていると「カオル・・・」と、師匠が声をかけてくる。
師匠の顔を見上げ微笑むと、力強く抱き締めてくれた。
暖かく、バラの良い香りがする。
胸いっぱいにその香りを吸い込むと、落ち着くのが分る。
そうか・・・精霊さんのおかげで武器ができたんだっけ・・・・
師匠の胸を離れ、出来上がった漆黒の大剣を見やる。
黒曜石の大剣は銀色の波紋を浮き上がらせ、鋭く光を反射させていた。
そっと柄を握り、心配そうに見詰めているエリーの前へ。
ニッコリと微笑んで「エリー、これで・・・自分を・・・みんなを守ってね」と言葉を紡ぐ。
エリーは大粒の涙を流し「ありがとう・・・カオル・・・・本当にありがとう」と言い、抱き締めてくれた。
ボクは目を瞑り、エリーの温もりを感じる。
その後ろではエルミアが嬉しそうに微笑んでくれた。
しばらく抱き合っていると「カオル・・・あんたいったい・・・・・」と、グローリエルが驚愕とした表情をしていた。
グローリエルに目を向けニコッと笑う。
グローリエルは驚いて目を丸くしていたが、最後には笑ってくれた。
それにしても、大事なバゼラードが無くなってしまった。
師匠がくれたショートソード。
それをボクが鍛え、精霊が力をくれた大事な短剣。
でも、そのおかげでエリーに素敵なプレゼントを贈ることができた。
ありがとう精霊さん。
ありがとう師匠。
大切な短剣は無くなってしまったけれど、2人の想いはずっと胸に秘めていきます。
本当にありがとう。
消えてしまったバゼラードを想い、短剣の鞘を力強く握り締めた。
抱き締めた腕を離れると、エリーは嬉しそうに漆黒の大剣を抱えた。
本当に嬉しかったようで、今は少し離れた場所でブンブン振り回している。
師匠はエリーとアレコレ相談をしていた。
ボクはエルミアに支えてもらい立ち上がる。
少しフラフラするが、問題無さそうだ。
そんなボクを、エルミアが見詰めていた。
なんだろう?
「どうしたの?」とボクが聞くと、じとーっとした目で「エリーばっかりずるいです」と文句を言ってきた。
えっと・・・・
どういうこと?
エルミアにも師匠にも、マインゴーシュと短刀をあげたはずなんだけども・・・・
ボクが不思議そうな顔をしていたからか「エリーは防具も短剣も貰っていたではないですか!それに大剣を2回も!」と、頬を膨らませて怒り出した。
いや、装備の強化をしたいから渡しただけなんだけど・・・・
ど、どうすればいいのだろう・・・
エルミアの言葉を聞いた師匠も文句を言ってくる。
「そうだぞ!私だって短刀しか貰っていない!」
ああ・・・もう・・・・・
呆れているとグローリエルが「そうだな!あたいもなんかくれ!」と話しに乗ってきた。
なんなんですか!?
というか、グローリエルは家族じゃないじゃん!
ああ・・・もう!
どうすればいいのさ!
めんどくさいのでエルミアの首に吸い付きキスマークをつける。
師匠にも、先ほど付けた場所の反対側にキスマークをつけた。
師匠はエルミアの首筋についたキスマークを見て、さきほどボクが何をしたのか気付いたのだろう。
満足そうな顔をした。
さて・・・グローリエルか・・・・
でも、家族でもないのにこんなことできないしなぁ・・・・
仕方が無いのでグローリエルの頬に口付けた。
驚いた顔をしていたが、次第に嬉しそうな顔になり頬を赤く染めていた。
はぁ・・・『残念美人』め・・・・これから大変だ・・・・
三者三様に喜んでいる中、そんなことを考えていた。
ご意見・ご想などいただけると嬉しいです。