第十八話 回復魔法
ヴァルカンにライバル出現!?
2016.7.14に、加筆・修正いたしました。
ほどなくして、カルアの自宅へ辿り着く。
典型的な一軒家。
作りは木造2階建て。
【オナイユの街】特有の白い壁と赤い屋根。
「どうぞ、遠慮せずお入りくださいな♪」
「邪魔するぞ」
家主のカルアに続き、カオルを抱き上げたヴァルカンが入る。
室内は各種調度品がキレイに配置され、掃除も行き届いていた。
女性ならではの気遣いを感じさせるカルア。
どっかの『残念美人』と対極の存在。
同じ妖精種のはずなのに、性格は真逆。
居間のソファの上にカオルを寝かせ、カルアが淹れてくれた紅茶を口にする。
ヴァルカンの怒りは怒髪を抜いて、カオルを傷付けた憎いあいつらをどう料理しようかと画策していた。
「剣聖様? そんなに目を血走らせていたら、カオルちゃんが起きた時にびっくりしちゃうわ」
カルアの言う通り、ヴァルカンの顔はまさに鬼の形相であった。
目尻はつり上がり眉間に皺を寄せ、これから戦場へ向かう様相。
武者震いで興奮する身体を落ち着かせようと、カオルの頭を撫でた。
そして――安堵の表情を浮かべ、小さく寝息を立てるカオル。
それでも心細いのか、ヴァルカンの服袖をしっかりと握って離さない。
「ああ、悪いな...私はどうもカオルの事になると正気じゃ居られなくてな...」
「あらあら♪ でも、おねぇちゃんもその気持ちはわかるかしら♪」
おどけてみせるカルア。
半分冗談、半分本気。
同族嫌悪というものを、ヴァルカンはヒシヒシと身体で感じている。
美少年趣味にしかわからない敵対感。
同時に――カオルを助けて貰った恩も感じ、(まぁ仕方ないか)と緊張の糸を解いた。
「はぁ。それで、何があったか聞いてもいいか?」
「そうねぇ~....」
カルアは語る。
午前で終わった仕事の帰りに所用を済ませ、帰路の途中で昨日出会ったカオルが2人の男に言い寄られていた。
それも何かに怯え涙を流し、助けを請う様な仕草をしていて。
永年治癒術師として勤めてきた自分にはすぐにわかった。
アレは、戦場で大切な者を失い、心を壊した人と同じだったと。
だから――助けなければいけないと思った。
「それに...あの2人は【聖騎士教会】と【エルヴィント帝国】から要注意人物に指定されている人なの。最近多いの...あの手の人達に近寄られて、行方不明になる子供が」
ヴァルカンは盛大な溜息を吐いた。
わかっていながらなぜ始末しない。
あの時耳にした噂は真実じゃないのか?
レンバルトの様子から、【オナイユの街】の治安はそこそこ良いと判断していた。
その矢先にこの有様だ。
いや――もしかしたら、待っていたのではなかろうか?
あいつらが手を出す瞬間を。
そして、たまたまカオルが囮として槍玉に上がったのか。
ならばあの時近くに聖騎士なり帝国兵士なりが居たのだろう。
自分自身、頭に血が上っていて気配を感じなかったが。
しかし――私のカオルに手を出して、穏便に事が済むと思うなよ。
お前達がやらないなら、私がやってやる。
「剣聖様? またお顔がこわ~い事になってますよぉ~?」
「ああ...わかってる...」
憎悪の感情が蠢く。
だが、今の自分の顔をカオルに見られるのはまずい。
カオルは心を痛めてしまった。
あの可愛いカオルが焦燥しきるなんて、初めての事。
どれほど怖い思いをしたのか、私にはわからない。
だから今だけは収めなければ。
この怒りと憎悪を。
カオルの頭を撫でいていた手を、頬へ、胸へ、お腹へ、太股へ。
自分を落ち着かせようと触りまくった。
これはひとつの儀式。
可愛い嫁の身体に残る"恐怖という病"を浄化しているのだ。
(....グヘ...カオルきゅんカワユイ....)
『残念美人』は残念である。
どんな時でも残念なのだ。
だから、こんな状況下なのに我欲が優先された。
「....んっ」
そして――当然カオルも起きる。
全身執拗に弄られて、起きない訳がない。
しかも、ここ最近はほぼ毎晩触られているのだから。
「....師匠? ナニシテルンデスカ」
ヴァルカンに突き刺さる視線。
カオルの冷ややかな瞳。
カルアは何故か「あらあら♪ まぁまぁ♪」と喜んでいる。
「いや、これは人命救助の一環だ。だから、何も問題などな――」
「いいえ。ボクの身体が冷えていた可能性は皆無です。だから、師匠が変態的行為をしようとしていたのだと推測します」
「へん...た...い....」
嫁に変態と呼ばれショックを受ける夫。
そして、カオルの声は機械音の様に規則正しく抑揚がまったく感じられない。
呆れ、軽蔑し、でもちょっと嬉しかったりする。
なぜなら、カオルはヴァルカンに救われたのも事実だから。
「あらあら♪ もうカオルちゃんは大丈夫なのかしら? おねぇちゃんが診てあげるわね♪」
【聖騎士教会】に所属する、治癒術師のカルア。
ヴァルカンと違い、大義名分を手にカオルの触診を始める。
まずは目を合わせ顔を触り、次に頭を撫でて。
そして身体に触れて「よかった♪」と頷いてみせた。
ヴァルカンとの違いはもう一点。
カルアは母性の塊で、触られたカオルが嫌悪感を抱かなかった事。
「すみません、カルアさん。助けていただいてありがとうございました」
「いいのよ♪ カオルちゃんが無事で、本当によかったわ♪」
変態から逃れ、カルアにお礼を述べて、ソファに座りなおしたカオル。
紅茶を淹れようとしたカルアのお手伝いを買って出た。
「あらあら♪ カオルちゃんは善い子ね♪」
「いえ、当然の事だと思います」
「そうかしら♪」
仲よさげな2人。
昨日出会ったばかりのはずなのに、完全に打ち解けている。
それは、窮地を救われた事も理由のひとつで、もうひとつはカルアから感じる亡き母親の面影。
慈愛に満ちた瞳と柔らかな物腰。
ちょっと天然でお茶目なところ。
なによりもその目。
カオルの畏怖する『濁った目』とかけ離れている。
もちろんヴァルカンもそうだが、最近のスキンシップは過剰でスーザンからも警告されていた。
『強く生きるんだよ? 命の危険を感じたら、聖騎士様の詰め所へ逃げ込めば匿ってくれるからね?』
この言葉はカオルの胸に深く留められた。
やはりヴァルカンは家族の枠を超えようとしている。
どういう風に? とは説明し辛いけれど、カオルは今の関係を壊したくない。
お互いを信頼し、お互いを想い合い、支え続けてほしい。
だから、今後の関係について少し考えよう。
どういう家族のあり方が望ましいのか。
「そうだ! あの、カルアさん。回復魔法ってどうやって覚えたんですか?」
紅茶を飲んで一息吐き、涙ぐむヴァルカンのせいで場が持たないと判断したカオル。
せっかくの機会なのでご教授願う。
幸い自分は風竜のおかげで風と雷系統の魔法が使える。
この先、自前で回復魔法を行使できれば、その恩恵は計り知れない。
「あらあら♪ カオルちゃんは、治癒術師に成りたいのかしら?」
「い、いえ。使えたら便利だなぁと思ったので...」
カオルは正直者。
嘘が下手だしすぐにばれる。
そして永年治癒術師を勤めるカルアも、それなりに人を見抜く才能を持っている。
カオルを一巡眺め、顎に人差し指を当て数瞬悩む。
「いいでしょう。と・く・べ・つ・に♪ 回復魔法の素養があるかどうかみてあげようかしら♪」
スッとソファから立ち上がり、食卓と呼べるキッチン近くのテーブルへ。
椅子に座るよう促され、カオルはそれに従い対面して座る。
「回復魔法は、誰でも使えるわけじゃないの。そもそも魔法というものは、子々孫々、代々受け継いでいくものなのよ?」
カオルと両手を繋ぎカルアの回復魔法講座が開始される。
その様子をヴァルカンはコッソリ覗き見、カルアに怒りを覚えていた。
「だけどね? 偶発的に回復魔法が使えるようになる者も確かにいます。
そして、偶発的に回復魔法に目覚めた者を洗礼施行者と呼ぶの」
おどけた様子を一切見せず、教師カルアは真剣そのもの。
カオルは頷いて答え一言も逃がさず聞き入った。
「これは【聖騎士教会】の利益を損なわないために管理しているからなのです。
もし、数少ない回復魔法の使い手が【聖騎士教会】の許可を得ずに有償で治療をしたらどうなりますか?」
「....なるほど。教会の利益にならないわけですね?」
「その通りです。そういう意味で、回復魔法は厳しく管理されているの」
カオルの返答に花丸をあげたカルア。
ただし、子供にしていい話しじゃない気もする。
なにせ【聖騎士教会】の利権問題。
それもややこしく複雑な事情の絡み合った話し。
どっかの大人同士で勝手に決めた決まり事で、カオルにまったく関係ない。
「このお話は、回復魔法を覚える為の基礎知識として、必ず習わなければいけないことです」
「そうなんですね」
「そうなのです♪」
敬語の上に本性を見え隠れさせ、カルアの思惑はゆっくりと進む。
真剣な表情から一変させて微笑んでみせ、カオルはその様子に首を傾げる。
「というわけで、もしカオルちゃんに回復魔法の素養があれば、【聖騎士教会】に所属または登録することになります」
「わかりまし――」
「ああ、ちょっとまて」
同意しかけたカオルをヴァルカンが止める。
その顔は凛々しく、『残念美人』の面影もない。
ちょっと袖口が濡れてるのは、涙を拭ったから。
カオルに"変態"と呼ばれ悲しかった。
「カルア。これから言うことをよく聞いてほしい」
いつにも増して真剣なヴァルカン。
カオルはすぐに理解する。
伊達に2年以上も共に過ごしてきた訳ではない。
ヴァルカンは"あの話し"をするのだと。
「カオルは私の秘蔵っ子だ。とても魔法の才能に溢れた子なんだ。だから、もしこの先カオルの秘密を知っても黙っていて欲しい」
見詰め合う2人のエルフ。
ヴァルカンから放たれる本気。
カルアはそれを肌で感じ取り、ややあって「わかりました」と返した。
「ありがとう。続けてくれ」
「コホン。それでは改めて始めましょうか」
咳払いをしつつカオルに視線を落とすカルア。
基礎的な話しをしている間、繋ぎっぱなしの手に何か意味があるのだろうか。
それは、たぶんカルアの思惑に関係していると思われる。
「カオルちゃんは、魔法が使えるのね?」
「はい、使えます」
「そうなのね? それはすごいわ♪ 回復魔法は、自らの魔力を癒しの力に変えて他者に送り込む魔法です。ここまではいいですね?」
「大丈夫です」
「では次に、"癒す"、"治療する"ということは、人体について詳しく知らなければいけません。
そのため、治癒術士は『1に勉強、2に勉強、3、4も勉強、5に大勉強』なのよ?」
ズイッと顔を近づけるカルア。
あまりの迫力にヴァルカンがたじろぎ、カオルは動けずに固まる。
そして両手に加わる圧力。
【聖騎士教会】に所属する治癒術師は、刃物を持つ事を許されない。
その為に聖騎士が居る。
しかし、刃物を持てないだけで殴打は可能。
要するに、その気になれば撲殺できる。
そして、両親共に治癒術師という所謂エリートの家系で育ったカルアは、棍棒術の手解きをされていた。
故に強い。それもかなり。
「私も、これまで涙ぐましい努力をしてきました。それはもう婚期を逃がすほどにっ!!」
「わかるぞ。その気持ち...」
カルアの悲しい吐露を、ヴァルカンは肯定する。
なにせ本人も未だ結婚せずにカオルへ手を出そうとしている。
いや、美少年趣味なのだから良いのかもしれない。
今後カオルが自分好みの男性へ成長すれば、全て丸く納まる。
(カルアさんと違って師匠の場合は性格が問題だからでしょ?)
冷静なカオルはそう分析し、涙ぐむ2人へ冷たい視線を送っていた。
「というわけでカオルちゃん!! よかったら私をお嫁に――」
「あぁ!? カオルは私のものだ!! お前なんぞに渡さないぞ!!」
火花散る2人。
ついに2人は激高し、お互いの権利を主張し始める。
そんな様子を眺め、カオルはなぜ自分の所有権がヴァルカンにあるのか問い詰めたい。
自分の身体は自分の物で、自分の心も自分の物だ。
将来捧げるとするならば、それは婚姻した相手の物だし、既に家族のヴァルカンが主張するのは――それはいいのかもしれない?
(....なんだか、よくわかんなくなってきちゃった)
カオルは子供で色恋に疎い。
恋愛の機微なんてよくわからないし、なんで2人が言い合ってるのか理解不能。
なので、ここは一先ず本筋に戻そう。
「えっと、今は回復魔法の授業中でしたよね? 続きをお願いします」
無垢なカオルは、時として凶悪である。
穢れを知らぬ身体と心。
邪な心を持つヴァルカンとカルアに、カオルはさぞ美しく見えた事だろう。
カオルの言葉に頷き返し、2人の争いは鎮められた。
色々な意味で。
「で、では...カオルちゃん? 実際にやってみましょうね?」
繋いでいた手を離し、壁際のチェストへ向かい裁縫道具から縫い針を片手に戻ってきたカルア。
やはり繋ぐ意味は無かった。
カルアはただ、カオルに触れたかっただけだろう。
意味を理解しヴァルカンは(ぐぬぬ)と震え始める。
しかし、つい先ほどカオルに窘められたばかりだ。
「変態」呼ばわりもされてしまい、これ以上カオルの好感度を下げるのは愚策。
だから――
「すみません、師匠」
「問題無い。針で刺された程度、苦痛でもなんでもないぞ」
「あらあら♪ さすがは"元"剣聖様ですね♪」
「ああ!! "元"剣聖だからな!!」
婚期を逃がした生娘2人。
ヴァルカン24歳、カルア27歳。
とっくの昔に成人を迎え、20歳を過ぎれば『嫁き後れ』と後ろ指を指される時代。
若干1名性格に難ありだが、見た目は美麗で【カムーン王国】でも誉れ高い元剣聖。知名度――悪名――も高い。
そして、【聖騎士教会】に所属し治癒術師として生涯を捧げてきた聖母カルア。
種族こそ同じではあるものの、2人の立場も、役職も、性格も、何もかもが相違していた。
だが、種族と同じでもうひとつだけ似ている点があった。
それが――仕事が多忙で、異性に興味がなかった点。
言い寄る男は多かった。むしろ星の数ほど居た。
けれど、どの男性も一様に2人の眼鏡に適う事なく玉砕した。
ヴァルカンなど、その見た目と役職も相まって、同性からの告白も多かったくらい。
"そっちの趣味"は無かったから、断り逃げ回る羽目になったが、それは過去の事。
2人が婚期を逃がした理由はもちろん――自分達が美少年趣味だったと気付かなかったから。
そして2人は出会ってしまった。
理想的な異性に。
超優良物件の前で、交わされる言葉。
見た目は好みの可愛らしい男の子。
しかも歳若く――11歳――将来有望な魔術師。
元剣聖が隠蔽工作をするほどの強さを秘めている。
あとがないカルア――もうすぐ三十路――が、カオルを逃がす訳にはいかない。
「あの...そろそろ治療をしないと...師匠の血が....」
ポトリポトリとヴァルカンの指先から滴り落ちる血液。
睨み合う2人は、カオルの心配そうな声で冷静さを再び取り戻し、カルアは回復魔法を即座に唱えた。
「聖なる光よ、かの者を癒せ。《治癒》」
カルアの手から、サラリと零れる光の粒。
神聖魔法に分類される回復魔法。
他の属性魔法に比べ、行使できる人種は多い。
カオルやヴァルカンのように"攻撃出来るだけの魔力"を有する魔術師は、とても希少なのだから。
「コホン。今見たように、傷口を確認し次にイメージするの♪ 皮膚と肉を繋げて癒すイメージよ♪」
サラリと何事もなかった事にして、カルアは飄々と語る。
ヴァルカンも少し血が抜けて気分が良い。
むしろ、カオルの一件から血の気が多かったのだから、本当に丁度よかった。
たとえ、流れた血がコップ半分程度満たしていたとしても。
(おー! 神の奇跡だぁ...)
一方、カオルは間近で見られた回復魔法に感動していた。
カルアの手から零れた神秘的な光。
自分が治療された時は背中越しで見れなかった。
それに、やたらとペタペタカルアに触られ、落ち着く暇もなく――
(んん?)
そこでようやくカオルは気付く。
あの時なぜやたらと触られたのか。
「あの...今、師匠の傷口とか確認しませんでしたよね?」
「そうね♪ だって、傷口の確認をする必要なかったもの♪ 見ただけで創傷だってわかれば十分なのよ♪」
「それじゃぁ、ボクの時も触る必要なかったって事ですよね? 傷跡でしたし...」
カオルの指摘にカルアが押し黙る。
むしろ笑顔で誤魔化そうと試みた。
温厚な性格に輪を掛けて、持ち得る全ての慈愛を込めて。
だが、もちろん許されない。
なにせそこに、ある意味小姑が居たのだから。
「ほほぅ? 最近の【聖騎士教会】の治癒術師は、責務に託けてふしだらな行為をする"ド変態"なんだな?」
余程カオルに「変態」と呼ばれショックだったのだろう。
これ幸いとカルアに対し辛辣な態度のヴァルカン。
自分よりもさらに酷い"ド変態"の称号をカルアに押し付け満足そうに頷いた。
しかし――何事もほどほどにしなければいけない。
ヴァルカンの言葉でカルアは落ち込み、法衣の袖で顔を覆う。
やがてすすり泣く声が聞こえ始め、カオルはヴァルカンを叱った。
「師匠!! 言い過ぎです!! 確かにカルアさんはボクの事をペタペタしましたけど、ちゃんと治療してくれました!! 謝って下さい!!」
「い、いや...だがな? アレは触り過ぎだったと思うぞ?」
「でも!! もしかしたら、創傷の深度を探っていたのかもしれません!! 見た目だけではわからない、後遺症とかありますし!!」
「そ、そうか? いや...そ、そうだとしたら...すまん...」
カオルの勢いに気圧されたヴァルカン。
渋々カルアに謝りはしたが――カルアは泣いていなかった。
むしろ、ニヤリと口端を吊り上げ嗤った。
カオルとヴァルカンに見えないように。
「グスン...いいのよ? カオルちゃん。おねぇちゃんは許します」
「カルアさん....」
泣き真似をやめてわざとらしく目元を拭うカルア。
カオルは(なんて素敵な人なんだろう)と感動する。
純粋でいて、穢れを知らない無垢な子供。
ヴァルカンは育て方を間違えたかもしれない。
「さ、カオルちゃん? 今度はカオルちゃんがやってみましょうね♪」
「はい!! よろしくお願いします!!」
転心したカルアに促され、カオルはヴァルカンの指に針を刺す。
毛ほどの傷にヴァルカンも頷いて了解したのだが――
「んっ」
一瞬聞こえた呻き声。
カオルが申し訳なさそうにヴァルカンの顔を見上げると...なぜか頬を赤く染めて幸せそうな顔をしていた。
(ドウイウコトデスカ?)
カオルと目が合いニヘラと笑うヴァルカン。
目尻は下がり、口元もだらしなく開いている。
何より、目が大変な事になっていた。
ハートマークが浮かんでいる。
いや、実際にそんなモノは見えないのだが、カオルにはそう見えた。
(『残念美人』め....)
自分の手に負えないと決め込み、カオルは回復魔法に意識を集中する。
ヴァルカンは一種の変態で、マゾヒストの側面を持っているかもしれない。
だから、カオルが与えた痛みに喜びを感じ、見せてはいけない顔をした。
自分の行く末に一抹の不安を覚え、カオルは本当に【聖騎士教会】の詰め所へ逃げ込む覚悟を決める。
(...なおれ~...なおれ~)
ヴァルカンの指先"だけ"に意識を集中し、カルアから教えられた回復魔法の知識を反復する。
確かに創傷だが、今回は針で刺しただけの刺し傷。
深さも無く爪先程の血溜まり。
皮膚と肉――表皮があって真皮があって皮下組織がある。
(繋ぐ...縫合....魔力を癒しに変えて送り込む...イメージ...)
カオルが集中していると、何かが心で囁いた。
小さな声でボソリと。これが正解だと言うように。
それはたぶん――
「....《治癒》」
フワリと周囲に風が凪ぐ。
カオルを中心に頬を撫でる程度の"癒しの風"が吹き、ヴァルカンの傷は塞がった。
しかし、カルアとヴァルカンは驚きを隠せない。
たった1度『実演し』『説明し』ただけで、カオルが回復魔法を使えた事実。
しかも使用した魔法は神聖魔法ではない。
風魔法の《癒しの風》だ。
効果が同種でも、事象が違う。
さらに、カオルは詠唱を行なっていなかった。
所謂<詠唱破棄>と呼ばれる魔法技術なのだが、それこそ熟練の魔術師でもないと不可能である。
いくら才能豊かな者であろうと、永年治癒術師として活躍してきたカルアを超える回復魔法の使い手の誕生に、驚愕するしかないだろう。
「やった!! 師匠! カルアさん! できましたよ♪」
大喜びのカオルを前に、ヴァルカンとカルアはお互いを見やり溜息を吐く。
やがて2人でカオルの頭を撫でた。
2人は呆れを通り越して一種の連帯感と感動を覚える。
ヴァルカンもカオルの類稀なる才能を身を持って理解していたが、まさかここまでとは...
(間違い無くカオルに教えたのはアイツだろう)
影ながらカオルを支え守り続けてきた相手。
小さく「グルル」と嘶き、満足そうな顔をしているに違いない。
風竜と名乗る伝説のドラゴンが。
ヴァルカンはそう思い喜ぶカオルの頭を撫で続けた。
カルアと張り合いながら。




