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第二十七話 家族

2016.9.9に、加筆・修正いたしました。


 防具が完成してから2日、ボクはいまだに悩んでいた。

 ここは、師匠と借りている宿屋の一室。

 テーブルの上には金物屋のシルさんから譲り受けた包丁が置いてある。

 ボクが落ち込んでいたからか、治癒術師のカルアや宿屋のレジーナが時間を見つけては遊びにきてくれた。

 落ち込んでいる理由を話すことはできないけれど『何かあればいつでも手を貸すからね?』と心配してくれて....

 いくら感謝してもしたりないくらい嬉しい。


 でも、これはボクの我が侭なんだ。

 ボク1人でやらなくちゃいけない。

 ぶっきらぼうに包丁をボクに手渡し『使ってやってくれ』って言ったシルさん。

 あの時に感じた何かが今ではわかる。

 ボクも両親を、家族を突然亡くした。

 シルさんはボクの何倍も辛かっただろう。

 自分で作った剣で家族を失ったんだから....


 なにをしてあげられるだろう?


 ボクが何かをすることはたぶん自己満足なんだ。

 それでも何かしてあげたい。

 家族を失う寂しさは、ボクにだってわかるから。

 ボクの周りには師匠がいて、カルアさんがいて、風竜だってボクに優しさをくれる。


 ボクも.....そんな人になりたい。

 誰かに優しさを分けてあげられるような、そんな人になりたい。


 テーブルに目を向ければ木目模様(ダマスカス)鋼の包丁が鋭く光を反射していた。


 シルさんの奥さん。どんな人だったのかな?

 娘さんはどんなにかわいい子だったのだろうか?

 どれ程までに....深い繋がりを持つ家族だったのか....


 考えれば考えるほどに沈んで行く感覚。

 答えの出ない問題で、ボクが立ち入っていいのかわからない。

 手段を間違えればシルさんを悲しませるだけ。

 そうしたくないからこうして悩む。

 身勝手でごめんなさい。でも『そうしなさい』って囁くんです。

 その相手はたぶん――



 ボクは《魔法箱(アイテムボックス)》に包丁を仕舞い街へと出かけた。

 向かう先は鍛冶ギルドの近くにあるレギン親方の工房。

 道行く人と挨拶を交わし晴れぬ想いを胸に扉を叩いた。


「はいはーい! いらっしゃいませー! って、カオルさんでしたか」

「こんにちは、ニールさん。レギン親方はいらっしゃいますか?」

「居ますよ~? 『カオルさんでしたらいつでも中へどうぞ』と言い付かってます」

「そうですか....それでは失礼しますね....」


 奥へ案内され、そこには槌を片手に鉄を叩くレギン親方の姿が。

 鍛錬中だったので邪魔をしないよう壁を背にして待った。

 鉄を叩く音。伝わる熱気。吹き出る汗を拭うレギン親方。

 シルさんもああして木目模様(ダマスカス)鋼を打っていたのだろう。

 金属と対話し自分のイメージを形にする。

 叩いて伸ばして折り返す。何度も何度も繰り返し、鋼は不純物を取り払われて強度を増していく。

 いらない物といる物と、取捨選択をする訳だ。


「ん? なんだ。嬢ちゃんじゃねぇか。居たんなら声掛けりゃぁいいのに」

「すみません、突然お邪魔してしまいまして。お仕事中だったのでお待ちしてました」

「そうかそうか」


 一段落ついたレギン親方。

 『ガハハ』と笑い椅子を用意してくれる。


「それで? どういう用件でぇ?」


 ニールさんがお茶を淹れてくれ2人で簡素なテーブルを囲む。

 何を話せばいいのかわからない。

 それでもボクの気持ちを話さなきゃ。

 ややあっておずずと口火を切った。


「実はシルさんのことです」

「なんでぇ....まだ諦めてなかったのか....」

「はい。自己満足だなんて十分承知しています。でも、ボクは――ボクはどうしても何かしてあげたいんです」


 胸の前で拳を握り想いの丈をぶつける。

 (わだかま)りと失くしてしまった大好きな家族。

 交錯する様々な感情。哀れみなんかじゃない。ボクが抱く想いは同じ境遇から来る同類のモノ。

 他ならぬボクだからシルさんの気持ちがわかる。

 失い孤独に恐怖したボクだから。


「そう、か。悪戯にあいつの傷を抉ろうって訳じゃねぇんだろ? それでなんか手があるのか?」

「実は――」


 ボクは思い付いた事を伝え、レギン親方はそれに協力してくれる事となった。






















 レギン親方の協力を得られ宿屋へ帰る。

 複雑な顔をしていたよ。きっとボクも同じ顔だった。

 やるせない思い。でも笑って『任せた』と言ってくれた。


 あれ? 宿屋の前で師匠が仁王立ちしてる。


「師匠? 今日で聖騎士団の稽古が終わったから、『みんなで酒場に行く』って言いませんでしたか?」

「そうだ。だからカオルを迎えに来た。着いて来い」

「エッ!? ボクもですか?」

「ああ」


 そう言って歩き始めた師匠。ボクは慌てて着いて行く。

 大通りを曲がり【オナイユの街】の西側へ。始めて来る場所。

 【聖騎士教会】の教会と礼拝堂は街の中心だし、聖騎士団詰め所もその隣。

 レギン親方がいる鍛冶ギルドの工房は街の東側だ。


 細い通りをいくつか抜けて、大きな建物に辿り着く。

 中から陽気な笑い声や歌声が聞え、此処が酒場なのだろう。

 入り口に屈強な人間(ヒューム)の男性が帯剣姿で立っている。

 おそらくガードマンみたいな職業かな? 身形もそれなりで防具を装備してる。


「では入るぞ」


 師匠に続いてボクも店内へ。木製の扉の先は宴会真っ最中。

 テーブルに上がり踊るドワーフ。竪琴(リラ)を抱えて音を奏でるエルフの青年。

 ガヤガヤとした喧騒に包まれちょっと気圧された。途端、静けさが訪れた。


「「「「「ッ!?」」」」」


 一斉に息を飲み視線がボクへ集中。

 慌てて振り向くけれど誰も居ない。師匠の顔を見上げニコッと笑われた。


「大丈夫だ」


 むぅ....何だがアウェーな感じです。

 『こんな時間に子供が酒場に出入りするんじゃない!!』って事なのかな?

 よくわかんないや。とりあえずボクも笑顔を作りメイド服の裾を摘んで会釈した。

 挨拶は大事。師匠も喜んでくれるものね。


「「「「「オオオオオオオ!!!!」」」」」


 地響きの様な大歓声。変態予備軍の聖騎士達の姿が思い出される。

 白いブラウスの裾を下着と勘違いしたり、変態的な行為をしていた。

 やっぱり憲兵さんへ突き出す案件じゃないかと思う。

 クレープ屋台に並ばなかった実直で真面目な憲兵さんへ。


「カオル? こっちだ」

「はい」


 なぜか満足そうな師匠の横顔。コレは師匠の策略に嵌ったのかな?

 う~ん...たまに師匠は謎な行動をするからなぁ....

 ちょっとわからないや。


 手を引かれて案内されたテーブル。

 合計4つに別れた集団は紛れも無く聖騎士達。

 全身鉄鎧(フルアーマー)姿じゃなくてもわかる。

 鋭い眼光。瞳の色。ゴツゴツとした手に剣ダコができてる。それも長い年月を掛けて築きあげた証なのだろう。


「「「「「......」」」」」


 沈黙してボクを見てる聖騎士達。

 そして見付けた。お前はボクの白シャツを下着と勘違いしてトイレに行こうとした変態予備軍だな! 心的外傷(トラウマ)になりかけたんだよ! 責任を取れー!


 ジーっと見返したら大慌てで椅子を用意された。

 怒りが通じたか! と思い気や普通の対応。むぅ.....


「エールをノンアルコールのな」

「ボクは紅茶をください」


 言い付けを守る師匠。

 店員さんが素早く飲み物を持ってきたけど、紅茶じゃなくてリンゴジュースだった。紅茶無いの? 別にいいんですけどね。


 『乾杯!!』の音頭を師匠が取り、ボクも慌ててリンゴジュースを口にする。

 あ、美味しい。ハチミツ入りかな? かなり甘い。

 なんだか知らないけれどやたらとボクに視線が集中するので師匠の横で小さくなってた。


 隣のテーブルは騒がしく、ドワーフの一団が陽気に歌い始めお酒を酌み交わす。

 ジッと待った。『ハイホーハイホー』言い出すのを。

 けれど待てど暮らせど『ハイホー』なんて歌わない。ふむ....やっぱりおとぎ話かぁ。そもそも海賊バイキングじゃないものね。

 そんな事を考えていれば当然目が会い気まずさを紛らわせる為にお互いグラスを掲げてカチンッ! と鳴らしグラスの中身を飲み干し笑う。


 う~ん。最初は怖かったけど此処も楽しいところだね。

 高級宿の食堂で歌う宿泊客は居なかった。従業員は歌ってたけど。


 そんなこんなで聖騎士達ともいつの間にか打ち解けて色々な話しをして師匠といっぱい笑い合った。

 不思議な事に師匠はどれだけ飲んでもお腹が出ない。ボクも不思議な身体だから人の事は言えない。

 やっぱり師匠と一緒が一番楽しい。


 『家族』と呼んでくれたから....家族....かぁ....

 シルさんにも家族は居た。そしてレギン親方も家族だ。

 それでも失ってしまった家族....きっと寂しいよね?


 ボクは寂しそうに独りで居るシルさんを想像した。






















 翌日。師匠は聖騎士団の稽古も終わり朝からずっとボクと一緒。

 食堂の調理場も借りてアレコレしてきた。

 そしてボクは前日約束した通りの時間に大通りでレギン親方と合流した。


「カオル? 何をするのか決まったんだな?」

「はい」


 ボクの意思は固まった。あとは一歩踏み出す勇気。

 それも師匠が居るから大丈夫。きっとボクの願いを叶えてくれる。

 掛け替えの無い家族だから。


「そんじゃ....早速行くとすかねぇ....」


 レギン親方を先頭に、師匠とボクが後へ続く。

 時間はお昼の少し前。朝の喧騒も落ち着き、もうすぐ昼の喧騒が訪れる。

 手に持つ籠を思わず抱き締め、師匠が優しく手を握る。


 見えて来た目的地。


 先週はボクの戦場があったその場所の隣。

 クレープ屋台は閉まっているけど、金物屋は今日も営業していた。


「おぉい! シル! いるかぁ!?」


 大声自慢のレギン親方。

 当然お店が開いているのだからシルさんは居る。

 奥からブツブツと文句を垂らして姿を見せた。


「うるせぇなぁ....」


 物臭そうに頭を掻いてレギン親方の後にボクと師匠を見て驚く。

 寝惚け眼が見開く瞬間、シルさんの瞳にボクは映った。


 始めよう。ボクのお節介と我が侭を。そして気付いてください。ボクもシルさんと同じなんです。


「で、兄貴? 何の用だ?」

「この嬢ちゃんが話しがあるんだってよ! ちと聞いてやってくれや!」


 不器用な兄弟の会話。レギン親方は今のシルさんを『どう扱っていいのかわからない』らしい。

 散々話してかつての2人が仲良しだった事は聞いている。

 だから戻りましょう? 形だけの兄弟じゃなくて昔の様に本物の兄弟へ。


「シルさん。先日は大変貴重な物をいただきありがとうございます。ですが、理由も無く受け取れません」


 籠から受け取った時のままの包まれた包丁を取り出し手渡す。


 シルさんは「ん....」と考え込んだ。

 そこで考えさせてはいけない。ボクは話を続ける。


「実は、その包丁がどういったものなのか、ボクは"興味本位"でシルさんのご兄弟であるレギン親方から"無理矢理"聞き出しました」


 表情を曇らせシルさんの目に殺気が篭る。

 ごめんなさい。でもワザとなんです。シルさんが怒るようにボクが仕向けた話し方をしているんです。


「....始めは小さな違和感でした。シルさん? 貴方がボクにこの包丁を渡した時、なんて言ったか覚えていますか?」


 努めて静かに冷静に。ここで焦ってシルさんが逃げたらボクの想いは届かない。

 ゆっくり。慎重に。頑張れ! ボク!


「こう言われたんです。『使ってやってくれ』って.....ボクはソレを聞いてどうしても気になりました」


 視線を外そうとするシルさん。

 ボクは追い掛け逃がさない。


「そしてレギン親方へ辿り着き、この包丁が亡き奥様の物だとわかりました。

 その話しを聞いて、なぜボクが違和感を覚えたのかわかりました」


 あの時から聞こえる囁き。『前へ進んで』とボクには聞こえた。

 誰の声かわからない。だけどたぶん――


「ボクも.....」


 まだ泣くな! ボクも前へ進まなければいけない!

 過去と決別するんじゃなくて、過去を受け入れて生きるんだ!


「ボクも.....家族を....両親を亡くしています」


 必死で言の葉を紡ぎ師匠に今すぐ縋り付きたい気持ちを抑える。

 大丈夫。師匠は後ろで見守ってくれて、『頑張れ』って応援してるから。


「お父様とお母様が亡くなった時、ボクはどうしたらいいかわかりませんでした。叔父や叔母、親族はボクを恐がり邪魔者扱いしたんです。

 葬儀に参列した記憶もありません。お父様とお母様の死に顔すら見れませんでした。あの時のボクは現実を受け入れられなかった。

 これは幻で、いつか両親が帰って来るなんて幻想を抱いてずっと1人で家に閉じ篭りました。

 1人になると、悲しくて、寂しくて、いっぱい....いっぱい泣きました」


 師匠の手がボクの頭に伸びて来て――グッと堪え戻って行く。

 ありがとうございます。今触れられたらボクは甘えてしまう。背中を押してくれたんですね?


「.....それでも....それでもボクは師匠に会えました。強くて、優しくて、カッコ良くて、美人で....ボクを支えてくれる素敵な人に出会えたんです」


 師匠へ顔を向ければいつもの様に微笑んでくれる。

 小声で『頑張れ』って言ってくれた。


「シルさん。知っていましたか? 貴方の周りにも優しい人がいっぱい居るんですよ?」


 レギン親方が頷いて答える。


「黒猫通りのミント亭の料理長は、この包丁を見て『あいつが人に刃物をやるなんてなぁ...』って心配していました。従業員のレジーナだって心配していました。それに....

 レギン親方が、誰よりも一番心配なさっていますよ」

「シルよぉ。おれぁこういうの苦手だからよ。あんま言わねぇんだが.....おめぇが不貞腐れてると酒が不味くなるんだよ。死んじまった者は帰っちゃこねぇ。だからよ? 家族のこたぁ忘れずに思っておけ。ただよ。おめぇが笑ってねぇと死んだ者も安心して眠れねぇぞ?」

「兄貴....」


 見詰め合う2人の兄弟。

 同情ではなくレギン親方は寂しかった。シルさんが打ちひしがれている時に何もしてあげられなくて。

 ぶっきら棒で職人気質のレギン親方とシルさん。通じ合うモノはあっても言葉が足りない。

 その結果がこの状況である意味疎遠な状態。

 でもこれからは違う。2人はお互いの思いを口にして泣いて抱き締め合えた。

 かつての兄弟に戻れたんだ。


 これでよかったんだよね? ボクは間違っていないよね?


 返答があるはずもないのにシルさんが手にした包丁へ語り掛けた。











「すまねぇな。ありがとう」

「嬢ちゃんありがとうな!」

「いえ...ボクは興味本位に聞いてしまっただけです。こちらこそ、すみません」


 和解し兄弟仲も取り戻したレギン親方とシルさん。

 なぜかお礼を言われて3人でペコペコ謝り合っていた。


「あ、そうだ。よかったら召し上がってください」


 朝に仕込んで作って来た料理。籠ごと手渡しシルさんが包みを開ける。

 それはシルさんにとって思いで深い食べ物で簡単に作れる"クルミパン"。


「レギン親方から聞いたんです。シルさんの奥さんが得意だった料理だって」

「ああ.....うめぇなぁ.....」


 泣きながらクルミパンを頬張り感想を述べるシルさん。

 隠し味にレーズン入り。もちろんシルさんの奥さん――ツツェラさんが作っていた物と同じ。

 帝都にあった住居兼工房で、娘のユフアちゃんと3人暮らしだった。

 全部聞いた。ボクと良く似た家族構成な事も。そしてたぶん....ボクに囁いたのはツツェラさんだと思う。

 残留思念の様に深い想い入れのある愛用品からボクへ伝えたんじゃないかな。

 風竜と契約し、人間(ヒューム)なのに精霊の姿を見れるボクだから。


「美味かった。これはお礼だ」


 ひとつ食べ終わったシルさん。『お礼』と言い差し出したのはツツェラさんの遺品。木目模様(ダマスカス)鋼の包丁。


「...."使ってやってくれ"」

「でも!?」

「カオル? 受け取ってあげるといい」

「わかりました。ありがとうございます! 大事に....大事にします....」


 深い想い入れのある品物。

 シルさんはボクに持っていて欲しいと願った。

 大切にしよう。シルさんの家族の想い出の詰まったこの包丁を。


「おっし! それじゃぁ飲みに行くぞぉ? シル!!」

「兄貴は俺より下戸じゃねぇか?」

「なんでぇ? 本気で言ってんのかぁ!?」

「おぅ! 本気も本気! 兄貴が俺より酒がつえぇはずがねぇだろ?」

「その喧嘩買ってやろうじゃぁねぇか!!」


「「ガハハ!!!!」」


 バサッとお店を閉めて飲みに行く兄弟。

 師匠と2人で見送り宿屋へ帰る。

 店主さんやレジーナや従業員さんへ挨拶して部屋に入って限界だった。


「もういいぞ?」

「はい....」


 必死で押し留めていた感情が溢れ出す。

 決壊した涙が次々と流れ、お父様とお母様の想い出が頭を駆け巡る。

 死に目に会えなかった。見送る事もできなかった。

 ボクはお父様とお母様に別れの言葉も告げられず今日まで逃げて生きて――


「今日はよく頑張ったな?」


 柔らかく後ろからボクを抱き締めてくれた師匠。

 『泣き顔を見せたくない』と思ったボクを気遣ってくれた。

 いつもそうだ。師匠はわかっていないフリをしてわかってくれている。

 ボクが辛い時や悲しい時は、こうして抱き締めて支えて励まして。


「....師匠が居なければ話す事も出来ませんでした。ありがとうございます」

「そんなことはない。カオルは頑張った。私はしっかり見ていたぞ?」


 涙を拭い向き合って抱き締め返す。

 深呼吸すると薔薇の香りが鼻孔を擽る。

 不思議な体質なのか匂い袋を隠し持っているのか。

 本当に良い香りで心が落ち着く。

 やっと終わった。うぅん、これから始まる。

 シルさんも『前へ進んで』生きる。ボクも同じだ。

 愛する人を失えば悲しいと思うのは当然。でも背負って生きる訳じゃない。

 共に生きるんだ。ボクも忘れない。お父様とお母様の事を。


「......」


 ところで、このタコみたいに口を尖らせて近づいて来た残念美人はどうしたらいいのかな?

 いえ、見上げたらそこに在ったんです。黙っていれば美人なはずが、黙っているのに残念さんなんです。


 不思議ですね? この世界は不思議が溢れています。

 魔物なんてモノも居るし、魔法なんて力もあります。ヘンテコなパワーもあるし、不思議な金属も存在します。

 そして目を閉じて近づいてくるタコチューも居ます。コレは魔物の一種でしょうか? それとも変異種? 亜種の類かも?

 とりあえず――


「ていっ!」


 ズビシッとチョップを頭にお見舞いしました。

 なんかね? 雰囲気が台無しな感じなんです。感傷に浸るボクを慰めるつもりだったのかもしれません。

 師匠は優しい人です。尊敬もしています。でもコレは違う。

 家族間で行なう"ちゅー"はもっと慈愛に満ちた神聖な物です。

 お父様とお母様は包み込む様に優しくしてくれました。

 こんな唾液塗れの唇を押し付けるのは違うと思います。


 頭を抱えて蹲る師匠。


 そんなに強く叩いた覚えはない。そもそもボクが師匠を倒せるはずがないから。

 なんとなく最近よく頭を撫でられるから撫でてみた。

 すると――ふむ。これは中々気持ちが良い。師匠の金髪がサラサラと零れる感覚。普段手入れをしているボクも気付かなかった。

 櫛を通すのと直接手で撫でるのは違うんですね?

 

「ペロペロ」

「.....」


 えっと....なんだろう.....思考が追い付かない....ナニコレ?


「デュフフ....カオルきゅんペロペロ....」


 つまり手を舐められた? いや、舐められてる。アレだ。変態だ。

 やっぱりボクが敬愛する師匠は変態にクラスチェンジしてしまったんだ!


 どうすればいいの?

 教会に行けば治る?

 回復魔法でなんとかなる?

 そんな知識は教えられてないよ?


 う~ん....仕方がない。師匠の頬に手を当てそっと口付ける。

 すると師匠は顔を真っ赤にし倒れた。


 ヨシッ!!


 あれだね? アンデットには聖魔法って感じだね。

 そのまましばらく師匠は動かなかった。












 数時間後、目覚めた師匠はボクに膝枕をされていた。


「おはようございます。お目覚めですか?」

「.....ああ、すまない。どうやら気を失っていたようだ」


 師匠は額に手を当てそう返す。

 ボクの手がそっと師匠の髪を撫で見詰め合う。


「そうだ。カオルにプレゼントがあったんだ」


 ゆっくりと名残惜しそうに起き上がる師匠。

 ベット脇のワードローブから包みを取り出し手渡してくれた。


「カオル。誕生日おめでとう。少し遅くなったが受け取ってくれないか?」


 突然のサプライズに驚く。

 変態な師匠はどこへやら、頼れる師匠が帰ってきた!

 しかも誕生日プレゼント! この世界は誕生日を祝う習慣がないからとっても嬉しい!

 以前ボクが『誕生日のお祝いってしないんですか?』って聞いた事を覚えてくれていたんですね!


 すっごく嬉しい!!


 師匠はボクに色々な物を贈ってくれる。

 片手剣(ショートソード)や外套、それに白銀(ミスリル)製の曲剣(ファルシオン)も!

 師匠に抱き付き感謝を述べた!


「師匠!! いつもありがとうございます!! とっても嬉しいです!!」

「いいんだ。それに、ソレは一度カオルにあげた物だからな」


 受け取った包みを指差し師匠が笑う。

 ん? 前に貰った物? なんだろう?

 訝しげに包みを開ければそこに見覚えのある品物が。


 慢心していたボクが、鉄人形やドラゴンゴーレムとの戦闘で破いて壊してしまったこげ茶色の外套。

 それが新品同様に修繕されて綺麗に仕立て直されてある。

 裏地の白銀(ミスリル)の糸もそのままで、以前よりも強度が優れていそう。


「師匠? コレって....」 

「あの外套だ。商業ギルドの伝手でな? 仕立て直させた」


 やっぱり。でも白銀(ミスリル)の糸を織り込んで作り直すのってとても高額だったはず。

 嬉しい! もう一度コレを着れるなんて思ってなかった!

 白銀(ミスリル)の糸を受け継いだから、やっぱりコレも師匠のお下がりだよね!


「ありがとうございます!!」

「ハハハ! 喜んでくれて私も嬉しいぞ?」


 ああ、どうすればこの嬉しさを伝えられるだろう!?

 どうすればこの感謝を伝えられるだろう!!


 ボクは師匠に抱き付き首へ両手を回して触れる様に口付けた。


 驚いて目を見開く師匠。


「....エヘヘ♪ 大好き♪」


 返事も聞かずに言い残し、ボクは脱衣所へ向かった。 


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