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第十三話 ギリギリの生還

2016.6.29に、加筆・修正いたしました。


 あれから、どれくらい時間が過ぎたのだろう。

 カオルは辛うじて生きていた。

 身体が重い。

 なんとか身体を起こそうと目を開けると、懐かしい顔が目の前にあった。


「久しぶりだな、幼子のカオルよ」


 風竜だった。

 この世界へ飛ばされてから初めて話した相手。

 カオルを守るように身体を横へ曲げて囲ってくれていた。


(でも、寝起きでこの大きな顔はびっくりするよ?)


 安心しきったカオルの表情。

 風竜に感じる親近感は、今は亡き父親のソレと違わないから。


「ボク、生きてるんだね...」

「そうだ」

「ありがとう。助けてくれて」


 風竜は驚いたように目を見開いた。

 「なぜ知っているんだ」と言わんばかりに、カオルを見やる。


「覚えておるのか?」


 不思議そうな顔をしていた。

 大きな翼を何度も羽ばたかせて、驚いているのを隠す様に。


「うん、なんとなくだけどね」


 カオルは、自身がドラゴンゴーレムを倒したのはなんとなく覚えている。

 手にも確かに斬った感触があった。

 ヴァルカンの笑顔を思い出し、カオルは叫んだ記憶がある。

 「傍にいてよ」と。


「そうか」


 言葉少なげな風竜は、そう告げると地面に頭を置いた。

 カオルを大切な宝物でも抱くような体勢。

 出会ってから約2年。

 一度も姿を見せなかったとは思えない程の過保護な親の姿であった。


「もう少し寝るといい。傷は塞がっておらんし、血も流しすぎた」


 風竜の言葉で、忘れていた痛みが身体を奔る。

 斬られた背中が特にジンジンと痛みを訴えていた。


「うん」


 風竜に抱かれ、カオルはそのまま眠りに着いた。

 何故か安心する温もりが、カオルの身体を包み込む。


(お父様....)




















 カオルが眠りから覚めると、風竜は起きていた。

 硬い鱗状の外皮からは読み取り辛いが、やはり心配する我が子を思い遣る様子が伺える。

 カオルはそっと左手を伸ばし、鼻先に手を当て撫でた。

 ごつごつとしている風竜の顔。

 だが、やっぱりほんのり暖かい。


「おはよう」


 笑顔を作り、話し掛ける。

 風竜が「おはよう」と返すと、カオルは益々笑みを浮かべた。


「ハハハ...おはよう、か....我はこんな言葉は初めて使うぞ!!」


 可笑しそうに笑う風竜。

 大きく頭を上下させ、振動がカオルの身体に伝う。


「そうなの?」

「うむ。そもそも、我に会いに来るような輩は、富や名声、我欲に汚れた者だけだからな」


 風竜はドラゴンである。

 それも、人語を理解し、この世界の原初より存在した『異形の者』だ。

 通常であれば、地下迷宮(ダンジョン)の奥深くに座し、人前に出る事など無い。

 しかし、風竜は既に身体も朽ち果てているはずなのに、カオルの前に姿を現した。

 小さな子供の様な手型の台座から。


「富や名声...」


 カオルはポツリと呟いた。

 おそらく、風竜が語った富や名声などの我欲に汚れる人間とは、カオルが忌み嫌う『濁った目』の汚い大人達の事だろう。

 あんな人間に、カオルは成りたくない。


「それも肉体があった時までの話しだがな」


 カオルは首を傾げた。

 風竜が話す内容を不思議に思ったからだ。


(ん? ボクが寄りかかってるけど、肉体あるよね? 暖かいし)


 無遠慮に風竜の体躯を撫で回す。

 カオルは確かに感じていた。

 金属よりも硬い龍鱗。

 お腹の部分は柔らかそうに見えて、触るとやっぱり硬い龍皮。


 でも今は――カオルを傷付けない様に変異させていた。


「肉体? 身体あるよね?」


 風竜は「グルル」とひと鳴きした。

 そして、カオルに諭すように話し始める。


「これは、『エーテル体』と言って現世の物ではないのだ。難しい事は我にもわからん」


 『エーテル体』。

 かの哲学博士、ルドルフ・シュタイナーは生命体、生命力体、形成力体と呼んでいた物質。

 もとい霊質や魂とでも呼べば言いのだろうか。

 ようするに、理解できない物である。


 うんうん唸って困惑しているカオルを、風竜は優しい目で見詰める。

 その姿に懐かしさを覚えたカオル。

 風竜の首に抱き付こうと両手を伸ばして激痛に顔を歪めた。


「痛い...」

「応急処置はした。だが、流した血は戻らんし傷も塞ぎきってはおらん。あまり無理をするな」


 優しさが身に沁みる。

 カオルはとても嬉しかった。

 風竜とヴァルカンに出会うまで、カオルは1年以上他人と言葉を交わしてはいない。

 そして、大きな身体で姿形も違うはずなのに、風竜にはどこか懐かしさを覚える。


 カオルは、近くに転がっている2本の剣と背嚢(バックパック)を取ってくれるよう風竜に頼む。

 風竜は尻尾を器用に使い、それらを集めた。

 剣は2本共汚れてはいたが、傷などはついていなかった。

 さすがはヴァルカン作の曲剣(ファルシオン)と、カオル作の短剣(バゼラード)だろう。

 しかし、背嚢(バックパック)は、見るも無残にボロボロだ。

 カンテラは割れ、薬草を入れていた木箱も押し潰されていた。

 幸いな事に、ところどころ凹んでいるが水筒は中身が無事であったし、非常食用に持っていた干し肉も問題なく食べられそうだ。

 風竜に食べるか聞いてみたが、食事は必要無いらしい。


(もったいないなぁ。食べる楽しみが無いなんて....)


 カオルがぶつぶつ言っていたら「食べる必要が無いだけで、食べようと思えば食べられる」と返事をした。

 それを聞いたカオルは微笑む。


(いつか料理を作ってあげなきゃ♪)


 干し肉をモグモグと食べながら、身体が動くようになるまでのんびりと風竜と話す。

 風竜は相変わらず身動ぎもせずに、カオルのベットと化していた。


「ああ、カオル。これを...」


 思い出した様に風竜は話す。

 大きな顔を近づけてカオルの眼前で口を開いた。

 すると――口の中。

 牙の隙間から、美しく青い輝きを放つ何かが零れ落ちる。


「これは...」

「あのドラゴンゴーレムが落としていったものだ」


 それは青い宝石。

 そう、あのドラゴンゴーレムの『蒼い目』そのものだ。


(こんなに綺麗で吸い込まれるような.....まるで師匠の、あの(サファ)(イア)みたいだ)


 その美しさに一瞬で惹き込まれたカオル。

 ヴァルカンの瞳を思い浮かべ、ほんのり頬を赤く染める。


「それは『魔宝石』だな。刻印も刻まれているみたいだし、おそらく、何かの魔法が封じ込めてあるはずだ」


 風竜の言葉で思い出す。


 『魔宝石』

 それは長い時間を生き抜いた――または、力の強い魔物や魔獣の体内で生成される。

 故に、大きさや輝きによって各種ランクが分れる。

 大きな魔宝石は、国が買取って管理し、国民はその恩恵を受ける。

 街灯や水の精製などに使われている事が多い。

 しかし、この『蒼い目』の宝石は、どのランクにも当て嵌まらない程貴重な品だった。

 

 風竜はカオルの左手に『魔宝石』を持たせ「少し待て」と言うと、目を瞑りなにやら意識を集中する。

 すると『魔宝石』が輝き突然浮き上がった。

 カオルは黙って様子を見る。

 浮かんだ『魔宝石』はカオルの左手首まで移動し、輪っかのように変形した。


 光輝く真っ白な輪。


 次第に輝きは薄れ、その姿を現す。

 白く綺麗な銀の輪に、あの青い『魔宝石』が埋め込まれた腕輪が形作られる。


「お~....綺麗な腕輪だね♪ ありがとう♪」


 カオルは感嘆の声をあげつつ、風竜にお礼を述べた。

 とても綺麗な装飾品。

 両親やヴァルカン以外からの、初めての贈り物であった。


「グルル....魔法をイメージしてみるがいい。その石から何か溢れ出るイメージだ」


 カオルは言われるまま魔法をイメージした。

 意識を腕輪に同調させる。

 何か溢れるイメージ....

 すると、頭の中でカチリと何かがはまった音がした。

 目の前の空間に箱が現れる。

 それほど大きくない箱の中は、仕切りがされていたが底は見えない。


(なにこれ?)

「ハハハハ!! 《魔法箱(アイテムボックス)》か!!」


 それを見た風竜が笑い出す。

 目を細め、快活に笑う姿は、威厳のあるドラゴンとはとても思えない程であった。


「これ、なに?」

「空間魔法の《魔法箱(アイテムボックス)》だ。物を入れておくだけの簡単な魔法だが、便利だぞ? 『魔宝石』があれば、大体の魔術師は使える」


 笑いながらも丁寧に説明する風竜。

 

 《魔法箱(アイテムボックス)》とは、風竜の説明通りの代物で、手荷物などを仕舞っておくことができる。

 たとえば、衣類であったり、武器防具であったり、食料であったり、大抵の物は入れるられる。

 とても便利な物ではあるのだが、呼び出す為には極少量とは言うものの、魔力を必要とする。

 さらに、『魔宝石』は産出量がとても少なく、貴重であり、高価だ。

 そのために、高位の魔術師でなければ入手することは困難であろう。


 《魔法箱(アイテムボックス)》の中を覗き込む風竜。

 底が見えない事に気付き、首を傾げた。


「だが。ふむ...これは特別のようだな。容量の底が見えん」

「いくらでも入るってこと?」

「そうかもしれんな」


 風竜はそう言った後、静かに何か考えているようだった。











 それからしばらくして、カオルはなんかと立ち上がる事が出来るようになった。

 力を入れると、背中にビキビキと痛みが奔るが、動けなくはない。

 風竜はその様子を心配そうに見詰めていた。


「動けそうか? カオル」


 カオルは努めて笑顔を作り「うん、なんとかね」と返す。

 風竜も首を(もた)げて起き上がり、周囲を見回した。


「せっかく《魔法箱(アイテムボックス)》があるのだ。転がっている金属でも持っていってはどうだ?」


 風竜が提案する。

 カオルと風竜の周囲には、無数の崩れた鉄人形が散乱していた。


(おお、それは良いアイデア)


 カオルはゆっくりと身体を動かすと、《魔法箱(アイテムボックス)》を呼び出した。

 目の前に箱が現れ、その中に散らばった鉄人形達を入れていく。

 驚く事に、《魔法箱(アイテムボックス)》より大きな代物を仕舞おうとすると、入り口の形状が大きく変わり、何倍もの大きさの物も仕舞う事が出来た。

 理論はまったくわからないが、どうやら風竜の言う通り、空間魔法と言うだけあって怪奇的な代物のようだ。


 時間を掛けて拾い集め、カオルは全ての鉄人形達と"とある塊"を《魔法箱(アイテムボックス)》へ仕舞う。


「では、そろそろ出ようか」


 風竜は告げる。

 大きな身体を薄くして、存在そのものが気薄になって。

 それは、精霊達が消える時と同じ光景だった。


「もう行っちゃうの?」


 別れる事に寂しさを覚えるカオル。

 風竜は安心させる様にカオルを見て「またいつでも会える」と言った。


 今にも消えそうな風竜。

 カオルは「ありがとう」と別れを告げた。

 胸の『音素文字(ルーン)』が少し熱を持つ。

 熱はすぐに消えたが、心がじわりと温かくなった気がした。


(また...逢えるんだね....)


 再会の約束を取りつけ、大部屋(ホール)の入り口を見やる。

 ずっと閉まっていたはずなのに、何事もなかった様に開いていた。

 《飛翔術(ウォラーレ)》を使い身体を風で纏う。

 身体に負担を掛けないように、ゆっくりと進み、洞窟を後にした。












 どれくらいの時間、あそこに居たのだろうか。

 洞窟を抜けて空を見上げると、太陽の明かりは消えて、遥か彼方に小さな星が垣間見える。

 壊れてしまったカンテラ。

 月と星明かりを頼りに、《飛翔術(ウォラーレ)》で亀裂を登る。

 ゴツゴツとした岩肌を抜け、ようやく森へ抜けた。

 木々に降り積もる雪景色。

 洞窟内では気がつかなかったが、外はやっぱりかなり寒い。

 薄汚れ、ところどころ裂けた外套をなんとか手繰り寄せ、フードを被って寒さを凌ぐ。

 傷付けられた背中と肩口に激痛が奔り、痙攣にも似た身震いがした。


(やっぱり星が綺麗だなぁ....)


 痛みから目を逸らし、カオルは現実逃避を決め込む。

 綺麗な星空を見上げながら、右手を伸ばして星を掴もうとさえした。


(....帰ろう)


 急がずゆっくりと空を飛ぶ。

 ハーピーが居たのを思い出し、木々の隙間をのんびりと。

 おそらく、今襲い掛かられて戦闘になると、魔法以外に手段は無いだろう。

 周囲を警戒しながら、山間にあるヴァルカンの家へ指針を向ける。

 すると、粉末のように細かい雪が空から降ってきた。


(綺麗....だなぁ....)


 被ったフードの隙間から、中へと入る粉雪が、カオルの体温を徐々に奪う。

 傷付いた身体は温度変化にも敏感で、僅かに回復した体力が磨り減るのを感じる。


 そこへ、ようやく我が家が見えてきた。


 踏鞴場(たたらば)の併設された、ヴァルカンとカオルの家。

 古い木造建築の2階建てではあるが、両親を失い1年半以上1人で暮らしてきたカオルにとっては、かけがえのない場所である。


(やっと....帰ってこれた)


 家の前の庭へ着地したカオル。

 気が抜けてしまったのか...いや、体力の限界が来たのだろう。

 玄関の扉の前でへたり込んだ。


 満身創痍。


 身体中傷だらけで、特に大きな傷は背中と肩口。

 塞がっているとはいえ、大きく動かしただけで傷口はすぐに開いてしまう。

 

(早く師匠に....)


 カオルがそう思った時。

 突然扉が勢い良く開かれた。


 バンッ!


 驚いて目を見開く。

 あまりの勢いに蝶番が外れ、扉は盛大な音を立ててカオルの反対側に倒れる。

 現れたのは、大粒の涙を流し、破顔したヴァルカンの姿であった。


「か、がぉるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


 普段は綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして、ヴァルカンは大号泣する。

 子供とも取れるその姿。

 どことなく青白い顔は、本当にカオルを心配していた事が窺える。


「じんばいじだんだよぉぉぉ」


 涙声で何を言っているのかすら解らない。

 ガバっとカオルに抱き付き、ギューっときつく抱き締める。

 ヴァルカンはわんわん泣いていた。


「....ただいま帰りました。師匠」


 カオルも涙を流しながらヴァルカンの背中に両手を回す。

 目を閉じて、ひさびさにヴァルカンの匂いを感じた。


(ああ...すっごく安心する。帰ってこれてよかった。ありがとう、風竜)


 肩口の傷は開き血が流れていた。

 しかし、そんな痛みは気にならない。

 大好きなヴァルカンと再会出来たのだから。

 今は、とにかくヴァルカンの温もりを感じ、しばらく抱き合っていたい。

 カオルは安堵と共に、静かに目を瞑る。

 しばらくすると、寝息を立てていた。

 敬愛するヴァルカンの胸の中で....


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