第十話 ミスリル
甘々展開はまだまだ続きます。
2016.6.27に、加筆・修正いたしました。
オークの集団を倒し、戻ってきたカオル。
気丈に振舞っていたカオルだが、翌日の朝には限界を迎えた。
「師匠.....」
とても悲しそうなカオルの言葉に、ソファに寝転んでいたヴァルカンは姿勢を正す。
「ん? .....どうしたんだ?」
カオルは、前の戦闘で刃の裂けてしまった鋼鉄製の片手剣を、そっとヴァルカンに差し出した。
ヴァルカンは差し出された片手剣を受け取ると、鞘から抜き抜く。
鋼鉄で作られたソレは、自分で言うのも何だがかなり良い作品だった。
それが剣身部分を見事に裂かれ、刃先は欠けて無くなっていた。
「これはまた...裂けたのか。ん~...新しく作り直した方がいいな」
ヴァルカンは特に気にした様子も無くそう告げる。
武器も防具も所詮は消耗品。
使い続ければ磨耗し、壊れる事は当たり前。
それこそ高価な素材でも使わない限り、耐久度を上げる事などできはしない。
ヴァルカンは片手剣をカオルへ返し、頭を撫でた。
カオルは大事そうに剣を抱き締め、涙を流す。
「ごめんなさい」
心からの謝罪。
カオルがヴァルカンから初めて贈られた物を壊してしまった。
大事に、大切に扱ってきた片手剣。
手入れもマメにし、美しい光沢を放っていたソレが、今は見るも無残な代物と化している。
溢れ出る涙を抑えられない。
とうとうカオルは、俯いて塞ぎ込んでしまった。
(せっかくボクの為に作ってくれたのに....)
ヴァルカンは、ニコリと笑う。
「いいんだよ。形あるものはいつかは壊れるんだから」
普段あまり見せない優しい顔と口調。
その言葉がカオルは嬉しかった....
ソファに座るヴァルカンへ身体を近づけ、腕に縋り付く。
「師匠....」
見上げればそこにヴァルカンの顔。
自然と視線が絡み合う。
暖炉からパチパチと焚き木が弾け、照らし出された2人の姿。
例えるならば、絵画の一枚。
そして――引き寄せられる顔と顔。
美女と美少年の顔が、あと僅か5cmほどに近づいた時、2人は慌てて顔を離した。
しばらくの沈黙。
なんとも気まずい空気が流れる中、2人は笑みを零した。
「「....アハハ」」
恥ずかしさを誤魔化したのだろう。
ゆっくり笑い合った後、カオルが持つ片手剣をヴァルカンは見詰めた。
「しかし、その片手剣が裂けたのか。普段からしっかり手入れしてたみたいだし、鋼鉄で作ったから普通の鉄物より頑丈なはずなんだが...どんな風に戦ったんだ?」
ヴァルカンが訪ねると、カオルは顎に手を当て思い出す。
「あのときはたしか....いつものようにオークを倒してたら、全身鉄の鎧のオークが出てきて.....そう言えば、鉄を斬ったような」
「は?」
カオルの言葉に、ヴァルカンは驚く。
「全身鉄の鎧って、頭の先から足の先まで鉄の鎧の? というか、鉄を斬った?」
「はい。そうですけど?」
ヴァルカンが唸る。
首を傾げて頭に手を当てる。
しばらくして――ポンッと手を叩く。
「それ、オークキングじゃないか? ....文字通り、オークの王様」
『オークキング』
それはオークの集団を率いる長とも言うべき存在。
通常のオークよりも大きな身体に、全身を鉄の鎧で纏った姿。
手には重量武器を持ち、一般的なオークに比べれば何倍も強い。
(おー、王様だったのですね。どうりで強かったわけだ)
しかし、カオルにとっては少し強かった程度にしか感じなかった。
実際倒したのだからそうなのだろう。
危なかったと思ったのだが.....
「ふむ...オークキングが居たって事は、近くにオークの集落ができたって事かもな。兵士達が来たら教えておくか....ん? それで、どうやって倒したんだ? 魔法でやったのか?」
「いえ、鍔迫り合いになってしまって、他のオークが攻撃してきたので.....風を纏ってそのまま鎧ごと貫いたんですけど....」
ヴァルカンは黙ってカオルの話を聞いていたが、鉄鎧を貫いた事に驚き、目を丸くしていた。
再び訪れる一瞬の静寂。
ヴァルカンは悩み、どうやって説明したものかと思考を巡らす。
ややあって、重い口を開いた。
「カオル....いくら鋼鉄の剣でも鉄は斬れないと思うんだが....」
「そ、そうですよね....でも、確かに斬れたんですよ?」
ジッと片手剣を眺める2人。
しばらく思案したのち、ヴァルカンは何か思い当たったのか話し出した。
「鉄を斬ったって事は、《魔法剣》かな.....」
《魔法剣》
魔剣と並び称される、魔力を帯びた不可思議な力。
身体ではなく、武器自体に魔法を纏わせ、強固な守りを斬り抜く。
魔剣との違いは、自身の魔力を使用する事。
数少ない魔術師の中でも、扱える者がさらに少ない。
元剣聖ヴァルカンが得意とする、必殺とも言える魔法だ。
(むむ、また何やら中二くさい単語が...)
「私は《火の魔法剣》を得意としているが、特別高価な素材の武器でしか使うことができないんだ。
通常の素材の武器でやろうとすると、武器が耐えられなくてな。鉄や鋼鉄ならば間違い無く溶けるだろう」
ヴァルカンの説明に、興奮したカオルは胸を高鳴らせる。
(やっぱり師匠はすごい!! 戦闘に関しても博識だし、技術もすごい!!)
「だが、その片手剣は裂けている以外、溶けてもいない...な....」
確かにヴァルカンの説明通りだとすると、《魔法剣》を使用したのだから溶けてしまっていてもなんら不思議はないはず。
なのに片手剣は裂けて欠けているものの、なんとか形状は保っている。
「う~ん、なんででしょう?」
「まぁ、わからないものはわからない。それより、新しい剣をなんとかしないとだな」
不意にヴァルカンから告げられた「新しい剣」という言葉に、カオルは驚く。
「し、師匠。また作ってくれるのですか?」
俯き加減にヴァルカンを見詰めて、おずおずと聞く。
ヴァルカンは頬を緩ませながらカオルに答えた。
「もちろん。武器が無いと、狩りにも行けないからな?」
優しい笑み。
カオルを家族として迎え入れたヴァルカン。
内心、"嫁"と思っているがこの際置いておこう。
カオルは、ソファに座るヴァルカンへ寄り添い、再び左腕にしがみ付く。
滲む視界に、溢れる想い。
カオルの口をついて出た言葉は、感謝と――
「ありがとうございます...師匠大好き...」
嬉しそうにそう告げて、ヴァルカンの肩に顔を埋めた。
「い、いや。そ、そんな...いいんだぞ? わ、私もカオルは好きだから...な?」
嬉し泣きするカオル。
ヴァルカンは、そんなカオルに気付き、顔を赤くして照れた。
(....師匠。なんだか可愛い)
普段の、『残念美人』でもなく、凛々しい姿でもない。
特別な相手。
唯一、気を許した者だけに見せる姿に、カオルの胸はじんわりと熱くなった。
「そ、それよりも、だ。剣の素材をどうしようか」
恥ずかしさからか、慌てて話題を変えるヴァルカン。
カオルは名残惜しそうにヴァルカンの腕を離し、一歩下がった。
流れた涙を袖で拭う。
ヴァルカンは、その仕草すら愛おしく感じ、これまで我慢に我慢を重ねてきた感情――情欲を必死に抑制する。
カオルはまだ11歳の子供。
ちょっとしたスキンシップはまだ許容範囲だろう。
現に、カオルもそれほど嫌がる素振りを見せてはいない。
だが――最後の一線を越えるには、まだ早い。
今のカオルは家族愛を自分へ向けてくれている。
しかし、ヴァルカンが求めているのはその前の段階。
異性の男女が愛し合う、行為そのものを欲していた。
「前と同じ物だとダメなんですか?」
ヴァルカンの想いを知ってか知らずか、普段通りの弟子としてカオルは話す。
カオルは、ヴァルカンが自らのために作ってくれた片手剣に強い想い入れがある。
(できれば同じ物を...)と、思っていた。
「...同じ素材で、また裂けたらどうするつもりだ? それに、《魔法剣》が使えるなら、それに見合った武器にした方がいいだろう?」
ヴァルカンの言う通り。
剣士、ひいては魔法剣士として覚醒しつつあるカオルには、それに準じた装備が必要だ。
それに、万が一壊してしまったら、カオルはまた落ち込んでしまう。
「あ、えっとその...」
カオルは、アタフタと慌てた。
(そこまでボクの事を考えてくれるなんて...)
嬉しい。
けれど、同時に(迷惑じゃないかな?)と勘繰ってしまう。
ヴァルカンは、そんなカオルの考えを見透かした様に笑みを見せる。
「そうだな...それでは、白銀を使ってみるか?」
「白銀、ですか?」
白銀とは、魔法霊銀とも言われる物質。
本来、自然界には存在しない鉱石。
錬金術が発達した【カムーン王国】では、高位の錬金術師が生成に成功している。
白銀の持つ『破邪の力』は、至高金属『オリハルコン』に及ばないものの、魔素から生まれる魔物に対し絶大な力を発揮する。
「たしか、師匠の刀も白銀を使っていましたよね?」
ヴァルカンの持つ愛刀『イグニス』も、白銀を主材料に、鋼、鉄を絶妙な割合で配合されたものだ。
「そうだ。とても高価な材料なんだがな」
白銀は、高位錬金術師でないと作り出せない。
それも、年間を通して極僅かしか作る事ができないため、とても高価だ。
「白銀を買うお金なんて無いですよ?」
今や、ヴァルカン家のお財布は、カオルが管理している。
その理由は言うまでもなく、ヴァルカンが無駄遣い――酒代――をするからだ。
「私の脇差を潰そう。なぁに、普段差してるだけで使わないんだ。それに、カオルに使ってもらえるならこいつも喜ぶだろう」
ヴァルカンはそう言うと、いつも腰に差している脇差を取り出す。
(師匠...)
カオルは、なんて言っていいのかわからず、大粒の涙を流した。
嬉しかった。
こんなに好きな人に出会えてよかった。
お礼を言いたいのに、うまく声が出せない。
「カオル、さっきから泣きっぱなしじゃないか。ああ、こんなに泣き腫らして」
ヴァルカンは、カオルの頬にそっと手を当て涙を拭う。
次々に溢れ出る涙を、慈しむように、何度も...何度も指で優しく拭った。
やがて、留まる事も無く溢れ出る涙を、カオルを抱き締める事で無かった事にした。
ヴァルカンの温もりと、香りが、カオルを優しく包み込む。
「し..しょう」
ヴァルカンの服を涙で濡らし、2人はそのまま抱き合っていた。
「それで、白銀の量が脇差分しかないから剣は確定として、形状はどうしようか?」
あれから2人で工房へ移動し、炉に火を入れる。
くべられた木材が、時折パチリと弾け飛び、火花を散らす。
室温はゆっくりと上昇し、窓は結露していた。
「同じ形ではいけないのですか?」
革製の鞘に収められた片手剣を、カオルは大事そうに抱き締めている。
剣身は裂けて使い物にならないが、それでも手放す事ができなかった。
「そうだな。片手剣と同じ形でもいいが、他の武器も試してみたくないか?」
カオルの戦い方は、高速で移動して急所を一突き又は、確実に仕留める為に首を切り落とす事に主軸を置いている。
本音は、ヴァルカンのように刀を使ってみたい....
なんと言ってもヴァルカンの戦闘技術はすごく、カオルが初めて戦いを見た時は、ものすごい衝撃を受けた。
魔物の中でも最下位の相手だったのだが、ヴァルカンは目にも留まらぬ速さで刀を抜き放つと、次の瞬間、ゴブリンは斬られていた。
上下二つに別れる胴体。
あまりにも速すぎる戦果に、カオルは驚いた。
そこへ、キンッという金属音を鳴らし慌ててヴァルカンを見やれば、丁度刀を仕舞うところだった。
カオルはあの衝撃的な瞬間を、生涯忘れないだろう。
さて、刀のお話。
カオルは体重が軽く、円運動を基本とした刀を使う事が苦手だ。
刀自体もとても重く、カオルが使うと遠心力で刀に振り回される。
いつか使ってみたいという気持ちもあるが、新米剣士のカオルには、まだ無理だろう。
「そうですね...色々試してみたいです」
ジッとカオルが刀を見ていた事に気付いたヴァルカンは、おもむろに脇差を鞘から抜き目釘を外す。
剥き出しになった白銀の刀身が露にされ、そのまま炉の中へと投下された。
「ちょっと試したい事がある。私に任せてくれないか?」
ヴァルカンの青い瞳に何かが宿った。
そして、真剣な表情がカオルに並々ならぬ想いを伝える。
突然凛々しく変わったヴァルカンに、カオルは胸の鼓動を速めた。
「は、はい。お願いします」
「ありがとう。少し時間が掛かるから...」
そう言いながら作業の準備を始めたヴァルカン。
カオルは邪魔にならないよう工房を後にした。
(どんな武器が出来るのだろう...)
ワクワクする気持ちが、ウキウキする気持ちが、カオルに元気を与えた。
無意味にクルクル回ってみたり、スキップしてみたり、本当に子供らしい。
(っと、いつまでもこんなことしていないで、ボクは掃除でもしていよう)
ヴァルカンが、自分のために武器を作ってくれている。
カオルはどこか落ち着かない様子で、寝室と居間の掃除を始めた。
慣れた手付きでテキパキと。
もう酒瓶は転がっていない。
なぜなら、カオルがお財布を管理しているから。
カオルの命令によりノンアルコールへと切り替えられたお酒類。
そのおかげもあって、以前の半分くらいの量に留まっている。
室内が終わり、庭先を箒で掃いていると、薪が少なくなっている事に気付く。
(むむむ? いつのまに減ったんだろう...)
(補充しなきゃ)と箒を置いて、カオルは家に隣接する納屋へと向かった。
扉を開き、あらかじめ乾燥させた材木を取り出すと、手斧で薪木を作る。
ザン! バキッ!!
景気の良い音と共に薪木が量産されていく。
(こういうのはコツがあるんだよね♪)
楽しそうに手斧を振るカオル。
その姿はとてもシュールだ。
すると、遠くから馬の嘶きが聞こえ、同時に蹄が大地を駆ける音が聞こえてくる。
(だれか来たのかな?)
作業を中断し、音の主を確かめようと【イーム村】へ続く村道を見やる。
深緑色の上下の作業着に青い帽子を被った、人間のおじさんが馬に跨り走って来ていた。
「こんにちは。ヴァルカンさんにお届け物ですよ」
そう言って馬から下りたおじさんは、馬に括りつけていた、革で包装された小包を渡してくる。
(ああ、この人は宅配便を持って来てくれたんだ)
「ありがとうございます」
カオルは、小包を受け取り、羊皮紙の受取証にサインをする。
このサインはヴァルカンのサインだ。
村で買い物をするときにお金が無かった場合、このサインを証文にして後でお金を払うことができる。
もちろん、信用がある人にしか出来ない。
盗賊や山賊などの犯罪者にまで同じ事をしたら、お金を払わず逃げてしまうのだから。
(大きさの割りに、小包が軽いような...なんだろ?)
不思議そうにカオルは首を捻った。
「おじょうちゃん、お手伝い偉いね。それではこれで」
カオルの頭を一度撫で、おじさんは馬に跨り帰って行った。
(いったい、いつまでボクは女の子と間違い続けられるのだろうか.....)
うな垂れるカオルに、いつの間にか後ろに居たヴァルカンが声を掛けた。
「お、荷物届いたか?」
驚いて、ビクッと震えるカオル。
「い、いつのまに...」
ヴァルカンはクスリと笑い、小包を抱えてスタスタと工房へ戻った。
置いてけぼりのカオル。
(あ、薪片付けなきゃ....)
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