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第二十話 カオル、貞操の危機

2016.7.22に、加筆・修正いたしました。


 カオルがひとしきり泣いた後、ヴァルカンとカルアはなかなかカオルを離さなかった。

 最初こそ哀れみ、慈しんでいたのかもしれない。

 だが、今や2人の本音は少し違う。


(ハァハァ...か、カオルきゅんのニホヒ...)

(あ~♪ もう~♪ 可愛いわぁ♪)


 わざわざ母性の塊である胸を押し付け、カオルを抱き締め合う変態。 

 鍛え抜かれたヴァルカンはまだ平気だ。

 特別筋肉質というほどでもないが、どれだけ暴飲暴食を続けても変わらぬ不思議体型――カオル曰く女神――で、胸の大きさも普通。


 問題はカルア。


 豊穣なる神は、彼女にたわわに実った果実(むね)を与えた。所謂"豊乳"である。

 着痩せするタイプらしく、法衣の上から――それでも十分大きい――ではわからない巨大兵器を前に、カオルの命は時間の問題だった。

 フヨフヨとポワンポワンの脂肪に頭を挟まれ、(なんで自分の身長が伸びないんだろう)と意識を別の方向へ飛ばして難を逃れる。

 せめてもう10cm身長が高ければ回避できたかもしれない。

 だが、カオルの身長は高く見積もっても150cm未満。

 170cm近いヴァルカンと、160cmを越えるカルアに挟まれれば、当然低身長のカオルの頭は胸に挟まれる。

 これまで以上に神を呪い、また、身長の低い家系を忌々しく思った。


(むぅ...嬉しいような恥ずかしいような....)


 性知識はあるが、実体験はない。

 そもそも性に目覚めていない子供。

 若干身体が反応したりしなかったり、どうしたらよいのかわからない。

 慰めてもらった立場的にも、今この場で目覚めたとしたら――恥ずかしくて死んでしまう。

 

(それに...失礼...だよ...ね?)


 ヴァルカンとカルアは自分を思い遣って抱き締めてくれたのだから、邪な考えはいけない。

 そう考え、カオルは逃げる事を選んだ。


 胸の鼓動に合わせ緩急する2人の身体。

 その隙を突いてテーブルの下へ潜り込み回避する。

 そうしてキッチンまで退避し、作り置き下準備を済ませていた最後の一品をオーブンへ投入。

 満足顔でクルリと向き直り、精一杯の笑顔で微笑んで見せた。


「ありがとうございます。あの...う、嬉しかった、です」


 恥ずかしさ半面、嬉しさも半面。

 素直なカオルにそう言われ、ヴァルカンとカルアも微笑み返す。

 若干年長の2人がカオルの顔に見惚れていたのは――気のせいだろう。


「...いいんだぞ? これからも私とカオルは"家族"なんだからな? 私は、何があっても傍に居るぞ」


 真剣な眼差しで答えたヴァルカン。

 強い意思を感じ、何かを秘めているようなそんな力強さを感じた。


 そして、カルアもまた――


「そうね、カオルちゃん。私も....」


 ヴァルカンとは違った優しさを胸に秘め、カルアはカオルに近づき再び抱き締める。

 先ほど感じた執拗なモノではなく、ただ愛おしかった。

 こんな小さな身体で、いったいどれほど過酷な人生を歩んできたのか。

 カルアもけして良い身の上ではないけれど、おそらくそれ以上に凄惨な出来事があったと思う。

 親族を"家族"と思わない程に辛い過去が。


 それに――両親が不在という境遇は、カオルと同じであった。


 だから、カオルの喪失感もよくわかる。

 おそらく、大事に育てられてきたのだろう。

 それはカオルの手を見れば誰にでもわかってしまう。

 なにせカオルの手は、"肉刺(まめ)ひとつ無い綺麗な手"をしていたのだから。


「えっと...あの...しょ、食事を...続けませんか?」


 照れ臭くて恥ずかしくて。


 オーブンから鉄板を取り出し中身を冷ます。

 その間にオーブンの魔宝石に触れ火を消し――なぜ石釜を使わないのに薪をくべたのか...(まぁいいよね。いつもの癖だよ、うん)


 2人をテーブルへ誘い、再び食事を始める。

 ヴァルカンの食べっぷりに笑みを零し、カルアとの違いにやっぱり笑う。

 減り行く料理の品々。

 カルアはトマトコンフェを気に入り、ヴァルカンはやはり魚が好み。


「ニンニクを入れるともっと美味しいんですけどね? 今回は臭いが気になると思って使わなかったんです」


 ちょっとした気遣いにカルアは嬉しく思い、カオルと他愛もない会話を交わす。

 負けじとヴァルカンも横槍を入れ、今度こそ恙無く夕食は終わった。


(さてっと...食後はやっぱり――)


 紅茶を淹れて、こっそり作っておいた内緒のブツを差し出す。

 何を作っていたかと言うと...


◆例のブツ

 ちょっと日のたった生卵を用意します。

 黄身と白身を別け、卵白を泡立つように混ぜ合わせる。

 砂糖を少しづつ加え、しっかりツノが立つまでかき混ぜればメレンゲの完成。

 小麦粉、アマンドプードル、すり鉢で細かく砕いた砂糖をメレンゲに加え混ぜ合わせる。

 絞り出し器に入れ、水気をしっかり拭き取った鉄板に一口大づつ絞り出す。

 表面の空気の泡が消えるまで外気にさらす。

 生地の表面に指につかないくらい乾燥したら、オーブンへ投入。

 しっかり焼きあがったらオーブンから出し、熱を冷ませる。

 今回はオレンジジャムを間に挟んで完成!



「よかったらデザートとまではいきませんが、召し上がってください」


 そう言って食後にカオルが差し出した焼き菓子。


 色とりどりのメルヘンチックな楕円の形状。

 その間にオレンジジャムが挟まっていて、見るからに甘いお菓子だと認識する。

 むしろ甘い香りがずっと立ち込めていたのだから、ヴァルカンもカルアもわかっていた。


「なんだこれ!? 美味しいぞ!?」

「ん~っ♪ ん~ん~~~♪」


 やめられないとまらない。

 2人は外側サクサク中はフンワリの魔性のお菓子に篭絡されて大はしゃぎ。

 予想通りの2人の表情を前に、カオルも満足していた。

 大通りで見かけた時に、ヴァルカンが『自分で作ったらどうだ?』と言われて実際に作った。

 それが――


「これはマカロン・パリジャンっていうお菓子ですよ。こちらではスール・マカロンが売っていたのですが、ボクはこっちの方が好きなんです」


 そう言いながら1つ食べてみる。

 母親に作り方を教えられたマカロン。

 ちょっとだけ過去を思い出し、感傷に浸る。

 あの頃、自分はまだ7歳にも満たない年齢で、同級生(クラスメート)から腫れ物扱いを受け始めた。

 両親の苦労も知らず、カオルは怒り罵倒してしまった。

 それでも優しく諭してくれて、家族3人仲良くお菓子作りをするように。

 そして――沢山のお菓子の作り方を教え始めたのも、その頃から。


 紅茶を飲んで一息吐く。


 今日一日で起きた沢山の出来事。

 宿屋の主人から料理一品で宿泊費を無料にされ、ヴァルカンと2人で大通りのお店をひけやかした。

 【イーム村】よりも人口が多く、栄えた【オナイユの街】は物価が安くて市場調査もそこそこ出来た気がする。

 だけど、出会いたくなかった『濁った目』を目の当たりにし、やっぱり自分はまだまだ臆病なんだと自覚した。

 この2年間。ヴァルカンの厳しい修練にも耐え、空想上のモンスター――魔物や魔獣――と命懸けで戦って来たはずなのに、カオルは人の方がよっぽど怖いと思う。


 でも――だからこそ、こうして自分を無下に扱わず、心配してくれる人が居るから頑張れる。


 いつか胸を張って答えたい。

 今は亡き両親に、『ボクはこんなに立派に成長しました』と。


「...すまないが、少し所用で出かけてくる。カルア? 今日はホントに泊めて貰えるのだろうか?」


 食後のデザートを満喫し、ヴァルカンがおもむろに立ち上がる。

 カオルは夢想にふけっていた意識を戻し、(いつの間にお泊りする事になったの?)と首を傾げる。


「ええ♪ もちろん♪ 明日は、一緒に教会まで行っていただきませんといけませんもの♪」

「すまないな。それでは、1時間程で戻る。カオル? 善い子にしてるんだぞ?」


 カオルを文字通り置き去りに、ヴァルカンはカオルの頭を撫でて出かけて行った。

 身支度を終え、去り際に帯刀していた白刃刀(イグニス)の鞘を強く握り締めていたのは――殺る気だろう。


(ん~っと...ああ、【聖騎士教会】に登録するんだよね。忘れてた)


 数瞬悩み、自分が治癒術師に目覚めた事を思い出す。


 それと同時に緊張した。


 なにせヴァルカン以外の女性と2人きり。

 それもどことなく亡き母親の面影を持ち、見た目はヴァルカンと同じ金髪碧眼なのだ。

 しかも――ヴァルカン以上にカルアは強引であった。 


「あらあら♪ おねぇちゃん、汗かいちゃった♪ お風呂の用意をしてくるから、カオルちゃんは待っててね♪」


 パチリとウィンクしつつ魅惑的な肉体を揺らしてカルアは浴室へ向かう。


 嫌な予感がカオルに奔り、次にカルアが取るであろう手段が手に取るようにわかる。

 誘われる。それも、逃げる事ができないくらい強引に。


(....一緒にお風呂へ入る気満々だよね....どうしよう....師匠ドコイッタノ!?)


 全身から溢れる冷や汗。

 救いを求める恩師は居ない。

 どこへ行ったかもわからないし、独りで夜の街へ逃げる術もない。


 どうする事もできず頭を抱えるカオルの前にカルアは戻ってきた。


 "タオル1枚羽織った姿で"。


「おまたせ♪ カオルちゃん♪」


 頭後ろで結い上げられた長い金髪。

 身体に巻かれたタオルだけでは隠しきれない柔肌。

 ギリギリタオルで絶対領域を隠す肉付きの良い脚。

 その結果、上半身は無防備だ。

 胸は半分見えているし、なぜか既に上気して赤みを帯びた頬。

 流し目でチラリとカオルを見やり(どうかしら?)と問い掛ける視線。


 お子様に大人の誘惑なんて通じない。

 通じはしないが、恥ずかしい。


(貞操観念とかどうなってるの!?)


 見ているこっちが恥ずかしい。

 だから、カオルの判断が鈍ってしまった。


「一緒に入りましょうねぇ~♪」


 カルアにグイっと手を引かれ、一瞬持ち上げられたカオルの身体。

 子供とはいえカオルも40kg近い体重がある。

 にも関わらず、カルアは軽々持ち上げ引き摺って行った。

 (どこにそんな力があるの!?)なんて、カオルが驚愕するのも当然。


 そして――


「か、カルアさん!? こ、こういうのはいけないと思います!!」

「あらあら♪ おねぇちゃんに任せてくれれば大丈夫よ♪ そ・れ・に♪ カオルちゃんはまだ子供なんだもの♪ "なにも"問題ないわぁ♪」


 脱衣所で繰り広げられる接戦。


 カオルの服に手を掛け脱がしに掛かるカルア。

 それを阻止しようと平和的に和平交渉を続けるカオル。

 カルアが一部の語意を強調し、本性を表していく。


 やがてついに――


「...カオルちゃんのソレって」


 剥かれてしまったカオルを前に、カルアの動きが止まる。

 カルアが見たカオルの裸。

 そこにあった1つの模様。

 紛れもなく伝説のドラゴンとの契約者の証。

 心臓の真上に描かれた黒き『音素文字(ルーン)』。

 

 誰もが知る、おとぎ話に出てくる逸話。

 この世界を救ったとされる『心善き神々』に手を貸し、精霊王と共に戦った知恵あるドラゴン。

 そして、数々の伝説を後世に残し、神々が去った今でもどこかで生きていると噂される。

 現実には世界中の国々が伝承を語り継ぎ、ドラゴンから力を借りたと公式に認められている。

 戦乱が続く国では、直接的に「武器を授けられた」とも、「大発生した魔物をドラゴンが狩ってくれた」とも。

 今の世に存在しないが、"魔王"を倒すために"勇者"へ力を与えた。そんな話しもあった。


(....コレがカオルちゃんの秘密。元剣聖がひた隠しにする理由)


 カオルの胸に触れ、カルアは益々わかってしまう。

 複雑な精霊文字や魔法文字に似た紋様。

 どこかの部族が祈りを込めて皮膜に墨を入れると聞いた事がある。

 そして、治癒術師として活躍してきたカルアはそういったモノを見た事があった。


 だが、コレは違う。

 

 云わば肉体その物に刻まれた痣。

 回復魔法で消せるような代物ではない。

 おそらく――魂に刻まれている証。


(だからカオルちゃんは一目で回復魔法を使えたのね)


 全てを理解したカルアは、カオルに聞きたい気持ちをグッと抑える。

 カオルが語った過酷な環境。

 あの時見せた怯えと涙。

 それなのにカオルの身体は"染みひとつ無い"程に美しい。

 "手も"そうだったのだから、おそらくそれが"加護"の類だと推測する。


(私もこの子を――カオルちゃんを守らなきゃ)


 辿り着いた自分の気持ちにハッとする。

 カオルと出会った時に感じた思いは邪推だった。

 可愛らしい女の子の容姿をした男の子に、胸がときめいた。

 あの2人組みに絡まれていたのを見て、助けなきゃいけないと思った。

 そしてカオルの全てを知った今....自分の想いは傍で守りたい情念(モノ)へ変化した。


 目の前で胸を触られて擽ったそうにしているカオルを、カルアは好きになってしまった。


「....カオルちゃん? 一緒にお風呂に入りましょうね♪」


 自分の心に正直に、カルアはカオルを連れて浴室へ入る。

 その表情はいつもの慈愛の瞳に柔らかな笑顔。

 何か吹っ切れたようなそんな印象を感じ、カオルも渋々着いて行く。


 木椅子に座らされ、全身隙間なく洗われ時折ムニュっと胸を押し付けられる。

 カオルは恥ずかしくて顔を赤くし、カルアは終始笑顔を振り撒く。

 もちろんたまに? カオルの下腹部へ視線を移し、ばっちりとカルアは見ていた。

 子供のはずなのにその辺の成人男性よりも一回りも二回りも大きなモノを。

 父親譲りの剛直を。


「ブクブクブク....」


 浴槽の中で不満の意を表現するカオル。

 隣――というか、カオルを抱き締める形で湯船に浸かるカルアは満喫している。

 むしろ「あらあら♪」なんていつもの口調を口にするくらい平常運転中。

 カオルの後頭部に胸を押し当てて。

 

(むぅ...なんだかすっごく丁寧に洗われちゃった....もういいや。このヘチマみたいなボディブラシを帰りに買っておこっと。師匠もきっと喜んでくれるよね)


 現実から目を背け、カオルは泡立ちの良く高そうな石鹸や風呂(バス)用品に目を向ける。

 なにせカルアも全裸だから、自称紳士のカオルは見ない様に気を付けた。

 胸は仕方がない。隠せる訳がないくらい大きいのだから。

 なので、せめて下だけは見ない。

 婚姻前の男女がそんな卑猥な事をしてはいけないから。


「カオルちゃん? 100まで数えたら出ましょうね♪」

「ブクブクブク...」


 湯船でブクブク100まで数えるお子様。

 なんだかんだ思いつつ、カオルもカルアを嫌う理由もなかった。

 親切だし、優しいし、思い遣りもあるし、包容力もあるし...

 やっぱり亡き母親の面影が一番の決め手だったかもしれない。

 

 だが――カオルがカルアと仲良くなるなんて、彼女は許すはずもなく。


「かぁぁぁぁおぁぁるぅぅ!! 浮気かぁぁあああああ!!!!」


 バターン!! っと浴室の扉を蹴り開き、ヴァルカンが帰ってきた。

 扉の内鍵をカルアが閉めていたはずなのに。そんな事などお構いなしに。

 ヴァルカンの前で鍵なんて意味を成さない。

 なにせ嫁が寝取られてしまった。

 夫であるヴァルカンが怒り悲しまないはずもなかった。


「...ししょぅ? ボクは浮気なんてシテイマセンヨ? ....ダッテエイコクシンシデスカラ」


 カオルが壊れた。というか、のぼせた。

 長湯と口元まで湯に浸かった弊害で、出来上がってしまった。


 「うわぁあああん!! うわぁああん!!」と泣き叫ぶヴァルカンに抱き上げられ、カオルは救出される。

 その様子をニンマリ見ていたカルアは、(したた)かな女性かもしれない。





















 しばらくして、どうにか持ち直したカオル。

 目の前で繰り広げられる惨状は、想像を絶していた。


「うぅ...私のカオルきゅんが...わだじのがおるぎゅんがぁぁ...」

「あらあら♪ まぁまぁ♪」


 カオルよりも幼く見えるヴァルカンが、悔しさ紛れに四つん這いで地面を叩く。

 一方カルアはタオルを巻いて、色気たっぷり身体をしならせツヤツヤの顔。

 同じくタオル姿のカオルはソファから身体を起こし、どうしたらいいのかわからない。


「えっと、師匠? とりあえず、師匠もお風呂に入りませんか?」

「ヤダヤダ!! カオルきゅんが一緒じゃなきゃヤダ!!」

(駄々っ子だ....)


 内心ポツリと愚痴を零す。

 確かに今のヴァルカンは駄々をこねるお子ちゃま。

 年齢は一回りも違うのだけれど、カオルには幼く見える。

 自分と同じ小さな子供に。


「はぁ...わかりました。ご一緒しますから――」

「ホントか!? よしっ!! すぐ行こう!! さぁ入ろう!!」

「いや、あの!! い、一緒に入りますから...だからそんなに強引にしなくても...」

「ハハハ!! 強引だなんて、そんな事あるはずがないだろう? グヘヘ...カオルきゅんと一緒....グヘ、グヘヘヘ」


 変態は容易く本性を現す。

 そしてカオルは自分の発言に後悔していた。


「あれ? 師匠? どこに行ってたんですか? せっかくの騎士服が汚れてますよ?」


 目聡くズボンの泥跳ねを見つけ、カオルが指摘する。

 ヴァルカンは気にした素振りも見せず「ちょっとな~♪」とはぐらかす。

 カオルにとっても"いつもの事"なので、サラッと《浄化(パージ)》を唱え赤い騎士服一式を綺麗に洗濯し、一応ブラシをかけて壁に吊るした。


 ちなみにこの《浄化(パージ)》。

 聖魔法に分類される高等魔法なのだが、カオルは知らない。

 そして、ヴァルカンも知らなかった。

 2週間の馬車旅で大活躍し、御者のスーザンが大絶賛していたが、元剣聖の弟子という事で納得する一幕もあったりする。


 実は【カムーン王国】の王立騎士学校に在学中、ヴァルカンは小銭稼ぎで冒険者まがいの荒事をしていた。

 その時たまたま王都近くの地下迷宮(ダンジョン)に用事――蟻蜜獲り――があり、難易度もヴァルカン的には高くなく、本当になんとなく最下層の50層まで降りて踏破してみた。

 そこで迷宮主の単眼巨人(サイクロプス)亜種から手に入れた魔法書に、《浄化(パージ)》の魔法が記載されていた。


 公表すれば大事(おおごと)――偉業――になる。


 当然、面倒臭がりなヴァルカンは全てを無かった事にして、宿舎――全寮制で同室は親友のフェイだった――の片隅へ無造作に捨て置いていたりする。

 それから数年の後、【イーム村】へ引っ越してきたヴァルカンの下でカオルがお世話になり、ようやく高等魔法が日の目を見る事になった。


「さぁ!! カオルきゅん!! そんな邪魔な物は脱ぎ捨てて、私と入浴だ!!」


 世界にとって重要な案件も、ヴァルカンにとっては面倒事。

 故にその弟子のカオルも知らされていない。

 その魔法が、"ただの掃除に役立つ"だけではない事を。


「はいはい。脱ぎました。でも、またのぼせるかもしれないので入浴はしませんからね?」


 全裸の師弟は"天然"で、ちょっと歪んだ家族である。


 ヴァルカンは満足気にカオルの裸体を拝み、カオルは紳士を貫く。

 腰まで伸びた長い黒髪をなんとか駆使し、身体を隠しながら。


「あ、師匠? このヘチマみたいなボディスポンジ良いですよね♪ 今度買いに行きましょう♪」

「ん? ああ。スポンジがよくわからんが、確かに良い物だな。"一緒に"買いに行くか」

「はい♪」


 甲斐甲斐しくお世話をするカオルに、ヴァルカンの気分も晴れやか。

 首から背中へ、そして腰へと移動するカオルの手――実際にはヘチマたわし――。

 そして、いつまでたっても"前"を洗わないカオルに、ヴァルカンは師匠として指摘する。


「で? いつになったら洗ってくれるんだ?」

「いえ...あの....ソコとソコは自分で洗ってください...」


 いくら家族とは言え、肉親とは違う。

 それにカオルから見てヴァルカンは魅力的な女性。

 初めて出会った頃からずっと女神だと思い続け、甘え、そして支えてくれる大切な人。

 だからこそ、女性の象徴を手ずから洗う事を躊躇う。

 一線を越えてしまいそうな、そんな予感がするから。


「なぁ、カオル? カルアは洗ったんだろう?」

「洗っていませんよ。ボクは、師匠以外洗ってあげたことありませんし。洗われはしましたけど....」

「そ、そうか!! ハハハ!! そうだったか!!」


 ちょろいヴァルカン。

 カオルの言葉に喜び、受け取ったヘチマたわしで自らの身体をそそくさと洗い湯船へ浸かる。

 その隣で、カオルは木椅子に腰掛けヴァルカンと手を繋いだ。


(まったく、カオルきゅんはいつも可愛いな。それになんだ...わ、私だけ...か....グヘヘ)

(ふぅ...やっぱり師匠は綺麗だなぁ...黙ってれば)


 2人の表情は明るい。

 変態と従順な弟子で、考えに相違はあるが。




 入浴後、身体を拭い髪を乾かし《魔法箱(アイテムボックス)》から寝間着に着替えた2人。

 ヴァルカンはいつものダボダボチュニック姿で、カオルはこの世界へやってきた時のパジャマを着ている。

 パステルカラーに可愛らしい猫のキャラクターが描かれた膝丈のスラックスと半袖の上着。

 たまにヴァルカンからお願いされて着ているのだが――少なからず成長しているのに、なぜかまだ着れる。

 しかも着古せば草臥(くたび)れるはずの衣服が、どれだけ使おうと新品同様。


 カオルも薄々気付いていた。


 異世界から転生したのではなく、異世界から転移したのではないか、と。

 だから向こうで着ていた服もそのままだし、姿形も違わないのだと。

 そして――おそらく魔法的な"何かの加護"をパジャマが持っている。

 何かの役に立つかと言えば、何の役にも立たないけれど。

 カオルの予想では、十中八九あの黒い影が犯人。

 (そういえば、お母様に似てたような...)と、そう思っていた。


「あらあら♪ 随分長湯してたのね♪ そうそう♪ ベットの用意はしてあるの♪」


 カオルとヴァルカンを待ち構えていたカルア。

 今までになく上機嫌でそう告げて、2階の寝室へ案内する。

 そこにあった驚愕の物体。

 シングルベットが2つ重ねられ、まさにクィーン――いや、キングサイズのベットが完成されていた。


「うふふ♪ 義妹のベット持ってきちゃった♪」


 カルアに義妹が居た事を初めて知り、驚くカオル。

 ヴァルカンはカルアと固く握手を交わす。

 「今夜だけは友だ」なんて小声でやり取りをしていて、カルアも頷いて答えた。


「よし!! 寝るか!!」

「そうね♪」


 有無を言わさぬヴァルカン。それに続いたカルア。

 カオルはただ、この後の展開が読めていた。

 そして、案の定カオルを挟み3人で添い寝が始まる。


「デュフフ...」

「うふふ♪」


 カオルの太股を蹂躙するヴァルカン。

 カルアは胸を肘に押し付けカオルの耳元へ息を吹きかける。

 どうしようもない2人の変態に捕まり、【オナイユの街】の夜も更ける。


 カオルは祈る事で現実逃避を決め込むのだった。


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