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第十七話 オナイユの街

2016.7.10に、加筆・修正いたしました。


 朝日が昇り街に喧騒が訪れる。

 人口凡そ2万人の大きな街。

 この街には、領主と呼べる統治者は存在しない。

 【カムーン王国】と【聖騎士教会】に程近く、【エルヴィント帝国】の帝都まで馬で半日の距離にある。

 所謂試験的に造られた街で、帝国直轄地でもある。

 それ故に、様々な思惑が混ざり合い、【聖騎士教会】の聖騎士が駐屯しているのもそういった理由。


 ただ――建街の際、帝国領土なのだから、帝国式の区画整理を成されていた。


 南に商業区。

 東に各種ギルドとそれに順じた施設。

 西に居住区。

 北に娼館などなど。

 そして街の中央に教会と治療所があり、聖騎士の詰め所も併設されている。


 なぜ如何わしい店が街の門扉――北以外の南東西には街門がある――から遠いかと言えば、騒音や諍い事が多く、風紀の面から遠ざけられている為である。

 

 まだ子供のカオルには早い代物であるし、住民達も夜な夜な訪れるには都合が良かった。

 さて、そのカオルだが――


(あれ....寝過ごした!?)


 目が覚めたらお昼過ぎ。


 大慌てで跳ね起き、サイドテーブルに転がるヴァルカンの懐中時計を見やる。

 時計の針は、間違いなく1時を指していて、完全に寝過ごした事を肯定していた。


「ん...? なんか、頭が...重い?」


 初めて感じる鈍痛。

 見えない手で、誰かに頭を押さえつけられている感覚。

 なんとか耐えつつ周囲を見回し現状把握に努めた。


 小奇麗な部屋に、備え付けのテーブルと椅子。

 窓の外はとても明るく、今日の天気は晴れっぽい。

 自分の姿を確認すれば、寝る前に着替えるのを忘れていたのだろう。

 ヴァルカンのお下がり――ダボダボなチュニック――姿。

 ズボンも裾上げした麻の物だし、いつもの外着。


(昨夜は何も無かった...んだよね?)


 自分の姿にホッと安堵し、隣を見やれば幸せそうな顔でヴァルカンが寝ている。

 頬はニヤケ、涎も垂れてた。

 凛々しくもあり、時にだらしない人。

 それが、カオルの師匠。


(まったく...せめて着替えた方がいいですよ? 師匠)


 昨日初めて見せたヴァルカンの騎士服姿。

 臙脂(えんじ)色に、白を基調とした燕尾服。

 さすがにそのまま寝てしまうと、服に皺が出来てしまう。

 そして、案の定皺が出来ていた。


(あとで直してあげよっと♪)


 ベットから抜け出し洗面所へ。

 顔を洗えば意識もはっきり、鈍痛も幾分和らぐ。


(なんで寝過ごしたんだろう?)


 鏡に写った自分の顔を見ながら考える。


 昨夜の記憶を探り出す。

 カオルは記憶力がとても良い。

 それは"香月家の本流"だから、という理由ももちろんあるが、カオル自身努力を怠らないからでもある。

 手繰り寄せた記憶によれば、お風呂に入って部屋へ戻ってそこから記憶が曖昧だった。


(ん~....まぁいいか。きっと、馬車旅が永かったから疲れてたんだよね?)


 考える事を放棄したのではなく、記憶が無かった。

 ならばこれ以上無駄に考える必要もないだろう。


 部屋へ戻り、今尚寝息を立てるヴァルカンを確認。

 表情はだらしないが、美しい金色の髪に、どれだけ暴飲暴食を重ねても変わらない体型。

 (やっぱり美人だよね)と、内心ほくそ笑んで部屋を出た。


 昨夜は遅くに宿泊手続(チェックイン)きした為、廊下の細かな造形など、詳しく見る事ができなかった。

 だが、今は昼間で明かりもあり、細部まで見渡す事が出来る。


 この宿屋――黒猫通りのミント亭――は、かなり豪華な宿泊施設だ。

 年季の入った木製の壁や扉。

 木彫りされた文様は、何かの動物だろうか。

 おそらく(黒猫かな?)と、宿名から予想する。


 そうしてしばらく鑑賞し、寝起きのヴァルカンがお腹を空かせて騒ぐだろうと考えた。


(食堂へ行けば、部屋に料理とか運んでくれるかな?)


 なにせ高級な宿屋。

 そういったサービスもあるだろう。

 実際その通りなのだが、今日は様子が違っていた。


(うわぁ...すっごい人の数....)


 見渡す限り人人人の群れ。

 それも様々な種族の獣人で溢れ、受付(ロビー)と食堂がある1階はごった返していた。


 さすがのカオルも退いてしまう。

 対人恐怖症が発症した訳ではない。

 ただ、活気がありすぎて圧倒され、言葉も出ないだけ。

 時間は確かに正午過ぎ。

 それでも1時を回っているのだから、昼食時と言えばその通りなのかもしれない。


 でも、多い。

 

 食堂に入りきれず順番待ちをしている程の人数。

 やっぱりここの料理人は、さぞ美味しい料理を振舞うのだろう。

 そうカオルの頭に過ぎる各種調味料。


 だが――それは少々違っていた。


「やや!? キミは、昨日剣聖様と一緒に居た子じゃないか!?」


 野太い声に喜びを込めて、後ろから話しかけてきた人間(ヒューム)の男性。

 カオルが振り向けば見覚えがあった。

 昨夜、宿泊手続(チェックイン)きをした時にヴァルカンと話していた人。

 この宿の店主であった。


「こんにちは。凄い人だかりですね」


 目上の人に対し、礼儀をわすれてはいけない。

 カオルは両親からそう教えられて育ち、実際【イーム村】で出会った村長達にも礼儀を払っていた。


「いやいや! これはキミのおかげなんだよ!」

「えっと....どういうことでしょうか?」


 カオルは何かをした覚えはない。

 なにせ昨夜初めて泊まった宿屋。

 夕食を作り、豪華な部屋の浴室でお風呂に入り、記憶は曖昧だが後は寝ただけだ。


「昨日、キミがうちのレジーナに料理を教えてくれたんだろう? そのおかげでこの人だかりだ! ガハハ!!」


 豪快な店主のガハハ笑いを聞き流し、カオルはようやく気付く。

 昨夜出会った犬人族の従業員に料理――ラタテューユ――を教えた事を。

 そして、その女性の名前がレジーナと言う事を。


「なるほど。それで作ってみたらこの状況になったと?」

「そういうことだ。いやぁありがたい! おかげで儲からせていただいているよ!!」


 カオルに握手を求めた店主。

 それに応え、熱く握手を交わした2人。

 店主の上機嫌な態度は益々増長し、嬉しそうにカオルの頭を撫で始めた。


「おじょうちゃん、若いのにしっかりしてるねぇ! さすが剣聖様のお付きだ! ガッハッハ!!」


 子供扱いされる事は仕方が無い。

 カオルはまだ子供なのだから。

 ただ、カオルは男の子だ。

 なので、不機嫌に頬を膨らませても問題はない。


「ん? どうした? ああ、そうか。そうだな、何かお礼をしないとな....よしっ!! それじゃ、ここに宿泊している間の宿代は無料(タダ)にしようじゃないか! それがいい!!」


 店主は立派な商人だ。

 カオルが払った新商品――料理――に対し、宿泊費を無料(タダ)にするという代価を払った。


 だが、それだけではない。


 商人の感が告げている。

 (この子が宿に泊まり続ける限り、何か恩恵がありそうだ)と。

 見た目も可愛らしく、幸運をもたらすお守り――マスコット――として最適だ。

 見慣れぬ髪色でもあるし、噂は噂を呼び、金の匂いもする。

 けして安くない宿代だが、投資して余りある対価を得られそう。

 なにせレジーナが「他にも沢山美味しい料理を作ってました!!」と、大喜びで話していたのだから。


「我が家だと思って、大いに寛いでくれ!! ガハハ!!」


 恰幅の良い腹を叩きながら立ち去った店主。

 カオルは思わぬ幸運を手に入れ、ハッと思い出す。


(お昼ご飯、どこで食べよう?)


 食堂は、今尚長蛇の列を作り続けている。

 並んだとしても食事にありつけるのは何時になるか...


(もういっその事外で食べよう)

 

 カオルがその考えに辿り着くのに、そう時間はかからなかった。





















 踵を返し部屋へ戻ったカオル。

 扉を開けて最初に見た光景に、ガックリと肩を落とした。


(寝たふりしてる...絶対起きてるよね....)


 何度となく繰り返された応酬。


 ベットの上で小さく蹲り、嘘の寝息を立てるヴァルカン。

 被ったシーツがピクピク動くその場所は、間違いなくエルフ特有の尖った耳。

 

 2年以上も共に過ごして来たのだ。

 ヴァルカンの癖なんてとっくにわかっている。

 煽てる時は身体全体で表現するし、嘘を吐く時は決まって身体のどこかが反応する。

 鼻の穴が広がっていたり、こうして耳を動かしたり。

 カオルに隠れてお酒を飲んで見付かれば、組んでいた手を交互に交差させて明らかに動揺していた。


 だから――カオルにはわかる。


「師匠? おはようございます。もうお昼過ぎですよ?」


 ベットへ近づきシーツを剥ぎ取る。

 予想通りヴァルカンは起きていて、カオルと目が合い大慌てで飛び退き震え始めた。


「か、か、か、か、カオル!? ゆ、昨夜の事は....」


 ただ、なぜか今日に限っていつもと違っていた。


 普段ならば「バァ!! 驚いたか?」とおどけて見せるヴァルカンが、怯えていた。

 それはカオルの知らない出来事。

 普段絶対に口にしないお酒――もちろんノンアルコール――を口にし、カオルは記憶を失った。

 そして、ヴァルカンへ口付け文字通り蹂躙し、あろう事か生娘のヴァルカンは達してしまった。

 数え年で12歳の子供に、一回り年上のヴァルカンが敗北したのだ。

 幼い床上手を前にして、恐れないはずがなかった。


「師匠、すみません。昨夜はお風呂から出たまでは覚えているんですけど、そこから記憶が無くて...」


 正直者なカオル。


 本当に覚えていないのだから仕方がない。


「もしかして、何かしてしまいましたか? たぶん、疲れていて眠ってしまったと思うんですけど」

「い、いや、いいんだぞ!? き、昨日は、お互い疲れていたしな!! "何も"問題はないぞ!!」


 何故か"何も"と強調したヴァルカン。


 当然カオルは怪しいと思い、(また隠れてお酒とか飲んだのかな?)と勘繰る。

 犯人は気付かない。

 既に、自分とヴァルカンのファーストキスが奪われ奪った事を。

 唯一の救いは、両者がお互いを憎からず想っていた事だろう。


「ところで師匠? 寝る時は、せめて服を着替えてからにしたほうがいいですよ? 皺になりますし」

「そ、そうか!? ふ、服は着たまま寝ていたのか!! そうかそうか....」


 さすがのヴァルカンも安堵した。


 なにせ、カオルとの口付けで意識を失ってしまった。

 もしかしたら、自分の知らない間に致してしまっていた可能性もある。

 カオルとの間に子供は欲しいが、初めてを捧げるのに記憶が無いとか自分が許せない。

 だから、騎士服に乱れが無かった事に喜びを感じ、惜しいという感情も沸き上がる。

 とっくの昔に同衾(どうきん)しているのだから、今更ではあるが。


「それで、食堂が混んでいたから外で食べようかと思うんですけど」

「あ、ん? 別にかまわないが?」

「....では、出掛ける前に顔を洗ってきてください」


 洗面所を指差し向かわせる。


 ヴァルカンの頬には涎の跡がしっかりと残っていた。

 さすがに高名な元剣聖が、公衆に晒していい顔ではない。


 渋々カオルに言われ顔を洗い終えたヴァルカン。

 タオル片手に洗面所から戻り、カオルは《魔法箱(アイテムボックス)》から櫛を取り出し、椅子へ誘った。


(綺麗な髪だなぁ...)


 至福のひと時。


 カオルは、ヴァルカンと過ごすゆったりとした時間が大好きだった。

 それは過去の情景。

 カオルの両親も、こうして家族の時間を大切にしていた。

 時に微笑み合い、時に無言で。

 だけど雰囲気は柔らかく、優しさに包まれる貴重な時間。


 やがて、丁寧に髪を梳かしていた櫛を止め、カオルはそっとヴァルカンの頬に触れた。


 両親と過ごしたあの時の様に。


「それでは行きましょうか」


 目を瞑り、身を任せていたヴァルカンが立ち上がる。

 カオルと手を繋ぎ、指を絡ませて。



 満員御礼の宿屋を後に、大通りへ出たカオルとヴァルカン。

 南街門近くの屋台をひやかし、カオルに強請られタコスを口にしていた。


「師匠! これ美味しいです!」


 鳥の照り焼きにレタスを挟み包み上げたタコス。

 香ばしい匂いは言うに及ばず、タレがまた絶品であった。


「そうか。これも美味いぞ?」


 ヴァルカンが口にしているのは、チョリソー――豚肉の腸詰のソーセージ――と刻んだキャベツを挟んだタコス。

 ピリリと辛いが、それがまた食欲を誘う。


 そして、カオルも香辛料の辛さを苦手としていなかった。


 故にヴァルカンの思惑に乗ってしまう。


「一口ください!!」


 なんと可愛い嫁だろうか。


 公衆面前でイチャつき、あまつさえ間接キスを画策しようとは。

 さすがは『残念美人』。

 くだらない事に全力を尽くすなんて、やっぱり残念だ。


 お互いのタコスを食べさせ合い、満足顔の2人。


 元剣聖と美少女のやり取りを眺めていた、屋台の店主や街民達が、微笑ましそうに眺めている。

 誰も知らない。カオルが男だという事を。


(クックック...可愛いだろう? 私の(カオル)は)


 我が物顔でカオルと大通りを練り歩くヴァルカン。


 先日買った肉焼き串を片手に、ふわりと長い黒髪を靡かせて、喜びを全身で表すカオル。

 「おまけだ」と言われサービスも多い。

 なにせ、カオルが通ったお店の後はお客でごった返すのだから大盤振る舞い。

 そうして一種のパレード状態の中、甘い香りに釣られ1つのお店を見つける。


(この匂い! もしかして――)


 喜び勇んで突撃! してみたら....まさかの"スールマカロン"だった。


 残念。


 カオルは、柔らかいマカロンじゃなきゃだめなんじゃよ。

 がっくりうな垂れるカオル。

 だが、ヴァルカンの一言で元気を取り戻した。


「自分で作ったらどうだ?」

「ハッ!?」


 そう、オーブンがある。

 つまり自分で作れる。

 両親と家族3人で仲良く作った"あのマカロン"を、カオルは作る事ができる。


(帰ってから借りれるか聞かないと♪)


 食堂にあったオーブン。


 それも高級な魔宝石をふんだんに使われた。

 温度調節もできるし、時間の経過も教えてくれる万能品。

 いったいいくらするのかカオルにわからないが、あの宿屋の店主ならば閉店後くらい貸してくれるだろう。

 なにせ料理一品で宿代を無料(タダ)にしてくれたのだから。


 機嫌の治ったカオルを連れて、ヴァルカンは"とある建物"へ向かった。


 【オナイユの街】の東側。

 ちょっと遠くに教会が見える高立地。

 白い壁に赤い屋根。

 入り口は木製の両開(スウィング)きの(ドア)で、なにやら看板が垂れ下がっている。


「少し所用があってな。悪いが、ここで待っていてくれないか?」


 得も言われぬヴァルカンの雰囲気に、カオルは何か重要な事なのだろうと勘繰る。

 看板をチラリと覗き見、"商業ギルド"と書いてあった事から頷いて従った。


 だが――それがヴァルカンの失敗の始まり。


 商業ギルドの建物の前は、ちょっとした憩いの場である。

 数人が並んで座れるベンチがいくつか設置してあり、皆思い思いに時間を過ごしていた。

 そしてカオルもヴァルカンを待つ間、当然ベンチに座っていたのだが、出会ってしまった。

 畏怖し、怯える存在に。


「ねぇねぇ? キミ一人? こんなところでボーっとしてないでさ、遊びにいかない?」


 歳の頃は17~18歳。

 人間(ヒューム)の青年がカオルに話しかける。


「うはっ!? 超可愛いじゃん! 遊びに行こうぜ?」


 カオルを挟み反対側から同じ年齢くらいの人間(ヒューム)の青年が同意する。

 そして、カオルが顔を見上げた瞬間――『濁った目』と視線が交錯した。


「ひっ!?」


 小さく息を呑む。


 身体は萎縮し、動かせない。

 心臓が握りつぶされまいと強く脈打つ。

 全身を恐怖が襲い、脳が警鐘を鳴らす。


(い、いやだ。怖い。恐い。見たくない。いやだ。いやだ。嫌だ)


 震える身体。

 零れ落ちる涙。

 カオルの目に映る2人の人物に表情は無く、ただ『濁った目』が浮かんでいる。


「いいじゃん? もしかして怖いの? 大丈夫大丈夫、なにもしないからさぁ」

「やべぇ。怯えてんじゃね? それもいいけど!」


 座る距離を徐々に詰め、その度にカオルの心臓が締め付けられる。

 そして伸ばされた手がカオルに触れようとした、その時――


「なにをしているのですか!!」


 女性の大声が響き渡った。


「その子は私の知り合いです。下がりなさい!!」


 しんと静まり返る。


 カオルは顔を伏せ、涙で何も見えなくなってしまう。

 恐怖に支配された小さな身体。

 手も、足も、何もかもが自分の物ではないような。

 心がバラバラに砕けてしまいそうな感覚。


「エルフなんぞに用はねぇよ!」

「そちらに用はなくとも、こちらにはあります! 今すぐその子から離れなさい!!」


 凛として、淀み無く通った声。

 周囲の人達が何事かと集まりはじめ、2人の男は立ち上がり、声の主に近づいて行く。


 対峙した3人。


 物々しい雰囲気。

 只事ではない、何かが起きようとしたその時――扉が開いた。


「私の連れに何の用だ」


 殺気と怒気を折り混ぜ、放たれた言の葉。

 用事を済ませたのか、騒ぎを聞きつけたのか、ヴァルカンが顔を見せた。


 そして、その声に――カオルは救いを求めた。


「ぁ...ぁぁ....」


 フラフラと立ち上がり、ヴァルカンに縋り付く。

 両目は真っ赤に腫れ上がり、手にも力は微塵も無く、ただヴァルカンに全身を預ける。 

 ヴァルカンの匂い――薔薇の香り――だけが、カオルを安心させ、心を繋ぎとめてくれた。


「チッ!」


 聞こえる様にワザと舌打ちをして、2人の男はそのまま去った。


 周囲から聞こえる嫌な話し。

 ヴァルカンはカオルを抱き留めながら、しっかりと耳にした。

 『あいつらが人攫いらしい』、と。


「大丈夫かしら?」


 優しげな声が耳朶を叩く。


 見上げればそこに見知った顔が。

 金色の長い髪に、尖った耳。

 白と青を基調とした法衣のドレス。

 目を見れば、濃青色(のうせいしょく)(ラピスラズリ)が、カオルを心配そうに見詰めていた。


「あ、ありがとう...ござい..ます」


 自分を助けてくれた相手が誰なのか、カオルはすぐに理解した。

 だけど、お礼を言うのが精一杯で、身体に刻まれた恐怖の感情が自由を許さない。

 ヴァルカンに寄り掛かっていなければ立っていられないほど消耗しているし、思考が上手く纏まらない。


「あらあら、困っちゃったわね?」


 カオルを助けた人物――治癒術師のカルアは、ハンカチを取り出し涙を拭う。


 ヴァルカンと挨拶を交わし、状況を説明。

 「カオルの窮地を救った」とカルアは言い、ヴァルカンは眉根を顰める。

 自分の犯した愚行と、あの2人に対する憤怒。

 心積もりは決まった。


「私の家がすぐ近くにあります。よかったらいらっしゃいませんか?」

「悪いな。たすかる」


 カルアの提案でカオルを抱き上げたヴァルカンは、家へ向かった。


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