第二十一話 オーブンがほしい
2016.7.22に、加筆・修正いたしました。
【オナイユの街】2日目の朝。
夜中に何度か息苦しさを感じ、目覚めそうで目覚めなかったり。
そんな無意識のやり取りを何度かして、よくやくカオルは目を開いた。
(....苦しい)
元凶はやっぱりコレか。
カオルの身体を抱きすくめる美女が2人。
髪の長さこそ違うものの、2人に共通している金髪碧眼。
そして肉厚だろうか?
(おしくらまんじゅうでもするつもりですか?)
"これでもか!!"というくらい強くカオルに抱き付くヴァルカンとカルア。
【カムーン王国】よりも雪解けの早い【エルヴィント帝国】でも、今はまだ1月を少し過ぎたばかり。
さすがに夜は寒く、暖を求めての行為だろう。
もちろん好意も混じっているが。
(ん~! 何作ろうかなぁ~♪)
世の男から見れば羨ましい限りの状況も、お子様カオルにとってはそこまで固執するものではない。
だから、美女2人の誘惑に負けるはずもなく、そそくさとベット――肉欲――から抜け出していた。
(あっ! 昨日買った食パン使おうかな~♪ やっぱりオーブンがあるところはいいよねぇ~)
顔を洗い、シャコシャコと歯ブラシ代わりの木枝を使って歯を磨き、今朝の献立を考える主夫。
容姿は可憐で頭脳明晰。
膨大な異世界の知識を持ち、家事全般はマスタークラス。
文武両道で風と雷属性の魔法を使え、希少な魔術師でもある。
最近少し恩師――『残念美人』――の思考に偏る傾向を見せる一面もあるが、そこそこ常識的な完璧超人。
それが齢11歳の香月カオル。
手櫛で乱れた黒髪を整えキッチンへ。
寒村の【イーム村】で暮らしてきたカオルから見れば、やはり【オナイユの街】に住むカルアの家は各種調理器具が充実している。
鋳型に流し込み形だけを成型された鋳造品ではなく、職人が叩き上げて作り出した鍛造品の鍋の数々。
何度かヴァルカンに頼み込み、教えてもらいながらカオルも数点作ってはいたが、本職は違う。
一目でわかる光沢に、使い勝手を考え尽くされた持ち手の位置。
(お金の余裕があれば買って帰ろう)と、カオルは再び決意する。
(さてっと。朝食は軽めがいいよね~)
手際よく調理を始めたカオル。
ヴァルカンに聞かされていたが、この世界の住民は朝食を食べる者は少ない。
それこそ裕福な家庭――高給取りや貴族などの身分――ならば一日三食食べれる事が一種のステータスで、平民以下の身分は丸パン1個で朝は終わり。
それでも贅沢の部類なのだが、カオルに言わせれば持っての外。
『朝食を抜くと一日の元気が出ませんよ?』とカオルに注意されてしまい、ヴァルカンも自然とそういう生活を送っていた。
(クラブハウスサンドに...あとはスープかなぁ~)
《魔法箱》から四角い一斤の食パンを取り出し、等間隔にスライス。
石釜でさらりと両面に焼き色を付けて、ハムと、トマトと、レタスに塩胡椒。
もう1つはフライパンに薄く敷いた卵焼きとレタスを挟み、2種類のクラブハウスサンドを用意する。
(あとはスープ、スープっと)
◆スープ
玉ねぎをみじん切りにし、にんじんをすりおろす。
鍋を火にかけバターを溶かす。
玉ねぎを加え色がつくまでじっくり炒める。
色がかわったらすりおろしたにんじんを加える。
火が通ったら、小麦粉を加え粉が無くなるまで混ぜる。
牛乳を加えこれまたじっくり煮込む。
最後に塩コショウをして完成。
(かんせーい!! 紅茶も用意だけしておこっと)
楽しそうに料理を作るカオル。
今は窓の外から小鳥くらいしか見ていないが、もしもあの2人がここに居たら...
昨夜の惨状は再び繰り返されることだろう。
ティーセットとお湯の準備を終えて、カオルはヴァルカンとカルアを起こしに向かう。
2階の寝室。そこは普段カルアが1人で使う部屋。
だが、今は義妹のベットを無理矢理運び入れ、キングサイズのベットが鎮座している。
「おはようございま~す。朝ですよー? おきてくださーい」
扉を開けて、まったく先ほどと変化の無い2人。
カオルが寝ていた場所は空いたままで、身じろいだ形跡すらも感じられない。
なので、カオルはその場所へ移動し、2人の肩をユサユサ揺らし起こし始めた。
「む? 起きてくださーい。あさですよー?」
起きる気配を見せない2人。
ヴァルカンはいつのもの事だが、カルアも同じ部類なのだろうか。
2年以上"2日修練1日休息"を実践していたヴァルカンとカオルは、一度眠ると中々起きない。
けれど、1ヶ月と少し前にカオルが怪我を負い、2週間前に【イーム村】を出てから通常の生活へ戻した。
なのでヴァルカンがここまで深く眠るはずはないのだが――
「ひっ!? お、おきてください! おねがいし....ひゃぁ!?」
少女の様な悲鳴が上がる。
見れば、寝ているはずのヴァルカンとカルアがカオルを抱き締め、カオルの首や耳元を舐め始めていた。
「ちょ、ちょっと!? おきてるんですよね!?」
必死に抗議し抵抗する。
しかし、悲しくもカオルは子供で熟練の妖怪に勝てる要素はない。
ヴァルカンの手がカオルのパジャマの隙間から差し入れられ、まさぐりながら胸の突起を探す。
カルアも負けじとカオルの太股を撫で回し蹂躙する。
カオルは快楽を得る前に恥ずかしく、なのに何故か声が自然と艶を帯びてきた。
「...ンッ! ダッ...メ...です...ひゃっぁ!? そこ...は....アッ!」
為すがままの子供が一人。
口から零れる吐息と声に、自分でも驚きを隠せない。
数瞬目の前が明滅する様なそんな感覚に見舞われ、コレが何なのか自分の持ち得る知識を総動員するも...やっぱり正解に辿り付けなかった。
そしてヴァルカンがとうとう対象物を発見し、カルアも胸を押し付け太股を擦り合わせる。
だが――
「....ダメだって言ってるでしょ!!」
ピシャリとカオルは2人を払い除け、《飛翔術》を発動させてその場を脱する。
欲望に任せ対象物を失ったヴァルカンとカルアは手を彷徨わせ、扉の前に着地したカオルを見やった。
「ご飯できてますからね! 早く起きないと無しにしますよ!」
多少の動揺と照れ臭さ。
カオルが誘惑に勝てた理由はただひとつ。
理性を持っていたからに他ならない。
やがて、怒って立ち去ったカオルからヴァルカンとカルアはお互いを見詰め、やりすぎた事を自省する。
カオルにはまだ早かった、と。
朝食。
それは一日の始まりで至福のひと時。
そのはずなのに、今朝は重苦しい雰囲気が漂っている。
不機嫌なカオルが紅茶を淹れ、テーブルの上には昨夜ほどではないが素食とは呼べない料理が並ぶ。
ヴァルカンとカルアはただただ椅子に座り、ジッと睨むカオルから視線を逸らす。
(やってしまった...)
(やっちゃった...)
後悔というのは、かくも辛いものなのか。
惰眠を貪り、欲望を開放した2人は、幼いカオルに手を出した。
もちろん、世間一般の常識の範囲内――だと思うが、寝ている間にカオルが朝食を用意してくれていたなんて思って...は、いた。
けれど、かつて無いほどにカオルが怒っているのだからどうしたものか。
自分から口を開ける状況ではなく、焦りが汗となり溢れていた。
「はぁ...何か言うことがあるんじゃないですか?」
仕方なくカオルが助け舟を出す。
もちろん、内心ではまだ許せない。
子供であるカオルに性的行為をしたのだから、反省は必要。
だからこうして怒っていたのだけれど――(そろそろいいかな?)と甘かった。
「「すみませんでした」」
平身低頭な2人の様子に、寛大なカオルは全てを許す。
「次はありませんからね?」なんて釘を刺しつつ笑みを見せるカオルは、シロップよりも激甘。
ようやく普段の和やかな食事風景が始まり、最初に口を開いたのはカルアだった。
「それじゃ、ごはんを食べたら教会へ行きましょうね? カオルちゃん♪」
「わかりました」
"あんな事"を仕出かしたばかりなのに、カルアは忘れていなかった。
カオルが治癒術師として目覚めた事を。
「あ、そうだ。オーブンって高いんですか?」
カオルは欲しい。
黒猫通りのミント亭に在る超高級なオーブンとまではいかなくても、カルアが持っている程度のオーブンが。
温度調節機能付きで、タイマーまで内蔵されている。
満遍なく釜の温度を均等化でき、アレさえあれば料理の幅も確実に上がる。
ただ、案の定の結果が待っていた。
「オーブン? 高いわよぉ? 魔宝石を使っているもの♪」
「むぅ...」
カルアの言う通り、魔宝石を使用する物は高い。
なにせ入手手段が限られているし、加工するのに専用の職人が必要。
実用品なのに贅沢に装飾が施されているのだから、わかりきった事ではあった。
「エッ...そんなに高いんですか? 師匠」
「ああ。王都、帝都で家一軒くらいは建つだろうな」
ヴァルカンがカオルに耳打ちした値段。
物価の高い【カムーン王国】の王都と、【エルヴィント帝国】の帝都で庶民的な家が建てられるほど。
さすがに無収入状態のカオルでは手が出せない。
むしろ、ヴァルカンが内緒にしているカオルが稼いだお金でも、遠く足りな――買えるかもしれない。
「あらあら♪ カオルちゃんは、そんなにオーブンが欲しいのかしら?」
「はい。欲しいです」
「私と結婚してくれたら付いてくるわ――」
「やらんぞ!!」
ベットではあんなに息の合ったヴァルカンとカルアも、今では対抗心を剥き出しにしている。
そもそも、そのオーブンは嫁入り道具ではなく、カルアの両親が家と共に残した遺産なのだが....
(うー...欲しいよぉ欲しいよぉ....)
朝食を終えて洗い物をしながらカオルは強請っていた。
ヴァルカンでもカルアでもなく、サンタクロースと信じてもいない神に。
カオルは、神に対して信仰心は無い。
むしろ無宗教なのである意味偶像崇拝的な利己的な神を想い描いている。
ヴァルカンに良く似た女神だったりするが。
そしてサンタクロースは信じていた。
あれは、カオルがまだ5歳だった頃。
手広く事業を展開していた香月家は、繋がりのある分家や会社、事業団体から各種パーティの参加を求められ両親と共にカオルも出席をしていた。
その頃のカオルはまだ幼く、周囲の妬ましい視線に過敏に反応する事はなかった。
むしろ、気付かなかったからこそ子供らしく両親と参加できた。
友人と呼べる存在も居たと言える。
カオルは覚えていないが、水面下ではカオルに見合いの話しも沢山来ていた。
もちろんカオルを溺愛する両親がそれを許さなかったが。
そして、クリスマスシーズン。
遠くフィンランドから本物のサンタクロースを呼び寄せ、3日間に渡る大プレゼント交換会を催された。
所謂、イブイブ、イブ、クリスマスと、それはもう盛大に行なわれるのが通例であった。
だからカオルはサンタクロースが実在する事を知っているし、信じている。
この世界へ来る前、引き篭もり続けた1年半の間にも、"雇われた"サンタクロースはカオルに手紙を送っていたくらいなのだから。
(むぅ...この世界にもサンタさんが居ればいいのに...)
2年以上の間、カオルの下へサンタクロースが姿を見せた事は無い。
なぜなら、この世界にクリスマスなんて物は無いし、当然サンタクロースは居ないのだから。
身支度も終わり、カルアに先導されて、カオルとヴァルカンは教会へ向かった。
今尚カオルの頭はオーブンでいっぱい。
完全に物欲で支配されている事を、当のカオルが気付いているのかどうか。
玩具やお菓子ではなく、オーブンを強請られるサンタクロースは呆れてしまうかもしれない。
「ふむ...なるほど。貴女が洗礼を受けに来られたのですね?」
「はい、ニコル司教様。この子、カオルさんが回復魔法を発現した洗礼施行者です」
先日ヴァルカンとカオルを案内した男性――白いダルマティカに青い法服を纏った人間。
【聖騎士教会】より【オナイユの街】へ派遣され、この教会の高位権力者。
武の聖騎士ならば、文の聖職者。
そして、聖職者には大きく分けて2通りの人種が居る。
清貧を重んじ主神シヴを信仰し、教義を尊ぶ者。
出世欲を隠し、陰でお布施を集め信仰心が薄れている者。
どこの世界も宗教は同じ。
ただ、カオルが初めて出会った聖職者のニコルは、前者であった。
「先日ぶりですね。私は【聖騎士教会】オナイユ支部を任されている、司教のニコルといいます」
精悍な顔立ちで、優しそうな雰囲気。
歳の頃は40手前。
貫禄もあり、カルアの様子から善い人だとカオルは判断する。
「カオルです。よろしくお願いします」
軽い会釈を交わし、ニコルはカオルを連れて礼拝堂の奥、祭壇の前へ誘った。
「それでは、さっそく洗礼を始めます」
急遽執り行なわれる洗礼に、礼拝に訪れた信徒やニコルの部下が驚く。
通常、洗礼には段取りがあり、司教という立場のニコルもそこまで暇な訳ではない。
では、なぜこれほどまでに急いたのか?
それは両親共に治癒術師の家系で、永年活躍してきたカルアの存在。
それと、元とは言え【カムーン王国】の剣聖ヴァルカンの関係者。
さらに魔術師よりは数が多いものの、治癒術師は貴重である。
それらを踏まえニコルは決断した。
『カオルさんの存在は、主神シヴが与えた啓示であろう』と。
「カオルさん? 貴女の得た癒しの力は、とても貴重なものです。貴女は今後多くの命を救うと誓えますか?」
「...はい。ボクができる精一杯の力で、傷付いた人を助けたいと思います」
"誓う"のではなく、"思います"と答えたカオル。
一瞬ニコルが表情を曇らせるが、さすが年の功。
即座に表情を戻し、満足気に頷いて見せた。
(カオルさんはまだ子供で、おそらく今まで【聖騎士教会】とは無縁の場所で暮らしていたに違いない。
だから回復魔法の発現も遅く、信仰心を持っていない。
ならば、これからじっくりと教え導けば良い。それが敬虔なる信徒である、私の勤め)
ニコルはそう考えカオルの手を取った。
「我等が主神、女神シヴよ。聖なる御力を彼の者へ与えたもうた事を感謝いたします」
ニコルが宣言した事で、カオルの身体が淡く輝く。
それが【聖騎士教会】が行なう洗礼で、晴れてカオルも洗礼施行者と成り治癒術師として活躍できる。
その様子をヴァルカンは腕組みしながら眺めて上機嫌。
しかし、まさかの横槍が入った。
「洗礼を行ないました。これで貴女は正式に【聖騎士教会】へ登録された治癒術師です。今後の活躍を期待しますよ」
「ありがとうございます。ニコル司教様」
「はい♪ カオルちゃん♪ これでおねぇちゃんと婚姻は完了よ♪」
「なんだとっ!?」
大慌てでカルアがカオルへ差し出した羊皮紙を取り上げるヴァルカン。
まさかの出来事に周囲も騒然とし、ニコルまで引き攣った笑みを浮かべるのがやっとの状態。
そして、羊皮紙の内容は――
「なにが婚姻だ!! コレは治癒術師の登録証じゃないか!!」
そこに書かれていたのは、カオルの名前と年齢。
【聖騎士教会】が正式に認めた治癒術師で、金銭授受など制約に違反した場合の反則事項が書かれていた。
どこにも婚姻なんて書いてない。
カオルは詐欺に会った気持ちでいっぱいだった。あとオーブン欲しい。
「あらあら♪ 冗談なのに♪」
「何が冗談だ!! カオルは私のモノだ!!」
「あら~? おねぇちゃんだって昨日カオルちゃんとお風呂に入ったんだもの。もう、カオルちゃんに貰ってもらわないといけないと思うの~♪」
「フンッ!! 私は毎日お風呂も寝床も一緒だぞ!! 人の弟子に手を出すつもりか!!」
「あらあら♪ それなら、私も昨日はカオルちゃんと一緒に寝たわよぉ~♪ と~っても暖かったわ♪」
「私も一緒だっただろうが!! カオルは私の嫁だ!! 渡さんぞ!!」
醜い言い争いを始めた嫁き遅れの2人。
密かに――バレバレだが――カルアへ想いを寄せていた十数名の男性が「そっちの趣味かよ」と呟き、涙を流しながら礼拝堂を駆け出して行く。
そして、そんな彼等に同情する者よりも、カルアに賛同する者の方が多かった。
なにせカオルの容姿が優れていたから。
罵り合うヴァルカンとカルアに着いて行けず、ちょこんと小首を傾げたカオル。
ヴァルカンのお下がりのチュニックは身体に合っておらず、首回りが大きく開き右の鎖骨が丸見えである。
しかも珍しい黒髪に黒い瞳。
老齢の婦人は(娘に欲しい)と思い、司教ニコルの下で助祭の勉強中の女性は(妹にしたい)と考える。
そして多くの男性が(俺も嫁にしたい!!)と淡い期待を込めてカオルを見詰め、神聖な礼拝堂が一種の戦場と化していた。
「ゴホン!! えー...カオルさん? これで治癒術師となった訳です。カルアさんから聞いていると思いますが、有償で治療を行なうならば必ず【聖騎士教会】へ申し出て下さい。
もし、万が一にも従わない場合は裁かれる事になりますからね? ゆめゆめ忘れない様にお願いします」
大きく咳払いしてニコルが治める。
司教としての立場から、これ以上の騒ぎは看過できない。
そうしてやっとニコルが一喝した事で収拾したものの、ヴァルカンとカルアの睨み合いは続く。
ニコルは誓った。
(あとで必ずカルアを叱ろう)と。
「えっと、ニコル司教様? 無償ならば回復魔法を使ってもいいんですか?」
「ええ。そうでなければ冒険者としてパーティを組む事もできませんからね」
まともなカオルの質問に、ニコルはホッと胸を撫で下ろす。
同時に(善い子だな)と感心した。
(ふむふむ...無償で愛を配る神の徒なら裁かれない、と。布教活動でもしろって事なのかな? とりあえず、頑張って回復魔法の勉強しないとだね♪)
ヴァルカンとカルアのやり取りに慣れはじめたカオル。
まったく気にした素振りも見せず納得する。
一方の美少年趣味2人は取っ組み合いの喧嘩一歩手前。
「ガルル!!」と呻る2人は、もしかしたらエルフじゃないのかもしれない。
ニコルに窘められカオルに注意されて、ようやく正気に戻ったヴァルカンとカルア。
カルアは残念そうに「今日もお仕事なの...残念だけど、カオルちゃん? またね♪」なんて声をかけて治療所へ向かって行った。
「あの阿婆擦れめ...調子に乗りやがって....」
ブツブツカルアの嫌味を言い続けるヴァルカン。
カオルはヴァルカンの暴言を注意し、「もうすこし言葉使いに気を付けて下さい」と懇願する。
実際、カオルは2日前にカルアと出会ったばかりなのだが、とても濃厚な時間を過ごした。
初めは温厚で柔和な治癒術師として。
そして先日は危機を救われ、感謝もした。
ただ....ヴァルカンと同種の変態だった。
何が良いのかわからないけれど、何故かカオルに好意を持たれた。
(こんな子供の何が良いんだろうね?)
自分の魅力に気付かないカオル。
今もこうしてヴァルカンと手を繋ぎ、歩いているだけで何人もの男が振り向いている。
それは元剣聖のヴァルカン――ではなく、もちろんカオルを見ているから。
超絶に可愛らしい美少女。
ヴァルカンの傍で安心しきった笑みを浮かべ、時折楽しそうに回ったりしていた。
「師匠? 今日はどうするんですか? もう【イーム村】へ帰ります?」
「いや、しばらくはオナイユに滞在しようと思う。色々と用事もあるからな」
(ふむふむ...出不精な師匠だもんね。気晴らしかな?)
カオルとて、久々の都会に観光気分だったりする。
ただ、ヴァルカンが居ないと怖い。
【オナイユの街】は人が多く、"あの目"を持つ輩が居たのだから。
(う~ん...調味料とか...オーブンとか....欲しいなぁ...)
脳に焼きついて離れないオーブン。
アレさえあればケーキが焼ける。
グラタンもピザも何でもいける。
石釜の使い方を覚えればいいだけなのだが...それは無理な話し。
なぜならカオルはオーブンに夢中だから。
人の多い大通りは、今朝も大盛況である。
出店も多くそこかしこで姦しい女性が集まり噂話で談笑する。
(どこの世界も一緒だなぁ)と、カオルが自然に話しに耳を傾けた。
「なんか~。夕べ大捕り物があったらしいよ」
「知ってる知ってる! 憲兵が走り回ってたよね!」
「なんでもぉ~。北側に娼館があるじゃな~い? そこで誰か斬られたらしいよぉ」
「マジで!? 通り魔とか? うわー...恐くて外歩けないじゃん」
「でも斬られたヤツ、指名手配犯だったらしいよ」
「なにそれ仲間割れとか?」
「どうなんだろうね」
「それでそれで?」
「斬られたのが近所のゴロツキでね。人攫いだったんだって」
「うわ、こわ!」
「それでねそれでね? 斬られた時に丁度子供が攫われてたらしくて、娼館に売られる寸前だったらしいのよ」
「なにそれ! じゃぁ犯人はその子供?」
「んなわけぇ無いじゃな~い。それがぁ、どうも違うらしいのよぉ」
「えーじゃぁその子供は犯人見てないの?」
「一瞬の出来事だったみたいでね? 斬った相手は見てないんだって」
「じゃぁ今も街のどこかに居るかもしれないってこと?」
「そそ、だから朝から憲兵が走り回ってるんじゃない」
「でもさでもさ、その斬った人って子供救ったわけじゃない? 勇士的な感じじゃない?」
「いや、結局通り魔なんだからダメでしょ」
「ん~...私はぁ勇士の方がいいなぁ。なんかカッコイイしィ♪」
「はいはい」
「でもそれ続きがあってね? 斬られたゴロツキが、実は気絶してただけなんだって!」
騒がしい上に話しの内容が不穏。
思わずヴァルカンの腕へ身体を巻き付かせ、しがみ付く。
そんなカオルの様子にヴァルカンが不思議に思い、でもカオルが可愛くて思わず頭を撫でた。
「ん? どうしたんだ?」
「な、なんでもないです...」
噂はあくまでも噂。
信憑性の欠片も無いし、(もしかしたら昨日の2人かも...)なんてカオルが無駄に考える必要もない。
だから甘えておけばいい。
護ってくれるヴァルカンが居るのだから。
そうしてしばらく歩き続け、黒猫通りのミント亭へ辿り着いた。
昨夜はカルアの家に宿泊し、事前に連絡もしれおらず、もしかしたら店主が心配しているかもしれない。
そう思っていたのだけれど――
「....師匠?」
「いや、言わなくてもわかるぞ」
「ですね」
ヴァルカンとカオルが見たモノ。
それは宿屋に入りきれず、従業員が整列させた沢山の人の群れ。
いったい何があったのか。
しばし茫然と眺める2人だった。




