第三十一話 遠征軍
2016.9.13に、加筆・修正いたしました。
カイ達と楽しく夕食を共にし、あれから2日が過ぎた。
やる事が山積みで馬車馬のごとくボクは働いた。
非常食を用意し大猪の皮を加工屋さんに持ち込みカルアさんの為にレギン親方のところで銀の腕輪を作り、飾り気がまったく感じられないからレギン親方の伝手を頼って彫金師さんを紹介して貰った。
「黒巫女様は恐ろしいくらいに飲み込みが早いですな」
「ありがとうございます。でも、これくらいできないと師匠の弟子は名乗れませんから」
「なるほど....流石は元剣聖様....」
おかげで意匠の凝った造形の銀細工が作れるようになりました。
ついでに予備の片手剣を作って培った細工仕事を活かしてみたり。
師匠に好評で気晴らしと称したお出掛けも。アリッサムのお花畑を喜んでくれました。
ボケーッと宿屋の部屋から空を見上げる。
満天の星空に窓を開ければ喧騒も聞こえる。嫌な騒ぎ方じゃなくて楽しそうな笑い声。
忙しい日々でした。充実していたと言えます。
「いつまでもそんな所に居たら風邪をひくぞ?」
優しく壊れ物を扱うかの様に後ろから抱き締めてくれた師匠。
温もりを感じ傍に居るだけでボクの心は癒される。
安心をくれるんだ。大好きな家族だから。
「はい...」
「準備も終わったのだろう?」
「武具の手入れは言い付け通りにしてあります」
「緊張しているのか?」
「本音を言えば、そうです」
「今更だがカオルにとってコレが初陣。勝手に決めてすまないな」
「いいえ。ボクは『師匠の傍に居る』と決めた時から決心していたつもりです。何が起きても絶対にです」
「そうか....」
優しい人で支えてくれる大切な存在。
離れて生きる事は不可能だと思う。
ボクが香月カオルで在り続ける為に師匠は必要。
あの時と同じ。シルさんが奥さんへ贈った包丁と。
心のどこかがざわついて脳内に警鐘が鳴り響く。
『離れたくない』
一目見たその時から変わらない想い。
コレはなんなんだろうね?
「寝るぞ?」
「そう、ですね...」
そっと抱き上げベットへ運ばれる。
お姫様抱っこは何度目だったかな?
「おやすみなさい。師匠」
「ああ。おやすみ」
2人でひとつのベット。いつもみたいに腕枕をしてくれた師匠。
温もりに感謝を捧げ、目を閉じればスッと眠りに着けた。
明けて翌朝。朝食も終わり身支度も整い師匠と手を繋いでお出掛け。
道行く方々とご挨拶。ボクも随分慣れたもので、普通に会話も成立するように。
『黒巫女のクレープ屋』なんて看板を見てはいけません。師匠も寄ろうとしないでください。2店舗あるそうですけど、長蛇の列を作っています。
普通のクレープが買えるだけで恩恵はありませんよ? 敢えて上げるとするなら――夫婦とカップルが多いくらいでしょうか?
ボクは恋愛成就の神に仕える巫女ではないんですけどね? そもそも男です。
だから師匠も朝からベタベタしないでください。ご利益はありません!
「デュフフ....」
『これは私のモノ』と周囲に公開する師匠。腕を組んでたまにボクを引き寄せ抱き締めたり。
朝の大通りはとても混雑している。これから仕事場へ向かう者や道端で商いをする者。
職務から開放されて疲れた顔の帝国兵士さんが帰路に着いていたり。
み~んなボクを見ていきます。奥さん方は『黒巫女様よ!』『いつ見ても可愛いわねぇ』『うちの娘もアレくらい可愛く育ってくれれば今頃孫の一人も...』なんて話していたり?
師匠は公開していますけれど、ボクは後悔しています。
ササッと外套のフードを目深に被りタコチュー師匠を撃退。調子に乗りすぎです。残念美人なんだから...
第一目的地の聖騎士団詰め所へ到着。
只ならぬ雰囲気を醸し出すその場所は、荷馬車が10台。数えるのが辛そうな馬君達が数十頭。多種多様な種族の人達がいっっっぱい居ました。
【聖騎士教会】が端を発し【エルヴィント帝国】が受け入れ大規模遠征が実現。
白地に青を基調とした騎士服姿の聖騎士団長レンバルトさん。周りに全身鉄鎧を装備した聖騎士のみなさん。武具の手入れをしていたり景気付けに互いの肩を抱き合い防具を打ち鳴らせてます。
一番重要な補給を担当する冒険者。ボクと変わらない身長のホビットの男性が指揮を取り、雇われた彼等彼女等が忙しなく働く。
兵站は基本中の基本で無くてはならない物。篭城戦で『干上がる』と例えられる水と食料の供給。補給物資を"いつでも"前線へ運ぶ役目を担います。
本隊に追随して出発する部隊も居れば数刻遅れで出発する部隊も居ます。
中には明日出発の部隊も居るでしょう。なにせ大人数です。100人を越えています。きっと食糧が足りなく――
「お待ちしていました! 黒巫女様! ささ、こちらの品々をお預けいたします!」
ドバッと置かれた鋼鉄製の武具やら水樽やら天幕やら。
ちょっとした豪邸の建築資材に見えてしまう規模。
ボクが担うのですね? 兵站を。いえ、ボクだけじゃないのは馬車を見てわかります。
一極に絞り込んだ戦略なんて無能の証拠ですから。
後方支援の連絡要員。兵站にはそれらも含まれています。わかっているですよー。
聖騎士団の事務官と名乗る人物と羊皮紙片手で順番にお預かり。
野営地到着後に再度物品の示し合わせを行なうそうです。
「流石は黒巫女様です」
「......ありがとうございます」
ほんの十数分で燃え尽きてしまいそうでした。
隣で師匠の励ましの言葉がなければ泣いていたくらいです。
「あ、エリー!」
「カオル!」
ひと仕事終えて近くの馬車を通り掛ったエリーを発見。
鏡面仕上げの鋼鉄製の腕甲はやりすぎたかもしれません....目立ちます。
エリーの後からメルとカイも登場。
なにやらカイがお疲れのご様子....師匠も首を傾げた。
「今日はよろしくね!」
「私が居るんだから問題無いわよ!」
「強気だね?」
「べ、別に強がってるわけじゃないんだからね....」
「あはは♪ それで、カイはどうしたの?」
「いや....ギルドの人使いが荒くてな....」
「ほら! 私とカイの両親が冒険者ギルド勤務で――」
メルの説明では『身内なんだがら沢山働け』とご両親からの重圧が凄いそうです。
雑多な仕事を押し付けられて、メルが荷物管理の書類を書いたり――主に消費される食料類をほんの一部担当――カイが重労働で肉体を酷使されたり....
気になった原因は『お疲れのご様子』なんだけど、もっと気になってるのがカイの頬に着いた紅葉痕....
「自業自得よ。他のパーティの女に色目を使った罰なんだから」
「エリーの言う通りよ! しかもカオルに貰った防具を出汁に使うなんて!」
「いや、俺は別に出汁に使うつもりなんで無かったんだぜ? ただ『珍しい防具だから』ってどこで買ったのか聞かれて――」
「「言い訳がましいのよ!!」」
意気の合った2人に両頬を叩かれ沈黙するカイ。
力の逃げ場を失う攻撃に脳が揺さぶられた事でしょう。
もう2~3発引っ叩いておいてください。
やっぱり鈍感バカでしたか。一度でも見直した自分が恥ずかしいです。
短い付き合いだけどボクですら『メルがカイを好き』だって気付きました。
なんなら鋼鉄製の腕甲を取りあげようかな? そんな事に使う為に贈った物じゃないんですよ?
「メル? 顔に出てるよ?」
「ち、違うの! 違うのよ!?」
「はいはい。またあとでね?」
師匠に急かされその場を後に。
カイを見るメルの目は慈愛に満ちていました。わかりやすいね?
近過ぎて気付かないカイは鈍感さん。メルの想いに気付く事はあるのかな?
「元剣聖のヴァルカンだ。わざわざ悪いな。よろしく頼む」
「あ、ああ....」
レンバルトさんの下へ向かうと『近衛騎士団副長』と名乗る人物が。
青地を基調に仕立てた騎士服姿。腰に帯びた突剣は細過ぎて少々心許無い。
レオンハルトという名前みたいです。レンバルトさんに似ていて間違えてしまいそう。
ボクも師匠に言われてフードを脱ぎ挨拶。
驚いた表情から熱い眼差しへ一変。ネチッコイあの憲兵さんみたいな感じ。
なんですか? ボクは美味しいお菓子なんて持っていませんよ?
『トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!』的な何かですか? なんて逃避してしまいました。
「よろしくお願いしますね?」
「はい!!」
師匠じゃないけど面倒臭そうなので"笑顔で躱す"。しばらくの間、コレをスローガンにしようと思います。師匠も喜んでくれました。
軍議を盗み聞き。なにせ師匠が片時も離してくれません。人が多いからボクを心配してくれているんでしょう。とても頼りになる人です。
『行軍の~』『順番が~』『野営地の視察が~』と話しは続く。
ポカポカ陽気についウトウト。彫金師さんの奥さんから頂いた布の端切れでパッチワークでもしようかな?
小さくて捨ててしまうような破砕生地でも、集まれば大きな生地になるんです。
汚れてもいいエプロンに最適だと思います。素敵でしょ♪
「ではカオル? 行くぞ」
「あ、はい」
ボケーッとしてたボクは反応に遅れた。
シュバッと師匠が立派な軍馬に跨り『おいで』と手を伸ばす。
まさしく騎士!! しかも師匠は美人さん!! カッコイイのです!!
「ブルル」
「.....」
乗馬体験の無いボクは、ちょっと二の足を踏んでしまう。
軍馬君が大きいのです。ボクの云倍もあります。荷馬車を牽く荷馬君と比べて、軍馬君は目付きも鋭く怖いのです。
「よ、よろしくね?」
「ブルル!!」
顔に近づき頬を撫でる。
馬は敏感で乗り手の感情を読み取る事があると本で読んだ事があります。
第一接触は成功しました! 顔を擦り寄せて嬉しそうに嘶いたんです! 結構可愛いかも? 円らな瞳でボクと同じ黒い目です!
続いて第二接触....額にそっと口付ける。大成功です! 毛艶の良い尻尾がブルンブルンと大きく揺れて嬉しそうに目をパチクリと!
これはチャンスです! 師匠の手を取り引き上げてもらう。ボクは初心者なので鞍の前側へ。身体が小さいから師匠と2人で丁度良いサイズ。牛乳の摂取も欠かしていません! いつか師匠の身長を越える事でしょう!
「師匠! 高いです!」
「っと。あまりはしゃぐな」
「ごめんなさい....」
ついつい目線が高くて騒いでしまいました。
軍馬君にもごめんなさい。鬣を撫でて驚く。物凄く太くてしっかりした毛なんです。触り心地が素敵です。
「カオル? あとで私にもキスしておくれ」
「.....」
片手で手綱を握り空いた手でボクを支えてくれた師匠。
耳元でそんな事を囁きボクのテンションはダウン。
軍馬君に嫉妬とか...本当に病気の領域ですよ....
「それではレンバルト! レオンハルト! 先行させてもらう!」
「「お気を付けて!!」」
「ああ....ハッ!!」
馬のお腹を蹴り手綱を操作。駆け始めた軍馬君はグングン速度を上げて行く。
上下に揺られ左右に振り回される。脚に力を入れていないと振り落とされそう。
あっという間に【オナイユの街】を出て街道へ。
道行く人や門番役の人々から激励のお言葉を投げ掛けられました。
『お似合いね♪』と聞こえたけれど、どういう意味ですか?
忘れましょう。きっとエリーとカルアさんみたいに"義姉妹"として、でしょう。
たまーに勘違いされるのです。『弟子です』と説明しても『そういう関係か』と....
忘れましょう。黒髪の巫女が百合だという一部の噂は。犯人はイライザさんだと思います。『百合道』を説いた彼女ですから。
しばらく街道を進み師匠から状況説明。
斥候役を買って出た師匠は、南東の森林部に予定している野営地の偵察及び調査をこれからするそうです。当然ボクも。
たった2人と1頭でなんという大役を....斥候が重要な役割を担う事は師匠に教わる前から知っています。
本隊の先駆けで、進行方面の状況を偵察しつつ敵を警戒。場合によってはコレの排除。今回は野営地の確保だから魔物を倒すはずです。2人と1頭で。
人数少なくないですか? まぁ師匠とボクなら有象無象の魔物に遅れを取る事はありませんけれど。
「ところで師匠?」
「なんだ?」
「....なんでボクの頭に胸を押し付けてくるんですか?」
出発してからずっと気になっていた。明らかにワザとらしくムニュムニュさせてる。
身体を支えてくれていた手もボクの太股へ添えられてたまにモニュモニュと揉んでる。
「カオル。これは不可抗力だ」
「では右手がボクの太股を揉んでいる理由は?」
「不可抗力だ。何も問題はない」
「揉むのが不可抗力なのですか?」
「そうだ。揉んでいる訳ではない。当たってしまうだけだ。勘違いするなよ? 私は元とはいえ剣聖。騎士の見本としてこれまで数々の――」
つらつらと語る師匠。あまりの饒舌さに再び驚く。
師匠の武勇はお酒に酔って散々聞いていた。今話している内容と差異はない。
けれどこのセクハラは不可抗力で『当たって』いると思えません。確実に揉みにきています。
もしもここでボクが制裁と言う名のチョップをお見舞いすると、ボクはバランスを崩して落馬。
最悪死んでしまう可能性があるのです。おそらく師匠は全て織り込み済みで語っているのでしょうね?
見上げて見たからわかります。口端に笑みが零れていました。残念美人なんだから!!
数時間ほど軍馬君を休ませる為に休息を取りながらボクと師匠は目的地へやって来た。
その間何度ボクが軍馬君の鬣に癒された事か。現実逃避するのに最適でした。ありがとう、軍馬君。
「ふむ。少し森の様子を見てくる。カオル? 馬を頼んだぞ?」
「はい」
第二目的地。街道から少し外れた平野。見渡す限り緑色のその場所は、野営するのに適している。
高低差が無く天幕も張りやすい。森林部の境界に柵でも作れば陣も敷き易く、材料はそこかしこに在るのだから困らない。
片刃の両手斧とかを預かっている理由ですね。長い間軍議を開いていた理由もわかります。
森の奥へ単身突入していく師匠。
ボクは見送り手頃な木に軍馬君を連れて行き手綱を繋ぐ。
暇潰しできそうな物はコレと言って無さそう。
師匠の心配はしていない。あの人をどうにかできる戦力なんてそうそう無い。それこそ聖騎士団が総出で掛かっても勝てないはず。
《火の魔法剣》を発動させた師匠は鬼に金棒な方なのです。
「ブルル」
『かまって?』と聞こえた軍馬君の嘶き。
頬を撫でれば擽ったそうに目を細め、耳を立てて頭を擦り寄せる。尻尾もブンブン振って愛嬌たっぷり。
温めたお水を差し出せば、ビッシャビッシャと飛散も構わず飲んでくれる。
可愛い子なんです。ボクを癒してくれる大きな――
「ヒヒーン!!」
怯えた様子で突然慌てて後ろ足で立ち上がり前足をバタつかせた軍馬君。
敏感という意味がよくわかる。気配に気付いて教えてくれたんだね? でも大丈夫。ボクも気付けたから。
師匠が立ち入った森林部の真反対側から感じる気配。数日前に感じたモノとまったく同じで見据えていれば猪頭鬼が登場。
その数ざっと20体ほど。他愛もない相手だけれど問題はその奥。まだ索敵範囲から遠いはずなのに地響きが聞こえてる。
なんだろう? とりあえず軍馬君の手綱を木から外す。いつでも逃げられるように。
「行ってくるね? 危なくなったら逃げるんだよ?」
「ブルル!!」
『わかったー!』と嘶く軍馬君。可愛い馬です。
そうこうしているうちに視認できる猪頭鬼は23体へ増え得物を片手にノシノシ歩く。
そのまま手を振って『さようなら~』なんて訳にもいかず、二剣を抜剣。《飛翔術》で飛び立ち向かう。
『臆するな!!』
『強い信念こそ己の力の源だ!!』
ボクが敬愛する師匠のお言葉です。頼れる教師モードの師匠はカッコイイんですよ? 普段はのんべぇさんですけどね。
単調な攻撃を繰り返す猪頭鬼は集団戦も微妙な弱い敵。
戦術に関して頭を使う冒険者の方が断然優れている。
肉体的に猪頭鬼の方に軍配が上がるかな? 腕力も相当あるし、体格も良い。
けれど知能が極めて低いおかげで避けて急所を一突きすれば息絶える。
滑空からの刺突。木々を三角飛びからの袈裟斬り。飛んできた矢も避けて投げナイフを投擲。
連続で3本投げて3体が絶命。師匠が仕込んでくれた結果。ボクは努力したに過ぎません。
やがて猪頭鬼も数を減らし残り2体。
無詠唱の《風の矢》をぴったり2本放って終わった。
「さてと....来たかな?」
虫の息な猪頭鬼を見付けトドメの一撃。
索敵範囲を意識的に広げてみれば――初めて見る魔物の姿。
周りの木々と同じ深緑色の体躯。擬態している様にも見える。
汚らしい腰蓑を巻いて、体躯3mを越える身長。羨ましい。
巨眼が2つギョロリをボクを見付け開いた口腔から涎が滴る。
人型の魔物で名を緑巨人。猪頭鬼以下の知能に猪頭鬼以上の怪力。
師匠の家にあった『魔物図鑑』に記載されていたおバカな魔物で実に厄介。
巨大さと怪力自慢で森を荒らす。
現に何本もの木を圧し折り武器代わりにボクへ投げ付けて来ている。
天然の武器――ネイチャーウェポン――。《飛翔術》で舞うボクに当たらないけれど。
「森を傷付けると師匠に怒られるよ?」
「グガァ!!」
ボクが余裕を見せ無駄口を叩くと憤怒の叫び。
師匠は妖精種のエルフだから立ち木を切る時簡単にお祈りをする。その姿がまた綺麗なのです。
《魔法箱》から投げナイフを取り出しまずは目潰し。
《風の魔法剣》もおまけして、溶けた鋼鉄が頭蓋骨を撃ち抜く。
加減が難しい....まぁいいよね? 倒せた。
続いて後続の3体を平野部へ誘き出して再度魔法を。
「振り下ろされしは金色の刃。呻れ!! 《雷鳴刃》」
落雷が緑巨人こと"太った不潔なおじさん"を焼き殺す。
都合2回繰り返し、3体の緑巨人は命を絶った。
安心するのはまだ早い。もう1体居る。隠れているけどバレバレなのです。
木の隙間からボクを見詰め巨体を現した最後の緑巨人。
他の固体よりも一回り大きい体躯4m。顔に付いた引っ掻き傷が勇ましい。群れを率いていた主かな?
「グゥォォォォ!!!!」
凄まじい雄叫びを上げて全力疾走。
せっかくなので糧として修練に付き合って貰おう。
投げナイフを高速で投擲して勇ましい片目を貫く。
緑色の血を噴き出しながら手にしていた大きな木――棍棒――を振り上げボク目掛けて振り下ろす。
ズシンと大地が揺れる巨人の一撃。地面も抉れ土が吹き飛ぶ。
けれどボクは大回りに回避していて無傷。
噴煙が晴れた瞬間、緑巨人は逃げる事を選んだ。
「むぅ! 待てー!」
平野部へ逃げる緑巨人を追い掛ける。
勝てないとわかり逃げを選んだこの緑巨人は、知能が高いのかな?
疾走しながら追い付き――
「カオル? 待たせたな」
上下に分断された緑巨人が、血を吹き出してドッと倒れる。
あの巨体をどうやったら両断できるのかわからない。
白刃刀を肩に担いで笑う師匠。
どう見ても刀身と緑巨人の身幅が釣り合いません。師匠曰く『斬り抜くんだ』らしい。難しいです。
それにしても返り血も浴びずに佇む師匠はカッコイイ。このまま絵にして飾りたいくらいです。思わず見惚れてしまいます。
「遅くなって悪いな。雷の音が聞こえて急いだんだが」
「いえ。たいした敵ではありませんでしたから」
「そうか」
『よくやった』と頭を撫でる師匠。納刀した仕草も素敵です。
《浄化》を掛けて身奇麗にしてボクも納剣。
投擲した投げナイフを回収してこちらも洗浄。1本は鋼鉄の散弾化していて回収不可能。《風の魔法剣》を流用するのは控えよう。鋼鉄が尽きてしまいます。
師匠に断り軍馬君を探索。すぐに見付かりこちらへ駆けて来てくれた。
大きいからそうやって走って来ると迫力が凄いよ!? 轢かれたらあの時の暴れ馬事件です。
もちろんそんな事件は起きず、軍馬君はボクの前でゆっくり止まり頭を擦り寄せる。可愛い子です。
『はは! こいつぅ!』なんてじゃれてから師匠の下へ。
身長が足りずに鬣に届かなかったです....牛乳....カルシウム....成長を促してください?
ボクの願いが叶うかどうかはさて置いて、師匠は斬り倒した緑巨人を足蹴になにやら検分中。
「師匠? お待たせしました」
「ブルル」
「おかえり。他の魔物の所へ案内してくれるか?」
「はい」
死した魔物を臆す事無く軍馬君も着いて来た。
危険は無いと自覚しているのかも? 賢い子です。
平野部と森林部の合間に討ち捨てた魔物達。
猪頭鬼23体に緑巨人4体。他に師匠が両断した集団の主が平野部に1体。
斬り口を見て師匠からお褒めの言葉を頂いた。
「見事だな。寸分の狂いも無く急所を狙っている。こっちの猪頭鬼は投げナイフか?」
「はい。納得できる戦果です。これも師匠のおかげですね♪」
「ハハハ!! 慢心しないのも流石だ」
頭を撫でられそんな会話を。軍馬君も撫でて貰えた。
頭蓋骨が吹き飛んだ緑巨人を見て師匠が笑う。
魔法剣でこんな事をする人は居ないそうだ。
「まぁ...魔法剣士自体が珍しいからな」
「魔術師は希少と言われていますよね」
「ああ。だからカオルと私は貴重な存在だ。案外、神の悪戯で出会ったのかもしれないな?」
「居るんですか? 神様」
「さぁな? 【聖騎士教会】が崇める神は居るんじゃないか?」
「そうですか」
あまり興味の無いボクと師匠。本当に神が居るなら魔物の脅威なんてありえない。
偶像崇拝でもしているのかも? 興味が無いのでどうでもいいです。
状態の良い魔物を《魔法箱》へ仕舞い、焼け焦げた緑巨人は『このまま放置でいい。遅れて到着した各騎士団に処分させる』と発言が。
師匠のこの顔はまさか....
「肉食獣とか魔物が寄って来ますよ?」
「わかっているだろう? それも含めて騎士団に処分させる。彼等の訓練に丁度いい」
やっぱりですか。悪い顔してますよ? それはもう悪人面です。
ボクの太股を狙うのを止めてください! 軍馬君も行く手を遮らないで!! 逃げ場が無くなっちゃうから!!
師匠から逃げて集団の主を《魔法箱》へ。
『丁度いい』タイミングでレンバルトさん、レオンハルトさんが率いる本隊が到着。
ズラッと一列に並んだ本隊は『圧巻』の一言。
軍馬君も仲間と合流できて嬉しそう。師匠が先頭の聖騎士と近衛騎士に声を掛け、大慌てでレンバルトさんが駆けて来る。
「ヴァルカン殿!! 魔物と遭遇したとは本当ですか!?」
「ああ。カオルと退治してな。あそこだ」
クイッと親指で場所を示す師匠。男らしい一面もあるんです。残念美人さんです。
「わかりました。おい! 4~5人着いて来い!」
「「「「「はい!!」」」」」
走るレンバルトさんに続き5名の聖騎士さんが随行。
近衛騎士さんからも数名がそれに続きレオンハルトさんは兵站を担う冒険者へ指示。
聖騎士団の事務官さんが満面の笑みで近づきボクは今朝とまったく逆のお仕事を。
指定された場所に《魔法箱》から武具や水樽やら天幕やらを羊皮紙通りに取り出し示し合わせ。けして悪巧みではありません。ただの数量確認です。
十数分を掛けてどうにか終わり、建てられた天幕を見上げて感激。
モンゴルの遊牧民族を思い浮かべました。移動しながら各地を転々と暮らす人々です。
どうやら土を掘り返さずに建てるみたい。地熱は温かいですよ?
なんて事を考えていたら気配を察知。後ろからトンと押された。
「ブルル」
ボクが乗っていた軍馬君でした。毛艶でわかります。
師匠の姿は無い....さてはお仕事かな?
「連れて行けって?」
「ブルル!」
「了解だよー」
なんとなく意思疎通。手綱を握ってトコトコと。
軍馬君も続いて歩き軍馬と荷馬が預けられた場所へ到着。
管理していた冒険者ギルドの職員さんにお願いして毛ブラシを借りる。
乗せてくれてありがとう。せっせと磨き手入れを開始。
軍馬君は気持ち良さそうに目を細めて身を任せてくれる。
しかしここで問題が!?
身長が足りなくて届かないんです!! 鞍すら外してあげられない!!
ごめんよ軍馬君。出来る範囲でお手伝い。クスクス笑われ後はギルドの職員さんにお任せ。
『ヒヒーン』と嘶いた軍馬君は『ありがとう』と言ったのでしょう。こちらこそありがとう。
手ヒマな時間が出来てしまった。師匠はレンバルトさんのところっぽい。赤い騎士服は目立つのです。
そしてもっと目立つキラリと光る代物が。
炊事場と化した場所でせっせと煮炊きをするエリー達。
鏡面仕上げの鋼鉄製の腕甲はやりすぎたかも? そのうちくすんで普通の腕甲になるはずです。あの3人は冒険者なのだから。
「手伝いに来たよ?」
「カオル~....」
泣きそうな顔のエリー。メルは半笑いで迎えてくれた。
「どうしたの?」
「エリーは料理が苦手なのよ」
「そうなの?」
「こうやってチマチマしたのが嫌いなのよ!!」
ジャガイモの皮を大胆に剥いてしまうエリー。身がごっそり皮に付いてもったいない。
全面終えたジャガイモは当初の半分ほどの大きさに....食への冒涜だよ? ジャガイモ君に怒られちゃう。
「エリー? 苦手な物がある方が可愛くて良いと思うよ?」
「あぅあぅ....」
微笑んだボクに羞恥のエリーは顔を真っ赤に染める。
そっと頭を撫でて料理を始め、どうやら今夜のメインはポトフらしい。
ジャガイモと人参の皮を剥き、玉ねぎを刻んで手早くパッパと。
人数が人数なのである種の戦場。急拵えの釜戸に火を入れ巨大な寸胴鍋で煮詰める。
各種調味料と豚のベーコンも刻み入れ、あとはのんびりグツグツ煮込むだけ。
一方のエリーを見れば――
「うぅ....」
「はぁ....」
ジャガイモに悪戦苦闘中。メルも溜息を吐き他で同じ作業中の冒険者や鎧を脱いだ騎士さんも苦笑い。
なにせ当初の半分ほどの大きさだったジャガイモが、今度は三分の一以下に。
何故下手に成ってしまったの? 普通は繰り返す度に上達するものだよ? 単純作業だもの。
「エリー?」
「かおるぅ....」
「はいはい。ボクがやるよ」
エリーが剥いたジャガイモの皮を集めて水で洗う。釜戸をひとつ借りてフライパンを加熱。
バターを敷いてそこへジャガイモの皮を。身が多い....もったいないオバケが出ちゃうよ?
両面焼いて軽く塩を振って出来上がり。塩バター炒めです。
「食べなさい」
「うん」
涙目で口に運びモグモグ食べるエリー。
猫耳と尻尾が悲しくシュンと垂れ下がる。
可愛い子。あの軍馬君みたい。
「ヨシヨシ」
「うぅ....」
子供をあやす親御の様に、頭を撫でればエリーも元気に。
料理ができなくてもいいのです。師匠は"焼く"以外の行程を知りません。
適材適所! やれる人がやれば良い! だからボクがお手伝い!
メルも摘んで一言。
「魔性の女ね」
ボクは男だよ?
夕食も出来上がり暇潰しも出来たボクは与えられた天幕で着替えを済ませた。
師匠と2人だけの小さな天幕。本陣のすぐ近くで特別待遇らしい。師匠のおかげかな?
気ままな麻製のチュニックとズボンで外へ出たら師匠命令でメイド服へ交換。魂胆がミエミエです。
その師匠も軍議へ出掛け警戒要員の配置やら交代要員の餞別やらと忙しい。
どうやら夕食は独りで食べなきゃいけないみたい?
配給のポトフを受け取り適当な場所で『いただきます』。
実に質素な料理だけどたまにはいいかな? 献立はポトフと丸いパン。お水は飲み放題。水樽を大量に持ち込めたボクのおかげだそうです。
それでモグモグしてたら喧嘩が勃発。
どうやら冒険者の2人が言い争いを始めたらしい。
聞耳を立てて内容を聞くと、『お前の方が量が多い!』『それは黒巫女様の手作りだろうが!!』『マジカ!?』『むしろ一口食わせろ!!』だって。
ボクのせいみたいに聞こえるのは何故でしょう? 料理を手伝っただけなのに。
大慌てでレンバルトさんとレオンハルトさんが天幕を飛び出して頭を抱える。
冒険者ギルドの職員でホビットのヤームさんが仲裁に入るも役に立たない。
「いいぞ!」
「もっとやれー!」
「おいおいどうした? 男を見せろ!」
煽り始めた冒険者。こういうところは無法者? いえ自由人ですね。
何者にも縛られず己の意思を強調。2人のどちらが勝つか賭け事まで始めた。
う~ん....認識不足だったかな? 少なくともカイ達はこんな感じではないです。普通の人。
「いつもの事よ」
「気にしない方がいいわ」
「まぁそうだな」
ボクの傍へやって来て呆れ顔の3人。
どうやら誰も止めに入る気は無いみたい。
ところで師匠は何処に? 面倒臭がりだけど規律には煩い人ですよ? 正義感は人一倍に強いです。
ついに取っ組み合いの喧嘩へ突入。
ヤームさんも諦めレンバルトさんとレオンハルトさんが帯剣から剣を引き抜こうと柄へ手を掛け――
「はいそこまで。喧嘩はいけませんよ?」
シュパッと飛んで2人の拳を握り包む。
呆気に取られ沈黙。ついでに《魔法箱》から柵切りされたローストビーフを2切れ取り出しそれぞれ口の中へ。
「もう喧嘩したらダメですからね?」
「「(コクコク)」」
有無も言わさずビシッと注意! 師匠なら同じ事をするはず。
お互いに握手をさせてその場から逃走。
師匠は何処へ行ったのかな~?




