第二十八話 ピクニックで出会い
2016.9.9に、加筆・修正いたしました。
1月の第3週木曜日。今日は久々に丸1日自由!
師匠から【オナイユの街】の外出許可も得た。
今のボクに"過ぎた代物"な武器と防具が揃ったからね。って言ったら『相応の代物だぞ? 自分の力量を過信と慢心しないならば、だがな』って師匠からお褒めの言葉とご注意を頂きました。
ああして常にカッコイイ師匠ならいいんだけど....油断すると残念美人さんが顔を出すから困った人だ。
師匠は聖騎士団が大規模な遠征? をするらしくて傍聴者として会議に出席してる。
元剣聖だからね。【聖騎士教会】から正式に申請されて断れなかったみたい。
という訳で、ボクは何も予定は無いし考えなくていいのは久しぶり。
【エルヴィント帝国】の【オナイユの街】へ来てから本当の意味で外出は初めて。
風魔法の《飛翔術》でひとっ飛びして近くの森へ遊びに来た。
門番役の聖騎士さんと帝国兵士さんもボクが治癒術師だって知ってるから魔法を使ってもあまり驚かなかった。
正確には、治癒術師と魔術師はだいぶ違うんだけど...そんな事は些細な事だね。
一般人から見ればどちらも一緒だよ。
お弁当もバッチリ用意して《魔法箱》の中。
装備も一新された今のボクは――
麻製の下着に白銀製の半白銀鎧、篭手、脛当、鉄靴。
赤銅色の火蜥蜴の革を使った腰当にフレアスカート。幾重にも連なる白銀の小札板。
左腰に師匠手作り白銀製の曲剣と、腰後ろに短剣。
上から仕立て直した外套を羽織ってる。
あとはレギン親方の工房で作った投げナイフが3本。右足の太股に収められていつでも投げられる。
革鎧を使っていた以前よりも装備が増えているけれど、白銀は軽いから重さはほとんど変わらない。
しいてあげるなら....投げナイフが一番重いかな? 鋼鉄製の数打ち品だし。予備も沢山《魔法箱》へ仕舞ってある。半ば使い捨てに近い代物だ。誰かに盗まれたら怖いから回収するけどね。
「フンフフ~ン♪」
新式の装備で気分も一新! ついつい鼻歌なんかも歌ってみたり。
しっかり周囲の索敵をしているよ~♪ 耳を澄まして、臭いも嗅いで、気配も探知できる。
でも此処は【オナイユの街】からそれほど離れていないので心配はあまりしていない。
定期的に狩りを行なってるらしいからね~♪ 人口3万人の大きな街。野生の動物を狩ってお肉を調達しないと交易だけで食べてはいけないのだ。
「お! 木苺はっけーん!」
ボクの背丈と変わらない高さの落葉低木。
赤い身が木苺で食べてみれば――甘酸っぱくて美味しい!
これはタルトとかいいかもね~♪
《魔法箱》から籠を取り出し収穫収穫!
取り過ぎてはいけない! 半分だけいただきまーす!
プチプチ千切り籠は一杯。《魔法箱》へ仕舞えば不思議空間で腐る事無くいつでも瑞々しいまま。
不思議だねぇ~? っと。索敵範囲に何者かの気配を感じる。
手頃な木へ駆け登りしばらくすると大猪君の姿が!?
獲物じゃ! 獲物じゃ! わーい♪
《飛翔術》で風を纏い曲剣をスラリと引き抜き空を飛ぶ。
認識出来ない斬り裂く風に大猪君は首を刈られて巨躯を倒す。
「ゲットー!」
手馴れたものだと自画自賛。師匠の下で2年以上修練しているからね。これくらいは容易にできちゃう。
血生臭いのも慣れてしまえば平気平気。
別たれた頭と胴体を《魔法箱》へ。
血抜きしてたら臭いに誘われ何かに襲われそうなそんな予感がしたのです。
う~ん....【オナイユの街】からそれ程離れてないんだけどなぁ....まぁ気のせいかな? でも念の為離れよう。無理は禁物なんだよ~?
てくてく歩いて目に付く物を収穫収穫。
山菜獲りに来ている気分? 命懸けだけど。いや、落石とか考えたら同じ様な物かな? その手の類も気を付けよう。師匠に心配させたくないから。
「おー!」
しばらく歩いて辺り一面、白、赤、紫色の小さな花が咲き乱れる平野に辿り着く。
手入れをされている様子はないけど見事に咲いてる。綺麗だね♪
「ふむふむ。アリッサムかな?」
花弁を手にして品定め。甘い香りが充満していて気分も晴れやか天気も快晴。
これはお昼ごはんを食べるのに絶好のシュチュエーションだ!
斑に咲いている場所へ飛んで行き、《魔法箱》からバスケットを取り出す。
朝に料理長へ断りを入れて自作させて貰ったバゲットサンド! 水筒代わりに水嚢もある! 中身は冷やした紅茶だけどね~♪
【イーム村】の気候に比べて【オナイユの街】は温暖で1月なのに暖かい。北地に行けば寒いらしい。『当分は【オナイユの街】に逗留する』って師匠も言ってた。
まぁそんな事は置いておいて、いっただきまーす!
当然美味しい。ゆで卵、レタス、トマト、ベーコン、チーズにキュウリ。
食べ物の好き嫌いの無いボクだもの。お父様もお母様もそうだった。
唯一というか、とある地方のソウルフードだけは香月家全員が食べられません....口にするのも憚られちゃう!
「良い天気だな~.....」
甘い香りに誘われて、ついついうとうとしてしまう。
ここで寝たら危ないのはわかっているけど暖かくてついね~...
岩肌に座りぶらぶらさせていた足を戻してデザート代わりに木苺を2つ。
甘酸っぱい味覚で眠気を吹き飛ばし紅茶を飲んで探索再開!
良い場所だな~今度師匠を誘って一緒に――なんて考えてたら、遠くの方から金属を打ち付け合う音が聞こえる。
なにやら話し声も聞こえて来て益々怪しい。
外套のフードを被り《飛翔術》で静かに飛び近付く。木々の合間を縫う様に移動して木の上へ着地。
聖騎士さんか帝国兵士さん辺りが狩りでもしてるのかと思ったけれど、どうやら違うようで...
「いちにの――」
「さんっ!!」
醜悪鬼の攻撃を木製の円盾でいなした人間の青年。
掛け声合わせてもう一人の猫人族の女性が立ち代わり片手剣で醜悪鬼を斬り殺す。
周囲を囲む猪頭鬼と醜悪鬼凡そ5体。
後衛役の兎人族の女性が短弓で牽制しつつ前衛2人を援護。
とても良く連携された動き。
パーティを組むとこういう感じで戦うんだね。
身形は青年が半鋼鉄鎧と各種革製の防具に円盾と武器が片手剣。
猫人族の女性は胴だけ軽装革鎧であとは青年とまったく同じ。
兎人族の女性も革製の装備で武器だけ短弓。
ふむふむ。様子見してわかった事は聖騎士さんや帝国兵士さんじゃない。
普通の一般人だ。装備も普通に売ってる物だからね。
なんていうんだっけ.....そうそう冒険者。ならず者が多いとか自由人だとかなんとか師匠から聞いた気がする。
楽しそう。ボクも師匠によく戦わされたなぁ...醜悪鬼と猪頭鬼。
特に猪頭鬼は嫌なイメージしか沸かない。女性を攫って子供を産ますとかボクの片手剣を割られたり。最低だよ?
それで――大丈夫なのかな? この人達。
魔物の増援が続々と集まって来てる。これだけ大きな音を出して血臭を撒けば魔物も集まって来るのは当然だ。
何度も経験してるから良く知ってる。師匠はワザと集めて修練させたくらいの人だもの。
そろそろ兎人族の女性が持つ矢筒が空になるよ? 押し切れる? 助けた方がいいのかな?
でも確か『敵を横取りするのはいけない』って師匠が言ってなかった?
う~ん....こういうとき師匠にどうすればいいのか教わっておくべきだった。
とりあえず少し離れた後衛役の兎人族の女性に声を掛けてみよう。
ストンと音を立てて木から降り、後ろから近付くと驚くだろうから横から接近。
ワザと音を沢山鳴らして近付いたのに気付かない....どうやら戦闘に不慣れな様子?
「あの、すみません」
「キャァ!? な、なに!? だれ!?」
弓を向けられボクも驚く。
「ワッ!? 撃たないで!! お、驚かせてすみません。お手伝いが必要かと思ったので声を掛けました」
「そ、そうなの? 驚かせないで! 見てわかるでしょ! "猫の手"も借りたいくらいよ!」
「"猫"ならここにいるぜ! 手伝ってくれるならぜひ頼む!」
「誰がネコよ!」
アレェ? 余裕そうだね? こんなやり取りしてるし。
戦闘に不慣れだけど場慣れしている感じかな?
うぅむ...体捌きが適当過ぎる。荷重移動も大雑把。
わざわざ敵の攻撃に付き合って武器を打ち付け合うと、磨耗が激しくて鋼鉄製の武器はすぐに折れちゃうよ?
見たところ他に予備の武器は持ってないみたいだし....危ないよ? 素手で戦えるなら別だけど。
「ごめんね、手伝ってくれるならぜひお願い!」
「わかりました。それではお邪魔しますね」
師匠に教わったやり方で戦闘のスイッチを入れる。
曲剣と短剣を抜き手近な敵――猪頭鬼へ疾駆し両手を掻い潜り喉下を突き刺し絶命。
2mを越える体躯が後方へ倒れボクはそのまま勢いを殺さず前転からの疾走。駆け抜け様に醜悪鬼2体を両断し、目的の猪頭鬼へ肉薄。
振り下ろされる戦斧。打ち合わせる様なバカな真似はせずに、引き付け避けて曲剣で頭を落とす。
戦果を見ずに次ぎの獲物へ。
索敵範囲内に集まった敵は残り8体。
そのうち2体の醜悪鬼と彼等は交戦中。
それなら――
「シッ!」
三角飛びの要領で木の幹を蹴り飛び回る。兎人族の女性を狙った猪頭鬼の頭部へ投げナイフを投擲。
風切り音を鳴らして予測通りの軌道を描き、投げナイフは猪頭鬼の眼球を突き刺し脳汁すら吹き出して倒れた。
かなり勘を取り戻してるね。これも師匠の修練の賜物だよ。
「ちょっこの!」
「やべぇ!」
醜悪鬼2体を倒した彼等の前に、残存する猪頭鬼が襲い掛かる。
もちろんボクは予想していたからそこへ現れた。
「ハァァァァァァ!!」
囮な彼等へ攻撃しようとして背後を取られた5体の猪頭鬼。
木の上から着地と同時に回転斬り。
曲剣ならではの円運動に巻き込まれ、ついでに《風の魔法剣》で切れ味抜群。
槍の木の柄も骨も肉も斬り裂き吹き上がる血潮。
どこから持ち出したのかわからないナマクラな錆びた剣も一緒に斬って魔物は命を失った。
気分爽快? 微妙かな。全員血塗れだし。
投擲した投げナイフを回収しながら虫の息の醜悪鬼を殺した。
見慣れた光景。嗅ぎ慣れた臭い。斬り慣れた感覚。
『殺らなきゃ殺られる』
そう師匠に教わり実際ボクもそう思う。
魔物はボク達を餌程度にしか思ってない。だから奪い殺し喰らう。
弱肉強食が世の常で、この世界では顕著な事。
それでも怖い時はあるから....師匠に甘える。
「いやぁ、アンタつえぇな!」
二剣の血を振り払って落としたボクへ話し掛けてきた人間の青年。
ボクはフードの隙間から顔を覗く。
「そ、そうね...助かったわ。まぁ私が本気出せばあんなの軽いけどね!」
強気の発言をしているのは猫人族の女性。
どうみても強がり。肩で息してるのがバレバレですよ?
兎人族の女性は使えそうな矢を回収していた。
「そうなんですか? それは邪魔をしてしまったみたいですみません」
「エッ!? ちょ、ちょっと言いすぎたわ....」
ふむ? 悪い人じゃない。アレですね? 師匠と同じツンデレさん?
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、お邪魔してしまったみたいで」
「私はメル。そこのデカ物はカイと猫のエリーよ」
「おい! デカ物ってなんだよ!」
「猫じゃないわよ! この兎!」
言い合う3人。とても仲が良さそう。
連携も上手だったからパーティを組んで長いのかな?
なんて面白い人達だろう。
「あははは!」
「「「はははは!!」」」
ボクが笑い出すと釣られて3人も笑う。
緊張の糸が解けた。そんな感じ――
「ん~?」
その時、森の奥から怪しい気配を感じた。
ボクは身構え索敵を開始する。何かが近づいて来てる。
「なんだ!? どうしたんだ!?」
「敵よ!」
エリーも気付いたみたい。カイは索敵に慣れてないっぽいね。
メルはエリーの言葉を聞いて距離を取り弓を構える。
聞こえて来る足音と震える大地。
どうやら大物が近づいて来てるらしい。
木々が数本薙ぎ倒されて鳥達が大空へ避難。
そうして徐々に姿が見えて――
「やっべぇんじゃねぇか!?」
「逃げる準備をした方がいいわ....」
只事ではない雰囲気に呑まれ怯えるカイ。
エリーがそう発言すると敵が視認出来る距離まで近づいてきた。
大きい。3m....いや4mはあろうかという、全身を鉄で纏った猪頭鬼。
って猪頭鬼? 全身鉄鎧の?
「なんだ猪頭鬼王か」
拍子抜けしたボク。アレは以前倒した事がある相手で力量も高く無い。
せいぜいちょっと力が強いくらいの猪頭鬼だよ。
「「「ハァ!?」」」
「エッ?」
「アンタバカじゃないの!? 猪頭鬼王は、めちゃめちゃ強いのよ!!」
「はぁ.....」
師匠の百万分の一くらいの強さだと思うよ? 今のボクが楽々倒せる相手だし。
どうやらボクが適当に返したのが癪に障ったらしくエリーが怒り始めた。
「ムキィ!! 何なのよ!! アンタ!!」
『ムキィ』だって。お猿さんみたいだよ? 見た目が猫なのに。
「に、逃げるぞ!!」
「そうね!!」
「ほら!! グズグズしない!!」
弓を射る為に後方待機してたメルまでやって来て大騒ぎ。
その間も猪頭鬼王はこちらへ全力疾走中。お供に猪頭鬼を引き連れて。
逃げる相手でもないんだけど....師匠があの勢いで迫ってきたら逃げるかもしれない。
まぁ絶好の復讐の機会だからボクは倒すよ。
そうだよね? 短剣君。
亡き片手剣を思い浮かべ呪文を紡ぐ。
「巻き起こりしは風の渦! 舞い上がりしは竜巻! 《風竜嵐》」
鉄人形の大軍団を屠る力を持つ風竜の魔法。
師匠が持ってた魔法書にすらその名前は載っていなかった。
きっとドラゴンの契約者だけが行使できる特別な魔法なんだと思う。
現にこうして――
駆ける猪頭鬼王の真下から真上へ向かい巨大な竜巻が舞い上がる。
追随して走っていたお供の猪頭鬼を巻き込んで、風の刃がその身を切り裂く。
さらに竜巻は木々を揺らして枝葉が吹き飛び血色に染まる。
原型を留めていた猪頭鬼も木に激突して潰れ、一際高く巻き上げられた猪頭鬼王が最後に頭か地面へ落下し鈍い音を鳴らして動かなくなった。
「こうなるよね」
目の前の惨状に頷く。伊達に風竜の名前を冠している訳じゃない。強い! 消費した魔力も普通の魔法に比べて多い!
多用はできないけど起死回生の一撃としては大満足かな? ムッ! 葉っぱがフードの中へ侵入して来た! まったくもう....
フードを脱いで髪も外套から外へ出す。吹き上げられた葉っぱ君が髪に絡んでイタタ....
「マジカ....」
「可愛い....」
「天使みたい」
えっと...何事ですか? 何処に天使が!?
振り向き空を見上げても翼の生えた天使は居ない。
こっそり精霊の姿は見えました! 風の精霊君じゃなかったけど。
まぁいいよね。とりあえず生き残りが居ないか確認しないと――
しぶといのね? 猪頭鬼王って。首を折られても生きてると思わなかったよ。とりあえずさようなら。
短剣で首を落とし仇討ちも終わり。周囲を見渡して生存する魔物も居なかった。
風竜また出て来ないかな? ごはんをご馳走する約束が果たせないよ。
あっ! 背中に乗せてくれないかな? 頭でもいいんだけど....夢があるよね♪ ドラゴンライダー! なんてね♪
「あ、あの....」
「なんですか?」
「アナタはいったい....」
不思議なモノでも見ている視線。
メルはそんな様子でボクに話し掛けてきた。
兎耳が垂れてて可愛い。つい笑みを零してしまいメルが真っ赤に染まる。
「結婚してくれっ!!」
「「「......」」」
エット....ナゼボクは同性から求婚されたのでしょうか?
それも脈絡も無く突然に。何を考えてるの? バカなの?
「カイ!! 何言ってるの!? 本当に....いつもいつもいつも!!!!」
「い、いてぇ!?」
「当然でしょ!! このバカ!!」
「ウゥゥゥゥゥゥ!!!!」
エリーが叫びメルがカイをタコ殴り。
低い呻り声が地味に怖いよ? でも止めません。やっちゃえー!
「ありがとう、エリーさん」
「エッ!? べ、別にお礼を言われる事じゃないし....」
可愛いね? 照れてモジモジしてるところなんて特に。
尻尾もクネクネ曲がってつい掴んでしまいそうになるよ?
「ところでこの魔物どうしますか?」
「使えそうな武具と討伐部位を剥ぎ取って、持ち帰る分の素材を集めますよ」
「ギルドで換金できるのよ」
なん...だと...!?
「....つまり魔物は"売れる"という事ですよね?」
「え? ええそうよ? 冒険者ギルドへ行けば大体売れるわよ? さすがにこの量を4人じゃ持てないけどね」
驚愕の事実。
ボクは知らなかった。そして師匠も教えてくれなかった。
魔物が売れるならいくらでも稼げるじゃないですか。今まで狩った魔物っていったい....何が『倒した魔物は肉食獣が食べるから問題無い』ナンデスカ!?
売れるんだったらもっと沢山料理の材料を買えたじゃないですか!
チマチマ屋台でオーブン基金なんてやらなくても稼げるよ!?
ムカァァァァァ!! これは"オシオキ"決定ですね!!
「あ、あの....」
「なんですか?」
真っ直ぐにエリーの瞳を見詰める。
赤く染まった頬に盛大に振られる尻尾。
ついにレジーナを越える逸材が登場した。
「その...な、名前聞いてなかったから....」
「ボクの名前はカオル。よろしくお願いしますね? エリーさん」
ゆっくりと手を伸ばしエリーと握手を交わす。
固まって動けないエリーへ向けて微笑むと――超高速で揺れる尻尾が!? なにこれおもしろい!!
「さ、さんはいらないから....『エリー』って呼んで.....」
「エリー」
どことなく師匠に似ているエリー。
悪戯心を擽られて、耳元近くで名前を囁いてみたら後ろに倒れた。
「ちょっと!? エリー重い!!」
「『重い』とか言うなー!!」
丁度エリーの後ろに居たメルが支え2人の喧嘩が始まる。
カイは伸されて伸びてる。メルは格闘術でもやっていたのだろうか?
顎に痣が....クリティカルヒットした?
「よかったら魔物はボクが運びましょうか?」
「エッ!? 運ぶ!?」
「はい。コレがあるので」
中空に《魔法箱》を浮かべ状態の良さそうな魔物と鉄製の武具を仕舞う。
猪頭鬼王も入った。箱の口が大きく広がって丸呑み。
摩訶不思議な代物だね? 魔法だから当然かな。
「《魔法箱》.....初めて見た....」
「ああ、すげぇな....」
「カオルは高位の魔術師なのね....」
「そりゃそうだろ? さっきの魔法なんて見た事ねぇぞ?」
「え、ええ....そうね....」
「私も攻撃魔法なんて初めて見たわよ」
貴重で希少な魔術師。師匠ですら《魔法箱》を持ってないからね。お金が無かっただけみたいだけど。
あのお酒に費やすお金があれば買えるはずなのに....残念美人め....やっぱりオシオキだよ....
「お待たせしました。状態の良い物だけ仕舞いましたが、これからどちらへ行かれるのですか?」
「あ、ああ。俺達は【アンエ村】から【オナイユの街】へ帰るところだったんだ」
「そうなんですか? でも、なんでこんな街道から外れた場所へ? 遠回りですよ?」
ボクは《飛翔術》で飛んで来たから此処まで来れた。
普通に街道沿いを歩いていてこんな場所まで来れないと思う。
「それはそこの猫が剣を新調したから『試し切りをしたい』とか言い出してね?」
「いいじゃないのよ! まだ手に馴染んでないんだから!」
エリーが腰に差した片手剣の柄へ手を添える。
ああ、試し切りしたい気持ちはよくわかる。
だけど手に馴染まない? ボクの剣は片手剣もそうだけど、今腰に帯剣した2本共持った時から手に吸い付くように振るえたよ?
「あの....エリー? ちょっと剣を見せてもらえますか?」
「いいわよ。その代わりカオルの剣も見せなさいよね」
「はい。いいですよ」
交渉成立。エリーの片手剣を手渡されて品定め。
まず重い。鋭さも無い。柄の握り具合も手の小さいボクに合わない。
しかもコレ――鋳造品? 刃の形状も歪んでるし、切れ味もすぐに落ちると思う。というかよく折れなかったね?
あんな風に打ち合わせて戦うと、師匠なら一撃で圧し折るよ? もちろんボクも圧し折れる。
いくらしたのかわからない。ただナマクラだよ? もう少し見る目を養った方が今後の為にもいいかと....
「どう! 重くて良い剣でしょう! 私が選んだのよ!」
誇らしげに薄い胸を張られてもなんと言い返していいものか。
まさか『微妙です』なんて言えるはずもなく『そうですね? さすがエリー』と引き攣った笑みで返した。
彼女の今後が心配です。大丈夫かな? 冒険者....
「ではボクの剣はコレです」
師匠作の愛剣を引き抜きエリーへ手渡す。
白い剣身の曲剣。ボクの身体に合わせて師匠が拵えてくれた大事な物。
素材も高価で簡単に買うことなんてできない。
ボクだけの剣。手渡されたエリーが凍り付くくらいに。
「カオル!? アンタこれ....白銀じゃない!? どれだけ高いか知ってて使ってるの!?」
「はい。ボクの師匠が作って下さった大切な剣なんです」
「....立派過ぎて私達では評価すらできないわね」
「....ああ」
メルとカイもエリーと同様に驚いてくれた。
震えるエリーがそれはそれは丁寧に曲剣を返す。
まぁ流石に『家が建つ』程高価じゃないと思うよ? たぶん。
「それじゃ帰ろうぜ! いい加減腹減ったよ...」
カイを先頭に帰路に着く。
森を抜ける途中でふと気付いた。
ボク達は返り血を浴びて真っ赤か。ドロだらけでとても汚れた格好。
家事マスターとして許せない。ボクの新品な外套が薄汚れているなんて許せないよ!
「《浄化》」
「ん? カオル、なんか言った?」
ボソリと呟き魔法を発動。けれどエリーに聞こえたみたい。
メルを挟んで距離があるはずなのに良く聞こえる耳をお持ちだね?
「いいえ? エリーの尻尾が可愛いなと言っただけですよ?」
「へっ!?」
質問返しに悪戯を込めて。驚き立ち止まったエリーをメルが引き摺る。
師匠並のチョロさ? ああ見えて師匠はチョロくない時があるから違うかな? 修練中とかキリッとしててカッコイイし――
「ねぇカイ? 私達さっき戦闘してたわよね?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「返り血浴びたわよね?」
「そうだな。俺がこうズバッと醜悪鬼を斬ったぜ!」
「はぁ!? 私の方がズババッと斬って斬って斬りまくってやったわよ!」
「ああ!? 俺の方が多かったぜ!!」
「私よ!!」
「どっちでもいいわよ。私は"何で汚れてないのか"不思議に思っただけよ」
エリーの狂戦士発言はさて置いて、メルは勘付いてしまいましたか。
せっかくボクが師匠の良い所を改めて再確認していたのに。
街道へ出た瞬間足を止めてお互いを見やる3人。
どこも泥跳ねなんて無ければ返り血なんて以っての外。
《浄化》で洗濯したからね。服も身体もぜーんぶ。身奇麗にするのはマナーです。魔法って素敵!!
「ムグッ!? モグ――」
勘の良い子を黙らせる為に《魔法箱》から昼食の残り、バゲットサンドを取り出しメルの口へ押し込む。
水嚢も一応預けて、帰りましょう? 遠くに【オナイユの街】の外壁も見えるし。
「ちょっ!? 俺のは!?」
「私のも!!」
「もう無いですよ~♪」
先行くボクを追い掛ける3人。メルとエリーが水嚢から冷えた紅茶を飲んで驚き、『カイは男だからダメ!!』とお説教。
なにやら『間接キス』がどうのこうのと....それを言ったらボクも男なんだけど....見た目で得してる? 得かどうかは人によるよね。
帰り道で色々話した。
カイとメルとエリーの3人は同い年の幼馴染で【オナイユの街】に住んでるんだって。
小さい頃から冒険者に憧れ1年ほど前に冒険者登録した。
『なんで冒険者を目指したの?』って聞いたら『手っ取り早くお金が沢山稼げるから!』なんて満面の笑みで返された。
そうだよね。魔物が売れるんだものね。討伐部位って言う物――醜悪鬼とか猪頭鬼は耳――をギルドへ提出すれば、討伐クエストなるモノが完了して報酬が出るそうです。
他にも敵の得物を鍛冶屋へ売ったり、剥ぎ取った皮や牙とかもギルドで買い取ってくれるとかなんとか。
『手っ取り早く』稼げる理由がよくわかる。1体倒しただけで色々な素材として売れちゃう。食用にしている野生動物以上の対価を得られる訳だ。
「それにしても....カオルはホントに強いわね?」
「だなぁ。俺達の何倍も強ぇ。なんか秘密でもあんのか?」
日差しがキツクてフードを被り直したボク。
秘密と言えばやっぱり――
「ボクの師匠のおかげです。師匠はボクの何十倍も強いですよ?」
「な、なな、何十倍も強ぇのか....バケモンじゃねぇか.....」
「でも会ってみたいね?」
「うん。私も....教わってみたいかも」
ふむ? 今のエリーだと初期のボク並だからたぶん"アレ"をやらされるよ?
ナイフ1本手渡されて『今から2日間山で狩り三昧だ!』なんて言われて....防具も無しで死ぬかと思ったよ?
しかも『三昧』の意味がおかしい。
精神を集中して雑念を捨て去る事でもなくて、一心不乱に戦う事でもなくて、やりたい放題しなさいって意味じゃない。
師匠が"美味しい物を食べたい"から狩りまくれって意味なんだよ? 最初だけ料理してたけど、最終的に料理もボクがしてたよ?
血泥塗れなんて通り越して身体中ベッタベタだったよ? 何度川に飛び込んだ事か....思い出すのも怖い....
「おう! おめぇら! クエストは無事に終わったのか?」
【オナイユの街】へ無事に帰還。
門番役の帝国兵士さんがカイ達を見付けて話し掛ける。
徴税官さんは――住民だから入街税掛からないの? ずるくない? 未成年のボクも掛からないからいいんだけど。
確かに薬草を摘みに出掛けたり食材を獲りに出掛ける度に税金を払っていたら破産しちゃうものね。
そのくせ荷馬車は課税対象なんだ。ああ、荷物に税金掛かるのね? 当然と言えば当然か。行商さんの生業だし帝国も治安維持にこうして兵士さんを派遣してるんだから。
「おう! おっちゃんは心配し過ぎなんだよ!」
「あったりまえでしょ!」
「無事に戻れました」
「そうかそうか!」
カイの頭を撫でて笑う帝国兵士さん。
他の聖騎士さんや徴税官さんも和やかな雰囲気。
どうやらカイ達は【オナイユの街】で顔を知られるくらい長く暮らしてるみたい。
こっそりメルが『私とカイの両親が冒険者ギルドへ勤めてるんです』なんて教えてくれた。
どうやら表情から読み取られてしまったらしい。
独りでボーッとしてたからね。
「お? なんだ? パーティメンバーが1人増えたのか?」
「違いますよ? たまたま近くで会っただけです」
フードを脱いで顔を見せニコリと笑顔で答えてみる。
ボクより30cmは身長が高い帝国兵士さんに顔は見えなかったから。
「く、くく、黒巫女様!?」
う~ん....出会う人は大体ボクを見てそう呼ぶね?
今の【オナイユの街】でボクを知らない人が居るのだろうか?
徴税官さんが拝んでる。ご利益は無いから止めたほうがいいかと思います。
「『黒巫女様』って何の事だ? おっちゃん」
「おめぇ知らねぇで一緒に居たのか!? いいか? よく聞け?
黒巫女様はな? 暴れ馬に轢かれた重傷の子供を無償の愛で癒し、愛くるしいその御姿で俺達に料理を振舞ってくれる、超絶美少女"黒髪の巫女様"なんだぞ!」
「「「....」」」
無言でボクへ視線を移す3人。
一部事実だから何も言えない。
というか、愛愛言い過ぎじゃありませんか? そもそもボクは男ですよ? いい加減一人称『ボク』に気付いてください!
苦笑いで答えたボク。
何とも言えない雰囲気に包まれ動こうとしない3人。
どうしたものか? と悩んだその時、大通りから名前を呼ばれた。
「おーい!! カオル!! 今帰ったの...か....」
「あ、師匠」
振り向けばそこに金色の髪に青い瞳。真っ赤な騎士服姿で帯刀した美人なエルフが。
もちろんボクの師匠で物凄く強い人。いつか並び立てる男へ成長したいな♪
「かおるぅぅぅぅ!! また浮気か!? 浮気なのかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
猛然と走り始め周囲は大注目。
師匠はボクへドカンッと激突からの両肩を掴んでガクガク揺さぶる。
「い、イタッ!? し、師匠!? 力の加減を――」
「ウワァァァァン!! 浮気なんだな!? また....ウワァァァァン!!」
どうやらボクの言葉は耳に届いていないらしい。その長い耳は何の為にあるの!?
痛いですって!! あと恥ずかしいからそんなに泣き付かないでください!! 元剣聖なんでしょ!? 赤い騎士服は目立つんですから!!
気まずい空気と師匠の迫力に圧倒されて、外門付近はしばらく膠着していた。




